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obsession  作者: 礼央
第一章 変わる世界
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急襲に誘われ何を思う



翌日、勇気を出して実際にジムへと通うと、真の予想は的中し、先日出会った蒼間と思わしき人物に会う事は無く、数日が過ぎる。

真の通う日が平日だというのもある。

それでも、もし偶然出逢ってしまう事に恐怖があり、フロントから外へは足速に去ってしまう。


真の通う時間帯は専ら、老人や主婦ばかりで、たまに真より年上と見られる学生が来るくらいであった。

広々としたトレーニングルームには所狭しと運動器具が並んでおり、その種類は豊富。物事に執着しにくい真は、コロコロと器具を変えては飽きる事無く着実に体力を付けていき、嬉しい事に余分な脂肪がなくなり、体重までもが徐々に減ってきている。


ジムには温泉やシャワー室までがあり、夕刻まで体を動かし、それから家での水道代などの節約の為にシャワー室を利用し、帰宅する。そんな生活が着々と定着してきていた。


ジム通いの生活には慣れてきたものの、毎日毎日体力作り。

疲れを癒す術を知らない真の疲労は溜まっていく一方。

ジム通いは強制ではない為、休む事は出来るが、休養などしていると色々考えてしまいそうな気がする。

それなら、どんなに疲れきっても体を動かしている方があまり考え込まないのでそちらの方が幾分楽である。


そんな意地が、裏目に出てしまった。


いつもの様に、朝方、頭痛を伴う大音量の目覚ましに睡眠の意識を覚醒され、朝食やら洗濯やらの家事。

それが毎日だと億劫で堪らないので、いくら一人分でもかなりの時間を費やしてしまう。

そして軽い昼食となる握飯を作ってジムへと通う。

それから夕方まで体を動かし、シャワー室で汗を流す。

そこまでは変わらなかった。


髪を乾かし、浴室場を出ようと出口に向かうが、たまたま視界に入って来たのがマッサージ機。

初めて此処を利用した時から興味を持っており、真は一度も利用などした事がなかったので、湧き出る好奇心が真をマッサージ機へと誘った。電源までは入れたものの、起動の仕方に苦戦するが色々と扱っているうちに、機械は静かな音をたて、動き出した。

始めの方は痛みを伴ったが、徐々にそれは心地よさへと変わっていき、安らぎと共に意識は睡眠の世界へと移っていく―――。




体に違和感を感じ、目を覚ます。

迂濶にも、真はあのまま寝てしまった。

辺りを見回すと人は誰一人居なかったが、誰かに眠り姿を見られていたと考えると、真を羞恥が襲い、顔が熱る。


はっと気付き、時計を見やると時は既に20時を回っていた。

真は慌てて更衣室へと戻り、ジムを出た。

今日は食材が切れて仕入れなければならない。しかし時は21時寸前。


真が知っている限りのスーパーは皆21時閉店である。

真はジムがある駅前のスーパーまで走り、なんとか食材を購入することが出来た。

自宅近くの駅を降りると、夜の冷たく刺さる風が身に染みる。

スーパーまで走り、暖房の効いた車内で温まっていた体は急激な駅と外との温度変化に耐えきれず、身震いする。

一刻も早く家路に付こうとするが、何時もと違う駅前の景色に気がつく。


こんな夜中に外に居た事もないが、必要以上に街が明るい。

空を明るく照らす程眩しいイルミネーション。何万との蛍光が、木や街灯に絡み付き、夜を感じさせない世界を作り出していた。



―――そういえばもうすぐクリスマスだっけ。


そんな事を考えながら帰路を歩む。

光り輝くイルミネーションは、嫌でも過去のクリスマスの記憶を思い出させる。

真の両親は共働きで、一緒にいる時間は少なかった。

それでも小学校までは、面倒見の良い兄が働く親の分まで世話をしてくれていた。

淋しいと思った事は記憶に無い。

クリスマスには両親が必ず休みを取ってくれて、好きな料理。欲しいプレゼントを口に出さずとも用意してくれて。


本当に温かい家庭・・・だった。

兄が難関の、県内一の進学校を受験すると申し出て、親は変わった。


高額の入学金を稼ぐ為、残業を増やした。

兄もまた、塾で帰宅時間が遅くなり、真が中学に入ってからは顔を会わす事が少なく、家事の大半は真の仕事と化した。


それでも、よく世話をしてくれた兄の力になりたくて、親にも迷惑をかけたくなくて『淋しい』など口に出さず、家事を熟し、極力明るく接した。

親も、せっかくの兄の実力を経済面を理由に無駄にしたくなくて、必死だった。


今思えば、足枷になるのが恐くて親以上に真の方が必死だったかもしれない。


そこまで考えて、追憶の思考を無理矢理停止した。

この後の記憶は思わしくない。


思い出したくはないが一度巡った思いは止まらない。




気が付くと、自分の気持ちは甚だしく沈んでいた。


―――どうしてこんなにも過去に囚われてしまうのか…


急に、真の心を闇が覆う。

俯き歩く真を照らすイルミネーションはまだまだ長い。

何時もなら短く感じるこの通りも。

今日は果てしなく長く感じる。


すれ違う人々。

中には幸せそうに手を繋いで歩く恋人達。


輝く通りの中。自分だけが黒く塗り潰されているような―――。

自分だけが違う生き物のような―――。


激しい疎外感を感じた。



真は少し歩みを速め、路地を曲がった。


大通りを一度曲がったその道は、イルミネーションに光る明るい道とは打って変わった人気の無い暗い夜道。

車一台も入らないであろう狭い通はマンションの陰となっており細い裏路地は狭く、明かりはポツポツと光の弱い電灯のみ。

この道を通った方が、家には最短距離で帰り付く。

しかし一度通った事があるその道は、マンションの陰が昼間とは思えない暗さを醸し出し、不気味さからその道を避けていた。



その空間はまるで闇。


光から逃げたのか―――。

自ら闇に飛び込んだのか―――。


今の真にはこの静寂で黒々とした夜道が自分に溶け込んでいる気がして、不思議と以前感じた不気味さは少なかった。

というよりも落ち着いていた。


足元を頭上から照らす電灯のみを頼りに進む。



静寂。


足音だけが夜陰に呼応する。



―――おかしい・・・



先程から、曲がり角が見当たらないのだ。

歩けど歩けど電灯が燈す一筋の道。

もう、家に帰り着いてもよい距離なのだ。

それなのに、まだ、何も無い。


無意識に歩む足が速くなる。

この路地に入ってからは少なくとも違和感を感じていた。

だが、気落ちした心が強く、差ほど気にはしなかった。


そう。

この路地に入った時からこの路地には街灯しか無いのだ。


外灯も。月明りも。部屋を照らす電気も―――何一つ見当たらないのだ。


そして、冬の夜空にしては暗過ぎる闇夜。


さすがの真も不安になり、焦りを感じる。

この空間から早く抜け出したくて、更に足並みは加速する。

歩いても。歩いても歩いても―――



終わりがない。無限回廊そのものだった。



息が上がりはじめたその頃。


「!!!」



突如、全身が総毛立ち、足が止まる。


立ち止まった場所は街灯の明かりの下。

うっすらと光を点し、怪しい位の不気味な光が真を照らす。

足元の電灯の明かりと闇がくっきりと別れていて、そこだけ違う空間が切り取られている感じもする。


それがまた恐怖を煽る。


違和感は核心に。


聞こえるのは高まる鼓動と荒い息。

冬と言うのに風ひとつ吹かない生温かい空気。



―――そして・・・

いくつかの気配と視線。


出来れば今すぐ逃げ出したい。

だが真は蛇ににらまれた蛙の様に、金縛りに遇っているかの様に身動きが取れない。



『いつか狙われるかもしれない…』



急に遥鳴の言葉が頭を遮る。



―――奴だ―――。


真は悟る。


蒼間と、新しい生活で存在そのものを喪失しかけていた。

あの時学校で真等を急襲した狭間の魔。漆黒の陰[暗鬼]が今―――真後ろに居るのだ―――。

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