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季節は夏を思わせる様な雲一つ無い強い太陽陽が真を照らす。
真は今、家から5駅程離れた駅前に立っている。
何故、そんな所に居るかと言うと、話は昨日に遡る。
「ある程度一人暮らしには慣れたと思う…そろそろ一族の者と共に訓練を受けてみないか?」
覚悟はしていた言葉。
遥鳴が来た事で想像はしていた。
だが、蒼間と言う組織は人間離れしていると思う。そんな超人と言っても過言でない人々に、自分が着いて行けるのか…それ以前に…どのような訓練なのか―――。
真の訓練への想像は厳しく、恐ろしく、悪い方向へと向かっていく。
不安を隠せない真の表現に遥鳴は微笑する。
「そんなに不安な顔しなくても、訓練と言ってもきっと真が想像してるようなものじゃないよ」
そう言うと遥鳴はズボンのポケットから紙切れを取出し、テーブルに置いた。
それには小さく印刷された地図が書かれていた。
「都心に蒼間が経営しているスポーツジムがある。
その地下で皆訓練してるんだ。
訓練と言っても実戦的に組み合ったり、上の階で体力を付けたりするだけだ。
違う修行もあるけど真にはまだ出来るものじゃないから、まずはそこで基礎体力を付けてもらう」
真はこれでもかと深い溜息を吐き、遥鳴から渡された紙を眺める。
わざわざ蒼間と言う組織に入ったのはこの為。勿論、断る事は出来ない。
しかし、不安は大きい。
訓練の内容を遥鳴から聞いた時は、予想より遥かに簡単で現実味があるもので、少々の懸念は失せたが、次から次へと波の様に不安は静かに襲ってくる。
だが、多少の興味は伺える。
好奇心より不安の方が大きいが、遥鳴も居る―――なので見学だけでもしてみよう。
前向きにそう、思ったのだ。
今になって自分の愚かさに羞恥を感じる。
何故、遥鳴がわざわざ紙に地図を寄越したのか…
全く気付かなかった。
遥鳴が話を進めて行くうちに、漸く遥鳴が一緒には来れないと言うことに気付いた。
理由を遠回しに問うた所、教えてはくれなかったが真が不安げな表情を一瞬に見せたのを見逃さず、用事を終えたら様子を見に来てくれると言ってくれた。
改めて紙切れを眺める。
今、この土地で頼れるのは遥鳴しかいない。
―――――…私は、心の何処かであの人に甘えているのかもしれない…
空を仰ぐと頭上の日輪が聳え立つ圧巻の高層ビルに反射し、倍の効力で真を照らす。
眩しさで目が眩む。
流石は都心と言った所か―――
周りには息が詰まる程のビル。
休日とは言え眩暈が起きそうな人の数々。
こんなに多い人々に遭遇するのは年に数回、夏祭りしか無い真にとっては驚異な光景である。
新しい自分の住まいは都内に位置するが、閑静で人も少ない。
たった電車5駅でここまで変わるのか…
テレビでは慣れた景色を実際に足を踏み入れると全てが未知との領域だ。
何となく気持ちが優れなくなって来る。
風は冷えるが冬とは思えない日照り。人の熱と反射の熱が上からも足元からも真を襲う。
早く人混みから抜けだしたくなったので、地図と場所とを確認しながら足を進めた。
道は地図通りに並んでいるが、似たような高い建物は、どれもが真を見下ろしている。
真は地図と看板文字だけを頼って進む。
建物を入念に確認しながら10分程歩いた所に目的の建物があった。
建物の目の前に立つと、間違っていないかと、名前を確認し深呼吸して中へと入る。
自動ドアが開くと、そこは真の住んでいた地区のスポーツジムとは比べものにならないくらい立派で、豪勢だった。
―――…本当にここでよかったの?
と不安になったが、フロントに充満する鼻に付く塩素の臭いと、陳列されているプロテインや水着などのスポーツ用品。さらに濡れた髪の子供やジャージ姿の大人などを見ると、此処がまぎれもなくスポーツジムだと言うこと証明している。
しかし、フロントに居る係に話掛けることも出来ず、暫く入り口付近で立ち尽くしている真に係であろう女性が近付いて来た。
「相模…真様ですか?」
いきなり名を呼ばれた真は条件反射で返事をするが、驚きがあったので、返事の声が少しばかり裏返ってしまった。
恥ずかしくなって頬に熱を感じたが、係の女性は気にする事無く話を続ける。
「お話は伺っております。こちらへどうぞ。」
そう言うと、真は訳の解らぬまま、女性に導かれ、進む。
女性はフロントの横を通り、階段を降りる。踊り場にある[関係者以外立入禁止]と書かれたドアを開く。
扉の向こうには更に階段ががあり、1階程下るとそちらの扉には暗証番号のキーロックが掛かっておりそれをも進む。
扉の向こうにはロビーの豪勢さとは打って変わって、白塗りの壁の通路があるだけだった。
通路の横幅は扉のサイズからは想像出来ない学校の廊下程の広さで、少し進むと下へと進む階段がまた続いていた。
真は何も声を発さず、先を歩む女性に付いていく。
白く塗られた壁は、電気の光を反射して明るく二人を照らしているが、窓のないその空間は、息苦しく、不快感をも感じられた。
階段を2階程下ると目の前には扉が二つ。
左の、女性の標識が描かれた扉を開けると、そこにあったのは、ジムにあるようなロッカーがあった。
温かみのある電灯に清潔感のある壁の色とロッカー。
なんでこんな所に…そう疑問を感じながらも足を休む事無くロッカー室を突き進みドアを開ける。
現れたのはまたしても通路、先程の白塗りの通路とは違い、フローリングの施された明るい感じの床。
その通路は3メートル程続いていて、その先にあるのは両開きの大きな押し扉。
その中に人がいるのであろう。何をしているのか、何かがぶつかり合う鈍く、重い音が微かに扉から漏れて耳に入る。
女性が扉に入り、真もその部屋に首を遠慮がちに覗かせると、在るのは天上の高い体育館を思わせる部屋だった。学校の体育館の半分程の広さしか無かったが、そんなことよりも真は目の前の光景に目を見開いた。
部屋の中央には組み手中であろう男女。
それは格闘の組み手に近いが、明らかに真が知っている拳法や、空手の型ではない。
あえて言うのであれば、格闘の使い手の本気の喧嘩。その動きは目で追うのが難しいくらいに早く、まるで映画のアクションシーンを生で見ているような感覚に襲われた。
その二人を壁に寄り掛かりながら真剣に眺めている十何人の同世代の男女。
誰も真の入室に気付かない。
静寂に響くのは、部屋の外に漏れて聞こえた二人の躯のぶつかり合う音と、上がった息の音。
真はただただその光景に魅入っていた。
一見、技を繰り出しているのは少年の方。
体格差からして押している少年が優勢に見えるが、よく見ると少女は少年の足技、拳固を軽々と舞う様に交わしている。
まるで指導している様にも取れる。
暫くその状態が続きそうにも思えたが、勝負は早々に決着が着いた。
少年の蹴りを避けた少女は瞬時に少年の懐に踏み出し、蹴りの軸となっている片足を引っ掛け、バランスを崩した少年の胴体を蹴り飛ばした。
少年はくぐもった声を上げ、少女から4メートル程離れた距離まで転がりながら飛ばされた。
少女の勝利。
それを確認すると周囲で眺めていた少女等が駆け寄って来る。
「さっすが雪乃!負けなしだね!」
雪乃と呼ばれた少女は、駆け寄って来た少女からタオルを受け取ると、顔全体を覆う汗を拭いながら少年へと近付く。
「大丈夫?」
腹を押さえて荒い息をしている少年へと向けられる言葉。
「にしても無謀だな。雪乃に試合挑むなんて」
「あんたが雪乃に敵うわけ無いじゃん」
返事をしようとする少年の言葉を遮る周りの声。
その言葉は少年を落ち込ませる。
雪乃をもてはやす周囲の人々。
雪乃は汗を拭いとると結った髪を解き、肩につく髪をなびかせる。
するとようやく真に気付いた雪乃と目が合う。
「誰?」
雪乃の言葉に周囲の目が一斉に真に向けられる。
真も先程の光景に集中していた為、雪乃と目が合った事で自分を取り戻す。
既に係りの女性はいつの間にかいなくなっていた。
どうする事も出来ず、ただたじろいでいると、雪乃は目の前迄やって来ていた。
「ここは関係者以外立入りは禁止だけど?」
明らかに不信感を隠せない雪乃。
険しい瞳が突き刺さる。
「あ…あのっ」
「あ―!!もしかしてこの間遥鳴さんが言ってた奴じゃね?!」
声を張り上げ、しかも真に指を挿す少年。
その言葉に一気に辺りの空気が冷たくなる。
「何しに来たの?」
さっき迄とは違い、雪乃の声は冷たく、低いものとなっていた。
―――周りの視線が痛い…
『決めたのは俺だから誰も文句は言えないよ…不満はあるだろうけどね。』
遥鳴の言葉が脳裏に過る。
自分は歓迎などされる筈がない。
蒼間に来る時から覚悟はしていた…自分はただ、蒼間に逃げ込んだに過ぎないのだから…。
真の複雑な心境など構いもせず、蒼間の一族は真に辛辣な言葉を突き付ける。
「遥鳴さんが何言ったかは知らないけど…よそ者なんて認めないわ。」
「蒼間に来て何する気?」
「案外狭間のスパイだったり…」
「邪魔なだけよ」
容赦も遠慮も無い尖り声が真の胸を深くえぐる。
この感じは学校にいたのと変わらない。
徐々に上がってくる体温。胸の痛み。真は目を合わす事も出来ずに俯き、唇を噛み締める。
一通り真への言い分を終えた少年等が静まると、雪乃は腕を組んだまま一歩前に出る。
「悪いんだけど…帰ってくれない?
私達は本気で狭間を向かえ撃つ為頑張ってるの。あなたみたいなよそ者を認める訳にはいかないわ。
……たとえ遥鳴さんが認めても、私達は誰一人認めてない。」
すると周りからは「帰れ」の言葉。
真は胸の高鳴りを抑えながらも、襲ってくる悔しさでいっぱいだった。
あまりにも理不尽。
真の頭は煮えたぎりそうな程上昇していた。
真の今いる状態は何とも耐えられるものではなかった。
今すぐにでもこの場を去りたい。…だが、今此処で逃げたら負ける。
何も言い返す事の出来ない真は懸命に耐えていた。
真を包む猛襲の台詞。
それだけには納まる筈もなく、一人の少年が手にしていた500mlのペットボトルを真に向けて投げ付ける。
それは円を描いて空を仰ぎ、見事に真の頭へと当てた。
まだ中身のあったペットボトルは重く、鈍い痛みを真に与える。
そしてそのことにより起こる笑い声。
遂に耐えられなくなった真は逃げ出す様にその場から去って言った。
そこには笑い声と、真を見下した蒼間の一族だけが残った。
遥鳴が修練場に顔を出すと、本来居るべき筈の真の姿が無いのに気付く。
辺りを見回しても顔なじみの者ばかりがいつもと変わらず手合いに励んでいる。
「あっ。遥鳴さん!」
遥鳴に気付いた1人の少年が床についた腰を上げ、目を輝かせながら近いてくる。
回りの者も、思わぬ訪問者に手合いの手を止め、遥鳴の至近へと集まって来た。
遥鳴は蒼間の当主である上、蒼間一の実力者である故に一族からには絶対的な尊崇と畏敬の眼差しで慕われている。
誰もが遥鳴に憧れ、目標としている。
その上、誰もが認める整った容姿の遥鳴に恋心を抱く一族の少女も少なくはなかった。
「珍しいですね。こんな所に来るなんて…どうしたんですか?」
「…ここに女の子が来なかったか?」
当主の威厳を示さなければならないが、遥鳴は常に冷静に、優しさの篭った口調で少年の問いに答える。
刹那、張り詰めた気まずい空気が修練場に漂う。
その空気に遥鳴は眉を顰める。
遥鳴自身何も問題のあるような台詞は言ってないのだから。
沈黙。
彼等が真にした愚行を正直に伝えられる筈が無かった。
あるのは後悔と慙愧。
彼等がしたことは遥鳴を…一族を裏切る行為に過ぎないのだから。
遥鳴が来る事を知っていれば、誰もこんな行いをしなかったであろう。
言い訳も告げる事が出来ず、誰もが遥鳴から目を反らし、俯き、顔を歪めている。
「来ましたよ」
沈黙と静寂が少女のはっきりとした声によって破られる。
皆の顔と視線が一斉に少女に向けられる。向けられた先は雪乃であった。
彼女は皆の不安を帯びた視線を気にする事なく話しを進める。
「来ました…けど、直ぐに出てっちゃいました。
私達の手合いを見て恐くなっちゃたんじゃないですか?」
何の悪びれた様子も無く、事の始終を正当させて遥鳴に告げる。
その言葉に少年達の内心は安堵の溜息に塗れた。
「…そう…ありがとう」
そう告げ、その場を去る為身を翻そうとした遥鳴の腕が引き戻される。
何事かと思い振り返ると、雪乃が遥鳴の右腕をしっかりと抱きしめていた。
「…何?」
「遥鳴さん、此処に来るの久々ですよね!!また手合わせて下さいよ!」
雪乃は腕を抱く手に離すまいと力を込め、遥鳴を覗き込むような上目使いで頼む。
声色はあからさまに高まっていた。
遥鳴は困った表情を見せる。
今、雪乃達に構っている暇は無いのだ。
「ごめん…今そんな時間が無いんだ。」
雪乃を傷付けない様謝絶の言葉を選ぶと、遥鳴は雪乃の絡まった腕をするりと抜け、去った。
皆が遥鳴が出ていった扉を見つめていた中で、雪乃だけが唇を噛み締め、俯いていた。




