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obsession  作者: 礼央
第三章 目覚めたモノ
43/45

2

パン二袋を胃に収め、腹の虫が落ち着いたのを確認すると麦茶を啜り再び一息つける。

胃袋が満たされ、頭の回転が良くなり総一朗に対する様々な疑問が沸いてくる。総一朗の対応を見ていると真を受け入れている様にも見える。敵対心を感じない。人の悪意に敏感な真は総一朗に対して苦手意識を少しずつ消失してきているのだ。


「何年生?」

差し障りないが入り込んだ話よりもまず知っておいてよいと思う。

「・・・・六年・・・・」

「えっ・・・・」

口を濁した総一朗の答えに動揺してしまった。てっきり三年生前後かと感じていたからだ。身長の低さも相俟って六年生にしては随分幼く見える。自分の反応もそうだが随分と失礼なことをしている。

「いいよべつに。自覚してるから、身長も一番前だし」

総一朗は慣れた様子で視線を逸らし嘆息するが口振りからして気にはしているのたろう。自分の失言を叱責すると共に取り繕う。

「ごめん。気休めでしかないけど、気にすることはないと思う。

成長期は必ず来るから中学入ってからきっと伸びるよ」

「・・・・本当?」

瞳が真に向けられる。瞳には希望と肯定して欲しい気持ちが篭められている風であり、頷きながらも自らの過去を思い返す。

「うん。私が小学生の頃は自分より小さい男の子は何人もいたけど、中学二年生の時点では皆追い越していたよ。

四谷だって一年の頃は私より小さかったけど、二年生の頃には私の背丈を越えていた。

遥鳴さんだって高いんだし、男の子だもん、断言は出来ないけど不摂生とかしなければ必ず伸びるよ」

僅かに微笑み諭すように語りかける。確信は無いのだが、総一朗も真の解答に納得したかのように頷く。

そして無言のまま立ち上がると真の側まで移動し、真の隣に腰を下ろした。総一朗の意図は汲めないが、この行動が初めて総一朗の年相応の子供らしさが垣間見え、心なしか愛おしさを覚える。真には兄しかいないが、弟がいればこんな感じなのかと。


「そういえば、何で泣いてたんだ?」

思い出したかのように総一朗から発せられた問いに胸が跳ねる。

「どうして?」

「目が赤いから」

冷静を装って訪ね返すが、真の失態は目に見える形で残されていたらしい。誤魔化そうかとも思ったが、そうすれば雪乃を否定してしまうような気もする。

「・・・・私の大切な友人が、私の所為で亡くなってしまったの」

小学生相手にする話では無いことは自覚しているが、総一朗はその対象に思えなくなっていた。

自分がもう少し強ければ、力があれば、もう少し真剣に稽古を付けていれば、様々な自責の念に苛まれる。口に出した途端、ざわざわとしたものが身体を這う。あれだけ泣いたというのにまだ込み上げて来る涙を唇を噛み締める事で耐える。これ以上人前での失態は避けたい。瞼を落とし、落ち着くために静かに呼吸を整える。

総一朗は静かに真が落ち着くまで待っている。そして呼吸が整うのを確認すると再び口を開く。


「蒼間に関わった以上死は付き物だから覚悟するしかないと思う。でも、人の死を悲しいと思えるならまだ正常だね。この一族は狂ってる程人が死ぬ。段々死が身近になりすぎて悲しいって気持ちが麻痺してくる。―――――例え―――――親が死んでも」


――――――覚悟―――――――。

その言葉が脳内に反響する。

確かに考えが甘かったのかもしれない。命を狙われて此処まで来たのだから。雪乃が居なくなった事実は受け入れるに容易ではない。だが、真は雪乃に命を救われたのだ。それだけは覚えておかなければならない。自分の弱さを思い知る為に。

「・・・・親が死んでも泣かなかったのにね」

目尻に浮かんだ涙を拭き取りながら自嘲君に微笑む。

「両親、死んだのか?」

少しばかり眉尻を下げ、総一朗が尋ねる。

「私が此方に来てから殺されたらしいの。詳しいことはよく知らないんだけど・・・」

未だに両親が亡くなった実感がわかないので他人事である為にもの悲しさを感じない。両親が憎いわけでもない、一般家庭なりに大切に育てられた。共働きだった為に家に居ることは少なく、兄が進学してからは放任されてばかりだったが、愛情はあったはずだ。面倒をみてもらった兄に対しても。

雪乃だけじゃない。失念していたが真のせいで家族が殺されたような物だ。真が暗鬼に関わり、自分だけが保護され真を狙った暗鬼によって家族が死んだ。


自分は疫病神かもしれない―――――――そんな考えが頭を過ぎった。


「総一朗君は―――」

「総でいい」

叱責するかのような強い声音で総一朗は真の言葉を遮る。何か気に障る様なことを言ったのだろうか、それとも愛称で呼ばせたいのか、深くは考えずに言われたとおりの名で呼ばせて貰う。

「じゃあ―――総。総のご両親は?」

言ってまた、自分の失態に気付く。確か父親は病気か何かで無くなったはずだ、遥鳴が当主として蒼間を総ているのだから。

「父さんは元々病気がちで二年前に死んだ。母さんは俺を産んで直ぐに死んだ」

「ごめん。変なこと聞いて・・・」

詫びて言葉を濁す。

「良いよ。俺も似たような事聞いたし・・・・・・母さんさ、俺が腹の中に居るとき衰弱してたんだって。俺が成長するにつれ母さんの生命力を奪っていたらしいって。でも周りの反対押し切って俺を産んで直ぐ死んだ。だから母さんの顔は写真でしか知らないんだ。

その面では真と同じで俺のせいで母さんが死んだようなものだよ。俺はこの家でいらない子なんだ」

いきなり総一朗から語られた内容に戸惑う。何故初対面の真にそんなことまで話すのだろうか。名前を呼び捨てにされた事よりも総一朗の重みのある話題たけが気にとられる。

「そんなわけない。もしお母さんが自分の命を大切にするなら堕ろす事だって出来たでしょう?きっと自分より総の方が大切だったから産んだんだよ。総のせいじゃない」

真の否定的な意見に総一朗は顔をしかめる。 

「母さんはどうか知らないけど少なくとも父さんは俺を必要としていなかった。跡継ぎの兄貴ばっかり面倒見ててさ、俺の名前聞いて変に思わなかったか?蒼間で総一朗だぜ?俺は次男で蒼間の名を継げないからって、酷くない?クラスでも馬鹿にされるし・・・・」

「・・・苛められたの?」

嘲笑う総一朗に真が尋ねると今度は鼻を鳴らした。

「まさか、二度と刃向かわないようにしてやったし」

負けん気は強いらしい。流石は蒼間の人間というだけあろうか。そう言えば以前に凪砂から聞いたことがある気がする。蒼間の苗字は限られているから直ぐに解ると。当主の人間しか名を継げないとなると納得出来る。

「うーん。名前を付けたのは両親だから意味は本人に聞いてみないと解らないけど、必ず何か意味があると思うよ。願いとか?私も良く男に間違えられて不便だったけど名前自体は嫌いじゃない。それに、ペットに付ける訳じゃないんだからそんな安易には付けないでしょ。私は総一朗って素敵な名前だと思うけどな」

更に総一朗は自分に否定的な意見を述べる。

「兄貴だってそうだ。俺は兄貴の力になりたくて柱にまで上り詰めたのに、あんなに忙しいのに関わらせて貰えない。役立たずだって思われてる。俺には何一つ教えてくれないんだ。俺だって本家の一族で次の当主候補なのに・・・」

先程から聞いていると総一朗は愚痴と不安を口にしている。始めは蒼間に関わるものとして達観した雰囲気もあった。しかし、総一朗も年相応の小学生なのだ。やはり重圧などから苦悶するところがあるようだ。当主の血を引く直系の人間なら尚更一族の者に弱みは見せられない。真に聞かせるのも真が蒼間に関わり、かといって蒼間の人間でないからこそ言い表せる内容なのたろう。

だからこそ、真摯に応えてあげなければと話題になった人物を思い浮かべる。

「遥鳴さんなら何度か会ったことあるからご両親よりかは知ってるけど、使えないからって除け者にする人じゃないと思うよ?今の話を聞いてたらどう考えたって危険な目に遭って欲しくないから遠ざけてるとしか考えられない。私だって遥鳴さんと同じ立場だったらそうしてるよ。

だって血を分けた唯一の家族でしょ?

勿論、力になりたいって総の気持ちも理解出来るけど」

自分如きがが何か言うことで総一朗の気持ちが軽くなるとは思ってもみないが少しでも前向きに考えてくれると嬉しい。

総一朗は柱になったと言った。つまりは蒼間の一族で上位にあたる実力者なのだ。その若さでと再び感心する。もし遥鳴に何かあれば跡継ぎも居ないので総一朗が当主となる筈だ。それを自覚しているので小学生ながら努力しているのだろう。


「何かさっきから俺の機嫌取るみたいな答えばっかだな」


独り言の様に総一朗は呟いたが、疑るでも嫌悪感を見せるでもない総一朗の姿に考えることなくただ思った言葉を発する。

「確かにそうかもね。でも出会って直ぐの人に機嫌取りが出来るほど私は器用な人間じゃないよ。

感じた事を口にしただけ。

私の発言で総が不快な思いをしたなら謝るし、機嫌が取れたのならそれで嬉しいよ」

自分が思っている以上に初対面である総一朗に対して心を開いている状況に自らを褒め称え、内心で安堵の息を吐いた。


「真はこの後どうするんだ?」

総一朗のこの問いに改めて自らが置かれた立場を思い返す。

「そうだ、遥鳴さんか四谷の連絡先知らない?」

双方のどちらでもいい、連絡を取りたかったのだ。流石に総一朗も携帯くらいは所持しているだろうし、もし所持していなくとも此処は遥鳴の自宅、連絡先くらいは知っているはずだ。

しかし、総一朗の応えは期待に反するものだった。

「連絡先は知ってるけど、あの二人は忙しいから電話掛けてもほぼ出ないから無駄だよ。特に蒼間関連だとね。だから俺も携帯持ってても連絡しないしね、何のために携帯持ってんだか・・・・・・」

わざとらしく肩を竦めため息を漏らす総一朗に試してみても無駄だとの意味が読み取れ、返す言葉も見当たらず押し黙ってしまう。

「真が此処にいるって幸が知ってんなら何れは戻ってくるだろうからそれまで此処にいたら?

予定はないんだろ?」

妥当な案ではあるが、少しばかり遠慮してしまう。いつ帰ってくるのかはっきりしていないのが不安の種だ。だからと言って鞄すらない真は家にすら帰れずこの場にいる以外は道が無い。

「でも・・・・・・」

「家には俺しか居ないんだから気にする必要はねーよ」

言葉を濁していた真だが、今自分が帰ってしまうと総一朗が一人になってしまう。もしかしたら淋しいのかもしれないとの一抹の自惚れ的考えを抱いた真は、総一朗の言葉に甘えることにした。

「そうだね。もし夕飯時にも帰らなければ何か簡単な夕食でも作られてもらうよ」

「やった」

素直に反応した総一朗に改めて年相応の幼さを垣間見る。

自分が総一朗にとって微々たる程度でも必要とされた喜びを味わうと共に、真の心に悲しさが過った。

これも蒼間と狭間がもたらした代償なのだろうと。


「なら丁度良かった。折角なら宿題教えてよ。俺良く解んないんだよね」

そう話題を変えた総一朗は投げやったランドセルの元へ足を運び、中から薄い問題集を取りだした。

「何の問題?」

尋ねながら、心の中で焦りが芽生えた。小学六年生の問題なので出来ない事はないと思うが記憶の方が曖昧で、尚且つ教えられた事しかない真にとっては人に教える経験が無く、不安に駆られた。

「国語・・・・」

「国語?」

てっきり算数か何かと考えていた真は予想外の答えに言葉を返してしまう?

理数系と英語はさっぱりだが、国語ならそこそこ本を読む習慣があるので勉強しなくとも特に悪い成績を取ったことは無かった。

だが、国語で教える事などあっただろうか?一体国語の何を教えればよいのか。

真の思考を読み取ったのか、総一朗は説明するかのような口調で話す。

「別に算数とか理科とかは得意なんだけどな、ちゃんとした答えが存在してるし、社会も英語も暗記すればいいだけの話だし。でも国語って答えが一つじゃないだろ?こいつの気持ちを答えろとか。

それが良く解んないんだよな・・・・」

総一朗の話を聞く限り、憶測ではあるが、総一朗は頭の回転が速いのではないかと考える。『蒼間』と言う世界で生きてきたのも一因だろうが、色々と深読みしすぎるのではないか。高校程度の学力ならまだしも小学生の問題はそこまで入り組んでいない。単純だった筈だ。

という事はその単純な答えをどう総一朗に説明をしながら解りやすく教えて行くかが真に与えられた課題だ。雪乃が自分にそうやって教えてくれた様に、彼女の姿を頭に描きながら総一朗の問題集を開いた。


宿題は夕方頃に終わった。やはり総一朗は頭の回転が速いようで、自分の言葉足らずな説明を直ぐに理解していった。時間もあるし折角なのでとこれから出題されるであろう宿題の範囲までも進めて行った。

それから少し休憩をして、少し早い気もするが夕食の準備に取り掛かった。

冷蔵庫には考えていたよりも食材が豊富に残っていて、レシピを考えるのに苦労はしなかった。

手抜きではあったが料理を作る間総一朗はずっと近くで手際を眺めていた。

食事と片付けを済ませ、テレビを眺めながらどちらかの帰宅を待っているうちに隣に座っていた総一朗は眠ってしまった。膝枕をする形で真は静かに寝息を立てている総一朗の頭を起こさないように撫でる。

見動き出来ないのは辛くもあるが、とても穏やかな時間を覚える。テレビを音を背景音楽にに真はずっと総一朗の寝顔を眺めていた。






時計の針が七時を指す頃、やっと玄関の扉が開く音が耳に届いた。

膝元にはまだ総一朗がいるので首だけをリビングの扉に向け、帰宅する人物を待った。

扉を開けたのは遥鳴ではない、制服姿のままの幸希だった。

「おかえり」

「おう。悪かったな、何も言わずに置いて行ったりして。もう大丈夫か?」

幸希は真を視認すると詫びの言葉と気遣いの言葉をかける。

「うん、大丈夫。色々と迷惑かけてごめん」

自らも幸希に今朝の出来事を謝罪する。忘れてしまいたい出来事ではあるが、過ぎてしまったことは仕方が無いと諦める。時間が経過していた所為か気持は随分と穏やかになっていた。

「俺の事は気にするなって・・・」

幸希の視線が膝元に向けられる。

「総がいるから置いていってもいいと思ったんだがな。お前良く総に懐かれたな、何したんだ?」

すやすやと眠っている総一朗を見て幸希が疑問符をぶつけるのと同時に開けっぱなしの扉から現れたのは遥鳴と、次いで遠慮がちな咲妃と奈々絵だった。

「真っあんたもう大丈夫なの?」

真を確認すると、いつもは強気な咲妃が珍しく眉毛を下げて心配げに尋ねて来る。

「私はもう平気、心配させてごめん。どうして二人が此処に?」

「あんた鞄学校に置いて行ったままだったでしょ?持って来たんだよ」

そう言われ、咲妃が自分のとは別の鞄を持っているのに気がつく。

「そうなんだ、わざわざありがと」

感謝の意を述べると、人の気配と声に気付いたのか膝元の総一朗がもぞもぞと起き上がる。

まだ眠いのか、眼を擦りながらもリビングに居る人物を確認しながら声をかける。

「・・・・おかえり」

「嗚呼、ただいま」

掠れた声に返事をしたのは家主である遥鳴であった。

遥鳴はとりあえず招いた人物をソファーへと座らせた。不本意ではあるだろうが、総一朗は空気を読み取り、何も言わずに自分の部屋へと去って行った。


ここにきて遥鳴はやっと真に声を掛ける。

「幸希から聞いたよ、色々と迷惑を掛けたね」

遥鳴の言葉の意味が今朝のクラスメートの事だと瞬時に理解する。

「いえ、こちらこそすいませんでした。冷静さを欠いた行動だと思ってます。それに、今となってはあの人達の不安や恐れを理解できる」

同級生も、蒼間でありながらも何処か平静を望んでいたんだと思う。暗鬼とも関わりが無かったと聞く。それが身近な雪乃の死によって自分達にも降りかかるであろう死が間近にあることをを思い知らされ、恐怖し、そのやり場のない思いを真にぶつけただけなのだと。

自分も、雪乃の喪失感を彼らにぶつけた様に。

「幸希達の御蔭でその件は収まりつつあるよ。それで、これからの話なんだが・・・」

遥鳴はテーブルを囲う様にして座った四人の顔を見回すと硬い表情で言葉を続ける。 

「来週で夏休みに入る。先程まで少し継見と話していたんだが、道の存在が明らかになった以上、相手が何をしてくるか解らない。

そこでまず、夏休みに入り次第、一度幸希と一緒に四谷の家に行ってもらおうと思う」

「・・・・四谷の実家・・・?」

小さく零した言葉に遥鳴は頷く。

「家族の事もあるから一度地元に戻ってみるといい。そのあと、夏休み中は総本家に住んでもらう」

実家に戻る話に比べ、総本家に行くのは半ば強制的な物言いを感じる。

「真には申し訳ないが、総本家で修業を積んでもらう。道に狙われているからには自分の身は自分で守れるくらいには力をつけなければならない」

遥鳴の射抜くような視線を受けながら、真は頷いて遥鳴の言葉を肯定する。力をつけるのは真も望んでいるので、有難い機会だと感じる。

「総本家にも幸希には連れ添ってもらから心配はいらないと思う。もうひとつなんだが、夏休みまでは学校を休んでもらおうと思う。今日の事があったからね。

今のまま真をあのアパートに一人で住まわせるには危険と判断したんだ。そこで地元に帰るまではこの家で過ごしてもらおうと考えている」

「・・・え・・・・」

「流石にこの家は男所帯だから、もし真が嫌であれば咲妃や奈々絵にも此処に居て貰う事になるけど・・・・」

先程の緊迫した空気とは打って変わって、遥鳴はいつもの困った様な遠慮がちの笑みを見せる。

咲妃と奈々絵に視線を向けると、遥鳴の提案には了承している風である。


「・・・・いや、一人で大丈夫です。私は気にしません。それにこの家には総がいるから―――」




話を終え、真は夏休みの分を含む荷物を取りに一度家に向かっていた。

夜道ともあって護衛を兼ねて咲妃と奈々絵も行動を共にしている。

「ねぇ真ちゃん。やっぱり一人で大丈夫?」

心配症の奈々絵はずっと気になっていたようで、タイミングを見計らったように話しかける。

「うん。大丈夫だよ」

「でもあの家幸希いるじゃん」

多少咲妃も気にはなっていたのか奈々絵に続けて話に加わる。

「別に気にする事でもないでしょ?どうせ夏休みに入れば嫌でも行動を共にする訳だし。それに二人は学校あるでしょ」

論破したとばかりに押しくるめられた二人はそれ以上の言葉は言わなかった。

確かに年頃の女子が男所帯の家に世話になるのは倫理的な観点からすれば多少問題があるかもしれない。かといって理由が理由なのだ。やましい意味も遊んでいる訳でもないのだから二人が言うほど神経を尖らせる必要も無いはずだ。

そんな事を考えながらももう一方で、二、三年前の自分が幸希と一緒に生活をともにすると知ったらどう感じるのだろうか。昔の自分に教えてやりたくなり、下らない考えを一蹴した。



「総本家ってどんな所かな――――」

「あんまり期待しない方がいいよ。山の中だから」

期待するだけ無駄だと笑いながら咲妃は応える。

「私達も早めに総本家に向うから、その時は一緒に修業しょうね」

「早めに来てよね」

冗談を加えながら、敢えて雪乃の死には触れず簡素な話題を交えながら帰路へ向かった。



おおよそ二月生活できる大量の荷物を何とか手持ちのバックに詰めた真は二人に付き添われ、先程の遥鳴の家へ向かい、玄関先で別れた。

家に戻ると遥鳴は再び何処かへ出かけているようで、リビングには幸希の姿しかなかった。


「総は?」


自分が帰宅している間に風呂でも入っていたらしい幸希の髪は濡れており、シャツにスウェットとラフな格好に着替えていた。幸希の私服姿を拝見するのは中学の修学旅行以来だな、と懐古しながらソファーへ身体を投げやる。

「ああ、なんか身体に悪いとかなんかでもう寝たな。いつもはもっと遅くまで起きてんのに」

首にかけたタオルで髪を乾かす幸希は珍しげに総一朗がいるであろう二階の部屋に視線を向ける。時計を眺めると針は九時を廻った頃であった。昼間の会話を気にしての行動だろうが、総一朗の背の低さである原因の一つに成程と心の中で頷いた。

「それにしても、あんな短期間で良くお前に総が懐いたな、何したんだ?」

先程の問いかけを改める幸希の意図が窺えず、小首をかしげる。

「いやさ、あいつ家庭環境もあってか歳の割にませてるだろ?人付き合いは卒なくこなすけどやっぱ距離取ったり弱み見せなかったりするんだよ。従兄の俺でさえあまり本心は見せないしな。

だから、初対面である筈の人間に寝顔なんて隙見せるのはまず無いからな、俺としても驚いたんだよ」

驚いたと言う割には大して表情を変えていない幸希を横目に昼間の出来事を思い浮かべながらも心当たりを探す。

「別に・・・・普通に会話しただけだと思うんだけど・・・・」

少しばかり自らが心を開いて接したこともあるだろうが、やはり主だった理由は考え付かなかった。

「まぁ、そんな事もあってか相模が此処に泊まるって聞いてあいつも珍しく喜んでたんだ。良かったら仲よくしてやってくれ」

「随分気にかけてるんだね」

「従弟ってのもあるが、俺弟居ないから弟がいたらこんな感じなのかってさ、捻くれてはいるけど可愛く見えるんだよ」

そう言って笑顔を見せる幸希に真も僅かな笑みを零す。総に対する考え方は同じなんだと。総一朗は自分の存在価値を卑下していたが、此処にも彼を大切に思う人物はいるではないかと。



幸希が客間を利用していた為、真は生前両親が使っていたという部屋を宛がわれた。

両親の死後に部屋の整理をしていたそうで、私物は殆ど無くなっていたが、部屋の大半を占拠するキングサイズのベッドにはどうも落ち着きがしなかった。しかし寝心地の良さなどからその日の内にすぐに慣れ、ほとんどを家に引きこもってばかりではあったが総一朗と幸希の同居人との生活はあっと言う間に過ぎて行った。

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