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obsession  作者: 礼央
第三章 目覚めたモノ
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見つめなおすもの

幸希は無言ままの真を振り返りもせず、ただただ腕を掴み歩んでいた。

少し速度が速いのかもしれないが、真は抵抗する気力がないのか流れに任せるかのように引っ張られるまま幸希の歩幅に沿って歩く。真は壊れてしまったのではないかと不安になったが、昇降口に着いた際靴を履けるかどうか確認したところ、返事もないが緩慢な動作で外履きに履きかえたので何とか精神状態は保っているらしい。

靴を履き替えると幸希は再び真の手を取って足を運ぶ。

まだ登校時間なだけあって校内でも多くの生徒とすれ違った。しかし、校舎を出ると登校する生徒とは反対方向に進む幸希達は大勢の生徒と行き交い、好奇の目を向けられたが、歩みを止めること無く進み続けた。

門を出て毎日のように通る道なりを進み、通りに抜けた所でたまたま出くわしたタクシーを止めた。

こんな時間にタクシーに乗り込む高校生を運転手は訝しんだがそれも最初のうちで、生気を欠いたように憔悴した真とどこか険しい顔の幸希に察したのだろうか目的地以外何も聞かずに車を走らせた。


幸希が行き先を指示した先は今幸希自身が住んでる邸宅、遥鳴の家であった。

リビングへ進み、大きな作りをしている革製のソファーへと真を座らせる。ソファーへ腰かけてからも真はずっと視線を下げたままであった。そんな真を幸希も見下ろしていたがややあって自身も真の隣へ徐に腰を落とした。


「・・・・雪乃の事なんだが・・・・」


雪乃。その単語に真の手がぴくりと反応したのを幸希は視界に入れるが、話を続ける。


「雪乃はお前が入院してる間、一族内で内密に火葬された。あいつは身内が居ないに等しいからな。その日の内に総本家にある墓地に埋葬された」


それだけを告げ、窓の外へと視線を遣る。

基本蒼間の一族に通夜も葬式も無い。不慮の事故や病死、一般市民として社会生活の中での死は世間の目を欺く為にも葬儀は行われるが、雪乃は裏の世界へ関わった故の死なのだ。従って様々なものが世間から隔離、改ざんされ、表向きには階段から落ちて頭部を強打し、事故死として処理された。

中には死因を偽り葬儀を執り行う一族もいたが、雪乃の両親含めた親近の一族は過去に当主殺害の反逆を企てたことで追放されている。引き取る保護者のいない雪乃は隠密に引き取られ、葬られたのだ。親しい友人であった幸希も、咲妃も奈々絵でさえも、その最後を見送ることが出来なかったのだ。

加えて、総本家の墓地とは無縁仏に等しい。一族の全体の三割に値する墓を持たない一家が埋葬されるのだが、祭る者も供養する者も参る者さえ居ない。

その事実を今の真にはどうしても告げる事が出来ずにいた。


「それと――――――」


言葉に詰まったが、真の方へ視線を戻す。


「雪乃が死んだのは相模のせいじゃねえよ。

殺したのは高藤って奴だ。確かに雪乃は相模を守って死んだ。それは相模の所為じゃない。

あまり自分を追い詰めるな」


―――――――――――何を言っているんだ自分は。口で言いながら嫌悪感が立ち込める。だが今の真を見ている限り、気休めでも言わずにはいれなかった。このままでは雪乃だけでなく真までもが居なくなってしまいそうに脆いから。

膝の上に手を置き、プリーツスカートを握りしめていた真の手が微かに震えていた。次第に肩までが震えだし、嗚咽と共に手の甲に滴が落ちた。

それは涙だった。ずっと我慢していたのだろうか、溢れだしたそれは堰を切ったようにみるみる溢れだし、視界を歪め、手の甲に水溜りを作り上げていった。


「っわ・・・私・・・っ」

上ずった声で真は今日初めて幸希に声を出し始めた。

「まだ・・・信じられなくって・・・・夢って思ってた・・・。学校に行ったら・・・当たり前のように雪乃がいて、いつものように話出来るんだってっ・・・・・。

約束してたっ夏休みになったら旅行に行こうってっ」

「・・・・・・・・」

「何でっ・・・雪乃は私を助けたのっ。私が助かって雪乃が死んだって意味が無い!!!私は雪乃に生きて欲しかった!!!!私が死ねば良かったのにっ!!!!!」

初めは弱々しかった口調は徐々に嘆声となって感情的に発せられた。

涙で濡らした面相を幸希へやると、幸希の胸元へ顔を埋めた真は嗚咽だけではなく声をも揚げて泣いた。両の手は制服のシャツに皺が刻まれるほど強く握られている。真の上体が自分にかかった反動で若干仰け反ったが、左腕を支えに直ぐに反りを戻す。

真が感情を此処まで露わにするのは実に二度目である。それ程、真にとって雪乃の存在は大きかったのだ。近くでみていたのでそれは良く解る。真が蒼間に渡って今までやってこれたのは雪乃が居たからと言っても過言ではない。

初めはお互いの印象は最悪だったらしいのだが、雪乃が真を受け入れたことにより真は徐々に心を開いた。何かあれば真は雪乃に相談したし、雪乃も真が一人にならないようにずっと傍に居た。二人は唯一無二の親友だとしても過言ではないだろう。

雪乃も、真の存在が大切だったからこそ身を呈して犠牲になったのだろう。

幸希にとっても雪乃は大切な仲間で、友人だ。哀情はあれど蒼間として生き、非道に慣れ切った幸希には真ほど人の死を悼むことが出来ない。

真の泣声だけが部屋に渡る中、掛ける言葉も見つからない幸希は、空いた片手で真の背をさすることしか出来なかった。






目を覚ますとまた知らない空間に居る事実にしばらく頭が回らなかった。身体の側面に柔らかな温もりを

感じ、のろのろと上体を起こす。

まだ焦点の合わさらない瞳を何度か瞬きし、自分が幸希の目の前で散々泣き喚く醜態を晒した挙句そのまま泣き疲れて眠ってしまったのだと理解する。

途端に羞恥と後悔、そして罪悪感に襲われる

。何をやっているんだと頭を抱え込むが、深呼吸にも近い深い溜息をつくと足をソファーから下ろす。

改めて部屋を見回すとここが遥鳴の家であったと思い返す。ここに来るまでは放心していたが、意識はちゃんとあった。

遥鳴の家に足を運ぶのは二度目である。一度目は応接間に通された。そこでも感じて居たのだが、良い暮らしをしているなと感心せざるをえない。

庶民との差を思い知らされる。

腰の体重を少し動かすだけで深く沈むソファーは真が横になって休めたほどの広さでセンターテーブルの周囲をコーナーで配し、部屋の中で存在感を示している。テーブルを挟んだ向かいには部屋に見あったサイズのテレビが違和感を感じない程の距離に設置されている。

ダイニングはセミオープンタイプのU字キッチン。六脚椅子のある長方形のダイニングテーブル。収納棚は壁面に備え付けられており、扉で隠されていることによって一切の乱雑さが見受けられない。

一言で言えば生活感があまり見受けられない部屋だった。収納棚の所為かもしれないが、全体的にものが少ない。まるでモデルルームのようだと錯覚してしまいそうな程。

部屋は締め切っているが、梅雨が明けて夏入りしている時期にしてはやけに涼しい。空調が効いているのだろう。真は足下に落ちている布地に気付き、手に取る。広げて見るとそれはタオルケットで、寝相によって意味を成さなくなってしまっていたが幸希が掛けてくれたのだろう。


そう言えば、幸希は何処に居るのだろうか。

立ち上がり廊下へ出る。

やましいことをしている訳ではないが、知らない部屋に居ることに後ろめたさを感じ音を立てずに扉を開けてしまう。

そろっと首だけを出し周囲を見回し部屋の位置を確認すると玄関へ向かう。框まで来て足下を見やると玄関には真の革靴しか並べられて居なかった。


――――つまり、幸希は外出しているらしい。

幸希の靴が無いのを確かめるとリビングに戻り、先ほどまで座っていたソファーに腰を落とす。同じ位置に座った事でソファーには体温の温もりが鮮明に残り、身体を伝う。


どうしたものか。


平静さを保ちながらも反面、悩んだ。

幸希は疎か家主である遥鳴の連絡先も知らない上に、携帯はカバンの中にあり、肝心のカバンは教室に置いたままだ。

故に連絡の取りようが無い。

それ以前に無人の家を鍵も無いのに勝手に去るのも憚られる。

何故幸希は自分を置いて消えてしまったのだろう。一抹の不安を覚えたが、恨みの方が勝った。

出来れば無理やり起こしてでも一緒に連れて行って欲しかった。孤独には慣れており苦痛を感じる事もないが今の状況は訳が違う。

家主の居ない人様の家に上がり込んで一体何をすれば良いのだろうか、二度目とはいえこの家の勝手も一切知らない。

壁に掛けてある時計の針は二時を指している。

この数日散々寝ていた上にまた更に五時間近く寝ていた自分の睡眠力に呆れながらもどうする事もできず、真はソファーに座ったままいつ帰ってくるかも分からない住民を待ち侘びつつ、途方に暮れていた。




真が覚悟した長時間の待ち惚けの終了時間は帰宅を告げる玄関の鍵が開けられる音によって存外の早さで終了した。

遥鳴か、幸希か、どちらかを想像しながら内心助かったなどと考えつつ、向かって来る足音を聞きながら廊下へ通じる扉に視線を向ける。

しかし、扉を開けたのは遥鳴でも幸希でもなく、見ず知らずの人物だった事に真は固まってしまう。

黒色のランドセルを背負った少年。ランドセルからして小学生だろう。だが、こちらに越してから小学生の知り合いなんていない。

相手もこの空間に真が居る事に驚いたのだろう、目を見開いた後彼も扉を開けたまま、僅かに固まってしまう。


「誰?」


眉を顰め怪訝さを込めた敵意ある言い方。

まだ声変わりしていないその声は幼くも剣を持っている。

「えっと・・・・・」

何と応えれば良いのだろう。考えを巡らすが、子供相手に説明が付かず口吃る。


「・・・相模・・・真です・・・」


とりあえず自己紹介をしてみる。

彼がもしこの家に住んで居るのであれば今の真は不審者となってしまう。だが、この家は遥鳴と幸希の二人暮らしではなかっただろうか。

「・・・もしかして、兄貴が言ってた蒼間が匿ってるって奴?」

匿う。とは少し違う気もするが、一応自分の事だろう、その問いに小さく頷く。

それよりも。


「兄貴って・・・・・」

問い返されは少年は子供ながらの大きく丸い眼をぱちくりと見開く。

警戒心を解いたのか真の側まで歩み寄り空いているソファーへと背負っていたランドセルを軽く投げやる。

「何だ、聞かなかったのか?」

再び彼の問に首を傾げる。

蒼間総一朗(そうまそういちろう)。蒼間遥鳴の弟だよ」


「弟居たんだ・・・・・」

知らなかった。いや、元から遥鳴については知っている事など殆ど無いに等しいのだが、それでも驚きは隠せない。

するとキッチンへ向かって居た彼、総一朗はトレーにグラスを二つ乗せ戻ってきた。

一応真を客として扱ってくれるらしい。グラスの一つを真の前のテーブルに差し出してくれた。そして真とは直角線上のソファーへと腰掛ける。

寝起きである真は丁度喉が渇いており、総一朗の心遣いは有難かった。例を言うと差し出された麦茶で喉を潤す。

一息つくと失礼とは思いながらも総一朗を横目で一通り眺める。艶のある黒髪を持つ遥鳴に比べ色素の薄い猫っ毛の髪質をもっているが、割と整った目鼻立ちは何となく面影があるのかもしれない。

何か会話をした方が良いのだろう、聞きたい事は山ほどあるが只でさえ口下手な真はかける言葉が見つからない。小学生の子供にも苦手意識を感じてしまう。そんな中総一朗が先に口を開く。

「何で家に居たの?」

素っ気ない言い方たが、自分の家に見知らぬ人間が一人佇んで居たわけだから最もな質問だろう。何処までを話すべきか悩んだが、差し障り無い程度ならばと考える。


「四谷に連れて行れて来られたの。―――――何時の間にか寝ちゃって、そうしたら四谷が居なくなってて・・・・・」

そう言って肩をすくめてみせる。一瞬雪乃の事が胸を掠めるが、総一朗の手前表には出さずに胸の内にしまう。確か幸希もこの家に居候していると聞いたから名前を出しても問題は無いはずだ。

ふーん。と総一朗はさほど関心なさげに応えた。

今度は真が訪ねてみる。

「あの・・・君も『蒼間』なの・・・?」 

阿呆な質問をしていると思う。だって彼は蒼間総一朗なのだから。それでも気になったのだ。総一朗は真の名前を聞いて存在を理解していた。蒼間は幼い頃から狭間と対抗するために鍛えられていると聞いた。しかし実際目の前にいるこんな子供までもが携わらなければならないと言う事実に衝撃を隠せない。

「まぁ、当主の一族だからこの家に生まれた以上は普通の生活は出来るわけがないよ。兄貴はあまり関わらせて貰えないから教えてくれないけど、ある程度の事態は把握してる」

表情を変えずに答える総一朗を眺めながら自分が小学生の頃はどうだったかを追憶する。少なくともそんな年で命のやりとりはしていないし、周りの子よりは多少大人びていたが特になにも考えずに遊んでばかりいた。将来に希望を持ちながら。

総一朗はそれを許されないのだ。何処か総一朗の物言いは年相応の幼さは無く大人びていた。悪く言えばませていて生意気なのだが、年下相手に話している気がしない。その理由も理解出来た。


そんな中、話に区切りをつける為かタイミングを図ったかのように真の腹の虫がリビングの響き渡った。

前触れもなく鳴った音に虚を突かれたが、忽ち真の顔面に熱が籠もる。確か、昨日から一切食事をしていないし、意識をなくして入院している間も点滴しか打たれていない。何日も絶食状態にあり、空腹感は麻痺しているようで無かったが、そんな状態で腹が鳴らない筈がない。頬に籠もった熱を取るように両の手を当てる。何故敢えて今鳴るのか、自分の腹具合を責めながら悶々としていると、何時の間にかキッチンへ行っていた総一朗が何かを手に持って持って来ていた。

「こんなのしかないけど」

そう、手にしていた物を真の前のテーブルに置く。

市販の総菜パンが二つ。遠慮しようとしたが、腹の虫はまだ胎動しておりこれ以上鳴られても困るので礼を言い、素直に受け取る。久々に口にした食事はとても美味しく感じられた。

真がパンを啄む様子を総一朗は立てた膝に肘を突いて眺めていたが特に羞恥などは感じなかった。

「・・・・いつもこんなの食べてるの?」

ふと、疑問が口に出た。当主である遥鳴は忙しいから、弟の面倒まで見れない様な気がした。それともお手伝いさん何かが居るのだろうか?だが、成長期の子供がこのようなものばかり食べているのは宜しくない。

「別に、いつも食べてる訳じゃないよ。少しずつ料理が出来るようになったし、最近は幸希が作ってくれたりするから」

幸希は料理が出来るのか。意外でしかないのだが、それよりも。

「その歳で料理が出来るなんて凄いね」

小学生で料理なんて考えても見なかった。そっぽ向いた総一朗を大して気にすることもなく、一度食べ物を口にすると徐々に飢えを自覚し、黙々とパンを食べ進めた。

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