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obsession  作者: 礼央
第三章 目覚めたモノ
41/45

空虚

――――――――何があったのだろう―――――。


真は自室のベッドに腰を掛けていた。辺りは真っ暗だと言うのに電気さえ付けていない。視界に入るのは窓から漏れる電灯の明かりと部屋を僅かに照らす電子機器の光のみ。

聞いた話によると自分は2日間、意識を失っていたらしい。目が覚めると病院で、全身が倦怠感に襲われた。そして、病室に控えていた咲妃と奈々絵が泣きそうな顔で抱きついてきたのだ。連絡を取ったのだろう、暫くして遥鳴と凪砂が病室へとやって来た。色々と聞かれた気がするのだが、正直自分が何を聞かれたか、何を言ったのかも覚えてはいなかった。皆がどんな面持ちをしていたのかも。

医師からはもう一泊検査入院を勧められたのだが無理やり断り、簡単な検査をした後直ぐに帰宅した。

その場から逃げ出したかったかもしれないし、一人になりたかったのかもしれない。

混乱している。

困惑もしている。

それでも感覚が、視覚が、あの出来事全てを覚えていたのだ。

闇に慣れてきた瞳で力なく自分の手を見つめる。生温い血の感触が未だに残っている。この手が、感触が人を殺めたのだと言う紛れのない事実を真に突き付ける。何故自分があんなことをしでかしたのか、自分の何処にあんな力があったのか、全くもって理解出来ない。人を殺したというのに何の感情も湧かない、普通は恐怖や罪悪感で押しつぶされるものではないのだろうか。

――――――それよりも。

心にぽっかりと開いた喪失感。

それが何を示すのかも解ってはいたが、納得出来ないししたくもない、考えたくもないし現実味が無いのだ。まだどこか夢現で定まらない浮遊感。その浮遊感がある考えを湧き立たせる。

―――――嗚呼、これはきっと夢なんだ―――――。

自分は夢を見ているんだ。最近はテストを頑張りすぎて過労か何かで倒れたのだろう。皆にまた心配をさせてしまった、明日こそは学校に行かなければ、そして雪乃達に会って夏休みの予定を決めなくては。夏はやりたいことが沢山あるのだから・・・・・・・。

真はそのまま倒れ込み、これからの楽しいであろう出来事に思いを馳せながら瞳を閉ざした。



2日間意識を失っていた事により眠れるのかとも考えていたが、何とか眠りに就くことは出来たらしい。

思ったより寝は浅かったらしく、目覚し時計が鳴る時間よりも早く起床してしまった。2度寝する気にもなれず準備に取り掛かる。全身を取り巻く倦怠感が残っているせいか、学校に辿り着くまでに多少の時間は掛かってしまった。それでも何時もよりかは早く教室に着いた。

廊下は毎朝の光景通り生徒達のざわめきで賑わっていたが、真の教室は扉も窓も閉め切っており、何処か静謐さがあった。と言うよりも、教室から声が聞こえなかった。不審さを感じながらも教室の扉を引くと、中に居る生徒全員の視線が真に向けられた。その一斉の視線に一瞬肝が冷えたが直ぐに冷静さを取り戻す。そこには幸希と咲妃、奈々絵が廊下の窓際におり、その3人をクラスメートが囲っていた。

咲妃と奈々絵は異様な空気を余所に、真へと駆け寄って来る。

「真っ、もう学校に来て大丈夫なの?」

咲妃の言葉と表情には心配と、焦りが含まれる。何故学校へ来たのか、そんな意味合いを。幸希も同じような面持ちをしていた。タイミングが悪かったなと何処か上の空で考えつつ教室を見渡すと、机の上に花瓶に入れらた花が一輪、ぽつんと飾られていた。そこは紛れもなく雪乃の席で、嗚呼、夢じゃなかったんだと酷く冷めた感情が捉えていた。

教室に居た生徒が真に気を向けていた。殆どが、悪意に満ちた視線で。そのうちの一人の男子生徒が真を更に睨め付けると幸希へと向き直った。きっと先程まで彼が幸希に何かを言っていたのだろう。それを真が来た事で中断された、そんな雰囲気だ。

「・・・・・・なあ、何であんたが居ながら雪乃は死んだんだ?」

雪乃の死。その単語が胸に突き刺さる。

改めて教室に居る生徒を眺めると蒼間の人間ばかりの顔ぶれである。覚える気が無いので顔も名前も詳しくは知らないが、なんとなく勘だけでも確信があった。部外の生徒の事が頭に過ったが、以前彼らは過ちを犯している。去年の冬、真が越してきた頃に。その失敗があってか何らかの人払いでも行っているのだろう。教室の扉と窓はすべて閉め切られており、7月と言うのに蒸し暑さもさほど感じられない。廊下で感じた違和感はきっとそれだ。教室に居る蒼間の生徒の殆どが、畏怖や悲嘆、怒りを目に見て解るほどむき出しにして一斉に幸希へ向けているようだった。

敵意のこもった問いに幸希は答えない。それをいいことに複数の生徒が声を上げる。

「雪乃は蒼間でも実力者だったんでしょ?!」

「何で殺されなきゃならないんだよ」

「詳しく教えてよ!!!」

「次は俺達がやられるかもしれないんだろ!?」

どうやら彼等は雪乃が死んだ事実よりも雪乃の死により身近に感じる死の恐怖、次は自分達の番かもしれない、自分達に降りかかる危惧。そう言った意味での悲痛さが表れているように感じ取れる。やり場のない感情を幸希にぶつけているのではないかとも。当の幸希は真のいる位置からは背になっており表情が一切解らない。

他人事のようにその光景を眺めていた真だが、一番幸希に詰め寄っていた男子が血相を変えてこちらへ向き直った。そして数歩、足を進める。

「お前の所為だ・・・・・」

低い声でそう零すと懐から折り畳み式のナイフを取りだし、ゆっくりと鋭い刃先を真に差し向ける。

「・・・・おいっ」

ここにきて漸く幸希が制止の言葉を発するが、きっと彼も様々な思いが混濁し、困惑しているのだろう。幸希を気にすることなく続ける。

「雪乃は強かったのに・・・・」

一歩。更に一歩、真へ近づく。

「お前に関わったから・・・雪乃は死んだんだ」

その台詞でかっと頭に血が上ったと共に、あの時の光景がはっきりと脳内で鮮明に再生された。

首を断ち切られ、崩れ落ちる胴。宙を舞う頭部、噴き出す血飛沫。光を無くした虚ろな眼球。

考えるよりも先に身体が動いた。

彼がナイフを持っている手首を手刀で叩き、地面に落ちるより前に奪い取るとそのまま軸である片足を足で払い、相手が尻もちをついた所で馬乗りになる。倒れ込んだ彼の首もと擦れ擦れの場所に思いっきり奪ったナイフを突き刺した。

先程とは違う緊迫した静寂が教室を支配する。

「・・・・・・私が・・・・・、私が殺したって言えばいいじゃない!!!!!!!」

絞り出すように発せられた悲痛な叫びが教室に響く。

刃を向けられたクラスメートは自分がされた事を理解出来ていないのか固まったまま唖然と真を見つめていた。それほど瞬間の出来事だったのだ。

雪乃から教わった護身術の1つ。無意識とはいえ、実践で行うのは初めてである。手元が狂えば刃先は男子生徒の首を掻っ切っていたのかも知れないが、爆発する感情を抑えられず完全に我を失っていたのだ。

雪乃は殺されたのではない。自分を庇って死んだのだと。つまり自分が殺したような物だと、言い表せない感情と憎悪を生徒にぶつける反面、自分に言い聞かせた。

少しづつ、自制心を取り戻した真は握ってい居たナイフの柄とゆっくりと離すと、そのまま力なく項垂れた。男子生徒に乗っかったままだが、最早そんな気力さえ無くなっていた。


俯いたままの真を、誰もが戸惑いの眼差しを向けていた。真の予想だにしない行動により、その空間にいた全員が冷静さを取り戻したのかもしれない。

そんな中、ぐいっと真の腕が引き上げられた。動く様子も見せない真の腕を持ち上げ立たせたのは幸希であった。幸希は真が先のように崩れ落ちるのではないかとも思った。だが俯いたままではあるがしっかりと立ち上がっているのを確認すると咲妃へと向き直る。

「後頼めるか?」

抑揚のない声で尋ねる。

「え・・・・・うん。でも・・・・」

まだ完全に情勢を収集しきれていない咲妃が当惑しながらも言葉を紡ぐ。しかし咲妃が言い終えるよりも前に幸希は真を引き連れて教室から歩み去っていった。


2人が教室から居なくなった後も暫くの間静寂の空間が流れていた。



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