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obsession  作者: 礼央
第三章 目覚めたモノ
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真を支える雪乃の手に力が入る。2人を囲むように遥鳴、凪砂、幸希、那穂は暗鬼の前に立ちはだかる。

そしてそれぞれが手元から小さな青白い光を発し、光は集積し形を作り上げ、宝刀を現した。そのまま、何か合図でもする訳でもなく、暗鬼が動き掛かる前に此処が暗鬼へと斬りかかった。

いくら先の暗鬼よりも力が増大していようとも、組織のトップと幹部が相手では対等になる筈も無く、近場の暗鬼から徐々に斬り捨てられている。図体も拡張しているので狙い易いのだろう、武器を持った4人に傷一つ負わす事無く数を減らして行く。

幸希一人の時と同じく、軽々と。

――――――――これが、実力の差か―――――――。

こんな状態でありながらも、雪乃は何処か冷めた、冷静とも言える感情を抱えていた。

この日、幸希だけでなく、尊敬し、慕う遥鳴をも闘いの様を目に収めている。本来は怨敵である狭間の人間でも。これ程の実力者がいれば安心だろう――――。そんな安堵感と、絶望。

遥鳴をそばで支えるべき柱になる事を目標としていた。その為、自己の訓練は欠かさなかった。自分は、蒼間の中でも力あり、柱に近い存在であると、そう思っていた。だがどうだろう、今、目の前に広がっている光景は。あの、皆が手にしている刀は一体何なのだろう。

雪乃はあの存在を知らない。もしかしたら、あの刀の存在が柱の条件なのだろうか?

彼らの動きを目で追いながら、冷静に分析する。

真の様子を見る限りでは、真はあの刀の存在を知っているのだろう。自分よりも真の蒼間での存在が遥かに高い物へと見えて来た。自分は今まで何をしてきたのだろうか?此処にいても自分は真以上に役に立たない邪魔な存在でしかない。

悔しい。

悔しい。

―――――――悲しい。

泣きだしたい。恥ずかしくて逃げ出したい衝動を何とか抑え込み、今与えられている精一杯の役目である真の護衛に、無駄かもしれないがそれでも何か居場所が欲しくて、意識を周囲に向け直す。

雪乃が自分の中の感情と葛藤している間に、暗鬼の数は数えられる程に減少していた。

暗鬼は自分の実力を発揮出来ずに無残にも足元に黒色の水たまりを作り上げ、蒸発している。

最後の一体をも消し去るのに、時間は掛からなかった。あの数の暗鬼を短時間で退治し、やはり息一つ上がってない。


「はいはいはいはい」

声に合わせてテンポ良く手が叩かれる。4人の実力を称賛しているようでもあり、弄んでいるかの様な口ぶりでもある。そしてその手を叩く音が合図かのように、暗鬼が地から沸くように現れる。

恭政はいつの間にか近場のビルの最上階で手すりを背もたれに腰掛けており、高みの見物とも言える恰好で足を組み、遥鳴らを眺めていた。やはり何処か愉しげで、嘲笑うかの様に歪んだ笑みを向けたまま。

「何処まで行っても使役にしか過ぎない暗鬼が勝てるとは思って無えけど、やっぱ組織の幹部ってだけあって実力はそれなりなんだな。まぁ、数は無限にある。気を緩めないこったな」

そう、恭政の言葉の終了と共に、新たな暗鬼が4人へと襲い掛かる。勿論、実力の差は明らかなので、無残にも黒々とした水たまりが足元に広がってゆくだけなのだが。暗鬼はそれでも数を現しては雪乃と真に向かう事無くそれぞれに襲いかって行く。ただ4人の体力を減らす目的でもあるのか、他に意味でもあるのだろうか。

自分が此処に居るかぎりでは、遥鳴や凪砂達はどれだけ体力を擦り減ってでも暗鬼を消し続けるのではないか?そんな事を胃と鼻腔を刺激する強烈な臭いと吐き気に耐えながら何処か冷静に考えていた。

まだ人格などを詳しく知っている訳ではない。那穂は一月一緒に暮らしていて姉の様な優しい印象を持つ。幸希に至っては一緒に居ても居心地が悪い訳ではない。遥鳴と凪砂に至っては、自分が距離を持っている所為か遠い印象を持つ。

それでも、彼らは自分の所為で此処にいるのだ。

何か。打開策を得なければ。

乏しい意識の中、必死で頭を回転させていた。

暗鬼の数が減る様子は無い。高藤とか言う人物をどうにかすればいいのだろうが、この暗鬼の数で誰かが彼に攻撃をしかければその1人分の暗鬼が此方に向かうだろう。自分に何か力があれば、暗鬼か、高藤にでも接触でも出来れば・・・。そんな考えは再び襲ってきた嘔気により思考は拡散されてしまう。

雪乃の支えにより、足だけは地に着いているが、体の方は悲鳴を上げているらしい。視界がチカチカと白ばんで来ているのだ。これ以上思考を巡らせる行為は今の真にとって限界があるらしい。


「・・・チッ」

恭政は小さく舌打った。暫く様子を見ていたのだが、ただただ現れる暗鬼を4人が斬り込むだけ。何かが変わる訳でもない。

飽きて来たとも言えるのだろうが4人は明らかにまだ本気と言うのを出していない。何処か腹でも探っているかの様なそんな余裕のある動き。仕方無いのかもしれない。なんせ一緒に共闘しているのは本来いがみ合っていた因縁の相手なのだから。裏で細工していたのは此方なのだが、やはり、この状況はつまらない。

変化が欲しい。恭政は快楽を求めているのだ。

自分が楽しめればそれで良い。人が傷つこうとも、死のうとも、自分が快楽を得られればそれが全てなのだ。普通はつまらない。恭政は自分が道と言う組織の一族であることを心底喜んだ。

普通の人間なら手に入らないであろう『力』を生まれつき持っていた。

その力を伸ばす為に修行だけは努力した。その真面目さに自嘲しながらも。

この組織は面白い。深いところまでは興味も無いが、組織に属していれば学校に行かなくとも、働かずとも生活に不便なく金は支給されるのだから。更には人を殺めても罪に問われない。隠ぺい出来る。この狂った快楽を得ることが可能なのだ。

この組織にいる限り、自分の楽しさは尽きらことはないのだろう。そう、口元を緩ませて静かに立ち上がった。手には何処から現したのか幸希らが持っている物ど同様の日本刀を手にしていた。

視線は暗鬼でも、凪砂達でもない。柄を握る手に力を込めると目標を定めた。


「真っ」

名を呼ばれて気付いたのは自分の身体が押し出され、地面に強く体を打ちつけていた。衝撃により息が詰まったが、とっさの出来事に頭が回らなかった。どうやら距離のある建物から瞬時に攻撃を仕掛けて来た恭政を雪乃により助けられたらしいのだが。

目の前の光景に目を疑った。

自分の見たものが理解できなかった。

その景色が酷くスローな動きで見てとれた。

時が止まったかのように。

――――――――自分を助けた雪乃は恭政により頭部を切断されていた―――――――――。

切断された頭部がゆっくりとゆっくりと弧を描くように飛沫を上げ宙を舞った。

切断された雪乃だった物は重心を無くし、力無くその場にぐしゃりと崩れ落ちた。

ごとりと、重い音を立てて落下し、頭部が転がる。

それと、視線が合ってしまった。

「・・・・・っ」

声にならない悲鳴が喉の奥で詰まると同時に目が釘付けになっていた。頭部の雪乃はまだ意識があるらしく、視線を真に向けていた。そして微かに口元が動いていた。声が出ていないために聞きとる事は不可能だったが何か伝えたかったのだろうか。切断面からは中身の骨と、肉とを晒し、頭部と体から夥しい程の血が溢れていた。雪乃だった身体はピクリとも動かない。

泉のように血液は大きな血溜まりを広げ、みるみるうちに地に腰を付け上体を支えていた真の手を血が浸していく。手には生ぬるい感触が伝う。

「雪乃っ」

幸希が声を荒げた。一瞬の出来事で気をあちらに向けた。暗鬼はすかさず幸希の首を狙ったが、即座に気を持ち直し、その攻撃を逸らす。反応が遅れた為に、暗鬼の尖った指先が幸希の頬を掠める。

雪乃がどうなっているのか。幸希は酷く混乱していた。視界の隅に移る雪乃はピクリともしない。目の前に限りなく現れる暗鬼を断っては駆けつけなければと頭では考えていた。

恭政が真の目の前にいるのだから―――――――――。

「へぇ。突っ立ってるだけの無能な奴かと思ってたが、動体視力だけはまともだったんだな」

そう、刃先に付いた鮮血を振り払いながら、恭政は既に事切れた雪乃の四肢をじっとりと舐めまわす様に視線を這わせる。

「麗しき友情だよなぁ。身を賭してまで仲間を助けるなんて」

恭政は真に向かって雪乃の行いを関心しつつも嘲笑しているのだ。他にも何かを話しているようだが、真の耳には一切の言葉が入って来ない。真の瞳は未だに雪乃の目と合わさっていた。既に雪乃の目は瞳孔が開いており、瞳には何ら光を移さない。雪乃を捉えいる瞳は眼球が零れるかの如く見開いていた。

頭の中は真っ白で、まともな思考を折りださない。

ただ、心臓か体全体か、どくんと大きく高鳴ったことだけは覚えていた。


―――――――ドゴオオオンッ。

体に感じる風圧と共に酷く重たい音が空間に響いた。

暗鬼に意識を向けながらも、音の方向へと視界を向ける。そこには大分距離のある建物の壁に恭政が体を打ちつけていた。背にした壁は無残にもひび割れ、ぱらぱらとコンクリート片が崩れ落ちており、衝撃の強さを思わせる。肝心の恭政はゲェッと胃液を吐きだしながら酷く歪んだ顔をし、壁を背に座り込んでいるのだ。

―――――何が―――――。

恭政は先程まで真の傍にいた筈ではないか?

幸希は真を案じながらも恭政が居た筈の位置へ顔を向ける。そこには真がいつの間にか立ち上がっていた。首は力無く垂れ下がり、前髪に隠れた顔は表情を読み取る事が出来ない。

恭政は呼吸を整えようと荒い息を繰り返していた。腹部には手が当てられており、歪んだ表情は苦痛の所為なのだろうか、恭政も何が起きたか理解していない様だ。

―――――――相模がやったのか―――――――?

そう、疑念を持ってしまう。刹那、前触れも無く全身が総毛だった。呼吸を忘れ、心臓を鷲掴みにされ、肌を突き刺してくる感覚。背筋を悪寒が伝う。金縛りにも似たそれには覚えがあった。

―――――――殺気。今まで幸希や遥鳴、刀を持っていた4人に向かっていた暗鬼が動きを辞め一斉に真の方へぐるりと顔の無い頭を向けた。

真は体から黒色の煙霧の様な物を発していた。湯気の、靄にも見てとれる。色としてもそれは視覚的にはっきりと認識されており、体中から発している訳ではないが、部分部分、間隔を置いて発生していた。糸を切ったかの如く暗鬼が真へと標的を変えて向かって行った。

しかし、真の一薙ぎによって多くの暗鬼は彼女に触れる事も無く割かれ、表面張力を無くしたそれは水分に還ってしまう。被害を受けていない残りの暗鬼の動きがピタリととまる。

真はいつの間にか、黒塗りの日本刀を手にしていた。いや、真の体から発されていた黒色の靄が、一瞬のうちに手のひらに凝縮し、黒色の刀へと変化したのだ。

ゆっくりと垂れた頭を上げた真は何処か虚ろで、瞳に光を宿さない。

意思があるようだが感情が読み取れない。それでも、真が放つ殺気だけは消えることなく、視線と同様恭政に向けられていた。

此処に咲妃や奈々絵が居なくて良かったと、心の何処かで考える。あの2人はこの場にいても持たない。自分でさえ、息をするのが辛い程、この空気は殺気により澱んでいる。殺気にしては酷くおぞましい。人が放つには些か度を超えているのだ。現に、真の放つ殺気は幸希の躰を抑え付けている様で、身動きが取れない。焦燥感と共に、視線だけが真に向けられていた。


恭政は息を整えながらもゆっくりと持っていた刀を支えにして立ち上がっていた。左手はまだ腹部に添えられている。額にはびっしりと汗をかいていた。少しでも反撃を―――。そう手にしていた刀を持つ手に力をいれた瞬間。

「―――――ぐっ――――」

再び襲ってきた衝撃。真は恭政の目の前まで来ており、刀を持っていた右の腕を真が持っていた黒色の刀で突き刺し、真の左手は恭政の頭部を壁に抑えつけていた。

「お前・・・」

掠れた声で恭政が唸る。小さな真の手は恭政の頭の半分程も覆っていない。首の力だけで抵抗しようにも押さえつける力が尋常ではなく、そんな細い腕で何処に力があるのか、みしみしと音が鳴るのを感じていた。指の隙間から垣間見る真はやはり虚ろな瞳をしている。しかし口元は酷く愉快気に歪んでいた。

「・・・やっぱ・・・かく・・・」

恭政が言い終える前に、真は掴んでいた頭部を抑え、握り潰した。

骨格の割れる音、肉片の潰れる音。恭政の中身がぐちゃぐちゃと音を立てながら、それは真の手から零れて落ちて行った。頭部を潰された恭政はぴくぴくと指先を動かした後身体を支える力を無くし、だらりと垂れ下がる。真が両の手を恭政から引くと、その亡骸はどさりと地へ倒れた。

真は左手に付いた血を見つめた後、まだ虚ろな瞳のまま天を仰いだ。


恭政が亡きものとなったと同時に動きを止めていた暗鬼も呼応して形を無くした。

静まり返ったその空間に残ったのは、2つの亡骸と、幸希、遥鳴、凪砂、那穂、そして真のみ。遥鳴ら3人もまた、真に視線を向けたままになっていた。

きっと考えていることは幸希と大差ないのだろう。

「・・・・・相模・・・・・」

幸希によって名を呼ばれ、空を仰いだままの真はゆっくりと顔をそちらへ向けたと同時に、幸希へと攻撃を仕掛けた。

「!!!」

反射的に持っていた刀で防げたが、もし宝刀を手にしていなければそのまま斬られていたかも知れない。一瞬の内にそんな考えが脳裏に過ったが、真の腕力によって打ち消された。圧倒的な真のその力は幸希の身体ごと吹き飛ばしたのだ。受け身を取っていた御蔭で身体を掠る程度ですんだのだが、真の何処にそんな腕力を秘めているのか脳裏に過った。

「真!!!」

先程まで傍観を徹していた3人の内漸く遥鳴が声を発し、刀を手にしている腕を掴み上げた。掴まれた事に反応して、真はやはりまだ光を灯さない瞳を遥鳴に向ける。改めて近くで真を見ると青白い顔色をしており酷く汗を搔いていた。掴まれていた腕を薙ぎ払った真だが、そのまま糸が切れた様に倒れ込み意識を失ってしまった。手にしていた黒塗りの刀は真の手から離れるとからんと軽い音を立て、暗鬼がそうであったように溶けて消失した。

遥鳴は足元に倒れている真と、既に亡骸となっている雪乃、恭政を見やった。

「・・・・・・どうなってんだ・・・・・・」

遥鳴の近くへと歩み寄った幸希だけが小さく呟いた。




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