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obsession  作者: 礼央
第二章 狭間
33/45

戻れるものなら


真が学校が那穂の家に世話になって以来、学校へは一月ぶりの登校になる。

雪乃曰く、入院していた事になっていたらしい。

学校へ登校するまでは不安や緊張、気鬱に過ごして居たのだが、いざクラスへと足を運んでみると、雪乃ら三人は言うまでもなく、会話した事もないクラスメートからは随分と心配された。てっきり仮病を疑われると思っていたのだが、欠席するまでの真の様子は余程酷い有様だったようだ。

勿論、蒼間と思わしき人物等からは悪意ある視線しか送られなかったのだが。

クラスメートと会話する切っ掛けが出来たのは嬉しい事なのだが、戸惑った。ここ数カ月、特定の人物としか口をきいていなかった真にとっては教師が来るまでの間は気疲れする時間になった。




「四谷は・・・・来ないね・・・」


三時限目を過ぎても幸希の席は空席のままだった。席を一瞥し、息を吐く。

幸希が居ない事に対して安堵している自分がいるのだ。その事がまた腹立たしい。


「そうそう簡単には来ないんじゃない?」


雪乃は前の席の椅子に座ったまま、授業のノートを書き写す真の様子をつまらなそうに眺めながら答えた。

雪乃は運動神経抜群で、更には成績も良い。

きっと頭の回転が速いだけでなく、要領も良いのだろう。HRが終わってから、雪乃のノートを拝借している。ノート自体はとても、解りやすいのだが、真は一切頭に入らない。

授業にも身が入っていないのだ。

真はペンを置き、首をコキリと鳴らすと徐に立ち上がった。


「何処行くの?」


「トイレ」


まだ次の授業まで五分ある。少し、気分転換がしたかった。


「そ。なら私も」


そう、雪乃も席を立つ。

教室を出て、廊下を渡り、階段の踊り場にあるトイレで用を済ませ、ついでに顔も洗った。寝不足と言う訳ではないが、少し頭が冴えた気がした。

四限も迫っており、教室へと戻る最中、ふと何かを感じ廊下から窓を見遣る。

気のせいかもしれないが、気になった。


「ごめん雪乃。次の授業サボる」


「えっ。ちょっと・・・」


雪乃の返事を聞く前に真は駆けだした。

向かったのは特別教室のある隣の棟の屋上に通じる階段。

途中何度か授業に向かう教師にすれ違ったが、声を掛けられるより先に真の姿が消える方が早かった。扉の前に着く頃には授業のチャイムが鳴り終わっていた。

息を切らせた真は扉を前に呼吸を整えていた。

やはり体力は以前に比べて相当擦り減っていた様であった。

深呼吸を2、3度繰り返し、心を落ち着かせるとそっと屋上の扉を開く。

高校の屋上は今まで通った事が無く、周囲に視線を泳がせると、人影が見えた。


気のせいでは無かった。

あの後ろ姿は見覚えがある。あの位置からは真達がトイレに行く為に通った廊下が見渡せる。

先程感じたのは視線。

意識した途端、真の鼓動が早まった。

再び深い呼吸をし、緩慢な動作で1歩づつ近づいていく。


「よう」


あと数歩の声の届く距離で彼は此方を向く事も無く手すりに体重を乗せたまま声を発した。きっと気配でも解るのだろう。


「・・・四谷・・・」


絞り出すように名を呼ぶ事が出来たが、それ以外の言葉を紡ぎ出す事が出来ない。無言の空間が2人を包み込む。






「悪かったな」



先に、沈黙を破ったのは幸希の方だった。

視線が合わさる。久々に見た幸希は見てとれる程憔悴しており、目の隈もこの距離からでもしっかりと目視出来るほど浮かび上がっている。

自分がこの状態を作り上げていると思うと胸が締め付けられ渋面を作り上げてしまう。



「なんで・・・四谷が謝る訳?

謝らなきゃいけないのは私の方。勝手に勘違いして・・・八つ当たりして・・・傷付けた・・・。本当に・・・ごめんなさい・・・」


出来る事ならもっと謝らなければならない事が沢山ある。だが震える声を絞り出してもこれ以上の言葉が出てこない。

立ち尽くしたまま悔しくて、唇を噛締める。



「いや、お前は悪くないよ。

裏切って傷付けたのはこちらの方だ。

追い詰めて、死にかけてたのに全く気付かなくて・・・・本来ならお前の護衛の為にこっちに来たのに全く役割を果たしていない。

更には俺が裏切り者扱いしちまった。

相模の前に合わす顔が無いぜ」



「じゃあ・・・何で学校に来たの?」


合わさっていた幸希の視線が逸れる。


「それは・・・・・・心配だったから・・・」


最後の方は口ごもっており聞き取りにくかったが、それでも意味は理解出来た。違う。こんな話をしたいんじゃない。

そう、頭を振る。


「四谷が」

「あーもういいよ」


真が言わんとする事を解ってか、真の発言を遮り、面倒臭げに頭を掻き毟る。


「俺は相模に謝罪を求めたくて来た訳じゃない。どちらかと言えば許しを請いたくて来たんだ。完全に許せとは言わない。

ただ、相模が少しでも俺に対して気を許してくれればそれで良いよ。

つまりは、お互い仲直りって事で、それでいいだろ?」


お互いに引かないやりとりに面倒臭くなったのか、終始投げやりな態度の幸希に呆気にとられながらも流される様に頷く。

許して貰えたと解釈して良いのだろうか。

もしそうだとしても、伝えておきたい事がある。

今を逃せば絶対に言う機会を失ってしまう。


一呼吸置いて幸希に向き合う。


「私は・・・四谷が居なかったら此処まで学校に通えなかったと思うし、蒼間の中でもやって行けなかったと思う。

・・・四谷には、その・・・凄く・・・感謝している・・・」


言っている途中で恥ずかしさのあまり俯いてしまった。耳には火照りを感じる。それでも、今の思いを口にした達成感で安堵している。




視線を幸希に移すと、彼もまた、顔を真っ赤に染め上げ、言葉を失っていた。

それもそうだろう、人に弱みを見せようとしなかった、幸希に対しては特にとりすました態度をとっていた真が急に好意的な態度を取ったのだ。

意表を突かれるとはまさにこの事だろう。

対する真も、いつも飄々とした態度を取っていた幸希の表情に新鮮さを覚えていた。

幸希は掌を口に押しつけ、何かを考えていた様子だった。

真はその幸希の様子を眺めていた。



暫くすると、幸希は引きしまった表情で真に向き合った。


「俺は蒼間である以前に遥鳴の味方だ。

遥鳴が相模の肩を持つ以上、俺は相模を裏切らない。

絶対に、悲しませたりしないから」


そう、右手を差し出してきた。

その手を眺めながら自身の手を強く握りしめ、ゆっくりと幸希の右手に応じた。

手を握り合った途端、いつも幸希が見せる屈託のない笑みに視界が歪んだ。

嗚呼。気を抜けば泣いてしまいそうだ・・・。

気丈に振舞おうとしつつも綻んでしまう。

思い知らされたのだ。改めて、真の初恋が幸希だった事を。

そして何故、恋に落ちたのかを。








2人は壁を背に座り込み、話をしていた。勿論、蒼間関連の話題である。

真の現状についても、幸希は全て知っている筈である。それでも真は自分の口で、幸希と向き合って話をしたかったのだ。


「まぁまさか機密裏にとはいえ狭間と繋がりができるとはな・・・」


「四谷は狭間について何も知らなかったの?」


「ん?ああ。狭間は個々の組織らしいからな、実態が殆ど不明だ。俺たち蒼間は様々な企業を展開して一組織として成り立っている。

だからある程度蒼間の人間については目星を立てられてるとは思ってたんだよな。その割にはこちらに害がない。

狭間の御当主様も相当若い様だし、内輪で揉めてんじゃないのかと思ってな」


幸希の発言に那穂と初めて出会った日の事が脳裏を過る。

確かにあの時、一族と思われる人物と揉めていた。


「何か思い当たるのか?」


考え込む真に幸希が顔を覗き込む。


「いや・・・」


憶測で物を言って良いべき内容ではない。それに、本来は敵である組織の情報を流すのは好ましくない。真は口を噤んだ。


「そもそも、私は双方に出会っているけど、年のそう変わらない人しか未だに出会ってない。それも何か関係があるの?」


以前雪乃に聞かされた気もするが、未だに釈然としない。一族を取りまとめるのが高校生と言う事実すら奇怪な話なのだから。

蒼間だけの話をするならば。と幸希は前置きする。


「人にもよるが、大体能力値のピークは20歳なんだ。20歳を過ぎれば肉体は鍛えられても術式の能力は低下する。

暗鬼の存在が確認され始めた5.60年前、狭間との接触も増え、一族の死者が相次いだ。

だからこそ若いうちに前線に立ち、大体大学卒業する頃までに生き残った力ある者達を婚姻させ、子孫繁栄に努める。引退って事になるな。

前線を引退すると、蒼間なり何なりの企業に勤め、補佐する。

言い方を変えれば良い伴侶さえ見つければ幸せな家庭を築けるって事だ。

術式の能力の高い者は隠密と言う蒼間に直接仕える事になる。誉れ高い役職ではあるが、その分危険を伴う」


「・・・・」


幸希の言い様に引っ掛かりを覚える。


「相模も薄々気付いてたんじゃないか?

俺等の同級生を見れば解ると思うが、本心から遥鳴を慕い、蒼間に人生を捧げている奴なんて殆ど居ないんだよ。逆の立場もいるけどな。

確かに能力の無い者もいるし、努力しても弱い奴は弱い。

ただ修練に明け暮れるのはもしもの事態に備えているだけ。殺されたくないだけなんだ。

社会に出たら蒼間に縛られる必要が少なからずなくなるからな。

まあ社会に出ても暗鬼に存在を知られて殺されたり狭間に会っちまって死んだりする奴も多いんだけどな」


その割に自尊心だけは高いんだからな。と大げさに肩を落として見せた。


「その引退・・・とかは遥鳴さんが決めるの?」


「否、当主が若いって話に戻るが、蒼間も、きっと狭間も世襲制なんだ。

俺の伯父・・・遥鳴の親父で前当主は遥鳴が12の時に病で倒れたんだ。その頃から遥鳴は当主の代わりを務めていた。だけど闘病空しく遥鳴が15の時に亡くなって、正式に跡を継いだ。

いくら当主と言え権力はあってもまだ威厳が無い。力だけなら当主として申し分無い。暗殺も数多いが、現時点で遥鳴に勝てる人物は一族に存在しない。それでも、遥鳴に命令できる立場の人間はいるんだ」


「・・・それって・・・」


幸希は無言で頷く。


「相模の面倒を買って出て冷遇し、追い詰めた奴だ。大老たいろうって言う老いぼれ共。または五老とも呼ばれてる。遥鳴はそいつらの顔も名前も知らない。若いからな。良い様に使われてんだ。

きっと狭間も根本的な所は同じだろうな。

あの当主もあの若さで継いだんならきっと両親を早くに亡くしたんだろ」



・・・凪砂が・・・・。

そう心中で呟く。

確かに凪砂の家には彼以外人の気配が無かった。那穂も、奈々絵も・・・そして自分も此の件で両親を無くしている。

言いようのない複雑なはっきりとしない感覚が真の中で疼いていた。

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