語られる異様
体に温もりを感じ、瞼を通して突き刺さる機会的な光に真は意識を戻した。
光を求めて瞼を開くが、あまりの眩しさに瞳を慣らすまで多少の時間がかかった。
身体が怠く、重い…この感覚は良く判る。
多分自分は相当眠っていたのだろう。
深い息を吐くと周りに視線を巡らせる。
―――自分の部屋ではない?
そう意識した途端、慌てて上半身を起こし、再び辺りを入念に見渡す。
周りは白い壁に覆われており、自分はベットの上におり、隣に小さな棚。
それは真の知らない空間。
一瞬、焦りで全身に冷汗を感じたが、前髪に手を埋め込み、冷静になって今までの出来事を思い浮かばす。
集会。急に現れた異形なモノ―――そして―――青年。
寝起きで働かない頭に思考を巡らせ解釈する。
自分の着ている服を見ると、病院で入院患者が着せられる様な薄水色の服を着ており、髪も解かれている。
そういえば、自分は脇腹を斬られていた。しかし痛みは無く、服を捲りあげると不思議な事に腹の傷は綺麗さっぱり消えていた。
この部屋も、質素さからしてきっと何処かの病院だろう―――。
しかも一人用の広々とした特別病室。
そう、真の中で自己完結したその時。
―――ガラッ。
静かに引戸が開かれた。
反射的に戸の方へ目を向けると、現れたのは黒髪の見覚えのある――あの時体育館で割れた天窓から入って来た青年だった。
認識した途端、真の身が強張る。
青年は真を見ると起きていたのか。と安堵を含んだ柔らかな笑みを真に向け、ベットの近くに置かれてあった椅子に腰掛けた。
その微笑みに釣られたのか真の張り詰めた緊張は若干緩む。
「…ここは?」
「病院だよ。君は4日間眠ってたんだ」
真の緊張を含んだ耳にするにも難しい小さく低い声の問いに彼は優しく答える。
体育館で見た時は、意識が朦朧としていて良く解らなかったが、青年は大人びて整った風貌をしていて、背も高く、真よりも幾分年上なのだと感じた。
そして、今頃になって事の重大さを思い出した。
「…私…何で‥変な黒いの…戦えたの?…あの黒いのは‥何・・・?」
噴水の様に疑問が溢れだし、真は混乱し始めた。
それから自分でもはっきりと覚えている自分の体から込み上げて来た得体の知れない何か。今考えれば信じられない自分の動作に、真は自分自身に恐怖を感じた。
困惑し、呼吸が荒くなってきている真を落ち着かせようと真の肩を青年の手が触れる。
一瞬、体が跳ねた。
それにより冷静さを取り戻したが、少しでも見ず知らずの他人の前で乱れてしまった事が恥ずかしくなって、俯く。
頬と耳に熱を感じた。
真が落ち着くのを待ってから、青年は口を開いた。
「今から説明してあげるよ。…信じられないかもしれないけど、事実だ。聞いてくれる?」
少年は、優しく、まだ緊張の取れてない真を宥める様に話し掛ける。
その問いに真は弱々しく頷く。
「陰陽師って知ってる?」
その突拍子な問いに気の抜けた声を心の中で発したが、少年はふざけた様子も無く真を見つめているので、再び真は頷いた。
陰陽師。
小説やら漫画で見たことがある。詳しいことは知らないが、平安時代辺りに占いをしたり、妖怪退治をしたり、確かそんな感じだった気がする。
「それなら話は早いな。」
そう言うと少年は、ゆっくりと、出来るだけ真に理解できるよう簡潔に話始めた。
まず判ったのは彼の名前。
名は蒼間遥鳴。
女みたいな名前だが、正真正銘の男で、真より2つ上の17歳。
遥鳴達蒼間と呼ばれる一族は、古代から代々陰陽師を陰から牛耳っていた一族で、今でも陰から世の安定を図っている。
何でも、蒼間の一族は人が持っていない不思議な能力を持っていて、それが術師になったり医者になったりと国から重宝されていた。
その能力は今でも少なからず健在している。
世が代わり、陰陽師や術の存在が人々の認識から徐々に薄れ、明治頃に陰陽道を禁止する法令が出されて以来、蒼間の一族は闇へと消え、存在を知る者は居なくなって行った。
それでも蒼間の一族は絶える事無く子孫を繁栄させ、今のご時世でも密かに生き続けた。
蒼間と呼ばれる一族は、全国に拡散していて、現在、ホテルの運営、病院経営などその他諸々、膨大な敷地をも持っており、蒼間の財力はかなりの物である。
その財力と土地を駆使して、若者を幼い頃より鍛えさせている。
真が今居る病院も、蒼間の土地の、蒼間が所有している都心の病院。
わざわざ真の住んでいた地元から運ばれて来たらしい。ご苦労な事である。
若者を鍛えさせるには理由があった。
それはおおよそ平安時代の後期辺り。最も陰陽道が人々に信仰されていた時代。
蒼間の一族が一度だけ分裂した。
その別たれた一族は分家と言われ、本家の蒼間から見下されていた。
分家と呼ばれた蒼間は本家の蒼間と決別して直ぐに消息を絶ち、誰も居場所を知る者は居なかった。
それから何百年…
昭和の戦後と共に何の前触れも無く分家は狭間の一族と名乗って現れた。
尋常ではない能力を持つ蒼間と狭間の一族の者同士が偶然にも落ち合い、争い、両者が変死で発見された。
それを合図に、蒼間と狭間はどちらが国を司る一族になるか、因縁の争いが幕を開けた。
真等が知らない所で、蒼間と狭間は争っている。しかも、それは殺し合いで、戦うのは、同世代の子ども。遥鳴もその一人。
大人達は殆どがその能力を失い、働いている。
そのため、戦場に赴く子ども等の為に幼い頃から訓練を受けていた。
あの、真が遭遇した影の様な化け物は、狭間の一族の呪術で蒼間を潰す為の存在。
蒼間の為の殺戮兵器だと言う。
そこまで話すと遥鳴は静かに真の様子を伺った。
真は表情を変える事無く聞いていた。
普通なら、あんな非現実で夢見的な話信じられる筈が無い…。
しかしそれを実際に遭遇してしまっているので信じざるをえなかった。
それに遥鳴の話にはでまかせにしても筋が通りすぎている。
―――確かに、あの時影は何かを探していた。
ふと、真の頭を疑問が横切って、何の躊躇いも無く遥鳴に尋ねた。
「…じゃあ、あれはあんなに騒ぎを起こして問題ないの?」
最もな質問である。
体育館内の限られた空間での出来事ではあるし、怪我人は真以外見られなかったが、あれ程の騒ぎを起こして何かしら問題にならない筈はない。
今頃社会現象にもなっているのだろうか…
真は勝手な妄想を繰り広げていたがその妄想を遥鳴が遮った。
「それについては問題ないよ。
あの後、場に居た人々の記憶は消されている。彼等は体育館で集会があった事しか記憶にない。
蒼間にも、きっと狭間にも、その専門が居てね、壊れた建物はどうにもならないけど、存在を知られてはいけない…だから記憶だけを操作しているんだよ。」
ついでに遥鳴はあの影の名前が暗鬼だと言う事を教えてくれた。
―――じゃあ…その暗鬼は同じ学校に居る蒼間の一族を探したのかと聞こうとしたが、辞めた。
これ以上特に何も聞く事も無かったので真は黙った。いや、気になる事や知りたい事は沢山ある。ただ、まだ頭が追いついていないのだろう、整理するのに時間か掛かるらしい。
気持ちは冷静だが、頭の中はそうもいかないようだ。
しばしの沈黙が流れ、それを遥鳴が破った。
「…―それじゃあ本題―…。」
そう言って間を置く。
「蒼間の一族はここ数年、暗鬼によって何名も命を落としている…。
それも、腕の立つ者が。
それなのに何故蒼間でも狭間でもない者が一人で五体も倒せるのか―――。
真……君は一体何者?」
「―――はっ?…」
今度は本気で驚いて声が出た。
何故遥鳴が名乗ってもない自分の名を知っているのか、しかもいきなり呼び捨てなのか――そんな事はどうでも良かった。
遥鳴の表情は優しげだったが、声は糸を貼ったように張り詰めていて、それが充分冗談ではなく、本気だと言う事が解る。
遥鳴の言った台詞が理解出来なかった。
確かに、空手も拳法も何一つ経験の無い真が、持った事の無い槍を手に5つの人の形をした…しかも人間ではない異質な物体を一人で倒せる筈が無かった。
そう考えると再び自分が恐ろしくなって、顔色が徐々に青ざめていった。
遥鳴は真の様子を何も言わずに眺めている。
その目は観察しているかの様な瞳だった。
「何も知らない?」
その言葉に忽ち遥鳴が信じられなくなって、睨みつけた。
―――多分…自分はただ助けられただけでなく、尋問でもする為に助けられたんだ…―。
真はそう思い込んだ。
遥鳴に対する不信感が募る。彼を見つめる目に険しさが含まれる。
「…本当に知らないみたいだな。疑って悪かったよ。」
それでも真は猜疑を込めた瞳で遥鳴を睨むのを止めない。
真の回りには警戒心が漂っていた。
遥鳴は自分の発言を多少後悔しながら真の様子に困却する。
そのままこの状況を保つ訳にはいかないので、本当の本題を口にする。
先の話題は確認に過ぎなかった。
「多分、暗鬼を倒した事によって、君はいつか狙われるかもしれない…。
何故あんな事が起きたのかは知らないけど、真が持っている潜在能力には気になるものがある。
もし良ければ蒼間に入らないか?」
思いもよらない発言に真は目を見開いた。
意味が、判らなかった。
更に遥鳴は続ける。
「入る…と言っても、蒼間の本家の近くに移り住み、一緒に訓練を受けたりするだけだ。
受け入れるにしろ、断るにしろ命には関わるかもしれない…」
つまり、少しでも長生きしたければ蒼間に来い。という意味だ。
それは脅しにしか聞こえない。
今居る場所も蒼間の本家も、関東の都心である。
蒼間に行くということは引っ越すと言う事。
真の家は九州に位置する田舎。
転校を余儀なくされる…。
真の脳裏にあの陰湿な光景が過ぎる。
断れば、在るのは地獄―――。
あの場には戻りたくなかった。
―――変われるかもしれない―…
命がどうこうより、人生を変えたい思いで一心だった。
決心するのに時間はかからなかった。
「・・・でも・・親は・・・」
その問いに遥鳴は微笑んだ。
「それは問題無い。すでに親御さんには話しを付けてある。
勿論、蒼間の存在の漏洩は出来ない。裏で色々手回ししたからね。
真の意思次第だよ。」
質が悪い。と真は思った。
名前をすでに知っている事から、色々調べ上げているのであろう。
真は父母兄の四人家族で、兄が難関高在籍、成績が芳しくない真はいつも比べられ、劣等感と共に生活し、家に居辛いと言う事も。
一体どんな手を使って親を言い包めたのか、少しだけ気になった。
渋々ではあったが、真は遥鳴の話を直ぐに受け入れた。
「・・・蒼間の存在は誰にも知られてはいけないのに、私なんかが入っても大丈夫なの?」
先程よりも遥鳴と打ち解けて、警戒心も僅かばかり無くなって来た。
「決めたのは俺だから誰も文句は言えないよ。…不満は…あるだろうけどね」
信じられなかった。何でも、遥鳴は蒼間の一族を束ねる当主なのだと言う。
前当主の父親が二年前に他界し、遥鳴が継いだ。蒼間の全権力は遥鳴が左右出来る。
―――だから17のわりには大人びてるんだ…
真は適当に決めつけた。
遥鳴の容姿は20でも通せる程に大人びている。背も高く、容姿もモデルでも通用するのではないかと言う程整っている。自分の美的感覚に自信は無いが。それでも、綺麗だと感じる。
ただでさえ異性が苦手は真は話していて少し恥ずかしくなる。
目覚めたのは昼頃だったが、日が傾くまで、真は遥鳴と語り合った。真から自分の事は話さず途切れ途切れではあったが、蒼間の事、遥鳴の事、そしてこれからの事。
真がここまで長く人と話すのは、本当に久しかった。
そのことが、ちょっとだけ嬉しかった。
それから二日間、真は蒼間の病院で過ごした。
色々と検査をされたが、問題は見つからず至って健康であった。
腹部の傷については何も言われなかった。
家に帰る事は何故か許されなかった。
真はそのまま蒼間に用意されたアパートに入居する事になった。
まさか15で一人暮らしするとは思ってもみなかった。
1ルーム六畳程の小さな部屋だったが、1人には丁度良く、部屋には勝手に真の家から持って来た家具と服。それと蒼間が用意したであろう家電や必需品、一応生活には困らない程度の品が置かれていた。
毎月の仕送りは蒼間から送金されるらしい。
そう、自分が持っていた通帳を渡された。
始めは急な生活の変化に真は戸惑った。洗濯や料理をある程度手伝っていたので苦痛にはならなかった事に心底ほっとした。
遥鳴も真に気遣ってか、暫く生活に慣れる時間をくれた。
真の中で、第二の人生が始まったのだ。




