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obsession  作者: 礼央
第一章 変わる世界
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理想と現実


次の時間。

本来の時間割では数学の授業が組み込まれていたのだが、真達3年生は体育館に呼び出された。緊急の学年集会。内容は生活態度と受験に関するものだった。それが更に真を追い詰める。


「お前たちは受験生の自覚があるのか!!!」


広い体育館に響き渡る生徒に向けられた学年主任の怒号。

全学年が集まるとそこそこ狭く感じる体育館も、3年だけだととても広く感じる。

何故、都合悪く今日なのか――――――。

真は悪心を耐えて座っている。

教師の毎回毎回繰り返される内容。いつもなら聞き流していた。しかし、体調の所為か、精神的にも聞き流す事も出来ず、真に受けてしまっている。


いつもいつも。中学生の些細ないたずら1つでも、この学校はどうかしてる。良く言えば教育熱心なのだろうが、校内の観葉植物の葉が1枚千切られていた、展示されていた生徒の作品が破損していた。悪口を言った。その度に、授業が集会に代わる。


「そんな態度で受け入れてくれる高校があると思うのか!!!」


―――此処は田舎だ。なら都会の学生はどうなる?比べてみろ――


真は無意識のうちに頭の中で反抗してしまっている。

頭の中には徐々に黒い違和感が体を蝕む。

教師の一声一声が真の神経を無慈悲にも刺激する。

そんな真の葛藤を知る由もない教師の怒鳴り声は益々ヒートアップしていく。


「お前等は学校の恥だ!!!」


―――結局は面目か―――


言ってくれる…自分は隠れて生徒に体罰喰らわせているくせに―――


―――――うざい―――――


自分の胸の中で何か、抑え込んでいたものが弾けた。

直後。

体育館の高い天窓の一部が大きな音を立てて破裂した。


一瞬。静寂が体育館を支配する。

破裂した窓硝子の断片が床に音を立てて砕け落ちた。

幸い、教師生徒達は中央に寄せ集められていた為、窓側に人はおらず、破片を被る者は居なかった。

皆、物事の自体が集約出来ず呆気に取られている。


しかし。

解ることは窓硝子が自然に割れた事ではなく外部からの侵入により破壊されたと言う事だ。

その証拠に、割れ落ち砕けた硝子の散らばった床の上に立つ、5つの異様な影。

その、人の形をした異様な物体に人々は目を見開く。


明らかに人では無かった。

言うなれば、実体化でもした「影」そのもの。

大柄な人の形をしているが、漆黒の…ドロドロとした色を帯びた異物。

顔も無く、まるで黒い全身タイツでも着たかの様な、太陽の光を受け、地面に写し出された影。

5体とも、手には同じく漆黒に塗られた刀や長柄の武器が握られていた。


体育館を張り詰めていた糸が切れた。

物事を理解した皆が爆発したかの様に一斉に騒ぎ立てる。

今まで映画やテレビでしか見なかった異次元の物体が目の前にある。

それが、生徒と教師に恐怖を与えた。


何十人もの生徒が立ち上がり、2か所ある出入り口へ逃げ去ろうと恐怖で竦んだ足を走らせた。

しかし、誰よりも早く二体の黒い影が2か所の出入り口の前に立ち塞がる。


その行動がまた更に恐怖へと陥れる。

生徒は足を止め、その場に立ち竦む。

恐怖で何人かの女子が泣き出した。

教師は、あまりの事態に頭が付いて行かない様で先までの高圧的な態度を余所に身を強張らせる事しか出来ない。


体育館が畏れの色に染まった。


硝子の破片の上に居た残りの三体がゆっくりと身を動かした。

辺りを見回している…。

顔の無い頭で何かを探している様であった。

そして、座り込んでいる集団の中へと足を進めた。

腰を抜かして動けない者以外の人が異形の影から少しでも遠ざかろうと悲鳴をあげながら散らばった。

それでも影はゆるりと辺りを見回し、歩くだけ。

その光景は、いろんな意味で、本当の「鬼ごっこ」に近かった。



群れが失せた。

そんな中で真は鎌首を垂れ下げたまま座り込んでいた。


意識が朦朧としている。

否、無数にある意識が交差して真へと浸透していく…前々から頭に溜まっていた何かは止まることなく増大している。

霞みかかった意識は真の体を染み込ませ、自我を奪う。

何処かへと呼びこまれる様な…


視界を矯正し、周囲に意識を向けると恐怖の色を浮かべて逃げ惑う人…人…。

その姿が真を刺激する。

つい先程まで真達を叱咤していた教師。

執拗に真を注意していた担任。


―――――そして嘲り、苛む同級生。



静謐な憎悪と今まで受けた屈辱で、羞恥で幼稚な嫌がらせの日々が走馬灯の様に頭の中を支配する。

いつの間にか額には汗が浮かび上がる。

胸の中で嫌忌の感情と、得体の知れない闇が複雑に絡み大きな塊を作っていた。


真は必死でその何かを抑え込んでいた。



・・・・・・苦しいっ―――


鼓動が酷く高まる。



真の視界に再び、真を陥れた者。クラスメイトの一人が入った時、真の中の何かをギリギリの所で留め塞いでいた金具が音を立てて外れた―――。



――――――どくん…




一際大きな鼓動を立て、真の中で今までに無い感情が目覚めた。




・・・・・・消えてしまえ・・・・。



溜め込んでいたいたモノが爆発したかの様に一気に溢れた。

もう抑えきれない。


真には既に、周りが見えなくなっていた。…自我も、意識も、怒りも…全てが得体の知れない何かと一緒に溢れ出た。



真は顔を俯かせたまま、立ち上がっていた。




真の様子が周囲と違う事に気付いた影の一つがじんわりと近くへ歩み寄って来た。

逃げ惑う人も真に気付いたのか、逃げる事を忘れ、緊迫の面持ちで影の歩みを見やる。

真に危機が迫っていると、声をあげ、伝える者は居ない。

影は真の目の前で立ち止まると、眼の無い顔面が舐め回すようにじっとりと凝視する。


黒で塗られた武器を持っていない片方の手が真に触れようとした瞬間―――。



―――ゴスッ――



緊迫した静寂の中、鈍い音が響き渡った。



影の頬に当たる部分を真が肘で殴り跳ばしたのだ。

一瞬の出来事で人々は目を見開いている。


当の影はと言うと、真の距離から3メートル程吹き飛ばされていた。

あり得ない事である。

女性の、まだ15の少女に過ぎない真が、たったあれだけで大の大人の体躯をした異者をあの距離まで体格的にも腕力的にも殴り跳ばせる筈が無いのだ。


すると近くに居たもう一つの影が素早い動きで一瞬にして真の前に現れ、手にしていた黒色で長柄の直槍を真の首目掛けて突き刺して来た。

が、真は軽く首を横に曲げ、難無くかわすと影の柄を握っている手の甲を手刀で激しく打ち当てる。

影は直槍を手放し、あっさり真から奪われてしまった。

影等は真を敵と見なしたようで、明らかな殺意を向けている。また真も、抑えきれない殺気を体中から放出していた。


今の真に死に対する恐怖などは何も無かった。自我が無い。とも言えるのかも知れない。―――ただ、体が動いた。


影は槍を奪われても尚真に襲い掛かろうとする。真は何の戸惑いも無くその影を槍で斬り付けた。

何かを斬った。そんな感覚はあった。しかし相手は人の形をした黒い化物。斬られて血を流す訳では無く、水を斬ったかのような黒い飛沫を傷口から放出し、影は床へと倒れた。途端人の形をした漆黒の異者はドロドロと形を液体へ崩し黒色の水たまりとなって蒸発し、消えた。

床には濡れた形跡すらも残っていなかった。

その異状な有様を眺めていた真に表情は垣間見えない。生気を失った様な冷めた瞳は残滓の無い床をただ見下していた。


更に真から殴り跳ばされた黒塗りの刀を持った影はゆらゆらと起き上がり、先の報復を思わせるかの如く真に斬りかかる。が、柄の長い直槍が、影と真の距離を縮める前に影の頭を正確に突いた。


頭を無くした影もまた、倒れ込み、地に溶けて消えた。

いつの間にか真の周囲には残りの3体が取り囲み、じりじりと距離を縮めていた。



その光景を教師や生徒は微動だにもせず、唖然と見ていた。

決して早くも無い真の動作。だが真は確実に影を倒していた。

そんな中、少し距離のある場所で腰を抜かして床に座り込んでいる少女が2人。その1人が口を開いた。


「…真って…武道とかしてないよね…?」


「し…してないよ…そんな話聞いたことない…」


問われた少女が震えた声で答える。


「じゃあ…何であんなに強いの…?」



2人は真と同じクラスで、以前までは仲が良かった間柄である。

クラスのリーダー格に逆らえず、自分達が被害に遭いたくないからと真を棄て、蔑んだ。…そんな仲の上辺だけの友人の間柄だったのだが、2人の言う通り真は産まれてこの方武道の経験など無かった。


1体。また1体と倒している内に残りは1つとなっていた。


…しかし…真の体力は限界が来ていた。

部活に入っている訳でも、何かスポーツをしている訳でもない真は動きに体が付いて行かず、息が上がり、足は震え、体は重い。

それでも残りの力を振り絞り最後の影へと斬りかかった。


腹を斬られた影は倒れ込む寸前に真の脇腹を斬り付けて…消えた。


ぜいぜいと真の荒い息が広い体育館に響く。




―――すると今度は割られた天井から人が現れた。重力を無くしたかの様にしなやかに着地した人物に何百との瞳が一斉に向けられる。

大人びた雰囲気を醸し出す黒い髪をした痩躯の青年。

青年は周囲に見向きもせず真に向かい合う。

何も声を発する事なくただ、表情無く真を見つめている。

真はいきなり現れた得体の知れない青年を睨み付ける。



暫くの間、無言の時間が流れた。


だが、そんな時間も長くは続かなかった。

真の裂かれた脇腹は、紺色の制服をどす黒く、純白の靴下は鮮血に染められ真の足を伝って、足元に血溜まりを作っていた。


今更になって激しい痛みが真を襲う。

顔が激痛によって歪まれる。

額には冷や汗がびっしりと浮かび上がっていた。

血の気を失い、顔色は見る見るうちに青ざめて行く。


目の前が白く、ぼやけてくる…。


真は柄を握り締め、意識を保つ。


…それでも、青年を睨む事を止めない。



ふと、青年は真から視線を逸らし、生徒が固まっている方向を一瞥した。

不思議に思い、真も視線を向けようとした時、体中の力が抜け、目の前が真っ黒になった。


血液を失い、倒れた真は体を床にぶつける事無く青年に支えられていた。


―――からん―――


音を立てて真の手から離れた黒塗りの槍は床に落ちると影と同様、跡形も無く溶けて消えた―――。



青年は意識を失った真を抱き上げると、再び生徒の居る群れに視線を向ける。

生徒たちの瞳皆青年だけを捉えているが、同じ制服を着た少年が自分達の横を通って少年へと近付いている事に気付いた。


「何やってるんだ。こんな所で…」


真を抱き上げている青年は抑揚の無い声で近付いて来た少年へと尋ねる。


「だって俺此処の生徒だし」


ポケットに手を突っこんだまま軽い口調で少年は答える。


「んでさ、そいつどうする気だよ」


制服の少年は面倒臭そうに真を顎で指す。



彼は其れに答えない。

周囲の痛い程の視線に気付いた2人は辺りを見やる。


生徒等は混乱していた。

得体の知れない化物がやって来て、それを倒したのは地味で根暗な同級生。更に青年は人間では到底不可能な動作で現れ、また更に同級生と会話している。


誰もが理解出来る訳が無かった。



2人は呆けている生徒や教師を余所目に視線を合わせると、真を抱いたまま割られた天窓からまた、跳び去って行った。


人間離れしたその神速の動作はまるで忍者をも思わせる。




取り残された生徒と教師は、3人が去って行った天窓を茫然とした眼差しで暫くの間考える事も出来ずに見つめていた。

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