日々の日常
此処に自分の居場所は無い―――。
そう確信して3カ月が経った。
11月の秋とも冬ともはっきり言えない、肌寒く、しかしまだ心地良い風が吹き舞う季節。
黄昏前の紅い世界。
夕暮れの茜に染まった怪しげな光を身体いっぱいに浴びながら、学び屋から遠ざかる少女。
名前は相模真
風に靡かれ、高く、一つに結い上げた髪。それが、唯一言える彼女の外見的特徴。
俯き隠れた顔に表情は見えず、過ぎ行く人に景色に目もくれず、ただただ足早に家路を急ぐ。
まるで…何者かから逃げているかのように…。
――――――ここ数日、寝付きが悪い。
夜が明け、真の部屋には窓から太陽の昇る日が差し込んで来る。
真は布団から上体だけを起きあがらせて、羽毛布団の下に膝を立てている。
まだ目覚まし時計は指定した時間の30分以上も早い位置に針を指している。
毎日毎日疲れている筈なのに、眠くて眠くて仕方ない筈なのに、横になっても寝付く事が容易に出来ない。やっと睡眠に陥っても眠りが浅いせいかすぐに目が覚めてしまう。
お陰で真の目にはくっきりと隈が浮かびあがっていた。
何故、こうも眠れないのか。
理由は解り切っている・・・
真はこれでもかと言うくらい深い溜息を付き、身体を丸め、毛布に顔を埋め込んだ。
朝方の冷えた、突き刺す様な冷たい風が、スカートから覗く足を容赦無く刺激する。
向かうは日の出の東方。
目覚めたばかりの太陽の、弱い陽射しが真を迎える。
進むのは、昨日逃げる様に帰った学舎…その足取りはとても重い。
足を進める度に暗欝さが募る。
―――――怠い。
毎日がその繰り返し。変わらない毎日。
同じ色の制服を着込んだ同世代の子供達が、足早に真を通り過ぎて行く。
気が付けば目の前には広壮と聳え立つ学校の門へと辿り着いていた。
校舎を眺めてはまた諦めた様に腹を括り、門を跨いだ。
今日も一日、この檻の中での生活が始まる。
息を切らし、4階にある教室へと目指す。
4階迄続く階段は、早朝から真や生徒の体力を挙って奪う。
毎日毎日、何度上ってもこの階段の疲労度は変わらない。
息を切らしてやっとの思いで昇り着いた教室。在るのは変わらず騒がしい喧騒。
真が席の着いても、話し掛けるものも、気付く者も誰も居ない。
―――――真は独りだった―――――。
暫くして真の存在に気付いた数名の女子が真に視線を遣っては嘲る。
本人達は気付かれずに小声ヒソヒソとで話を進めているようだが、どんな喧騒の中でも自分の陰口というのは何故か嫌でも耳に入って来てしまう…。
真は込み上げてくるモノを抑え、何とか聞こえないふりをしながら気丈に参考書を取り出す。
こう見えても真は受験生なのだ。
成績は良くも悪くも無い。
毎朝、HRが始まるまでのいつもの光景。
黙々と参考書の問題を解き進めて行くが、何かいつもと違った。
頭が、何かに圧迫された様な重たい感覚で全く集中出来ない。
…寝不足…だからだろうか…?
しかしその寝不足の原因がこのクラスである事に変わりない。
真は理由も解らず、2学期が明けたと同時にクラスのリーダー格の女子から標的にされた。それから徐々に今まで仲の良かった友人も、そこそこ会話していたクラスメイトも自然に離れ、孤独を知り、嫌がらせと陰湿を知った…。
この陰湿を、教師が気付く筈も無い…。
朝の鐘が朝礼の時間を告げ、教師の入室と共にHRが始まっても、真は参考書から目を離さない。ページの開く擦り音とペンの走る音が、教師の声と微かに交じる。
冷めた瞳は一度も教師の姿を捉えない。
教師も呆れてはいるが勉強するな等言えないので諦めて何時もの事と話を進める。
比較的校則の厳しい真の通う中学で、この教師もまた、何かしら、粗相を見つけ出しては
真だけを歪に叱り立てる事が多かった。服装面でも、生活面でも他のクラスの子に比べて大人しいにも関わらず。
真はそれが心底気に入らなかった。
クラスメートだけでなく教師まで。真が教師を見ないのは、細やかで、無駄な抵抗だった。
その日の2限目の体育の授業で、最も恐れていた事が起きた…。
2人1組でのバレーの練習。
クラス21人の女子の数ではどう足掻いても真だけが余る。
女子達は早々に仲の良い子同士でペアを作り、早々に練習を始める。
誰も真を誘う事はなく、皆真を一瞥しては嘲笑する。
教師も、真には気付いていない。
何度か訪れるこの時間が何とも苦痛でしかない。
思い知らされるのだ。自分が誰からも必要とされず、邪魔な存在である事を。居場所が何処にも無いという事を。
真の中に何か黒くて靄の様な感覚が疼いていた。
胸は不整脈の様に不規則な間隔を開け脈打ち、頭が…身体が…全てが重かった。
風が、高く結われた真の髪を弄ぶ様に吹き誘う。
真は授業が終わるまでの長い時間、移動することも出来ず、広い校庭の上にただぽつんと立ち尽くしていた…。俯むき、自分のハーフパンツを力強く握り締めたまま―――。
昼休みを過ぎても、真は誰と言葉を交わす事も無く、持参した昼食を口にしていた。周りは席を寄せ合い、他愛ない会話を楽しんでいる。
その中で、1人孤立している真は教室で際立って見える。
それが…何時もの変わらない光景…。
今更、淋しいなどの感情は消えうせていた。
普段なら、この時間帯には食事も済ませ、机に伏せっているか勉強かどちらかだ。
しかし、真の弁当は全く減っていない。
先の体育での、あの重苦しく、不快なモノが増していくばかり。
全身にも、思想にも、黒い何かが形を成形し真の感覚を浸食して包み込む様な―――。
考えるということが億劫になっていた…。
早く帰って休もう。
それだけを考えた真は半分も手を付けていない弁当をしまうと、訳の解らない倦怠感を少しでも逃れようと机に伏せった。
だが、周囲の鬱陶しい程の騒がしさが、真に安らぎを与えるはずが無かった。




