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obsession  作者: 礼央
第一章 変わる世界
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雪乃は真を蔑んだ強い瞳で見つめたまま。

真は俯いたまま―――。

二人は一向に動く気配は無かった。壁際へと寄せていた一族の若者は一言も発さず、息を呑んで二人の様子を見つめていた。

遥鳴も、幸希も。だがその瞳は他の者とは違っていた。



―――――



どれ程の時間が過ぎたか。そう経ってはない気もするが、無言の空間と言うものは長い時間をも感じる。

耐えかねて動きを見せたのは雪乃であった。

フラッと体を揺らしたと思うと、世界が反転した。

理解するのにと体の衝撃に時差が生じていたのだ。気がついた時には雪乃と2メートル程の距離を取って床に横たわっていた。


「・・・うっ・・・」


次に襲ったのは体の痛み。

何があったのか。動きが速すぎた。

真は雪乃に鳩尾を突かれ、衝撃で跳ばされていた。



「げほっげほっ・・・オエッ」


体を床に叩きつけた痛みより、後から襲って来た腹部の痛みのほうが激しさを訴えた。体制を整えようと上半身を起こすが、腹でも空けられたかのような激痛。嘔吐感。空気を求めようと口を動かすが呼吸をする機能が正常に働かない。



「・・・・はっ・・・はっ・・・っ」


真の懸命な息遣いだけがその場に呼応する。



―――ゾクッ―――

全身が総毛立ったと同時に、背後からの気配を感じた。

立ちあがる事も出来ぬまま後ろを振り向き、見上げると、そこには雪乃は変わらぬ瞳のまま見下していた。狂気を新たに宿して。



―――――危ない。

と体が反応する前に再び衝撃に襲われた。背中を蹴り上げられ、転がりながら床は体に何度も痛みを与えた。たった2撃。それだけでも、真の動きを奪うには十分だった。それは蒼間の、人では成らざる所業。強さをありありと証明していた。体を動かそうとするものならジンジンと全身を突き刺す痛み。



―――痛い………―――


もう、勝敗は決したようなものなのだ。

さっきよりも相当な時間をかけてのろのろと痛みのなか上半身を持ち上げる。

手も出すことがままならない。そして悲しくもまたもや喰らわされる一撃。

何度も何度、真は人形の如く雪乃によって修練場を縦横無尽に体を打ちつけられる。脚。脇腹。腕―――

蹴られては跳ばされ、蹴られて打ち付け、それでも雪乃は止めようとはしない。

弄んでいるのかもしれない。


―――既に真は虫の息だった。


視界は掠れ、ぼんやりとしか雪乃の姿を捉える事が出来ない。

体中の痛みは麻痺して感覚は消えている。

呼吸も薄れ、意識を保つ事自体が限界なのかもしれない。


何度―――攻撃されたのだろう―――。


雪乃は何度目かに及ぶ蹴りにより真と距離を取ったまま動こうとしない。

一つだけ、言えることは、まだ一度も・・・雪乃は本気を出して居ないのだ。



―――死ぬかもしれない。


ふとそう思ったと同時に雪乃の言葉を思い出す。

『やる気を見せない気なら本当に殺すから』



―――そうか―――殺されるのか―――




それでもいいのかもしれない。

諦めと言う言葉しか浮かんでこない。これ以上、どうしようも出来ないのだから。

何とか最後の力を振り絞って起き上がるが、体が重く、膝を着いていることで精一杯だった。遥鳴も幸希も、動く気配は全くない。

まだ大丈夫だと思っているのだろうか―――。


少なくとも真は限界を感じていた。

自分を戒めて立ち上がったその時。雪乃は再びこちらへと向かって来た。

これで終わりにするつもりだそれはきっと真の死を示している。

こんな戦い方で雪乃が許す訳ないのだから。

異常なまでに雪乃の動きがスローに見えた。


―――もういいや―――。


その瞳には諦めが宿っていた。

自分はここまでだ。



―――だが

こんな奴に殺される?自分の物ではないような声が心から聞こえた時。


―――――――どくん。


心臓の鼓動が一際強く高鳴った。




―――何が起こったのだろうか。

理解も出来なかった。


「・・・・・」


その場にいたものは皆愕然と、目を見開いていた。



「ごほっっ。・・・ぅっ・・・」

液体でも吐き出しそうな酷い咳とうめき声に真は我に返る。

そして目の前の情景に息を呑む。


雪乃が・・・・真に向かって来た筈の雪乃が・・・5メートルは離れているであろう壁に背を付け、痛みに顔を歪め、うずくまっているのだから。

腹を押さえながら。強い力で腹を衝かれ、その衝動で壁へと叩きつけられたのだ。それは始めに、真が雪乃から受けたものそのもの。

―――だれがそんなことを・・・・。答えは自分の右手が物語っていた。


無意識に自分の手が突き出されていた事に驚く。



―――自分がやったのか・・・・・・?


恐る恐る視線を手元から雪乃へを向けた。

まだ肩で息をしたまま座り込んでいる。鳩尾を押させつけたまま。

だが、鎌首を下げたままの雪乃はゆっくりと顔を上げる。

真を睨みつけたその形相は鬼に近く、視界から雪乃が消えた。


「!!!」


何が・・・とまばたきをした瞬間に現れた物と風圧に、息をすると言う当たり前の行動を忘れてしまっていた。

真の眼前ギリギリの所に拳があった。

殴りつけようとしていた雪乃の肢体。それを阻止したのは遥鳴と幸希。

2人はそれぞれ雪乃の腕と体を抑え、固定していた。

2人係りとはいえ、本気を出して渾身の一撃を繰り出そうと雪乃の動きを完全に止めている。


それも―――何の表情もなく容易に。

ものの一秒も経っていない出来事。

何時、彼等が動いていたのかが全く見えもしなかった。



「雪乃・・・」


暗示でも解くかのような遥鳴の声に雪乃は我に返る。

雪乃の体から力が抜け、落ち着きを取り戻したと確信すると、2人も雪乃から手を話した。


「・・・相模の・・・勝ちだな・・・。」


幸希は神妙な面持ちで口を開いた。


見物人は皆見事に一致して、信じられない。と言うよりは世界の終わりでも近いに等しい表情で4人を見つめていた。

だがそこで糸が切れたかのように意識が途切れ真は倒れ込んだ。

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