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obsession  作者: 礼央
第一章 変わる世界
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静まり返った部屋。その静寂がドアの激しい音によってかき消される。

ドタドタドタッと大きな足音を立て、真は我が家へと帰って来た。

大いに息を切らし顔は赤らんでいる。

息をするのが辛い程心臓が高鳴る。


真は遥鳴の家を飛び出して、家まで無心で足を走らせて帰って来たのだ。

走って帰るにはかなりの距離がある。ジムで体力は付けたものの、息はかなりあがっており、マラソン並に走った。足はパンパンに腫れていた。

限界なのか糸が切れたかのようにドサッとベッドへ深く座り込んだ。

ゆっくりと息を整えながら先程の話を思い返す。


全く予測もしていなかった。


幸希が・・・二度と逢わないであろう人物にまさかあんな所で遭遇するなんて・・・


真はボスっと音を立ててベッドへと倒れ込む。


―――胸が痛い―――


動揺も。複雑な心境をも隠し切れずに逃げ出してしまった。―――また。

逃げ出さずにはいられなかった。



―――何故なら…幸希は真にとっての初恋の相手なのだったから。


思い起こせば本当に下らない理由で惚れていたと思う。

中学に入学して、今の性格では想像も出来ないくらい明るくハッキリしていた真は、すぐに1年のクラスで友達が出来ていた。

4つの小学校から成る今の中学は、見知らぬ人も多い分出逢いも増える。

クラスの人とは分け隔てなく接する位にはなったが、性分、人見知りが激しいのだ。

入学して3週間は経過した頃、クラスで係り決めが行われた。

委員会とクラスでの係りと。クラスの人数分は用意されていて、そうなれば皆、一番楽な物を選びたがる。

教師の「これが楽かな」との言葉に候補者は殺到した。真もその一人。枠はたった一人。まだまだ幼さの面影が残る表情で白熱したジャンケンが行われた。

死闘の末に勝ったのは。真。

たかが委員会の為に全ての運を使い果たした心地だったが、それでもクラスの半数の中からジャンケンだが…勝利を得たのだ。


その頃はまだほんの些細な事でも喜んでいた。


だが、まんまと教師に騙された。

初めての顔合わせの時に聞いた仕事内容と共に放心した。

各クラス一人ずつの委員会。

誰一人真の知人が居ないのだ。他は威圧感漂わせている上級生。

ライオンの群れの中にいるうさぎのような心地で、急に不安の重石に押しつぶされた。

委員長の言葉も頭の上を流れているだけ。

心細くて、嫌で嫌で仕方なかった。



「何でこの委員会入った?」


急に真に向けられた言葉。それは隣の席に座っていた幸希だった。


「・・・えっ。

・・・先生が一番楽だからって・・・騙されたの」


「俺は寝てるうちに勝手に決められてたんだ。マジありえねー」


幸希の一言に救われた。

その時の幸希の笑顔は忘れられない。


あの委員は幸希の知り合いが多く、友達も出来た。何かと行事毎に駆り出されては使われる委員会。幸希とは隣のクラスな為二人一組で常に仕事は行われた。仕事は辛いが、楽しかった。

委員会以外でも、体育やら音楽やら、クラスで何かと一緒になる事が多かった。

気がつけば、目が幸希を追っていた。

常に視界の中に捉えられていた。


「真って四谷君好きなの?」


当時仲が良かったクラスの友達に言われた事があった。


「・・・何で?」


「だっていつも見てるじゃん」


そう言われて初めてこれが恋なのだと自覚した。

―――初恋。

恋を意識し始めると、幸希を見る度胸が痛いと感じるようになった。割と誰とでも仲の良い幸希は女友達も多く、仲良さげに談笑する姿は耐えられないものであった。自分もあの中で談笑したい。もっと幸希の事が知りたい。

真は幸希にとってただの友達にも値しない知り合いのうちの一人でしか過ぎない。

それをわかっていても一緒に他愛ない話をするのが、何よりも…どんな事よりも楽しかった。


二年へ進級の際。

委員会の終了に落ち込んだ。二人で会えるのは最後だったから。

家で涙を堪える日が多くあった。恋も終わりを感じたが、天が真に味方した。クラス換えで同じクラスになれたのだ。

この時ばかりは幸せ過ぎてその日のうちに死んでしまいそうな程、周りを巻き込んで喜び明かした。

そうもなれば恋も歯止めが付けられず、好みや仕草、癖などが自然にわかるようになっていた。新しいクラスでも幸希と席が近いことが何度もあった。

友人の計らいもあって。

ただ、他の子と違った事は決して思いを伝えようとはしなかった。

―――伝えるのが怖い。

それに、女関係の噂も耐えない幸希にただのクラスメイトの関係に過ぎない真は自信と言うものが持てなかった。


幸希も、真の想いなんか知る訳もない。

そんな思い込みから、今の隣の席での位置にとても満足していたのだ。


今以上の幸せは求めない。

だからこそ、毎日の学校は楽しかった。

幸希が休んだ日は深く落ち込んだ。



それは―――確かに恋だった。


3年になった時も、真と幸希は同じクラスになった。ここまでくれば運命の巡り合わせと言う他ならない物を感じる―――。

3年で上手く行けば、卒業時に全てを振り絞って想いを伝える事が出来るかもしれない。


そんな変化が生まれ出て来ていた。


―――だが、3年へと上がった途端。幸希は学校を休む日が増えていった。

年上の彼女と住んでいるから。そんな噂も流れていた。

その頃から始まった真へのいじめ。

幸希が登校した時に、こんな自分の惨めな姿を見られたくなどない―――。

次第に愛想と共に恋心も薄れ、消えていった。


それが―――淡く儚い初恋の思い出。


回想なのか追憶なのか、そこまでを思い返す。

また幸希に逢わなければならないのか―――

あの頃想いを告げていないのが幸いだった。

だが、今更どのような顔をして逢えばいいのか解らない。


胸の痛みが限界を訴える。


意識に反して目頭に熱いものを感じた。

瞳から大粒の涙が流れているのだ。


「・・・っ」


ここ何年か、泣いたことなどなかった。

いじめがあって、どんなに悲しくても、悔しくても、涙を流すなんてことは、絶対にしたくもなかったし、出来なかった。

泣くと言うことは、負けた気がするから。


それでも今、泣いているのは―――。



今迄溜め込み過ぎた物は大粒の涙となって溢れ出て来ている。

それは、止まることを知らない。


誰に見られる訳でも無いのに、自分が涙を流している事を隠すかのように枕に顔を埋めた。

日も暮れかかった寂しい部屋で、悲しい嗚咽ださけが響き渡っていた。




散々今までの全ての涙を流し尽くし、泣きはらした真の顔はとてもじゃないが見られるものではなかった。

その酷い顔が治まった頃に届いた宅配。

完全にその内容を忘れていた真をそれは更に追い詰めた。


面積も重量もある荷物。

その中には制服と教科書。学校に通う為に必要な道具が一式ダンボールに詰め込まれていた。暫く唖然と中身を見つめていたが、以前の遥鳴の話を思い出した。


『学校も手配する』・・・と。


蒼間の事しか眼中に無かった真にとっていきなりの勧告。

死刑判決でも喰らったに近い衝撃なのだ。


放心した状態で中に入っていた大判の封筒を空けると詳細が事細かに記されていた。

転入として扱いを受けていて、出校予定日は五日後。

少し早すぎる気もするが、忘れていた自分に責任がある。

誰も咎める事は出来ない。


だが既に3学期は始まっているのだ。

中途半端だ・・・。

それでも、嫌など言えず、諦めて定められた流れに乗る事しか所詮今の真には出来ないのだ。



諦めることしか出来ない。

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