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obsession  作者: 礼央
第一章 変わる世界
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無言で玄関を出ると大きなため息と共に門へともたれ掛かる。

そしてゆっくりと空を仰ぐ。



『驚いて動けなかった。』


真にも、遥鳴にも言った台詞は嘘ではない。

・・・だが・・・違う。

今でも瞼を落とせば鮮明に入ってくるあの映像。脳裏に焼き付いて離れない。

・・・忘れられる訳がないあの感覚。


あの日は珍しく学校へ足を運んだ。

遥鳴が訪ねて来て、少しばかり余裕があり、卒業の為の出席日数が危うかったと言うのもあった。

しかし、その日に限って集会で、散々の長話。

幸希は耳をも貸さず、昼寝と言う有効な時間を過ごしていた。

うつらうつら夢と現実の世界をさ迷っていた所。ふと感じた不穏な気配。

生身の人間が到底放つ事の無い陰黒で、不快な物。

一瞬で何者かを理解出来た。


神経を研ぎ澄まし、不穏な気配の的確な場所を探していると。現れたのは今自分の居る場所。しかも複数。

話や噂には聞いていたものの、実際目にしたのは初めてで、目を奪われた。

漆黒の影。黒色のマネキン。まさにそれ。

髪も無ければ眼も口も無い。


すぐに。標的が蒼間である自分だと言うのが理解出来た。

かと言って、何百人いる生徒達の前で堂々と蒼間の存在を知らさせる事など出来はしない。

それに何故、夜行性と言われる暗鬼が、こんな昼間から蒼間とは無関係の人々の前に現れたのが理解出来なかった。


・・・自分の目の前で・・・。


幸いな事に暗鬼は幸希には気づかずに探し回っている。

それにまだ、誰にも手を出していない。

だからこそ、暗鬼の目的を知ろうと思った。

周りがどんだけ騒ごうとも、幸希だけが冷静に暗鬼の動きを観察していた。

誰かに怪我を負わせる前に。

暗鬼の真意を。


逃げ惑う生徒を手に掛ける事無く見回すだけの暗鬼。

だが目的を探すまでは逃がすつもりも無いらしく、体育館の外へは誰も出さず、まさに鳥籠。そんな中、暗鬼の動きが変わった。

暗鬼だけを眼中に納めていた視野を広げると、そこには思わぬ人物が一人佇んでいた。自分から見ても様子がおかしいと取って解る。

・・・しかし・・・何故・・・。そんな事を思う余裕など無かった。


暗鬼がその人物に近付いているのだ。

あの暗鬼が見逃すはずがない。目標が見つからなくても、奴等は必ずこの場にいる連中を殲滅するはずだ。

そう考えるとみすみす静観などしていられる訳がなく。

蒼間の存在の露見なんぞの心配をすること無く、立ったまま動かない少女。

真を助けようとしたその瞬間。




―――空気が―――変わった。



次に来たのは衝撃。

―――これは―――殺気。


ビリビリと体に感じる振動。心臓を鷲掴みされる感覚。

呼吸が出来なくなっていた。

それ程の気迫。


今まで生きた中で味わった事の無い[恐れ]を感じた。


硬直した体。それは金縛りの様で、瞳だけがその異状を移していた。慄く程の殺気は暗鬼からでもなく、真のものだった。

考える間もなく、真は暗鬼を一体。また一体と消し去って行く。

動きこそ大したものではないが、生身の、蒼間でもない人間が・・・あの暗鬼を一人で、しかも数体、倒しているのだ・・・。


前線の一族でさえ、暗鬼によって幾人も命を落としているのに。



ごくん。と、唾を呑む音がやけに体に響く。


幸希は真を知らない訳ではない。一応のクラスメートなのだから。

仲が良い方ではないが、それでも狭間を見分ける為の調査で一通りの事は知っている。


蒼間でも狭間でも無い。

学校の人間全てそうだ。


蒼間なら、幸希が知らない訳がないし、狭間ならば―――とうの昔に消されている。



じゃあ何故。真が―――。



そのとき、割られた窓ガラスから現れたのが遥鳴だ。

暗鬼の気配を察したのだろう。

―――もしくは―――。





そこまでで、幸希の回想は終わる。


暫く外の寒風に晒されていた為が、直に当たる顔は麻痺していた。

それでも幸希の思いは渦巻くばかり。



あれから数日して、蒼間に告げられたのは真を蒼間への参入。

当主である遥鳴直々の決定。

逆らえるものなどいるはずがない。

遥鳴に直談判した者はいないものの、納得出来る内容ではない。

蒼間は一族の為に狭間と争っているのだ。

外部の侵入など許される訳がなかった。

一族の誰もが反対した。快く受け入れるものなど全く居ない。

そんな中、幸希は反対もせず、唯一賛成した。



あの真を見たからだ。


尋常ではないあの力。それを知るためには蒼間に入れ、監視のもと調べる必要がある。

この先、良くも悪くも。どうなろうとも―――。


遥鳴には、まだあの場の真の出来事を詳しくは言ってない。

それでもあの残滓だけで鋭い遙鳴の事。

なんとか老人達を言いくるめたのだろう。


つまり真を蒼間の中で守れるのは現状2人しかいないのだ。


真が襲われたと聞いて事件の関連性を知った。暗鬼の狙いは真だったのだ。

だからこそ呼び出された。

真同様。実家に帰る事はないだろう。


「・・・にしても―――。

何なんだよアイツ・・・」



真に対して放った言葉は風の音に吹かれて消えた。


「俺もとうとうここまで来たか」


自嘲じみたその台詞と共に幸希は歩き出した。久々に会う真は幸希の記憶とは全くと違った印象だった。


昔はクラスでも目立った仲間内に居て、凄く明るかった筈だ。


―――少しだけ、苦手になった気がする―――。



そんな事を思っても、仕事は多いのだ。








幸希が去り、遥鳴は手渡された封筒の中身を見ていた。

それは分厚くクリップで止めたれた報告書と、新聞の切り抜きであった。それを読む遥鳴の表情は真剣で、眉間には深いしわが刻まれている。


悩ましい内容。


幸希等一族が調べた内容は、今までの常識を覆し、事の重大さを思い知らされる。

分厚い書類に一通り目を通すとクリップから新聞の切り抜きを外す。


「いくらあの隠密でもこれが限界か・・・」


どれだけ裏の世界を牛耳っていようとも、隠せる事に限度がある。


[11月某日。市内の中学校で工事中の鉄筋が崩れ体育の授業を行っていた三年生8人が死亡。13人が怪我……]


これが隠密の限界。

事故にするには事が大き過ぎるのだ。

本来ならば全国紙の一面になっていただろう。

狙いは真。

学校を襲って一週間もしない内に暗鬼は再び襲いに来たのだ。


真のクラスを。

体育の授業中にグランドにいた生徒21人を襲い、8人が死んだ。

他は重体。逃げ延びたのは数人。

同じ人間を幾度も記憶操作するのはたとえ隠密でも至難の業だ。


そして―――もう一つ。


その事件の4日後に、また暗鬼により人が死んだ。

殺されたのは―――。


真の家族。

表向きは火事で全焼と言うことにしている。

暗鬼は真の家を突き止め、家族まで殺したのだ。

そして、今の居場所を突き止められた。


現在住んでる家は知られる事はない。が、気を緩められるものでもない。

遥鳴一人では対処の仕様がないからこそ、頼れる幸希を呼び出したのだ。


一体暗鬼は何故真を狙うのか。狭間の目的は?

真は何者なのか―――。



謎だけが深まっていく。

そして、真を守ることを口実に正体を知ろうとしている自分に嫌気がさしていた。


―――最低だ―――。



確かに老人達を言いくるめる為に口実に使った。彼らは蒼間の為になる事なら否と言わない。

それを解った上で使ったのに。



今自分がしている事は。

果たして蒼間が真を巻き込んでいるのか。

真が蒼間を巻き込んでいるのか―――。





遥鳴は立ち上がると静かに部屋を後にした。

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