現れた者は過去を知る
通されたそこは応接間だろう。
廊下とは打って変わって客人を持て成す為の空間が出来ており、高級そうなソファーにテーブル。
あとは如何にも価値があるような骨董品がならべられ、部屋を漂う古風な香り。
だが。
真はそんなものには一切目もくれなかった。
視線の先にあるものは、見当もつかない。いや、居るはずがない。
髪の色こそ違うものの、似過ぎている。
人違いではない。
勘違いでもない。
見覚えがあるのだ。
知っているのだ。
しかし何故。
どうして奴がこんな所にいるのか…
「……ょ…つや…?」
「よう。」
驚きを隠せず、漸く絞り出して発した名前に四谷と呼ばれた少年は飄々とした態度で当たり前のごとくソファーに深く寄り掛かっていた。
少年を見つめたまま動かない真を取りあえず落ち着かせようと、遥鳴はゆっくりとソファーへと座らせ、三人が話しやすいようにとある程度の距離を取って遥鳴もソファーに腰掛ける。
話は長くなるのだ。
真はソファーの柔らかな座り心地に包まれながらも、その少年を見つめる瞳はまるで放心した状態に近かった。
「…真は…彼を知っているよね。」
刺激を与えず、慎重に。確認を取るような遥鳴の質問に、真の視線は目の前の遥鳴に移り、小さく頷く。
真が驚くのも無理はない。彼の名は四谷幸希。ついこの間まで通っていた地元の、学校の同級生。しかもクラスメートだった人物なのだ。
しかし、何故。どうして彼が此処にいるのか。
答えは簡単だった。
「…彼も…蒼間なんだ…」
―――嗚呼…やっぱり。
驚いてはいるものの、冷徹に見据えていた。落ち着いて思慮すれば分かり切った事なのだ。
4つの瞳を受けていることなど気にもせず、真は小さく俯くと、心の中で深呼吸をした。
ムクっと顔をあげると呆けた表情から一変して、引き締まった真剣な眼で2人を見つめた。
「………じゃあ…なんで四谷が此処に?私と同じ学校だったのは何か訳でもあるの?」
最もで的確な質問。だがその声は鋭く、疑心が込められていた。
真のその変わりっぷりに2人は一瞬目を丸くしたが、ふっと遥鳴は笑みを漏らし、話し始めた。
「真と幸希の学校が一緒だったのは関係ないよ。
幸希は一族の中でも身内に近い親族で、昔から蒼間の当主との血が濃いと力も強いと言われててね。
俺がこの地方を見守り、幸希の家が真等が住んでいた地方を守り、一族を取り締まっているんだ」
「・・・四谷が・・・ここに居る理由は?」
最早訪れる前の不安は消散し、はっきりさせたいのか、吹っ切れたのか、他の理由か、尋ねる口調には強みがあった。
遥鳴も、真の質問に、信頼を得たいのか隠すことなく答えるが、この当たり前のような質問には、遥鳴は口を詰まらせた。
軽い沈黙。
何故こんな質問に・・・真は眉をひそめる。
その様子を横目で見ていただけの幸希は口を開いた。
「相模、お前学校で暗鬼に襲撃された時の事覚えてるだろ。」
幸希の思いもよらぬ単刀直入の言葉に真の胸が大きく跳ねる。
ほんの一月ほど前の出来事。
真の人生を反転させた出来事。
忘れる訳がない。
忘れられるものならばとっくに記憶から忘却している…。
一瞬で顔色が暗いものへと変化する。
幸希は遥鳴を一瞥すると、2人の視線が合わさった。
そのまま遥鳴は小さく頷く。目で行われる2人の会話。口で言わなくても、概要はわかっているのだ。
今から話す内容。その許諾。
いくら真が蒼間の者になっても、一族自体公に出来ない話。
それを当主である遥鳴に口伝の許可を得たのである。
一時の空気と共に、幸希はゆっくり話はじめた。
「・・・3ヶ月位前・・・。俺等の管轄・・・お前の住む地域で蒼間の隠密が何者かに殺されたんだ。
しかも立て続けに。
隠密は蒼間の一族、狭間とは一切関わりを持たない。
一族達の行動を監視したり、調べたり、力を失った大人達の内密な部隊。
その存在を知ってる奴なんて殆ど居ない。
…それが…殺されたんだ…。
何人も。
隠密だけじゃなく、前線の奴も…」
口調も表情も真剣な幸希の態度に真は戸惑いを覚える。
―――こんな奴だっただろうか?
少なくとも真の記憶にはない。仲が良かった訳でもないが、いつも不真面目で軽薄。しかし人当たりは良い。
そんな印象しかなかった真にとって、幸希の話がどれだけの事態を思い知らされる。
「それを俺が幸希の家の者に頼んで調べて貰っていたんだ。
あの日俺が居たのは調査内容を直接目で見て確認する為でもあったんだ。」
「………じゃあ…暗鬼は……」
「多分、蒼間の奴を探してたんだろうな。俺そのものの存在を知らなくても、狙ってたのは俺だ。
その証拠に暗鬼は確信をもって俺等3年だけが集ってた体育館だけに乱入してる。」
あの学校に蒼間は俺しか居なかったからな。
そう付け加えた幸希は一息付くと、真の顔色を伺いながら、言い辛い事なのか、何とも気まずそうな表情をして再び話し出した。
「有り得ない事なんだ。
暗鬼が人前に現れるのは。しかもあんな大勢の前で。
今までにも例がない。
それに暗鬼は夕暮れ以降の夜にしか活動しない。そんな認識をも覆されたんだ。
・・・だからあの時。俺は暗鬼の動向や目的を知る為にも動かなかった。
奴らはまだ手を出してはいなかったから、無闇に俺等の存在を知らされる訳にはいかない。
・・・・・それで・・・お前だ。
・・・悪かったな。
巻き込んだ上に怪我までさせて」
申し訳なさそうに話す幸希の語尾は小さいものだった。
だが真は驚きもしなかった。理解もあった。
真の現状でも、嫌と言う程蒼間の漏洩に対する圧力と取締を受けているのだ。
意識の範囲で冷静にしているつもりなのだが…心の奥底で得体の知れない複雑な感情が疼いているのだ。
この感情は、「怒り」―――なのだろうか?
―――――――解らない。
だとすれば何の為に怒る必要があるのか。
しかし沸き出でるモノは確かに「黒い」モノ。
決して良いモノではない。
感情を押さえ込もうと膝の上に置かれた手は、強く握り締められ、巻き込まれたズボンは深くしわを刻ませていた。
2人は真の意見を聞こうと、口を開くまで無言の時間を過ごす。
必要に刺激を与えてはならない為に。
今でも真の複雑な心境は空気を通して伝わって来ている。
部屋に置かれた時計の秒刻みの針だけが、流れる時間を歩んでいた。
「……ょ…っゃ…」
漸く開いた真の口から発せられた言葉は幸希の名。
その声は小さく、また、地獄の底から這い出る様な、低く、絞り出した女のものとは思えない程の声であった。
「ん?」
「死ねっっ!!!!」
そう低さの変わらぬ怒気を含んだ声で幸希に向かって叫んだ真は、この捨て台詞を吐き投げて、逃げるようにその部屋を立ち去った。
玄関の扉が乱暴に開かれた事からして、真は帰ったのだ。
取り残された2人は唖然としたまま真が飛び出して行った扉を見つめていた。
「やっぱり怒らせたかな…」
事を理解した幸希は呆気に取られたまま自分の話した内容に少し後悔する。
話さなければならない事とはいえ、最も肝心な話をする前に真を帰してしまったのだ。
「・・・・・仕方ないな」
ため息を吐いた遥鳴は諦めたように呟いた。
遥鳴以上に深い溜め息を吐き、幸希はソファーに座りなおし、深く腰を下ろす。
「どうするよ?」
「また後日話すしかないな・・・どうせ会う事になるんだ。その時お前が話しておけ。」
げっ。と言わせ、顔を歪ませるが、遥鳴の言う通り、近々嫌でも合わなくてはならない。
それに遥鳴も常に当主として多忙な生活を送っているため、断る訳にもいかず、何も言い返せない。
顔には出さなくても、休む間もなく仕事をこなしている遥鳴は、今でも相当な疲労を持っているのだ。
「・・・・お前も大変だな。
知ってるか?俺は見事だと思ってるけど、世間ではそれを八方美人って言うんだぜ?」
労いの言葉をかけつつも、幸希の性格上イヤミを言わずにはいられない。
「仕方ないだろう。
上に立つ者である以上、誰1人として不安にさせるような態度は取られない。
その為にも平等に接するしか方法はないんだ。」
「俺は対象外かよ。」
そんな掛け合いをしつつも付き合いの長い幸希の理解は深い。
遥鳴がこうして本音で接するのも、弱音を吐くのも幸希を除いて皆無に近い。
心を許しているからであって、互いの理解者。
真を蒼間に入れる事を否定しなかったのも唯一幸希1人であって、年は違うものの、親友と言っても過言じゃない存在なのだ。
遥鳴みたく皆に良い顔が出来ない幸希の皮肉な言葉も、決して本心からではない。
八方美人でも猫被りでもない。
跡取りとしてこの世に生を受けてしまった、蒼間の名を継いでしまった遥鳴の定め。
直し用が無い癖なのだ。
今の遥鳴があるからこそ蒼間は保たれているのだ。
きっと蒼間に遥鳴意外の者が当主であったならば、幸希もここまで付いてはいかない。
遥鳴だからこそ、幸希はこの蒼間の運命を背負い、片腕として働いているのだろう。
「お前も悪かったな。
散々使わせた上に急に呼び出して。」
「別に。お前1人じゃ無理があるだろ。
元々俺にも責任があるし…
あいつ怒らせたのも俺だろ。」
そう言って窓に視線を向ける。
「それにあそこは俺の管轄だ。
自分の所で起きた事くらい自分で調べるのが当たり前だろ。
そんくらい苦でも何でもねぇよ。」
そう。遥鳴が言っていた通り、あの一件以来、幸希ら四谷の一門は処理と対応、それから調査に追われていた。
実際に幸希がした仕事は隠密程ではない。
指揮に調査報告資料の目通し。
大した事ではないのだが、その量は膨大で睡眠は殆ど取ってないに等しいのだ。
そして休みも取れぬまま、昨日急に遥鳴から呼び出され、今に至る。
本音を言えば、少し休みが欲しかった。
だが今はそんな事を言ってる状況ではない。
遥鳴もそれを解った上で呼び出している。
此処まで事件が発展した以上、人の事情など構ってはいられないのだ。
「・・・そっちの方は、もう問題はないのか?」
「多分な。アレ以外何の動きもねぇ。
情報もない。
・・・完全に目標を変えたな。」
そうか。と遥鳴は呟くと悩み込む表情を見せる。
「それにしても幸希。・・・様子見は解るが何であの時、真が怪我をしたのに最後まで動かなかった?」
それが、遥鳴が解せなかった事。
幸希は人が傷ついているのを黙ってみている様な薄情な人間ではない。
だからこそ、幸希の行動が気になって仕方なかったのだ。
「・・・言っただろ。
蒼間でもない相模がいきなり出てあの暗鬼を倒したんだ。
驚いて手も足も出なかったんだよ。
そうしてるうちにお前がやって来たからな。」
そう答える幸希だが、遥鳴の鋭い質問に激しく胸が高鳴っていた。
しかし幸希はポーカーフェイスで顔には見せない。蒼間で生まれ、身につけた技の一つでもある。
「まぁ・・・。肝心なのは今だ。
暗鬼がここまでやって来た以上、動かない訳にはいかない。
その為に来てもらったんだからな。」
「へいへい。」
そうやる気のない返事をすると、ダルそうにソファーから立ち上がった。
「俺、準備まだだからそろそろ行くわ。」
「呼び出してすぐだろ。家はどうする?
あてはあるのか?」
「無いね。」
即答。幸希の家系は程んどが真の地元付近に集結している。何人かは近くに住んではいるが、四谷の名を持つ親戚には頼る気もない幸希は今日ここに来ている事を誰一人伝えて居なかったのだ。
「じゃあ此処にしとけ。部屋はあるし、あいつも喜ぶ」
「悪ぃな。最初からそのつもりだ。」
悪戯でも成功した子供のような笑顔。この瞬間は、幸希が年相応の普通の中学生と感じられる。遥鳴が安心できるものなのだ。
「今から荷物持って来させるよ。・・・それと・・・」
幸希はソファーの横に掛けていた唯一持って来ていたバッグに手を伸ばしガサガサと阿探ると、3センチほどの厚さがあろう大判の封筒を取り出すと、遥鳴が座っている前のテーブルにドサッと大きな音を立てて投げ捨てた。
「これ、例の奴だ」
「じゃあ明日から宜しく~」
手をひらひらさせながら封筒だけを置いて幸希は部屋を後にした。




