第八話
窓から陽射しが入り込む。リゼットは布団の中でモソモソと動いていた。
鳥の鳴き声が耳につく。もう少し寝ていたい気持ちと、起きなければという気持ちがせめぎ合った。
結局起きたのは、自分ってもう一人なんだっけと思い出したからだった。
ここで不貞寝していては腐ってしまうと、何とか力を出して起き上がる。──いや、本音は寝ておきたい。全力で一日を布団の中で費やしたい。
しかし、その後で待っているのは、心の中に住み着くルベリアやエバルの冷笑だ。
もちろん、役立たずの自分が悪い。しかし、自分にだって少しはプライドが残っている。
「あーもー!」
リゼットはそんなツラツラと考える自分が嫌になって、ベッドから飛び上がった。
「おはよう、世界!!」
やけになったリゼットが、両手を上げながら叫ぶ。窓枠に止まっていた小鳥たちがびっくりして飛んでいった。
「やぁやぁおはよう!」
その声に、反応する声一つあり。それは、何故か部屋の中に侵入しているジュリア。
振り返ると彼女は顎に指を当てながら笑っていた。
「なんでここにいるのさ!?」
「なんでってギルドに連れていくために決まってるよ? 決まってるよね?」
「いやだから、僕は落ちたんだって! その前に答えになってないよね!?」
リゼットが彼女の背中を押して部屋から出そうとする。しかし、一歩も動かない──どころか、ビクともしない。
自分がひ弱なのもあるが、彼女の身体能力が超常すぎる。そんな人間は十分一人でやっていけるのに、何故リゼットに固執するのか。
「ささささ、諦めて今日も──あ、今日はギルド長も副長も用事でいなかったんだっけ……」
「それなら仕方ないね! てか、僕はもう受けないって言ってるよね!?」
彼女を追い出すのを諦めて、リゼットが部屋から出ていく。何か言いかけたジュリアを無視して、ドアを勢いよく閉めた。
そのまま一階に向かうと、今日の宿代を支払う。
腰巾着の中身を見ながら考える。入っているのは銀貨や銅貨。とりあえず、パーティを組んでいた時代の貯金が残ってはいるからしばらくは食いつなぐことができる。
しかし、それもいつかは限界がやってくる。非常に辛いがお金稼ぎをしなければ……。
余裕のある今のうちに、稼ぎ口を探しておかなければならない。
しかし、自分が何できろうと考えればまた止まる。特技の補助魔法も満足に活用できないのだから。だからといって肉体労働も向いていない。
先祖の大賢者は魔法薬の知識だけで財を築いたという。しかし、残念ながらその才能はリゼットには受け継がれなかった。
自己分析から自己嫌悪に陥って、結局自分は何もないという結論に帰結していく。
こんなことではダメだと、杖を握り直す。
とりあえず、薬草集めくらいならば自分でもできるだろう。そう思い、宿屋から依頼斡旋所へと向かうことにした。
依頼斡旋所は冒険者ランクに応じて仕事を割り振ってくれる。
ルベリアにおんぶに抱っこであったリゼットは、そのランクだけは高い。探せば、他にも良いものがあるかもしれない。
「待て待て待て待て〜!」
宿の二階から響き渡るジュリアの声に、ウゲッと喉の奥から漏れた。彼女が降りてきて改めて勧誘活動を始める前にと、リゼットは慌てて宿から出る。
朝の空気は澄んでいる。石畳は少し湿気ていた。ひんやりとした空気を楽しむのは、嫌いではない。しかし、今はそんな暇はない。
リゼットは雑踏に身を隠すようにしながら、町中を歩いていく。
──おかしい。
依頼斡旋所への道すがら、何やら視線を感じる。どこか粘っこいような、それでいて陰湿なような。
ジュリアのものではない。かといってルベリアのものでもない。そして、『赤星の剣』に所属する人間のものでもないだろう。なんというか、形容しがたい悪意が混ざってるような気がするのだ。
観察しているのか。それとも、狙われているのか。どちらにせよ、リゼットにはそんなことされる覚えはない。
──念には念を……。
人さし指を地面に向ける。先から汗が垂れて、石畳へと一滴落ちた。
雑踏に紛れて聞こえてくる水音。波紋のように広がるそれは、リゼットが危険なダンジョンで無理やり戦わされたときに身につけた技の一つだ。
敵意察知。先手を打たれるくらいなら、こちらから気づく。魔物の巣を避けるのに重宝した補助魔法の一つである。
索敵範囲は、この町全体に行き渡る。
「……見えた」
街角に一人。建物の中に一人。
黒いローブを身に着けた人間が、確かにこちらに視線を向けていた。




