第九話
黒ローブの人間が、見られてることに反応したのかピクリと動く。そのまま姿くらましを使ってしまった。
──やはり、僕の索敵程度では察知されるか……。
しかし、逃がすわけには行かない。何のために自分を見てたのか突き止める必要がある。
余計なことに巻き込まれたくないからだ。
──この一秒で反対側に……!?
二人の気配は、かなりの距離を移動してきた。物理的には不可能と言えるくらいまで。つまり、何かの魔法やスキルを使ったのは丸分かりである。
こいつらは一体何なのか。逃がせば嫌な予感がする。そんな思いから、振り切ろうとする動きについていく。
三回目の黒ローブたちの移動の後だった。一人が振り返る。その様子は少し慌てていて、口元は恐怖で顔を引きつらせているようだった。
『お前は誰だ』
黒いローブの動く口がそう呟いたのを確認した後、手元に何やら取り出した。それは何かの動物の牙で装飾したような代物である。
バチンという音が響き渡る。
一気に視界が自分に引き戻された。
ポタリ、ポタリと落ちるのは赤い液体。それが、自分の鼻から垂れているものだと気がつくのに、数秒ほどかかる。
リゼットは鼻を押さえながら、小さく呻いた。
逆探知された。それは経験したことのない目眩を引き起こす。気持ち悪くなって、喉の奥が灼ける。
込み上げてくる吐き気は、胃を圧迫させる。
「リゼット……?」
聞き覚えのある声が、彼の耳朶を打った。それは、今一番会いたくない相手──ルベリアだった。
彼女に心配されるくらいならと、背筋を伸ばして大丈夫と言おうとする。しかし、その無理がたたって、グラリと体が傾いた。
「リゼット!」
地面に激突を避けられたのは、彼女の柔らかい体がリゼットを受け止めてくれたからだ。
数秒何が起きたか分からずに、目を白黒させる。
視線を上げると、心配そうにこちらを見つめていた。
「な……んで、ルベリア」
「幼馴染が倒れそうになったら、助けるのは当たり前でしょ!」
「でも、君はいつも僕を……危険な目に」
「それは違うの私はリゼットに強くなってほし──」
「んげぇぇぇぇぇええ!」
込み上げてきた吐き気が我慢できず、彼女の服に全てを吐き出した。
ルベリアが固まっている。多分顔も引きつっている。しかし、そんなことを確認する余裕はない。
だって気持ち悪いんだもの。彼女が勝手に倒れるのを抱きとめたわけで、リゼットが頼んだわけでもない。
弱った心はドンドンと不可抗力として言い訳を重ねていった。
最後の気持ちが謝らなければと思い、ルベリアの顔を見上げる。彼女の瞳は信じられないとでもいうように揺れ、口は戦慄いている。
「……る、ルベリア本当にご──んげぇぇ」
謝罪の言葉、胃の奥から再びやってきた濁流に呑み込まれた。トドメの一撃とでもいうように、また彼女の服の上に吐く。
ヨタヨタとそのまま彼女はリゼットを道の端に運ぶ。そして日陰に座らせた。
視線を合わせてくる。その瞳には何の感情が浮かんでいるのか想像できない。ただ、見つめてくるのだ。
手を振り上げた。今度こそぶたれると思ったが、彼女は優しくリゼットの額に手を当てる。その後すぐにハンカチを取り出して、リゼットの鼻から出てる血を拭いた。
「リゼット、ごめん袋ないから貰ってくる。ここにいてくれるかな?」
「……あ、あぁ」
怒られるそう思っていたリゼットにとって、彼女の行動は意外だった。もしかして、本気で心配してる? 頭の中でその可能性を思索する。
だが、すぐにないないないと首を振った。
彼女はただ気まずいだけだ。ただ、自分の立場が危うくなったから手のひらを返しただけだ。
リゼットが弱っていることにつけ込んでいるだけだ。
汚れた服を気にすることなくどこかに走っていくルベリアの背中を見つめて、そう結論づけた。こんな自分に今さらあのルベリアが申し訳なく思わないと。
しかし、今リゼットが弱っているのは確かで、他に頼れる者も思いつかないのは確かだ。宿屋へ戻るにしても歩くのもつらい。
今だけはその思惑に乗ってやると、リゼットは心の中で呟く。元気になった後、無能の自分への態度がまた厳しくなるのを予想しながら。
しかしと思うのは、あの黒ローブのことである。
あいつらは一体何なのか。探知魔法を見破るくらいならば、魔物だってしてくることはある。しかし問題はその後の行動だ。
瞬間移動で逃げ回り、挙げ句の果てには見られているという魔力の流れから術者本人に何かしらの攻撃をしかけた。それも、まったく躊躇なく。
その不気味に蠢いてる何かに、背筋が凍る。同時に、何故自分が見られていたのか余計にわからなかった。




