第七話
「死体は、呪術協会のものですね」
夜の酒場。いつもは賑わっているはずのこの時間。すっかり静まり返っているのは、ここで死人が出たからだ。
ローセントが懐中時計をパチンと閉める。
「んでぇ、目撃者は皆勝手に血を噴き出したって言ってるんだろぉ?」
「えぇ、事件性を疑うのなら、何かの魔法攻撃……くらいでしょうか」
「だが、それもこんな人が多いところを一人だけ撃ち抜くのはありえねぇ」
治安官の検分を手伝う形で、サミュエルとローセントが同席している。『赤星の剣』のトップ二人が来ているのは、あまりにも不可思議な事件だったからだ。
死んだ呪術師の腕には、蛇が巻き付いた髑髏の入れ墨が彫られていた。それは、最近活動を始めた犯罪者集団のものである。
呪術の利用価値を上げる──と言えば聞こえはいいが、やっていることは殺人代理だ。何より彼らが信仰しているのは、碌でもない悪魔。
「まぁ、そんなことはどうでもいい。問題は、こいつは何で、“大剣で斬られたかのような”死に方をしてるんだぁ?」
サミュエルの疑問に、ローセントは視線を落とした。
右腕はボロボロ。胸は開き、中身が見えている。この分だと肋骨や周辺の骨も折れているだろう。脊椎も砕けてる可能性がある。
再び、ローセントが懐中時計の蓋を閉じた。
「……まるで、ギルド長が斬ったかのような傷跡ですね」
モノクルの奥の瞳は、鋭く光った。その目で見られ、サミュエルはおいおいおいと呟く。
「俺が犯人だとでも言いてぇのかぁ? 俺は今日ずっとギルドにいたの知ってるだろぉ?」
「えぇ、知ってます。斬ったかのような……と言っただけです」
実際、サミュエルが対峙した魔物は、このように骨が粉々になることが多い。普段は人間にこれほどまでの破壊力を出すことはないが。
しかし、他にここまで一撃でボロボロにできる人間をとなれば、数は少なくなるだろう。
「少なくとも、抵抗ができる人間を潰せる人間は多くありません」
「自分で言ってて目撃証言と矛盾してるの分かってるかぁ? こいつは、何もないところでいきなり血が噴き出して倒れたんだぞぉ?」
「えぇ、わかってますよ」
自分でも何を言ってるのかわからない。無意識に懐中時計の蓋を閉じる回数が多くなる。
不気味なのだ。とにかく不気味……それしか言うことがない。
明らかに人間の手が加わっているのに、因果が見えない。まさしく呪術で呪われたようだとはこのことではないだろうか。
「ちょ、ちょっと一般人は立ち入り禁止ですよ!」
酒場の外から治安官と思わしき声が響いてきた。その後すぐに、「うるさい」と返す女性の声が聞こえる。
入ってきたのはルベリアだった。
「よう、嬢ちゃん。元気してたかぁ? 『赤星の剣』に入る気になったかぁ?」
サミュエルの軽口に、ルベリアはふんと鼻を一回鳴らす。そのまま無視して、呪術師の死体を観察し始めた。
彼女を後方から取り押さえようと治安官たちが動く。それをローセントが手で制した。
「大丈夫です。あなたがたも彼女が優秀な冒険者だってこと知っているでしょう?」
「しかし……わかりました」
引き下がる彼らをローセントが見送ってる間も、ルベリアはジーッと呪術師を見つめる。それから立ち上がったと思うと、机の上のブードゥ人形に目をやった。
彼女は机を軽く二回ほど人差し指で突いた。
「ここに座っていた人間って誰かわかるかしら?」
「いえ……。といより、説明していただけませんか? 何かわかってるようですが?」
「簡単に言えば呪術の失敗。雑に言えば、殺したのはサミュエルよ」
「は、はぁ!? 俺ぇ!?」
突然の名指しに、驚く声を上げるサミュエル。それは当たり前だ。
「いやいやいや、俺にはハッキリとしたアリバイがあるからなぁ!?」
「そのセリフ、追い詰められた犯人が言うセリフですね」
「ローセント! お前はどっちの味方なんだよぉ!?」
言い合ってる間に、ルベリアはサミュエルとの距離を詰めた。そして、指を軽く鳴らす。
「一回あんたを殴らせてもらっていいかしら?」
「え、なん──」
言葉が言い終わる前に、ルベリアの拳がサミュエルの頬を思いっきり殴った。彼の巨体が紙のように飛ぶ姿は、実に珍しい光景だろう。
机や椅子をなぎ倒す騒音に、治安官たちが剣を抜く。それをローセントが手で制止した。
ルベリアは拳を震わせていた。床に転がるサミュエルを見下しながら、眉間にしわを寄せる。
「あんた、リゼットを殺そうとしたでしょ!」
その一言は、酒場の中に木霊する。




