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第六話

 ありえねぇありえねぇありえねぇ。

 エバルの脳内にはその単語が支配されていた。


 貧乏揺すりは、机の上のコップを揺らすほど。

 酒場の騒がしさも、今や彼の怒りの材料にしかならない。


「にゃにゃ、怒る気持ちもわかるけど落ち着くにゃあ」


 向かいに座るキネノが、机に頬をべたりとつけながら言ってくる。彼女の尻尾は元気なく垂れ下がっていた。


「俺たちはもう少しで最高ランクの冒険者だったんだぞ!?」

「知ってるにゃ」

「誰もが憧れるパーティだったんだぞ!?」

「……知ってるにゃ」

「入団申請もかなり集まってたんだぞ!?」

「…………知ってるにゃ」


 それなのにいきなりパーティを解散だと? 何故だ? 何がルベリアの機嫌を悪くした?

 エバルの貧乏揺すりはさらに大きくなった。キネノのうにゃあ〜という間の抜けた声が響く。


「でももう、解散ってルベリアが決めちゃったんだから仕方ないにゃ」

「仕方ないで済まないだろ!? 皆の憧れで注目される人生が水の泡だ!」

「そんな固執しないでさ、別の方法も考えるにゃ。例えば『赤星の剣』に入るとか」


 そんなの却下だ。その言葉の代わりに、机を強く叩いた。

 キネノの尻尾と耳が逆立つ。


「な、何をするにゃ!」

「俺は、俺が輝けるところにしか行かない!」

「……うわぁ」


 何やら変な目でキネノに見られている気がするが、考えないことにした。

 エバルはそのまま両手を組みながら考える。


 何が原因だ? 何が起こってルベリアはおかしくなった?

 いや、考えなくても答えはもうわかりきっていた。リゼットが出ていってすぐの出来事なのだから。


 奴が何かをしたに違いない。いや、ルベリアがあんな奴の術中にハマるとは思わないが、万が一がある。事実、彼女はおかしくなった。


「許せねぇ。出ていってもなお、俺の足を引っ張りやがって……」

「ふーん、で……エバルはどうするにゃ?」

「もちろん、やり返すに決まってるだろ? あいつをぶっ殺してルベリアの目を覚まさせてやる」

「過激だにゃあ。でも、そんなことしたら、その無能のせいでエバルが捕まる可能性があるけど?」


 その可能性を考えて、冷静になる。

 確かにそうだ。あんな奴のためにさらに人生を棒に振るのだけはやめたい。

 いくらリゼットが無能だとしても、それは殺人を捜査する人間には関係ない。むしろ、この町では『赤星の剣』も事件に絡んでくる分、より厄介だ。


「クソが! なんであんなヤツに俺の頭のリソースを使わなきゃなんねぇんだよ!」


 言いようのない怒りで再び机を叩きたくなる。それを拳を作って抑えるのが精一杯だ。


「もし」


 そんな時だ。場違いな嗄れた男の声が響いた。


「あぁ!?」


 こんなときに呼びかけるのは誰だよと、エバルが思いっきり顔を向ける。

 そこに立っていたのはやせぎす長身の男。黒いローブを羽織り、フードを目深に被っているいかにもな奴だ。


「幸せな壺とかお断りだからな」

「うっわ、決めつけすごいにゃ」

「どう見ても怪しいセールスマンだろこれ?」


 そのエバルたちのやり取りに、男は大きく笑う。何がおかしいのかと、にらみつけた。


「いやいやいや。怨みつらみを言ってそうだったもんで、いーいマジックアイテムをあげようかなと」

「……は? やっぱり怪しいセールスマンだったじゃねぇか」

「違う違う。私は、お金なんかとりゃしません。言わば慈善事業だと思ってくだされ。人の恨みを晴らして、幸せにする。それが私の幸福なのです」


 だいぶ面倒な奴に絡まれたなと、エバルは席を立とうとした。そんな折、男が机に置いたのはブードゥ人形。

 呪術師という存在がいるのは知っていた。しかし彼らは日陰者で、人々から忌み嫌われてる存在だ。理由は言わずもがな、恨みを晴らすことに特化した連中だからだ。


「私は呪術師のイメージを払拭したいだけですよ。一度だけ、騙されたと思ってやってみませんか? 代償はなし、初回価格無料。なんなら、ブードゥ人形もお付けしますよ」


 それほどまでに押し付けられたのなら、試すだけなら構わない。


「え? 本当にやるのかにゃ?」

「別に俺が殺すわけじゃねぇ。実際死ぬかもわからねぇ。試すだけならただだ」

「ふーん」


 興味なさげなキネノは放っておいて、早速呪術師の男に向き直る。


「で、恨んで欲しい相手は誰ですかい?」

「リゼット・トリシティアっていうクソ野郎だ」

「わかりました。名前が分かれば十分です」


 了承すると彼はすぐに両手を上に掲げて呪文を唱える。

 机に置かれたブードゥ人形が紫色に光、そのまま宙に浮く。それの目は怪しく輝いていた。

 

 眉唾だと思っていたが、これは本物かもしれない。

 リゼットがいなくなれば、またルベリアとパーティを組めるだろう。


 エバルの口元が吊り上がった瞬間、呪術師の男が血を吹き出して倒れた。

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