第五話
今日は散々だ。本当に散々だ。
早くから酒場で酔い潰れてたら、知り合いの女に襟首掴まれて投げ飛ばされるし、急に試験を受けることになるし。
そして何故か、自分を追放した幼馴染が目の前で不機嫌そうにしているし。
「遅い!」
出会って開口一番がそれかよ。リゼットはもちろん口に出さずに、顔を背けた。彼女の横を通り抜けて、雑踏に消えていこうとする。
しかし、ルベリアは立ち去ろうとした彼の腕を掴む。
太陽が西に傾きかけた夕方。宿屋に向かう途中の道すがら。他の町人たちの気配が遠ざかる。
「何……?」
心底。本当に心底嫌そうに、リゼットは低い声を出した。
「何じゃない。今日の依頼行くわよ?」
「……は?」
何を言ってるんだこの女は? 自分を無能と罵ったのは、お前ではないのか?
今まで溜めに溜めていた怒りが、体に沈殿していくように感じる。
「僕みたいな足手まといなんか誘わなくても、ルベリアには仲間がいらっしょ?」
「いないわよ?」
「……はい?」
「仲間なんていない。今の私には、リゼットしかいない」
本当に何を言ってるのかわからない。しかし、こちらを真剣に見つめる赤い目は、とても嘘を言ってるようには見えない。
リゼットはわざとらしく周囲を探る。いつも金魚の糞のようについて回るエバルの姿がない。気怠げながらもひょこひょこ鬱陶しいくらいつきまとっていたキネノの姿がない。
「なんの冗談だよ?」
「冗談じゃない。あいつらは想像以上に使えなかった。だから、パーティを解散することにした。それだけよ」
「……僕を追い出して、仲間を追い出して、君は何がしたいんだよ?」
「違う、私は──」
「僕の憧れだったルベリアはどこに行ってしまったんだよ!?」
リゼットの大きな声に、ルベリアは目を見開いた。
しかし、それは一瞬のこと。彼女の表情はすぐに元へ戻る。
「違う、リゼット聞いて。私は──」
「何が違うっていうんだよ!?」
彼女の腕を弾いた。
ルベリアは宙に浮いた手を、そのまま静かに見つめている。
再びリゼットを捕まえることはしなかった。
「ルベリア──君は変わってしまった。人を人と思わなくなるなんて……僕に二度と顔を見せないでくれ」
彼女のことなんて視界に入れたくない。それほど冷たく、振り払う。
散々無能呼ばわりしてきて、今度は他の人を無能呼ばわりする。そして、ストレスの捌け口がなくなれば、一番戻ってきそうな──少なくとも、ルベリアが思ってるであろう──リゼットの前に再び姿を現す。
リゼットはもう彼女が何を考えてるか分からなかった。ならばもう、こちらもルベリアのことは考えない。
彼女とは今度こそこれきりだ。そう振り切った。
「待って、リゼット話を──」
ルベリアの声を聞こえないふりをして、リゼットは走り出した。
「──やっほやほ〜!」
宿屋まで行くと、ジュリアが待っていた。まだ厄介な女がいたと、頭を抱えたくなる。
「それでそれで、受けたんだよね試験?」
この少女のことも無視したかったが、それではこのまま部屋まで押しかけられかねない。
リゼットはジト目で見ながら、答える。
「君のせいでね!」
「あっはは、だーいせいこーう! やった、やったね! もちろん合格だよね? だよね?」
嬉しそうにぴょんぴょん跳んでいる彼女に向かって、大きくため息をついた。
「不合格だよ」
その言葉を聞いた瞬間、彼女の動きが固まる。
ギリ、ギリ、ギリ、と壊れた人形のようにこちらへゆっくりと首を向けてきた。正直、少し怖い。
「はぁーーー!?」
その後すぐに、両肩を掴まれる。そして激しく揺さぶられる。
脳みそがぐわんぐわんして気持ち悪い。
「なんで!? なんでなんで!?」
「なんでもなにも、僕が無能だから以外の理由があるかい?」
「は、無能? は? そう、ギルド長が認定したの?」
彼女の声が一段と低い。なんかどす黒いオーラが見えているような気がするが気のせいだろう。うん、きっと、多分……。
「試験で手加減されて、帰っていいって言われただけ。でも、それってそういうことでしょ?」
リゼットの言葉に、彼女は親指の爪を噛みながらブツブツと呟いていた。
それから小さくそっかと漏らす。
「ちょっと、私用事ができたから行ってくるね? 行ってくる」
くるりと踵を返す彼女の後ろ姿が妙に怖い。何か取り返しのつかないことをしようとしているんじゃないかと、慌ててジュリアの腕をつかむ。
「な、何する気?」
「直談判。それだけ、それだけだよ?」
「絶対それだけじゃないよね!?」
少なくとも自分が理由で人死が出ては困ると、全力でジュリアを止めた。




