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第四話

「取れ、ひよっこぉ」

「……はひゅ」


 もう、答えることさえ普段通りにできなかった。

 リゼットはギコギコと鳴りそうなほどカチコチな動きで、落ちている木剣に向かう。そのまま手に取るのは、もはや無意識だと言っていいだろう。


 構える姿は腰が引けている。というより体全体が引けている。木剣を握る手だけ前に前に出すという、あまりにも不格好な姿だ。


「く、はははぁ! お前、剣をまともに持ったことすらないんだなぁ?」

「……は、はひゅ」

「すまんすまん。そんなヤツに打ち合いなんて酷だよなぁ」


──ズシン。


 世の中でそんな効果音を本当にきくことになるとは思わなかった。

 サミュエルが取り出したのは、彼の背丈の倍以上もある大剣。一体全体どこにしまっていたんだという野暮な質問は、もちろんリゼットの喉からは出ない。


 ただ、口をパクパクさせてその大剣を見上げる。


「たった一回だぁ。たった一回だけでいいから、攻撃を受けろぉ」

「……は、はひゅ?」


 まともな返事などできるわけがない。ただ、眼前で流れる光景を見つめることしかできない。

 事態は、リゼットの意思とは無関係に動いていく。サミュエルは大笑いしながら大剣を振り上げた。


「しっかり受け止めやがれ、でないと死ぬぞ!」

「い、いやムリーーーーーーー!」


 気がついた時には、大剣が振り下ろされる。ほぼ無意識と言っていいほど、顔を庇うようにリゼットは木剣を間に割り込ませる。


 音は──鳴らなかった。


 サミュエルの攻撃は、リゼットの持っていた木剣で防がれていた。

 自身の身体は何ともない。腕に痺れもない。


 サミュエルが大きく息をつくと、大剣をゆっくり持ち上げる。そして剣先を武舞台の床に突き刺した。

 伝わる振動は思わず飛び上がるほど。剣先が削った床の破片が辺りに散らばる。


「……ギルド長。床を破壊しないでと何回も言ってますよね?」


 ローセントが懐中時計をパタンと閉じながら口を開く。それを合図に、貼られていた結界が解けた。


「いやぁ、すまんすまん。油断するとついなぁ」

「……ギルド長の給料から修繕費を出しておきますので」

「おいおい、それはいくらなんでもけったいなぁ……」

「壊した人がしっかりと責任を取らなければ示しがつかないんですよ。むしろ、ギルド長だからこそ模範になってください」


 コンコンと怒られるサミュエルからは先ほどの覇気が消えていた。置いてきぼりを食らうリゼットは、どうしていいかわからず二人の顔を交互に見る。


 視線に気がついたサミュエルは、大剣を肩に担いでひと言言う。


「今日はもう帰っていいぞ、“リゼット”」


 結局何が起こったのかわからないままであった。取り敢えず、リゼットの情けなさを見て手加減してくれたんだろうなということしか。



※※※※※※※※※※



「……それで」


 リゼットの後ろ姿を見送りながら、ローセントが口を開いた。


「どうするんですか?」


 ローセントは足元の木剣の先を勢いよく踏みつける。すると、木剣は回転しながら上に飛んだ。そのまま左手で掴み取った。

 木剣を確認すると傷一つついていない。


 端から見れば、サミュエルが手加減して寸止したように見えた。


「あいつの強みがそれだけならまだ取るか分かんねぇなぁ」

「それだけ……やはり手加減は?」

「俺がするわけないだろぉ」


 サミュエルが急に大剣を振り上げる。それをローセントに向けて振り下ろした。

 ローセントはその意図を理解して、大剣を木剣で受け止める。


 周囲に風が巻き起こった。ローセントが着ている燕尾服の裾がめくれ上がる。


 木剣は、粉々だ。真っ二つではない、粉々だ。


 残った持ち手部分を見つめながら、なるほどとローセントがつぶやく。

 左手の中でその欠片をくるくると回し、そのまま懐中時計の蓋を閉じた。


 木剣の破片は燃えてカスとなって風に吹かれていく。


「……ま、新人に同じことをしたら間違いなく全治数カ月は行きますね。本当に手加減はしてないんですね?」

「してねぇよぉ」


 大剣を肩で担ぎながら、サミュエルは続ける。


「そもそも殺す気で行ったぜぇ?」

「試験相手を殺す気で行くなんて……前代未聞ですが」


 しかし、そのおかげでジュリアが評価する片鱗が見えたかもしれない。

 補助魔法の使い手だと言っていた。それ即ち、詠唱が速いだの少し強力なバフをかけられる程度だのと予想はしていたが。


「で、取るんですか?」

「バカオメェ、まだだよ」

「……ギルド長にしては慎重ですね」

「あのルベリアが今まで手放そうとしなかった人間が、この程度なわけないだろぉ?」


 その言葉に、あのルベリア嬢ですかとローセントは片眉を上げる。

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