第三話
「──ぁぁぁぁぁああああ! うべっ!?」
リゼットは何か柔らかいものの上に、顔面から着地した。しばらく起き上がれないくらいには、体中がジンジンしている。
本当にジュリアは無茶をすると、うつ伏せに倒れ込んだままため息をついた。
「起きてください。一秒の遅刻です」
続いて彼の耳朶を打ったのは、聞き覚えのない男性の声である。顔を上げると、右手に懐中時計を持った金髪の青年が立っていた。
彼はモノクルをかけている。青い瞳は、こちらを見下ろしていた。
リゼットは彼を知っている。むしろ、この町に暮らしていて知らないほうがおかしい。
ローセント・ルイスフランズ。『赤星の剣』の副長である。いつもつけているという白い手袋──彼の素手を見たものはいない。
ローセントは懐中時計の蓋を閉じると、居住まいを正す。
「さぁ早くこちらへ、ギルド長がお待ちです」
「……いや、いやいや……は?」
状況が分からない。何故ジュリアに力尽くで飛ばされた先に彼が立っているのか。
ここで初めて、リゼットは周囲を確認した。
そこは中庭のようなところだ。なんか武舞台のようなものもあり、武器みたいなのをかけられているラックもある。そして、武舞台の真ん中で、マッチョの中年男性が満面の笑みでこちらを見ていた。
誰もが知っている、ギルドマスター──サミュエル・ペンドラゴン。上半身に刻み込まれた傷の数は、くぐり抜けてきた修羅場の数だと言われている。
「えっと、僕は間違えた場所に来てしまったのでは?」
「いえ、間違っていません。あなたは“ギルドマスター”の推薦で試験を受けることになったので」
「……は?」
やはり言われたことの理由が分からず、思考が止まってしまう。
「早く立ち上がってください。あなたのためにわざわざ時間を作ったのですから」
ローセントが再び懐中時計を開く。次いでパチンと蓋を勢いよく閉じた。それに急かされるように立ち上がる。しかし、彼の顔は不服げだった。
「なんで僕を入れたいんだよ! 僕は最近パーティから追い出された無能だぞ!?」
はっきり言って迷惑だ。言外にその言葉をぶつける。しかし、ローセントは再びパチンと蓋を鳴らす。
「そんなことはすでに調査済みです。ジュリアからも聞きました」
「だったら──」
「ですが、必ずしも無能だからといって追い出されるものではありません。無能と断定するのは、一側面しか見ない人間のやることです。それは自分を卑下するときもそうです」
「……っ」
何故か心を刺された気がして、渋面を作る。
これからは無能は無能らしく影で生きようと思ったのに。気がつけばこんなところまで飛ばされ、初対面の人間に説教されなければならないのか。
ここまで展開が転落していくのなら、逆に笑えてくる。
いや、笑えない。
拳を作り、解いた。腕の震えは、ルベリアに言われたことを思い出してか、それとも自分に構ってくる人間に対してか。
「あーもー! とにかく、やればいいんでしょやれば!」
諦め、叫ぶように言う。大股で歩きながら、武舞台に上がった。
「おう。よーやくきたかひよっこぉ」
改めて見ると、サミュエルの体格はとても大きい。ぶっちゃけた話、人間の規格ではない。
腕は丸太のように太く、腕組をする姿はまさしく威圧的のひと言。
ニカッと歯を見せる姿は、逆に背筋を凍らせる恐ろしさがあった。
ひよっこという言い方に、無理矢理呼んだのはそっちじゃないかと言い返すことも忘れる。それほど、目の前に立つだけで、芯から震える。
そんなリゼットの足元に、木剣が一つ転がされた。
「それを取れ、試験を始めるからよぉ」
「……えっと、この木剣で何を」
「打ち合い」
喉の奥から空気が漏れた。
打ち合い? 誰と誰が? 自分とサミュエルが?
そんなの勝負にすらならないのではないか?
「ムリムリムリムリムリムリムリ! ムリムリ、絶対ムリ!」
全力で否定して、後ずさる。
打ち込むならまだ分かる。いや、それも分からないが。しかし、打ち合いとなると向こうから攻撃するということになる。
後衛職の補助魔法使いのそれも無能の自分ができるわけがない。
「ローセントぉ」
「はい」
サミュエルの呼び声で、ローセントの返事がリゼットのすぐ後ろから返ってきた。振り返ると、すぐ近くまで寄っていた彼は、右手の懐中時計の蓋を開く。
瞬間、武舞台の周りに薄い膜のようなものが張り巡らされた。
膜に肩がぶつかり、反発で中央まで戻される。よろけたリゼットに影が覆う。ゆっくり顔を上げると、恐ろしい笑顔を浮かべるサミュエルの顔がそこにはあった。




