第二十二話
ルベリアが立っていたのは、だだっ広い草原だった。風が通り抜ける。
何をしてたんだっけと、彼女は頭を抑えた。
思い出せない。確か、リゼットを探しに来たところまでは覚えているのだが。
「おおい、ルージュベリア!」
自分の名前を呼ばれてルベリア──ルージュベリアは振り返った。赤い長い髪に赤い瞳は嬉しさに輝いている。
視線の先では、リュックを背負い杖を手にしたリゼットの姿があった。
「こんなところで何してたんだよ?」
「これはこっちのセリフ。素材探しに行くって言って、そのまま帰ってこなかったんじゃない」
「あー……ごめんごめん」
リゼットが申し訳なさそうにする。彼は放っておいたら、魔法の素材になる物を集めに行くクセがある。大賢者の血筋のせいか、魔法に対する真摯な姿勢だ。そんな彼のことが好きだ。
ルージュベリアは、いつかリゼットとともに最高の冒険者になりたいと思う。
──まばたきをする。
目の前に広がったのは、焼ける集落であった。何が起きたのか理解できなかった。
自分はさっきまで、草原で立っていなかったか?
そんなルージュベリアの疑問を薙ぎ払うように、辺り一面から悲鳴が起こる。
誰かが叫んでいた。呪術師が攻めてきたと。
あとで知ったことだが、どうやら地主からこの村を立ち退かせるために雇われたようだった。
たくさんの人間が死に、たくさんの人間が傷ついた。
ルージュベリア自身、この村には冒険のついでに寄ったから思い入れはない。しかし、見てられないと剣を手に飛び出した。
結果はどうだったろうか。気がつけばボロボロの姿となって地面に転がっている。
「だ、大丈夫!? ルージュベリア!」
リゼットの声が聞こえた。彼が助けに来てくれたと、心の中で安堵する。
しかし、それは束の間だった。
彼に呪術師が襲いかかったのだ。逃げてとすらいえなかった。
起きたことは一瞬。
すべてが無に帰す。そんな感覚に包み込まれた。
※※※※※※※※※※※
──そうか、私はあのとき。
ルベリアは暗闇の中で、フラッシュバックした光景を見て小さなうめき声を上げた。
人間は嫌な出来事を忘れるために、別の人格を作り上げるといった事例がある。しかし、自分に起きたことはそれよりもさらに複雑だ。
寄った村で起きた呪術師の攻撃は、リゼットを襲った。しかし、彼の体は大賢者の祝福で守られ、補助魔法が過剰に反応したのだ。
そして起きたのは、周りすべてを巻き込んだ呪術の大反射。そこにルベリアも巻き込まれてしまっていた。
彼女が生き残ったのは、リゼットと仲が良かった。ただ、それだけに過ぎない。彼が無意識に護ってくれなければ、今頃自分も死んでいただろう。
いや、正確には無事ではない。記憶もすべてゴチャゴチャになった状態で二人の人間に別れた。
これが、分離したすべて。
思い出した今、あまりの恐ろしさに寒気がする。腕を抱いて、そのまましゃがみ込みたい気持ちに襲われた。
だけれど、自分にはやらなければならないことがある。
今、このとき──また暴走したリゼットを救う。
「やっと……やっと思い出した?」
いつの間にか横に立っていたジュリアが、そっと言った。
「……あんたはずっと知ってたの?」
ルベリアの問に対して、彼女は首を横に振った。
「知ってたら……知ってたらもっとあんたのことを理解したよ」
「……そう、それはお互い様ね」
本当に自分はなんて遠回りしてたんだろうか。自嘲気味な笑みが浮かんでくる。
「何笑ってるの? まだまだ、リゼットを助けるのはこれからでしょ?」
「そうね、全面的に同意するわ」
二人が並んで暗闇の中を歩いていく。そのうち、彼女たちの姿は、一つに重なっていった。
赤色の中に、銀色の髪が数束混じる。昔、リゼットが綺麗って言ってくれた髪色だ。
リゼットがいたから、いじめられるきっかけになったこの髪も好きになれたのだった。
ルージュベリアは暗闇をひたすら歩く。その歩みを、止めるつもりはなかった。ただ、勝手に暴走した幼馴染を助けるために。
彼女が手を伸ばした先に、一つの光の玉があった。それは段々と人型を作って、リゼットの形へと変わっていった。
──なんで僕がこんな目に。
触ると、リゼットの心が溢れてくるようだった。
涙をこらえ、ルージュベリアは息をつく。そして、小さな笑みを浮かべた。
「大丈夫、私がここにいる。何があっても、今度こそ……今度こそリゼットのことを見捨てないから。本当に……本当に私のせいでごめんなさい。だから、リゼットも自分を許して」
言い終わると、光が辺りをつつみ込んだ。




