第一話
そもそも、自分には冒険者なんて向いていなかったのだ。
リゼットは酒場のカウンターにほっぺたをつけながら愚痴る。
魔物を倒し、世界を渡り歩き、お金を稼ぐ。誰もが夢見る職業だ。しかし、リゼットは片田舎でゆっくりと魔法の研鑽をしている方が性に合っている。
ルベリアとは幼馴染なだけだ。それ以上の関係でもないし義理もない。
「ていうか、僕より魔法の才能があるって何!? 天は二物も三物も与えるの!?」
「荒れに荒れてるねぇ。ヤケ飲みは良いけど、明日のことも気にしなよ?」
「僕にはね! もう明日なんてないんだよ!」
酒場の女将の忠告も心の芯にまで入らない。世界が回り、数メートル先でも歪む。
お酒はすべてを忘れさせてくれる。そう思って入ったが、余計に過激になっただけであった。
追い出されたのは仕方ない。怒られたのも仕方ない。無能だと罵られるのも仕方ない。
そのすべては、大賢者の子孫という肩書以上の働きができないからだ。
リゼットの中に溜まっていくのは、自己嫌悪ばかり。それが余計に心身を圧迫する。
「酒を飲む分には良いけど、店閉める前には出てってくれよ?」
「女将さーん……少しは僕を慰めるとかないの?」
「ない。そもそも、本当にルベリアがパーティを出てけって言ったのかい?」
「……迷惑そうにしてたんだ。僕が弱いって」
その自信なさげなリゼットの言葉に、女将は何も返さなかった。ただ、腰に手を当てて、嘆息するだけである。
ドンとカウンターに置かれたのは、水の入ったコップ。
「はえ……?」
「酔いを覚ましなバカ」
それだけ言うと、女将は別の客に接客しに行った。
コップ一杯に入った水を見つめ続ける。歪んだ自分の姿がそこに映っていた。
いつも以上に自信なさげな表情に見える。
「あ、いたいた!」
そんなとき、騒がしい酒場の中でも大きく通る少女の声が響く。それに反応して、リゼットの肩が一回跳ね上がった。
「リ〜ゼット! ねぇねぇねぇねぇルベリアのパーティ抜けたって噂になってるけど本当本当?」
それは人好きのするような満面の笑顔の少女だ。白色の長い髪は、片側一房に結ばれている。
大きな灰色の瞳に薄い唇。頬は朱色に染まっている。
彼女──ジェリア・ロッテンは、リゼットの背中を思いっきり叩いてくる。
彼の手がそのままコップに当たって倒れてしまった。入っていた水がこぼれ、リゼットの膝を濡らす。
「あ、ごめんごめん」
気まずそうな顔を見せない。最早確信犯だろと疑いたくなるくらいの満面の笑みだ。
リゼットはコップを立てながら、女将に布巾を貰う。
せっかく酔っていたのに、彼女のせいですっかり覚めてしまった。
「なんだよ、僕を嘲笑いに来たのか?」
「うんや? 勧誘しに来た」
「……誰を」
「リゼットを」
その言葉がとても信じられない。頭の中で何回も誰を? 僕を? なんで? を繰り返す。
そして、もう一回誰をとジュリアに聞き直した。
「そもそもさそもそもだよ? リゼットは自分を低く見積もりすぎだから本当に本当にそれは良くない癖だよ?」
「事実、僕は魔物を満足に一人で討伐できない」
「それはリゼットの得意分野が補助特化だからでしょ?」
「いつもいつも、仲間たちに救出されてばかりなんだよ?」
「そもそもだよ? そもそも補助魔法をかけてくれる仲間を守らない奴が悪い」
そんなこと言われたところで、結局手を煩わせているリゼットが悪いということにならないか。
大きく息を吐き出す彼の頭を、ジュリアはチョップをかました。
「いった! なんだよ、急に暴力に訴えるなよ!」
「リゼットがウジウジウジウジしてるからでしょ? ほら、ここの勘定は払ってあげるから、私についてくる!」
そう言うと彼女はカウンターの上に手を叩きつけた。彼女が手をどけると、そこには金貨が一枚置かれている。
「おばちゃん! お釣りはいらないからリゼットの飲んだ飲み物代ね! ここに置いておくから!」
「場末の酒場に金貨を落としていくのなんて、あんたくらいだよジュリア」
「迷惑かけた代だから、全然全然お礼なんていらないからね!」
その言葉とともに、リゼットの後ろ首をむんずと掴んだ。
「ちょ、ちょちょっと待って! まだ僕は行くって言ってないだろ!?」
「善は急げだよ? ほらほらほらほら、ボーっとしてたら生き遅れちゃうよ!」
「ジュリアは生き急ぎなんだって! ちょ、誰か助けて!」
リゼットの悲痛な声をお客たちはスルーする。どころか女将さえ何も言わない。
そのまま彼はなすすべもなく酒場から引きずられて行くのだった。




