序話
「本当、あんたって見てられないわよね!」
個室に広がるのは、気の強い少女の言葉。赤いロング髪を振り乱し、椅子に腰掛けている。足を組みながら、目を吊り上げている。
白銀の軽装鎧で身を包んだ彼女──ルベリア・ローゼンバルの腰には、立派な剣が提げられている。
嫌そうに片眉を上げると、腕を組んで大きくため息をつく。
「なんで、ホブゴブリン十体に遅れを取るのかしら?」
「そ、そんな僕は──」
「補助魔法が得意だからって、それだけで何とかなると思ってるの? このままだと、危険なのわかってる?」
杖を抱えている少女──詳しく言えば男なのだが──は、ルベリアの恫喝に思わず身を縮こませる。
青い瞳は濡れ、今にも泣き出しそうだ。青いボブカットの髪は、元気がなさそうに艶がない。
ローブに隠れた脚をモジモジさせている姿は、小動物のようだ。
彼女──いや、ただ見た目が女の子に見えるだけなので彼は、リゼット・トリシティアという。大賢者の子孫ということで、周りに期待をかけられ続けた少年だ。
「ルベリア……ずっと思ってるけど、そろそろそいつをパーティーから外したらどうだ?」
そんな二人の会話に割り込んできたのは、部屋の端っこにいた細身の男だ。燕尾服に身を包んだ背の高い男は、リゼットに近づいていく。彼の頭を二、三回叩く姿は、完全に小馬鹿にしている。
黒髪の妙に小綺麗な彼は、エバル・ホーセンブルグという。
彼は剣の腕に絶対の自信があったが、数ヶ月前にルベリアに負けてパーティー入りをすることになった。
「……は、何言ってんのあんた?」
「こいつのせいで、完了できないクエストがいくつあったと思ってるんだ? 今頃、SSランクのパーティーになっていてもおかしくないというのにさ」
「…………それで?」
ルベリアに無言の圧がさらに乗る。鋭い瞳は、エバルに向けられている。
一方のリゼットは小さく声を漏らすだけで何も言い返さない。
「この無能がいなければ、俺たちはもっと上に行けるだろ?」
「そうにゃそうにゃ!」
そんなエバルの声に反応したのは、ベッドに寝転がっていた猫耳の少女。彼女は目を輝かせながらガバっと起き上がって、茶色の髪を揺らす。翠色の瞳は人懐っこいと思わせるほど丸い。
彼女は獣人種の中ではかなりの実力者。特にその身のこなしが皆の目を惹くほどだ。
茶色の尻尾を揺らしながらルベリアに近づくと、彼女の肩に顎を乗せる。少し甘えるような目つきで、見上げていた。
「助けるたびに私が担いで街まで行くのはもう懲り懲りにゃ!」
ルベリアは眉間に皺を寄せると、鬱陶しそうに少女を手で払った。
獣人の少女、キネノは元々奴隷だった。ルベリアが助けたあとに行き場所がないからついてきた。今では俊敏さと獣人としての怪力を活かして、パーティーで大活躍している。
三人とも、リゼットと比べ物にならないくらい優秀だ。自分でもここにいていいのかと思っていたころだった。
「そもそも、こいつの補助魔法がなくて困った場面なんかないだろ? 真っ先に戦闘不能になるのはこいつなんだしよ」
「そうにゃそうにゃ。おもりしてる暇があったら、戦闘してたほうが有意義にゃ」
二人の息の合ったリゼットを貶める声。しかし、彼らの言うとおりだと、リゼットはか細く息を吐く。
言い返せない。何も。
実際、ルベリアとパーティを組むようになって、役に立ったことなど一度もない。
情けなさからの怒りで、リゼットは気づかれないほど小さく手に力を込めた。
「だから、もうお前なんていらないんだよ」
エバルがこっちを指差しながらそう宣言した。同時に、自分の中のつっかえが取れたような気がした。
役に立たなくて足を引っ張るくらいなら、ここから抜けたほうが得策だ。皆のためにも、自分のためにも。
「ちょっと待ちなさい。何勝手に話を進めて──」
「……分かったよ」
何か言いかけたルベリアの言葉を、リゼットが遮る。そのまま顔を上げ、決意を宿した瞳で彼女のことを見た。
皆望んでいることだ。自分も望んでいることだ。
嫌だという心を、震える手をおさめることで閉じ込めた。
「分かった。僕はこのパーティを抜ける」
「は──?」
エバルは喜んでいる。キネノも喜んでいる。きっとルベリアも喜んでくれるだろう。
リゼットは彼女たちから背中を向けた。振り返ることなく、ドアへと向かう。
「ちょっと待ちなさいよ! 私は出てけなんて──」
彼女が何か言っていたようだが、気にしない。リゼットは部屋から出ると、全速力でその場から離れる。
後ろ髪を引かれる想いなんて言葉はあるが、そんな気持ちは微塵も湧いてこなかった。




