第十七話
ブツブツブツブツ──黒ローブたちは、呪術を続けているようだ。リゼットの足元に広がるのは、何やら黒い紋章。
エバルはそんなものに詳しくはないが、あれが良くないものだということはわかった。できれば関わりたくない連中だ。
緩慢な動きからは、気味の悪ささえ感じる。
彼らのローブの袖がめくれた時、不気味な入れ墨が見えた。そこに描かれていたドクロの目は、不気味に光っているように錯覚する。
今回の教訓は、呪術なんて怪しいものに関わればろくなことはない。本当にリゼットは余計なことしかこっちに運んでこないと思う。
「私は……帰るにゃ」
その不気味さに当てられたのか、元気なく呟いたのはキネノだった。
「おい! 結局どうするんだよ!?」
「言ったはずにゃ。これっきりにしたいって、もうエバルとは一緒に行動できないにゃ」
「でも、お前奴隷から解放してくれた恩義があるだろ?」
そのことを口にすると、彼女の尻尾と耳は一気に逆立った。睨む表情は、信じられないとでも言っているかのようである。
「助けてくれたのはルベリアであって、エバルじゃないにゃ!」
「同じことだ。ここからまたルベリアと俺は一緒に行動するからな」
「……本気で言ってるにゃ?」
キネノの震え声に、エバルは気が付かない。
お前はもう逃さないとでも言うように、彼はキネノには恩があるということを強調する。
「私は──ッ!」
ついに彼女は大きな声を出した。
「エバルについてたら、いつかまたルベリアと冒険できると思ってたにゃ!」
「だから、ついてこいっていってんだろ?」
「もう、絶対無理にゃ!」
「はぁ!?」
二人の言い合いは、洞穴内に響き渡っている。
その間も、黒ローブたちは淡々と呪術を遂行していた。
そんな時──
「ぎゃああああああ!」
どこからともなく響いてきた悲鳴。それが黒ローブの一人のものだと分かるのに、数秒ほど要した。
魔法陣から伸びる黒い魔力の糸が、その一人の体を貫いていた。宙に上げ、炎に包まれる。何もかもが焼け落ちて、その体は骨に変わっていく。
「呪術の反射だ!」
「に、逃げろ!」
黒ローブたちが次々とそれに貫かれていく。
ここはヤバい、何が起きているのか分からないが、逃げないといけないことは分かった。エバルは剣の柄に手を当てて、後退する。
骨となった黒ローブは、魔力の黒い渦につつみ込まれる。それは新たな生命を形成するように、筋肉を作り上げていた。
降り立ったのは、黒い何とも言えない生物。歩き方はどこかぎこちないし、口からは黒い泥のようなものが垂れる。光る赤い目は淀んでおり、何より周囲のものをすべて黒く染め上げていく。
エバルに手を伸ばしてくる。その指先から飛んでくるのは、無数の黒い紐であった。
「悪いなキネノ! 俺はここで死んでられないんだ!」
そう言って剣を振る。狙ったのは近くにいたキネノの足の腱。
彼女は体を地面に横たえながら、何が起こったのか分からず混乱している様子だ。それを見ながら、エバルは走り出した。
「エバルゥゥゥゥゥゥゥウ!」
後方から悲痛な彼女の声が聞こえてくるが、エバルには関係ない。
自分さえ生き残れれば、他人の命などどうでもいい。
振り返ることなく、彼は走り続けた。
洞窟から出た直後、木漏れ日のすき間から漏れる陽の光がエバルを照らす。
息を整え、膝に手をついた。
協力してやったのに、失敗しやがって。エバルは心の底で舌打ちをした。
まぁでも、リゼットを巻き込んでくれたのは評価に値するだろう。
風が吹いていないのに鳴り響く葉擦れの音。誰かがこっちを見ているような感覚を受ける。
手を広げ、隠れて待機しているであろう黒ローブに、エバルは大きな声を出す。
黒ローブがそこに立っていた。彼か彼女かも分からない人間の顔は、見ることができない。
まるで何の用だと言われているようで、エバルは口を開く。
「どうやら呪術が失敗したらしい。俺はもう巻き込まれるのがいやだから帰るからな。約束は果たした」
そう言うと、相手の首がカクンと前に倒れる。それを一瞬、首肯と受け取る。しかし──
そいつは背中から血を流して地面に倒れる。めくれたフードの奥から見えた瞳は、すでに息絶えているのが分かった。
何が起きたのかわからず、エバルはたじろぐ。
「……まったく、本当に失敗だったわ。リゼットのことばかり見てて、周りのことがまったく見えてなかった」
そんなときに聞こえてきたのはルベリアの声。
「それは完全に私の落ち度……ねぇ、そう思わない? エバル」
凛とした変わらぬ姿で、彼女が立っている。握っている剣の刃には、血が付着していた。




