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第十四話

 ルベリアは、リゼットに手を伸ばしかけた。肩に触れかけて、手をとめる。

 彼の誤解を解きたかったが、彼女の頭の中にある可能性を考えて待ってと止めることもできない。


 リゼットは無能ではない。しかし、未熟ではある。そもそも、自動防御で自分の意志と関係なく人を殺してしまうのは、術者としてはダメだと言わざるを得ない。ましてや彼の得意魔法は補助魔法だ。


 彼が敵意を向けた人物が死ぬとは限らない。しかし、万が一がある。

 ルベリアの想いは全部裏目に出て、今リゼットは自分のことを敵だと思っている可能性もある。


 ルベリアは彼の力をすべて知っているわけではない。しかし、危険なこともあることは知っている。だからこそ、肩に触ることさえ躊躇した。

 その間にも、リゼットは町中を歩いていく。振り返ることさえしない。


 彼が言っていた希望にあふれてたよねという言葉に、小さく「そうだね」とつぶやく。その声は当然届くことはなかった。


 胸の前で腕を組み、顔を少し俯かせる。小さく息を吐いて、小さくなっていく背中を見つめ続ける。

 追いかけようか迷う足は、一歩を踏み出すこともできない。


「ださださだっさー」


 声が聞こえた。ルベリアが振り返ると、そこには腰に手を当てているジュリアが立っていた。彼女は不機嫌そうな瞳でこちらを見ると、鼻を一回鳴らす。


「自分からリゼットを追い出したくせに、今度は取り戻そうとして失敗とかとか、高飛車なあんたにはちょうどいい末路だねだね」

「……どうしてこうなったんだろ?」


 いつもと違う弱気なルベリアの返答に、ジュリアは目を見開いていた。


「え、何あんた泣いてるの……? え? ちょっとちょっと、ちょっとここはいつものようにうるさいだのあんたには関係ないだの返してくれないと調子が全然全然出ないんだけど?」


 肩を落とすルベリアにジュリアは面倒くさそうに顔を歪める。そのまますぐに拳を作って両手を数回縦に振ると、近寄ってきた。

 ジュリアの右人差し指が、胸を突く。何回も……何回も。


「ちょ、ちょっと何するのよ……。人が本気で落ち込んでる時に……」

「そうでしょうそうでしょう。落ち込んでるんでしょう。でも、それはあんたの自業自得でしかないの。因果応報、リゼットの心を顧みなかった罰」

「私は──」

「リゼットのためを免罪符にしたところでなんでもなんでも許されるのは大・間・違・いだっての!」


 その言葉で少し瞳が揺らぐ。


「違う!」


 それでも、自分は彼を守るために──彼を人殺しにしないために、動いてきたつもりだった。

 むしろ無能ならばそれはそれでよかったのだ。自分がリゼットを守れば済むそれだけの話だから。


 でも、リゼットは強くならないといけない。大賢者から受け継がれた、あの補助魔法の神髄が暴走しないように。


「何が何が違うの? あんたが有能なリゼットに気がつけなかった。そして今さら気がついて、取り戻そうとした。自分の行動はリゼットを危険から遠ざけるためだったと言い訳して」

「だから違う! “ただの有能だったら、私はこんなに苦労しなかった”!」

「またまた言い訳? そういうのなんていうか分かる……分かる? ダサいっていうの。ダサダサのダサよ」


 何も知らないくせに。こいつはいつも、軽い顔をして、リゼットに簡単に近づいていく。

 拳を握る。殴りたい衝動に駆られるが、手を出してしまえばそれこそ感情に訴えかけることになる。


 右手首を掴み、それを我慢する。何も知らないくせにという言葉を飲み込んだ。

 彼女から視線を外して、くるりと背中を見せた。そのまま歩き出そうとする。


「何々? 逃げるの?」

「……違う。リゼットから目を離したくないから」

「今度は今度は保護者面? 本当に節操ないね」


 その言葉に、足の裏が地面と擦れて小さく鳴った。

 肩越しに振り返るルベリアの目は、鋭くジュリアの顔を射抜く。


「これ以上、リゼットを人殺しにしたくない。やっぱり、私から離れるのは間違いだったと、昨日の事件で確信したから」

「何それ……何それ? 今さらリゼットを取り戻そうと──」

「違う」


 今度の否定の言葉は、やけに冷静なものである。

 自分の感情を押し殺して、ただ淡々と事実だけを告げる。

 

「リゼットが自分のせいで人を殺したと本当に知ったとき、彼の心はどうなると思う? たとえそれが、自分の命を狙った悪党だったとしても」

「……ぇ」

「仔細はギルド長に聞きなさい。私は、『赤星の剣』にも、彼の危険性を説明しておいたから」


 ルベリアは親指の爪を噛む。自分の未熟さのせいで、事件が起こってしまったことを考えながら、再び歩き始めた。

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