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第十一話

 通された『赤星の剣』、ギルド長室。どこか重苦しい空気が漂っているのは、ローセントに殺人の容疑者だと言われたからだろうか。

 当然、リゼットの覚えはない。首を横に振って示したところで、ローセントはサミュエルから聞いてくださいとしか言わなかった。


 大変なのはリゼットよりジュリアだ。彼女は絶対に間違いだと主張した。たくさんのギルド員に引っ張られて部屋から退場していった。

 今もなお、ドアの外から彼女の騒ぐ声が聞こえてくる。


 リゼットは革のソファにお尻を沈め、咳をする。呪術が原因の体調不良は、なんとか治まってきた。


「リゼット、今日は大変だったみたいだなぁ?」


 タイミングを見計らったようなサミュエルの言葉に、思わず背筋が伸びた。

 執務机に座る彼は、この間のような上裸で快活な姿ではない。ギルド長として正式の場にいるためか、かなりピシッとした格好だ。

 しかし、彼のしっかり鍛えられた筋肉は隠しきれていない。むしろぴっちりと張り付き、余計に強調されているように見える。


「僕は──」

「やってないっていうんだろぉ? 分かってるしそこが争点じゃねぇ。こっちが明らかにしたいのは、その事実にお前の意思が介在しているか否かだぁ」

「ま、待ってくださいよ。一体何なのか説明してくださいよ!」


 リゼットの知らないところで話だけが進んでいく。その事実が怖くて仕方なかった。

 そもそも自分が人を殺した云々も、そこに意思が介在しているか否かと言われても──自分は何が起きたのか一切把握してないのだ。


「……酒場で死体が上がったぁ。そいつは黒ローブを被った人間だぁ」


 黒ローブ。その言葉を聞いて、小さくあっという声を漏らしてしまう。それがマズイと自分でも自覚した。

 思わず口を塞いでしまう。


──パチン。


 壁際に寄っていたローセントの懐中時計を閉める音が、いつもより大きく耳についた。


「知ってるんだなぁ?」

「……いえ」

「知ってるんだなぁ?」


 二回同じことを尋ねられて、言葉の行き場を失う。

 お前に発言を選ぶ権利はないと突きつけられているかのようだった。


 瞳が右に左に動く。どう話していいかわからず、少しうつむき加減になる。

 ここで話した内容次第で、殺されると思ったからだ。


「僕が今日目が覚めたとき、視線を感じました」

「それが──いえ、続けてください」


 ローセントが身を乗り出しかけ、また背中を壁に預ける。モノクルをかけ直し、口を噤んだ。


「その視線の正体が黒ローブだっただけです」

「ほう、直接見たとぉ? 視線を感じただけなのにかぁ?」

「いえそれは……普通に索敵魔法で探っただけです」


 索敵魔法程度はポピュラーなものだ。そう言えば通じるだろう──リゼットはそう思っていた。

 事実、サミュエルは納得しかける。しかしすぐに、おかしいなと言い出した。


「そいつらは二〇〇メートル以内の近い距離でお前を監視してたのかぁ?」

「い、いえ、正確な距離はわかりませんが、二〇〇メートルどころではなかった気がします」

「……待てぇ」

 

 サミュエルが考えるように空気を細かく吸い込んだ。そして、少し身を乗り出す。

 

「……? 言ってること矛盾してないかぁ?」


 その言葉の意図が分からず、リゼットは首を傾げる。その様子を見て、サミュエルが余計に首を傾げた。

 この重苦しい空間に、ハテナがたくさん飛び交っているように見える。


「お前は誰かに見られてる気がしたから、索敵魔法をかけたんだよなぁ?」

「はい」


 別にそこは何ら不思議はない。

 いつも危険に身を置く冒険者は、視線や空気に敏感だ。まず初めに危機察知能力を習得する。

 そして索敵魔法も補助魔法を勉強していたら使えるような初級のものである。


「でも半径二〇〇メートル以内の距離にはいなかったんだよなぁ?」

「はい」

「だったらどうやって“黒いローブをまとった連中”が見ていたってわかったんだ?」

「……え?」


 質問の意図が、リゼットにはわからない。


「索敵魔法で見たからですが……」


 根本的に会話が噛み合ってない気がする。サミュエルもそう感じたのか、額に指を当てながら質問を変えてきた。


「リゼット……お前の索敵はどこまで届く?」

「この町全域、一分程度。さらに遠くも見れますが、その場合は長く維持はできません」


 ローセントの懐中時計を閉める音が止まった。サミュエルは、眉間に皺を寄せながら固まっている。


「……今はそんな冗談を聞いてる暇はないんだがなぁ」

「冗談……? こんな殺されるかもしれない状況で言うと思いますか?」

「つまり、お前は索敵魔法をかけるとき、この町の端から端まで見れるとぉ?」

「細かいところまでは無理ですが、概ね……ていうか、そんな普通のことを聞いてどうするんですか? これで、僕が黒ローブの正体を知っていたということを信じてくれますよね?」


 リゼットの言葉に、二人はしばらく何も言わない。お互い顔を見合わせて、アイコンタクトだけで会話しているようだった。

 リゼットには、当然彼らが何を言いたいのか分からない。

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