卒業ダンスパーティー②
盛大な拍手に迎えられながら会場に足を踏み入れると、私達の姿を目にした来場者達から大きなどよめきが上がった。
少しぐらいの噂はあっただろうが、婚約発表と同時に国を離れた救国の聖女の突然の帰国である。しかも噂の婚約者を連れての電撃参加だ。参列者達の多くは驚き、食い入るように視線を投げかけてきた。思わず周囲に目を向けそうになる私に、小声でユフィが忠告する。
「クリス、いい? 気になるだろうけど、来場者には絶対に視線を向けないで」
「わ、わかってる」
ユフィからの忠告に頷きつつ、私達二人は会場に向けて優雅に一礼した。その直後―――。
「きゃ…」
会場の入り口近く、比較的私達に近い場所から小さな悲鳴が上がると、女性の招待客が倒れていて、エスコート相手が慌てて抱き起こしている。
「………一人目、早くない?」
「わ、私のせい!?」
「最初のざわつきは、私達二人に対してだろうけど、あれは間違いなく、クリスのせいよ。余計な色気は抑えて」
「そんなもの、出してないってば」
「出てるの」
ユフィの容赦無い言葉に顔をしかめた私だったが、流れ始めた音楽を耳にして直ぐに気持ちを切り替える。最後の招待客の入場を合図に、改めてファーストダンスが始まるのだ。
エスコート相手のユフィの手を取って向かい合うと、お互いに一礼をする。
「ドレス、良く似合ってる。とても綺麗」
「私が? それともドレス?」
「もちろんユフィが」
「ありがとう、あなたも素敵よ」
お世辞を言う必要性など微塵も感じない。以前よりも更に美しく成長したユフィは、間違いなく会場中の男性の視線を独占している事だろう。
私の瞳の色であるエメラルドグリーンを基調としたドレスには、所々に私の髪の色と同じ金糸がふんだんに使用され、慎ましやかに開いた胸元以外、極力露出の抑えられたそのドレスは、私の独占欲の集大成と言ってよい。
同じ事は私にも言えるらしく、この衣装もユフィの髪と瞳の色で固められており、彼女曰く独占欲でドロドロのぐちゃぐちゃ状態らしいが、好きな相手を束縛するのも、その相手から束縛される事も大好きな私としては、どんと来いのウェルカムである。
とんでもない不良物件だなと苦笑した私だったが、今この瞬間のダンスと、目の前の愛しい人との大切な時間に没頭するのだった。
(毎年の恒例行事なのに、今年は異例ずくめね)
中央で軽やかに舞う花のような一対を見守りながら、私は心中で呟いた。
皇族とは言え、途中退学した生徒と、学院関係者でもないその婚約者のゲスト参加。さらに、これほど容姿の整った美しいペアの参加も、過去に例が無かったに違いない。
そのお二人のダンスが始まった途端、ファーストダンスにも関わらず、踊っていた他のカップル達は次々に足を止めてしまい、二人のダンスに会場中の視線が釘付けになった―――。
「はう……」
比較的お二人に近い位置で、また一人ご令嬢が倒れる。そのまま控室に救急搬送される気の毒なご令嬢。それを皮切りに一人、また一人と気を失うご令嬢が現れ、その周囲は騒然となるのだが、その他多くの来場者は取り憑かれたようにお二人のダンスから目が離せないでいる。
これまで美しさにおいて、ユーフェミア殿下に比肩出来る方は、同じ聖女であるクリスティーナ様だけだった。それは美形揃いのセントラル皇家にあっても変わらず、聖女とは美しい女性に与えられる称号ではないかと思ったほどだ。
そのクリスティーナ様に瓜二つの姿で現れたラピス公子。かつて多くの殿方を夢中にさせた理想の花嫁が、今度は麗しい貴族令息としてご令嬢達の前に姿を現したのである。先に私が予想した通り、初心なご令嬢達の目には眩し過ぎたようだ。
「せ、セシリア…」
「マリーカ」
小声でマリーカ嬢が話しかけてきた。他に聞かれる心配もないため、気安く名前で呼び合う。
「ラピス公子、ほ、本当に男の方なのかしら」
「それは…、そうなのでしょう…」
断言など出来るわけがない。淑女の格好をして、女性ですと言われれば疑いなく信じただろうけど、相手は男性であり、ユーフェミア殿下の婚約者を名乗ったのだ。それもクリスティーナ様と同じお顔で。
「それに、あまりにも、あ、あのお方に似すぎているわ…」
「…クリスティーナ様の兄君よ」
「それでもよ!」
小声で語気を強めるマリーカ。
「マリーカ、落ち着いて」
「私がお二人にお会いしたのは、数えるほどだわ。クリスティーナ様に至っては、あの最後の勇姿を遠目から見ただけよ。それでも、あんなに美しい方が何人もいてたまるものですか!」
彼女の言わんとすることは分かる。言い方を借りるなら、付き合いが長かったからこそ分かると言うべきか、クリスティーナ様ご本人が生きていて、男装なさっていると言われた方がよほど納得出来ただろう。
さらにユーフェミア殿下のあのお顔。愛する人を想い、その人から想われる幸せと自信に満ちたお顔だ。一番の親友であり理解者であり、そしておそらく恋人でもあったクリスティーナ様以外にあんな顔をされるだろうか?
私達の疑念などお構いなしに曲は終わり、お二人がダンスの足を止めた。その途端、会場中から割れんばかりの拍手が巻き起こり、お互いしか目に入って無かったのだろう。ラピス公子もユーフェミア殿下も、ここで初めて周りの様子に気が付いた。
お顔を引きつらせるお二人。
すでにユーフェミア殿下が口約されていた5人以上の令嬢が倒れ、止まない拍手と共に会場は異様な雰囲気に包まれている。それ見た事かとラピス公子をにらむユーフェミア殿下。わざとらしく視線を逸らす公子との気安いやり取りは、本当にかつての聖女お二人の姿そのままだ。
かつての二人を知っているからこそ感覚でなんとなく分かる。あ、これは早々にお帰りになられるおつもりだ。
その私の予想は当たり、入り口に向けて小走りに走る二人を見て、笑いと共に涙がこぼれた。
「セシリア……」
ふいに涙を流した私を心配して、マリーカが声を掛ける。私だって訳が分からない。何でこんなにもクリスティーナ様に重なるのか、何で自分だと名乗り出てくださらないのか?
!? ―――今、私はラピス公子をクリスティーナ様と断定した?
心の中で衝撃を受ける私の目の前では、すでに入り口に立つお二人。早々に帰られる様子を察した観客からは、さらにざわめきがひどくなるのだが、これ以上会場が混乱する前に帰る決心は変わらないようだ。改めて会場中を見渡し辞去の挨拶として一礼をする瞬間、おそろしく洗練された所作で二人揃って行われたそれは―――。
カーテシー《淑女の礼》だった。
告知詐欺再び。たぶん次が最終回。たぶん…。




