かつて大聖女と呼ばれた少年
………やらかしてしまった。
流れるような動作でユフィと共に披露したカーテシー。しかしながら、つまむスカートなどあるわけもなく、虚しく空を掴んだ両手を静かに元の位置に戻して、私は会場に視線を戻す。
決して狼狽えずに微笑んで誤魔化すスキルは、長年の令嬢生活で培ったものである。急に帰り始めた私達二人にざわついていた来場者達は、今のカーテシーで呆気にとられ、逆に落ち着きを取り戻したようだ。よし、このままトンズラしよう。私とユフィが頷き合ったその瞬間、会場内から一人のご令嬢が走って来た。
「へ?」
真っ直ぐ一直線に私目がけて走って来たそのご令嬢は、勢いそのままに私のお腹へのダイブし、そのタックルをまともに受け止めた私はそのまま会場の外に飛び出してしまう。(ぐふっ)
「お姉様ぁ―――っ!」
「プリシラ!?」
見覚えのあるピンクゴールドの髪と、この殺傷力の高いタックルは確かにプリシラである。
「お会いしたかったです。お姉様――! はっ、今はお兄様?」
「ば、バカな事言ってないで、早くどきなさい!」
数年ぶりに再会したプリシラは、もともと良かった発育がさらにすごい事になっていて、その見事な凹凸が新たな脅威となって私にのしかかった。顔を真っ赤にして抗議する私に、ユフィの冷ややかな視線が突き刺さる。
「お楽しみ中のところ悪いけど、さっさと移動するわよ」
「楽しんでないっ!」
ユフィに盛大につっこみながら、入口越しに会場を見ると何人かこちらに駆け寄ってくる姿が見えた。セシリアとマリーカ嬢だ。
「とりあえず最低限のの目的は果たせたわね」
「私はもう少しパーティーを楽しみたかったわ」
「その恰好をした時点でアウトよ。一曲踊っただけで我慢なさい。それと口調が戻ってる」
ユフィの指摘に私は顔を赤くして口を噤む。油断するとすぐにこれだし、赤面症も変わらない。
「目的って何ですの?」
「その子の生存をごく親しい人にだけ教える事よ。まとってる雰囲気や、さっきのやらかしで、わかる人にはわかるでしょう? 丁度いいわ、気づいた者だけ連れて、控室に下がりましょう」
「く、クリスティーナ様!? ほんとに!? ど、どうしてぇ!?」
控室に入った早々に、セシリアが涙目で私に詰め寄ってきた。掴みかからんばかりの勢いでまくし立てる彼女だが、すでにプリシラが私に引っ付いているため、恨めしそうにプリシラと睨み合う。なんか懐かしい。
「え~と、皆さんお久しぶりです。それと、ごめんなさい。長い間真実を伏せていました」
「クリスティーナ? 本当に君なのか? な、何がなんだか分からないのだが…」
困惑気味に問いかけてきたのはアレクシスだ。結局私の正体に気が付いて追ってきたのは、プリシラの他、セシリアとマリーカ嬢、そしてアレクシスの4人だった。
キスリング皇太子も疑っていたようだったが、どのみちダンスパーティーの責任者である彼が、あの場から離れる事は出来ない。パートナーのセシリアが、平気な顔でここにいるのは気になりはするが…。
「先ずは、偽っていてごめんなさい。この通り私は生きています。あの戦いの後、皇王陛下からの指示で身を隠していました」
「こ、皇王陛下から!? なぜ陛下が!?」
「私との婚姻のためよ」
「ユーフェミア殿下!」
私に質問が集中する中、ユフィが回答を肩代わりしてくれる。
「た、確かに、お二人の婚約には驚きましたが、なにも性別を偽らなくても、そ、それは、女性同士での婚姻には問題があるでしょうが」
「……それ、偽ってない」
「「「え?」」」
ぽつりと呟いた私の言葉に、一同が不思議そうに首を傾げる。
「じょ、女性同士ではないの…。私、クリスティーナは男だから」
「「「………?」」」
すでに事情を知っているプリシラ以外、全員が言葉を無くしながらも、私の言葉の意味を理解しようと試みる。しかし、言葉と目の前の現実とのギャップはあまりにも大きかったのだろう。助けを求めるようにこちらを見てくる。
「ごめんなさい、セシリア、ちょっといい」
「え?、く、クリスティーナ様!?」
私はセシリアの手を取り、それを自分の胸をあてた。そこにあるのは、なんちゃってブラジャーも何も無い、正真正銘ツルペタの胸板である。私の胸に何も無い事に青ざめたセシリアは、はっと私の顔を見た次の瞬間、今度は耳まで顔を赤くしてしまった。
「うそ…、殿方…」
そう呟いたまま気を失うセシリア。前のめりで倒れてくる彼女を、私は慌てて受け止める。
「ちょ、ちょっと、セシリア!?」
「すごい! 私だけでなく、次期皇妃様まで気絶させるなんて!」
「すごくないの!」
私が不用意に身体を触らせた事を不満気に見ていたユフィが、すかさず茶化してくる。
「え、え~と、え~と、え~とぉ〜〜!?」
「マリーカ嬢も落ち着いて!」
よほどショックが大きかったのか、マリーカ嬢は、ぐるぐると処理の終わらないパソコンのように、頭をふらふらさせる。そして唯一、落ち着いているように見えるアレクシスだったが…。
「まあ、お兄様が石のようですわ〜」
「アレクシス―――っ!?」
実は落ち着いていたわけではなく、放心して固まっていただけだった! そのアレクシスを、プリシラが笑いながら指先で突っついている。
もはやカオスと化した室内で、まともに事の経緯を説明するのは困難を極め、セシリア達がようやく納得してくれた頃には、パーティーもお開きになる時間であった。
「そろそろ時間的にやばいわね。キスリング兄様にはまだ知られたくないし」
パーティーがお開きとなれば、責任者として足止めされていたキスリング皇太子がやって来るだろう。ユフィの実の兄に対して、あんまりな扱いだとは思うが、殿下には関わりたくはないのは私も同じだ。
「キスリング殿下には、私から上手く説明しておきます」
「ありがとうセシリア、でも誤魔化せるかしら?」
「大丈夫でしょう。クリスティーナ様の事は疑うでしょうが、実は男の方だなんて、話しても信じてもらえません。そ、それに…」
「それに?」
顔を赤らめて言い淀むセシリアの言葉を、マリーカ嬢が引き継ぐ。
「婚約者であられるお二人は、すでに結婚秒読みです。そ、その、お二人の間に、お子が出来たら、つまりはそういう事に…」
「「お子!?」」
思いがけない言葉に、ユフィと二人して顔を真っ赤にしてしまう。確かにラピス公子とクリスティーナが同一人物と疑われても、子供さえ出来ればそれだけで疑いは晴れるのだ。
ワタワタと慌てる私達を見て、笑顔を見せるセシリア達。
「さあ、そろそろ時間がありません。殿下が来る前にご退出を」
「ありがとうセシリア、みんなも。それとごめんなさい、せっかくのパーティーだったのに」
親しい友人だけには自身の生存と、その秘密を打ち明けたい。ついでにパーティーにも顔を出したい。そんな私の我儘のせいで、せっかくの卒業イベントが台無しである。
「かまいませんわ、次期皇妃の肩書きで楽しむパーティーなんて、こちらからお断りですもの。それに―――」
意味深に言葉を切ったセシリアが、今度は満面の笑顔を浮かべる。
「お二人の結婚式パーティーには、ぜひ呼んでくださるのでしょう?」
「「!」」
結婚式の言葉に思わず上気する二人。これに対する答えは一つしかない。
「「もちろん!」」
「逆に、何でまだ結婚してないんですか?」
「だ、だって」
「ねえ?」
学院時代に戻ったように笑いあう私達だったが、さすがにもう時間がない。
多少の名ごり惜しさを残しつつも、みんなと別れて会場を後にした私達二人は、迎えの馬車に乗り込もうと建物の外に出てみると―――。
「聖女様だ―――っ!!」
「ユーフェミア様―――っ!」
「皇女殿下―――っ!」
「ラピス公子―――っ!」
「セントラル皇国、万歳―――っ!」
目の前に現れたのは、この場に詰めかけた大群衆。そこからはひっきりなしに歓声が飛び交い、そのあまりの数のため、迎えの馬車は影も形も見えない。完全に予想外のその光景に二人とも呆然としてしまう。
「……どこかから噂がもれたのかしら?」
「ゆ、ユフィ、前もだけど、後ろからもパーティーの客が…」
気がつけば、後方からパーティーを終えた招待客達がこちらに向かって来るのが見えた。
その殆どが高貴な紳士淑女であるはずなのに、あろう事かほぼ全員が小走りで移動している。お目当ては間違いなく私達だろう。
「どうしょう、いっそのこと飛んで帰っちゃう?」
「それしかないよね。しょうがないなあ」
ユフィに頷きながら、私はうやうやしく右手を差し出す。それを不思議そうに見つめるユフィ。普段から私からのエスコートに慣れている彼女は反射的にその手を取るのだが、次の展開は完全に予想外だったようだ。
「きゃあっ!?」
ユフィの手を掴んだ私は、そのまま流れるように彼女を抱き上げた。いきなりのお姫様抱っこにユフィからは抗議の視線が向けられるが、これには私にも言い分がある。
「だって、その格好で空は飛べないでしょう?」
当り前ではあるが、ユフィはドレスでスカートである。婚約者としては、その白磁のような足を晒してまで空を飛んでほしくはない。私は独占欲が強いのだ。
「むう、でもラピス公子まで空を飛んだら、公子まで愛し子ではないかと騒がれるわよ」
「まあ、大聖女の兄設定だからね、大した事ないよ」
「いい加減ね、ほんとそう言う所は男の子なんだから」
ユフィを抱きかかえたままふわりと宙に浮かべば、詰めかけた群衆から更に大きな歓声が上がる。
「みんな、こっちを見て大騒ぎしてる」
「そうでしょうとも」
呆れ混じりにぼやくユフィは、なんだかんだお姫様抱っこに御満悦な様子で、すっかりリラックスモードである。
地上には、空に浮かんだ私達に驚きながらも声を上げ続ける大群衆。聖女を讃える声は更に増していき、やがて一つの名前ばかりが叫ばれるようになった。
「大聖女クリスティーナ様、万歳―――っ!!」
「クリスティーナ様あぁ―――っ!!」
「大聖女様あぁ―――っ!!」
それは皇都の民にとって永遠に失われてしまった人物の名だ。今この場にいるはずがない偽りの聖女。ついにその真実を明かすことの無いまま姿を消した大聖女に対する感謝の声に、私はただ呆然とするしかない。
すると大人しくお姫様抱っこされていたユフィが、思わぬ行動に出た。
「ちょ、ちょっと、ユフィ!?」
「ふふ、あんなに名前を呼ばれてるんだから、サービスしてあげなきゃ」
いたずらっぽく笑いながら、私の背中に手を伸ばした彼女は、私の後ろ髪を束ねていた飾り紐を掴んで、そのままするりと解いてしまう。
結局一度も切ることはなかった私の豊かな金髪。それが空に広がった瞬間、人々の熱狂は最高潮になった。
「「「「うわああああああぁぁぁぁ―――――っ!!!!」」」」
「「「「クリスティーナ様あぁ――――っ!!!!」」」」
「「「「大聖女様あぁ――――っ!!!」」」」
とどまることを知らない地上からの大歓声に、私は声も無くただ宙に立ち尽くすばかりだ。
「ふふ、いいわね、興がのってきたわ」
「ま、まだやるの?」
「当り前じゃない、せっかくだからもっと派手にやらなきゃ」
ユフィはそう言うと、今度は光魔法で周囲に無数の光球を作りだし、それを一斉に地上に降らせ始めた。
突然空から降ってきた数え切れない程の光の粒に、あれ程熱狂していた皇都の人々も言葉を無くしてしまう。雪のように舞い落ちる光の粒は、正に聖女からの祝福そのもので、空から見ている私達の目にも十分神秘的な光景に見えた。その光の中、気がつけば皆黙ったまま私達二人を見上げている。
なんとなく何かを期待されてる気がするのは気のせいだろうか?
「みんな、大聖女様の声が聞きたいみたいね」
「やっぱり…」
「さんざんやらかしたんだから、今さらじゃない?」
「後半のやらかしは、ユフィの仕業でしょ」
「盛り上がってなによりね」
「まったく…」
反省の色のまったく見えない婚約者に呆れつつ、これはさすがにしょうがないと私も観念する。とは言え、変に演説をするつもりも無いし、うっかり大聖女が生きていたと言質を与えるつもりも無い。
私が口にしたのは、実にシンプルであっさりした言葉だった。
「みんなああぁ―――っ! ありがとおおぉぉ――――っ!!!」
「「「「うわああああああぁぁ――――っ!!!!」」」」
そしてこれまで以上の大歓声!
基本恥ずかしがり屋の私であり、この大歓声にも終始戸惑うばかりであったが、ここでようやく落ち着いて受け止める事が出来た。
その後も地上からの声は止む気配もなく、人もどんどん増えていくが、さすがに頃合いだ。
「良かったね、クリス」
「……うん」
「そろそろ帰ろうか」
「うん」
ユフィの声に頷くと、私は彼女を片腕に抱きかかえ、地上の人々に向けて大きく手を振る。更に大きくなった大歓声を後に、私達は今度こそその場から立ち去るのであった。
この日起きた出来事は、後日様々な憶測を呼ぶ事となった。
曰く、大聖女クリスティーナの御霊が兄であるラピス公子に憑依し、一日限りの奇跡の復活を果たしたのだ。と言うのがその最たるものであるとすれば。
曰く、最後の戦いで死んだのは身代わりの準聖女であり、大聖女クリスティーナは健在である。
曰く、闇の勢力は滅びておらず、それに対抗するためにこそ大聖女は姿を隠し、今なお深慮遠謀を張り巡らせている。等々…。
当然ではあるが、ラピス公子と大聖女は同一人物ではとの噂も上がりはしたのだが、なにぶん性別の差はいかんともしがたく、これが支持を集める事はなかった。
まして、実は大聖女が男であるなどの真実はあまりにも遠く、そこに辿り着く賢者がついに現れる事はなかったのは、言うまでもない。
かつて大聖女と呼ばれた少年がいた。
男の身でありながら、世の女性として最高の栄誉を極めたその少年は、数々の試練を経てついに想う女性と結婚し、けっこうそれなりに幸せに暮らしたと言う。
ちなみにその結婚式には花嫁が二人いたとか、いなかったとか。
精神的なストレスからのはけ口として始めた連載でした。この稚拙な話に最後まで付き合ってくれました方々に改めてお礼申し上げます。
最後は凝ったイラストをと思ったのですが、なかなか時間も取れずに間に合いませんでした。後日アップすると思いますので、良ければそちらをご覧ください。
気が向いたら後日談なんか書ければと思います。
イラストUPしました! (ちまたの神絵師ってすごいと思う。私には無理!)




