卒業ダンスパーティー①
綺羅びやかパーティー会場に、次々と招待客が足を踏み入れるている。絢爛豪華な会場内をよく見れば、年頃の若い男女が多い事に気が付くであろう。それらの男女は一様にエスコート相手との談笑に花を咲かせ、どこか誇らしげな様子が実に微笑ましい。
今日はセントラル皇国の誇る教育機関、皇立魔法学院の卒業式を祝うダンスパーティーである。
今年卒業を迎えた若い男女達はペアを組み、この日の為にあつらえた思い思いの衣装に身を包んで、晴れがましい舞台に彩りを添えていた。
ほぼ全員が男女のエスコート相手と連れ立って参加しているのは、この学院が勉学だけでなく、将来の伴侶を選ぶための出会いの場でもあるからである。
学院生活で幸運な出会いに恵まれた者達は、当然その相手をエスコート相手に選び、パートナーの髪や瞳と同じ色の衣装を身にまとってこの晴れのパーティーに参加していた。
すでに流れている音楽に合わせてダンスに興じる者、友人達にお互いのパートナーを紹介し自慢する者など様々に、この祝いの場を楽しんでいた。
また、不幸にも良い出会いに恵まれなかった者達のほとんどは、パートナーを親兄妹に頼み、諦めの悪い者達に至っては、これを最後のチャンスとして、さしずめ獲物を狙うハンターの如く壁に咲く可憐な花を探すか、自らを手折ってくれる素敵な殿方の登場を待ちわびるのであった。
「セシリア、緊張していますか?」
「はい、ほんの少し」
キスリング皇太子から声をかけられ、私は正直に自分の心情を吐露する。たかだか伯爵令嬢でしかない自分が、次期皇太子妃として最後に会場入りをするのだ。緊張するなと言う方が無理がある。
「あなたは私の婚約者で、まして皇国にただ二人の準聖女だ。自信を持って下さい」
「……ありがとうございます」
一番の不安材料を笑顔で告げられて、私の顔色はさらに悪くなった事だろう。
「お気持ち、分かりますわ。セシリア様」
「マリーカ様」
控室の向かいの席から声をかけてくれたのは、マリーカ・ボルドー男爵令嬢だ。彼女とはあの戦いの後、急速に仲を深めた親友と言ってよい間柄である。普段のプライベートな空間であれば、気安く名前を呼び捨て出来るのだが、さすがに公の場ではかしこまる他ない。
「先の戦いで私達が出来たのは、あのお二人のほんの少しのサポートだけ、準聖女なんて、名乗るのもおこがましいと思うのは、私も同じですもの」
あの闇の勢力との戦いで、私とマリーカ様は、聖女の身代わりとして戦地に赴いた。世界の命運をかけた戦いに臨む上で、聖女二人の不在は、何としても隠し通さなければならぬ最優先事項だったのだ。
ともすれば皆を欺き、聖女をかたったとして、糾弾されてもおかしくない状況ではあったが、逆に聖女不在を支えた真の功労者として称賛される事になった。
大聖女となったクリスティーナ様を失った民衆は、それに代わる対象を求めたのである。その結果、私達二人にあろうことか準聖女と言う過分な地位が与えられてしまったのだ。
たとえ準であろうと、仮であろうと、聖女は聖女である。その名が示す効果は絶大で、私達二人の困惑をよそに民衆はこれを大いに歓迎した。
ただの中級下級の貴族令嬢に過ぎなかった私達は、この発表を境に大貴族の令嬢さながらの待遇を受けるようになり、次々と縁談が舞い込むようになったのである。
その相手は大貴族はおろか、王族や、自国の皇族までが名を連ね、その結果、私はキスリング皇太子の婚約者に、マリーカ様は隣国ディアナのアレクシス王太子との婚約が決まってしまったのだ。爵位の序列を見れば考えられない話であるが、準聖女の称号はそれを可能にした。
そして迎えたこの卒業パーティー。この国の次期皇太子妃である私と、ディアナ王国の次期王太子妃であるマリーカ様は、公爵家、侯爵家と言った上級貴族を差し置いて、最後に会場入りする栄誉を賜り、今に至ると言う訳である。
本当に自身を取り巻く、ここ数年の目まぐるしい変化には、溜息しかない。すると緊張する私達二人を気遣ってくれたのか、キスリング皇太子が別の話題を口にした。
「そう言えば、最後に会場入りするペアが、もう一組いると聞いたのですが」
「私も聞きました。なんでも特例の招待客であるとか」
キスリング皇太子の問いかけに、アレクシス王太子が答える。確かにこの待合室には、もう一組の椅子とテーブルが用意されている。それにその話は私も聞いているのだ。
いったい誰だろう?
キスリング皇太子とアレクシス王太子。おまけとは言え、その婚約者である私達二人。この面々と同席が許される高貴な身分の人物とは?
私達がその謎の招待客について話していたところ、部屋の扉からノックの音がした。
「構わん、入れ」
キスリング皇太子が鷹揚に応えると、扉が開き、取次ぎの者が姿を現す。
「失礼いたします。ただいまセントラル皇国第一皇女、ユーフェミア・ファナ・セントラル様、並びにご婚約者であらせられる、ディアナ王国ラピス公爵家ご嫡男、クリス・ラピス公子をお連れいたしました」
「「「「――――っ!!」」」」
告げられた名前に4人全員が言葉を失った。この場にいる誰もが、全く想像だにしていなかったからである。
3年前に突然発表された、ユーフェミア皇女の婚約ニュース。それはその当時、大いに人々を驚かせたものである。そして未だに謎に包まれた婚約の相手―――。
救国の大聖女クリスティーナ・ファナ・ラピスの双子の兄。婚約当初こそ話題の中心として、婦女子の憧れの対象となっていたが発表から3年経ち、未だに公の場に姿を現さないことから、その存在さえ疑われかけている人物である。
「…は、入っていただいてくれ」
数旬の間の後、キスリング皇太子がそう口にし、静かに二人の貴人が入室して来た。
「皆様、ご無沙汰しております」
聞き慣れた美しい声は、間違いなくユーフェミア殿下のものだ。あの突然の婚約発表の後、ユーフェミア殿下は直ぐにラピス公爵家に赴き、公子に会われたそうだ。そして、よほど公子の事が気に入ったのか、そのまま帰国せずに公爵家に残り、この魔法学院まで中退してしまったのだ。
それから3年。久しぶりに見る姿は以前にもまして美しく、豊かなプラチナブロンドは柔らかく光を纏い、まさしく光の聖女の名にふさわしい。しかもかつてルーンをも召喚した、まごうことなき真の聖女である。私の準聖女の称号など、恥ずかし過ぎて名のれるはずもない。
そして、その隣に立つ華やかな貴公子―――。
「ユーフェミア、お前…」
「お久しぶりです。お兄様、そう言えば、ご婚約おめでとうございます。セシリア、あなたも」
「あ、ありがとうございます。ユーフェミア殿下」
慌ててそう返すものの、私達はユーフェミア殿下の隣に立つ人物が気になって仕方がない。その私達の視線に気が付いているだろうに、ユーフェミア殿下は旧知との挨拶をやめる気配がない。
「アレクシス殿下に、マリーカ嬢もお久しぶりです。お二人もご婚約されたとの事、おめでとうございます」
「あ、ああ、ありがとう」
「あ、ありがとうございます!」
お二人を目の前にして、思わず上ずった返事を返すマリーカ様。どうやらユーフェミア殿下は私達の反応を見て楽しんでいるようだ。
(茶目っ気のある所は相変わらずのようね)
変わらぬ親しみやすさに私が表情を緩めたところで、ユーフェミア殿下もいたずらっぽく微笑んだ。
「ふふ、焦らしてしまってごめんなさい。改めてご紹介いたしますわ。私の婚約者のクリス・ラピス公子です」
ユーフェミア殿下は、まるで自慢の宝物をお披露目するかのように公子を紹介すると、入れ替わるように公子が前に進み出た。
(クリスティーナ様!?)
改めて目の前に立ったラピス公子は、本当にクリスティーナ様に瓜二つだ。クリスティーナ様そっくりのエメラルドグリーンの瞳は、直視不可能の艷やかさで、長く伸ばした見事な金髪を背中に軽く束ねて、ユーフェミア殿下の瞳と同じ青を基調とした衣装をスラッと着こなしている。
この信じられないレベルの美しさは、殿方であっても、国を傾けかねないと思えるほどだ。
公子は柔らかく微笑むと、右手を胸に添えて軽く頭を下げる。一般的な貴族男性の挨拶の所作だ。あまりにクリスティーナ様にそっくりなため、カーテシーでない事に違和感を覚えてしまう。
いけないいけない、この方は殿方だ。しかも自国の皇女の婚約者であり、かの大聖女の兄君でもある。ほんの僅かな失礼もあってはならない。私は内心の動揺を気取られないように、必死に表情を取り繕う。
「皇国と王国の若き太陽、並びに未来の両妃殿下にご挨拶申し上げます。クリス・ラピスと申します。以後お見知り置きを」
男性にしては高いアルトよりの声。やはりクリスティーナ様ではない。あの方はもういない。その当たり前の事に少し胸が痛くなるが、それをおくびにも出さずに、私達はそれぞれ挨拶を返した。
「しかし、これほどよく似ておられるとは…」
「妹の知己に会う度に言われるのですよ。自分ではよく分からないのですが」
「いやいや、瓜二つではないですか」
おそらく外見の事は言われ慣れているのだろう。キスリング、アレクシス両殿下の言葉を軽く流しながら、初めて訪れた皇都の感想を口にしている。
それにしても何という美しさか。あり得ないほどに滲み出るこの色気は、絶対に殿方が出せるレベルではない。マリーカ嬢が顔を赤くしているが、それは私も同じだろう。とにかく破壊力が半端ないのだ。と言うか―――。
―――これ、このまま会場入りしたら大変な事になるのでは!?―――
このパーティーの会場には、多くのうら若き乙女達が参加している。かつてクリスティーナ様をお姉様と慕った娘達だ。この憧れのお姉様瓜二つの殿方を見て、果たして彼女達は正気を保てるだろうか? 否! 私、至近距離で目が合ったら気絶する自信がありますわ!
晴れの舞台で次々と倒れる令嬢達。失神しないまでも、公子に熱視線を向けるパートナーに蔑ろにされる男性陣。強制退場された令嬢達であふれかえる控室では、下働きの者達が半狂乱で対応に追われる事だろう。この後に予想される惨劇を想像した私は、慌ててユーフェミア殿下に耳打ちする。
「で、殿下、このまま公子を連れて会場入りしたら大変な事になります!」
さもありなんと落ち着いた様子のユーフェミア殿下が柔らかく微笑む。なんとも蠱惑的なその微笑みに、またしてもドキリとさせられる私。実際、この人はこの人で心臓に悪いのだ。
「心配無用 と、言いたいところだけど、無理ね。一応、クリスには5人までと伝えてあるから」
「そ、その、5人と言うのは?」
「倒れるご令嬢の数よ」
(被害者ありきで、計画しないで下さいっ!!)
私が眉をしかめたのに気が付いた殿下は、少しすまなそうに話を続ける。
「ごめんなさい。あの子、クリスにとって、大事なパーティーなの。多分、他の人にとっても…。まあ安心して、被害が大きくなれば、退散するわ」
「ユーフェミア殿下…」
なんだろう、ユーフェミア殿下が公子の事を、あの子と、クリスと呼ぶ度に不思議な感覚だ。違和感ではない。ごく自然にしっくりとくる。まるで…まるで、あの方が生きているみたいに…。
不安ではない、ほんの小さな期待感。私がまじまじとお二人を見比べた所で、扉がノックされた。
「失礼いたします。もう間もなく皆様方のご入場のお時間となります。」
入室を許された案内係の声で私は我に返る。卒業パーティーは滞りなく進行し、いよいよ私達ラストグループの入場となったのだ。
こうして私の心配をよそに、生涯ただ一度の記念すべきイベントは幕を開けたのだった。
遅れたあげくに、一話で終わりませんでした。
\(;∀;)/
もうしばらくお付き合い下さい。




