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転生令嬢(♂)は腐らない  作者: 三月鼠
かつて大聖女と呼ばれた少年編
72/86

光の聖女

ペンネーム変更しました。(亀から鼠に変更)改めて三月鼠です。これからもよろしくお願いします。

「ユーフェミア殿下! 聖女熱は? お体は大丈夫なのですか!?」

 

 聖女熱の話は私も伝え聞いている。今まで多くの聖女の命を奪ってきた死の病。ここに殿下がいると言うことは、クリスティーナ様の魔力同調が上手くいったという事だろうか? それに当のクリスティーナ様は?


「心配をかけたわね。私はもう大丈夫よ。全部クリスのお陰ね」

「あ、あの、それでクリスティーナ様は?」

「安心して、クリスも無事だから、今はまだ眠ってるだけ。目が覚めればここに来るわ」

「そうですか…。良かった」


 私がそう言ったところで、ユーフェミア殿下は、私達二人の着ている聖女の衣装に目を向ける。今更だが、光の聖女本人を前にこれを着ているのは、なんと恥ずかしいことだろう。


「それにしても、クリスの身代わりがセシリアなのは予想していたけど、なかなか似合ってるじゃない。と言う事は、こっちのご令嬢が私の代役ね?」


 いきなり話を振られてびっくりした彼女だったが、緊張しながらも自己紹介を始める。


「ゆ、ユーフェミア殿下には、お初にお目にかかります。私、ボルドー男爵家のマリーカと申します。す、すみません! 私なんかが聖女様の…」

「いいの、いいの、そう言うのはいらないの。へ~え、なかなか綺麗な子を選んだじゃない。さっすがわた……し?……」


 マリーカ嬢を見るユーフェミア殿下の視線が、彼女の胸でピタリと止まった。実は私も少しうらやま……じゃないっ、 気になっていたのだが、マリーカ嬢の胸は、同年代とは思えないほどに発育が良い。クリスティーナ様から、ユーフェミア殿下が胸の大きさでお悩みと聞いた事があったけど、まさか?


「姫様―――?」

「うひゃっ!?」


  挿絵(By みてみん)


 それまで無言でユーフェミア殿下の後ろに控えていた専属侍女のアンナさんが、そっと声を掛けた。


「あ、アンナかぁ、驚かさないでよ」

「失礼いたしました。姫様、今は火急の折ですので、()()()お悩みの事は、この際お忘れ下さい」

「失礼ね! ち、小さくなんてないわよ!」

「そうですか、重ねて失礼しました。それと、先ほどからかなり地が出ていますのでお気をつけを。皇女としての品格をお忘れなく」


 アンナさんからの容赦ない突っ込みに不満げなユーフェミア殿下であったが、コホンと咳ばらいをすると、直ぐに居住まいを正した。


「先ずはお礼を言わせて下さい。セシリア。そしてマリーカさん。今もなお皇国軍の戦線が維持できているのは、あなた達のお陰です。聖女としても、皇女の立場からも心からの感謝を」


 臣下に対して深々と頭を下げるユーフェミア殿下を、マリーカ嬢が慌てて止めようとする。


「そ、そんな! 私なんか、い、今だって、勝手に落ち込んで…」

「あら、やっぱり褒めるのはクリスでないとダメ?」

「いいえ! そんな、恐れ多いです!」


 茶目っ気たっぷりの笑顔を見れば、直ぐに軽い冗談とわかりはするが、今のマリーカ嬢にそんな余裕はないのだろう。あたふたしている様子からは、先ほどまでの悲壮感はまるでうかがえない。本当に大したお方だ。


「あなた達には、また改めてお礼をするけれど、とにかくここを乗り切ってからの話ね。まだ力を貸してくれるかしら?」

「もちろんです」

「わ、私も!」

「いいわね、じゃあさっそく西門の負傷兵を何とかしましょう」


 ぼんと両手を合わせて軽く口にした言葉。さもなんでもない事のように言ってのけているが、本当に状況を把握出来ているのだろうか? 今まさに西門は負傷兵で溢れかえっていて、いかに光の聖女と言えど、そう簡単に対処出来るとは到底思えない。

 しかし、言うが早いか、ユーフェミア殿下は足早に移動を始め、私とマリーカ嬢は慌ててその後をついて行くのであった。




 程なくして到着した西門で私達は言葉を失う。


「おい! そこは重傷者を並べてくれ! 軽傷者はあっちだ!」

「馬鹿野郎! こっちも十分重傷者だ!」

「立って歩いてりゃあ軽傷だよ! 自分で治療しやがれ!」


 あまりの怪我人の多さに、余裕を無くした衛生兵の怒鳴り声が響いている。目の前に広がるのはまさしく地獄絵図だ。

 むせかえるような血の匂いとうめき声。広い石畳には所狭しと負傷者が並べられ、中には身動き一つ無く、生きているのかも疑わしい者すらいた。

 これではマリーカ嬢が逃げ出すのも無理はない。たとえ光の聖女その人であっても、この全てを癒す事など不可能ではないだろうか? 

 そんな私の心の動揺や疑念などお構いなしに、負傷兵の一人が私達の存在に気がつき声を上げた。


「聖女様!?」

「お、おい! しっかりしろ! 聖女様が来られたぞ!」

「聖女様ーっ!」


 負傷兵達は一斉に聖女の名を叫び、更に浴びせられる崇拝と期待の視線。私とマリーカ嬢が呆然と立ちすくむ中、一人ユーフェミア殿下だけが前に進み出た。


「ユーフェミア殿下…」


 思わず声をかけようとした私であったが、目の前に立つ少女の凛とした佇まいに気圧され、そのまま口をつぐむ。

 さっきまでの友人のような親しみやすさは消え失せ、近寄りがたい神秘的な気高さに包まれている。目の錯覚かと思ったが、殿下の身体はほんのりと光を纏い、圧倒的な魔力の波動を放っていた。


「これが光の聖女…」


 いつの間にか負傷兵達の歓声も止み、ここにいる誰もが目の前に立つ聖なる少女を見つめている。

 周囲の視線を集めながら、それも無きことのように静かに佇むユーフェミア殿下。やがてゆっくりと両の手を顔の前で組むと、静かに祈り始めた。


「光の精霊よ、ここに魔と戦い傷つき倒れた者あり、御身の御力で全てを癒す光を賜らん…」


 魔法の詠唱と言うよりは神に捧げる聖句に近い。かの闘技場での戦いの場にいた者なら、この詠唱がその時の大規模魔法で用いられたものと同じだとわかることだろう。しかし、あの時はクリスティーナ様とお二人で行使したその奇跡を、今度はご自身だけで行うというのか? 私の心配をよそにユーフェミア殿下の詠唱はさらに続いていく。

 

「われ捧ぐは至上の祈り、父なる精霊の慈悲よ、大いなる癒しの光よ、疾く地上に満ちよ!」


 詠唱が終わり、ユーフェミア殿下の大規模魔法が完成した!

 西門の広場どころか、砦全体を包みこむかのような圧倒的な光が周囲を満たし更にその輝きを増していく、目を疑う神秘的な光景の中で、その効果は劇的どころか正しく奇跡であった。


「信じられない……」


 私の横でマリーカ嬢が呆然と呟いた。


「本当に…、お一人で全てを癒やしてしまわれるなんて……」


 その呟きに私は大いに同意する。目の前で見ている光景は本当に現実の事なのだろうか?


「き、傷が治っている!? う、腕も! 足も!」

「信じられない。また立って歩けるなんて…」

「ユーフェミア殿下、ばんざーい!」

「ありがとうございます。聖女様ぁ―――!」


 先ほどまで、その多くが床に横たわっていた負傷兵全員が立ち上がり、声を上げているのだ。これを奇跡と呼ばずしてなんと呼ぶのか。兵達は皆ユーフェミア殿下を称え、涙を流している者さえ見受けられる。未だ魔物との戦の渦中にあり、砦の外では今なお激戦が繰り広げられ、失われている命も多い事だろう。しかし今この瞬間、この場所だけは歓喜の声に包まれた。


 いつまでも止む気配の無い聖女を称える歓声。ユーフェミア殿下はそっと右手を伸ばし、それを遮るような仕草をすると、兵達は水を打ったように静まり返った。それを見て満足気に頷いた殿下の美しい声が響く―――。


「我が皇国のため、ひいてはこの世界を守るため、剣を取って魔と戦った勇敢な兵士達よ! 皆の勇気とその献身に心よりの感謝を!」


 上に立つ者に相応しい、よく通る威厳に満ちた声。人に命令し、指示する事に慣れたその声に、ある者は敬礼し、ある者は膝をつき、思い思いの礼節を示しながら聞き入った。


「私は先ず皆に詫びねばなりません! 私はこの大事な戦に遅参し、あろうことか身代わりを立て、皆を欺きました!」


 いきなりの衝撃発言に、少なからず場に動揺が走る。


「何人かの兵は気がつき、そうでなくとも疑問に感じた事でしょう。私は開戦前に聖女熱に倒れ、もう一人の聖女クリスティーナの命がけの魔力同調により助かったのです。しかし、戦いを有利に進めるためとは言え、皆を欺いたのは事実。皆にも、そして聖女の身代わりとなった二人の少女にも多大な負担を強いる事になりました。皆に、そしてその二人の少女に心からお詫びいたします」


 そして深々と頭を下げるユーフェミア殿下。まったくクリスティーナ様と言い、この方と言い、行動が軽率過ぎる。私達の事をおもんばかっての行為とわかってはいるが、この高貴な方に頭を下げさせることなんて出来ない。


「いけません、クリスティーナ様! お顔を上げて!」


 慌てて声をかける私であったが、ユーフェミア殿下は聞き入れず、ざわついた広場が静まり返るまで頭を下げ続けると、ようやくその頭を上げた。

 そして再び口を開く―――。


「私はこれから戦陣に立ちます」


 重苦しい沈黙の後に再びざわめく兵士達。治癒魔法の使い手として名高いユーフェミア殿下が、戦陣に、戦いに臨まれると言うのだ。兵士達の動揺は計り知れない。


「かの聖女将軍でない私にどれ程の事が出来るかとお思いでしょう。確かに治癒魔法特化の私には、必ず勝てると言う保証はありません。そして既に魔と戦い傷付き、生き延びた皆に、また剣を取れと命令する資格もありません。このまま皇都に、愛する家族の元に帰るのも良いでしょう。そこを守るのも立派な戦いです」


 ここで敢えて戦地から逃げても良いと言うユーフェミア殿下。それすらも立派な戦いであると言ってくれるその優しさに、涙ぐむ兵士も多く見受けられる。


「私はここに残り最後まで戦います。どうしても守りたい人が、私のかけがえのない大事な人が皇都にいるからです。私はここに残る皆と力を合わせ、出来うる限りの力で魔物と戦い抜く事をここに誓います! 命令ではなく、願いとして、私に皆の力を貸して下さいっ!!」


 おおおおおおぉぉぉぉ――――っ!!!


 この砦全体が震えんばかりの大歓声が巻き起こった。戦いは半ばで劣勢にもかかわらず、まるで勝鬨(かちどき)のような大声である。

 誰一人この場を去ろうとする者は無く。皆一様に敬愛する聖女と共に戦い抜く決意を固めている。大歓声はなおも続き、ユーフェミア殿下は静かにそれを受け止めていた。


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