ユーフェミアの戦い①
「とりあえずは、なんとかなったみたいね…」
私は歓呼の声に答えながら、ほっと息を吐き出した。しかし、むしろ私の正念場はこの後にこそ控えている。
兵達の戦う意思を確認した私は、改めて今後の指示を出すべく、再び声を張り上げた。
「皆に感謝を! そして急ぎ指示を出します! 百人隊長以上の上級騎士は前に!」
「「「はっ!」」」
私の呼びかけで前に進み出たのは7人だ。
「この中で一番階級の高い者は?」
「私であります!」
もう少し強面の初老の騎士を予想したが、比較的若い30歳前後の若い騎士が名乗り出る。
「第一軍バーンズ将軍麾下で千人隊長を拝命しております。アイゼンと申します!」
「アイゼン千人隊長。早速ですが時間がありません。あなた達もいち早く自軍と合流したい所でしょうが、外は乱戦です。このままばらばらに各軍団に戻っても効果は期待出来ないのではないですか?」
私がこの砦に来た時には、既に皇国軍は劣勢で、戦線は砦の目前まで後退し、多数の負傷者が砦に収容される所だった。
「ご慧眼の通り、このまま個々に所属部隊に戻ろうにも、外の乱戦では各個撃破されるだけでしょう。中には所属部隊が全滅している者すらいるようです」
沈痛な面持ちで語る口ぶりからも、相当な激戦であったようだ。
「名誉将軍と違い、私は軍事の素人です。ゆえに専門家であるあなたに命じます。傷の癒えたこの者達を率いて戦局を打開してみせなさい。あなたが指揮を取るのです!」
「そ、それは!」
このままの状態で外と合流しても、よい的になるだけだ。ならば、独立した一軍として動いた方がより効果的だろう。
「私は軍に対する命令権を持っていません。明らかに皇女としての越権行為です。当然あなたは拒否する事も出来ますが?」
私に問われたアイゼン千人隊長は、ほんの少し逡巡した後、鷹揚に頷いた。
「いえ、ご命令に従わせていただきましょう。どうも他に方法が無さそうだ」
「感謝します。混成軍の采配は全てお任せします」
「はっ!」
アイゼン千人隊長に頷き返した私は、後ろに控えている上級騎士達にも指示を出す。
「残りの者は千人隊長のサポートを! 負傷してまで掴んだチャンスです。手柄を立てなさい!」
「「「はぁ―――っ!!」」」
さすが皇国軍の上級騎士を名乗るだけはある。私に向けて短い敬礼をした後、直ぐに行動に移り、混成軍の編成を始めた。
私が振り返ると、セシリアとマリーカ嬢が心配気にこちらを見ていた。今更だが二人とも疲労の色が濃い。おそらくこれまでの治療で、相当の魔力を消費したのだろう。
「セシリア、マリーカ嬢もこちらにいらっしゃい。魔力を回復してあげる」
「え、それはいったい?」
返事をしつつ、二人とも素直に前に進み出るが、あまり意味が分かっていないようだ。無理もない。私だってクリスと言う非常識な存在と関わらなければ、考えもつかなかっただろう。
私は二人の肩に手を添えて精神を集中させる。
「二人とも、目を閉じて肩の力を抜いてくれる?」
「? わ、わかりました…?」
「こ、こうでしょうか?」
「ええ、そのまま動かないでね」
二人の準備が出来たのを確認した私は、二人にゆっくりと魔力を流し始めた。
「「きゃあっ!?」」
「二人とも、大丈夫だから離れないで」
自らの身体に魔力を流し込まれる経験の無い二人は、突然の事に軽く悲鳴を上げる。しかし、回復していく魔力と共に状況も理解出来たようで、直ぐに落ち着きを取り戻した。そして二人の魔力回復が終わると。
「すごい…、ま、魔力が回復しています…」
「こ、こんな事をして、ユーフェミア殿下は大丈夫なのですか? さっきだってあんな大魔法を使ったのに」
「私は大丈夫よ。精霊の愛し子だから必要な魔力は直ぐに回復出来るわ。それよりも、二人ともここをお願いね」
「は、はい!」
「お任せ下さい!」
光の精霊を完全に制御下に置いた私は、精霊達よりも上の存在になった。精霊からは望んだ分だけ魔力を貰えるし、必要の無い時はそれを遮断できる。恐ろしいことに、私は神に準ずる存在とも言えるのだ。
―――これってもう、クリス以外にお嫁のもらい手無いよね!?―――
こんな規格外の娘を誰が嫁にもらってくれると言うのか? 私は責任を取れる唯一の存在を思い浮かべて苦笑した。そして、その人の眠っている皇都に視線を向け、この戦いへの決意を新たにする。
待っててクリス、絶対に私が守るから!
一方、激戦の続く戦場では、砦内で起きた奇跡など知る由もなく、今まさに全軍崩壊の危機に直面していた。
「各軍の被害状況を知らせろ!」
ラルゴ・マルクス皇国元帥は、魔物を斬り払いながら副官に問いかける。既に本陣にも敵が流れ込み、総司令官自らが剣を振るう始末だ。
「はっ! 左翼第二軍、右翼第三軍ともに砦前まで後退! 第二軍司令官ザハド将軍は負傷され、現在、副官のレイヴン千人隊長が司令官代理をされています! 第一軍は混戦の最中で、バーンズ将軍の安否も確認出来ません!」
「くっ、どうにか砦前まで後退はしたが、戦線はもはや持たんな…。よし! かくなる上は第一軍だけでも救出するぞ! バーンズの青二才に事後の面倒事を押し付けてくれるわ! 決死隊を編成する! 気概のある者はわしに付いて来いっ!!」
「「「はぁ―――っ!!」」」
総司令官の必死の呼びかけに、歴戦の勇士が応える。もはやこれまでと、信頼するバーンズ将軍に後を託そうと元帥が決意したその時であった。
「閣下! 砦内より増援が!!」
「増援だとぉ!?」
伝令の悲鳴にも似た歓喜の声。その直後に砦西門から鬨の声が上がる。勇んで飛び出したのは、明らかに皇国軍の騎士達だ。
「皇都にまだ予備兵力が? いやあの鎧の傷もだが、何人か見知った顔が混じっておる。まさか、砦に収容された負傷兵か? この全員の傷を癒やしただと!? そんな事が出来るのは!」
ようやく皇国の、この世界の希望が間に合ったのか!? そして戦場に響く、可憐な声―――。
「ラルゴ―――!!」
「皇女殿下!?」
砦の物見の塔の上に、戦場には似つかわしくない可憐な姿が見える。白を基調とした聖女の衣装を纏うのは、紛れもなく自国の第一皇女だ。
「ラルゴ! タイミングを計って結界を張ります! 軍を立て直しなさいっ!!」
「承知!」
待ちに待った瞬間に否やがあろう筈も無い。歴戦にして皇国軍随一の名将は、乾坤一擲とばかりに全軍に号令する。
「全軍、砦からの援軍に呼応して前進! 敵を押し戻せ! 全軍前進だ!!」
皇女の張る結界の前に兵を退かねばならない。第一軍を中心とした混戦状態にある味方を吸収する為、ラルゴ元帥はここで進軍を命令する。
「砦からの援軍を束ねる者は誰か!?」
「元帥閣下―――!」
ほぼ同時に混成軍から騎影が飛び出した。
「おおっ、アイゼン! そなたか!」
「はっ、皇女殿下の命により、私が混成軍の指揮を取っております。勝手をしました罪は後ほど」
「よい! むしろ良く判断してくれた。助かったぞ! そのまま混成軍の指揮を頼む。後ほど全軍と呼応して後退してくれ。皇女殿下が結界を張られる」
「はっ! ご武運を!」
「そなたもな!」
とにかく時間も空間も限られている。無駄な問答は一切せずに、お互いの持ち場に戻り、指揮を続行する。
そして激戦の渦中にある皇国第一軍でも―――。
「将軍、今のお声は…」
「ああ、どうやら本物が間に合ったようだ。これで戦局が変わるぞ! ギルバート!」
「はっ!」
「元帥閣下の命令の意図する所は明白だ。間もなく後退の命が出されるだろう。この間に出来るだけ多くの味方を後方に逃がす。俺とお前はしんがりだ! やれるな?」
「余裕であります!」
とは言っているが、さすがのギルバートも度重なる激闘で疲労の色が濃い。だがここでしんがりから外す方が不満に感じるのは間違いない。戦闘狂なりの矜持というやつだ。
「上等だ! 第一軍に告ぐ! 後方の味方の前進に合わせて後退する! 余裕のある者は残って味方の後退を助けよ! ギルバート! 行くぞぉーっ!!」
「応――っ!!」
劣勢であった皇国軍は、見事に息を吹き返した。それを可能にしたのは予期せぬ援軍と、塔の上に仰ぎ見る可憐な少女の存在である。
物見の塔の上で凛として立つ姿。長いプラチナブロンドは陽の光を纏い、まさに光の聖女の名に相応しい。これこそ長く皇国民に敬愛される姿そのものであった。
聖女と共にあれ! 聞き慣れたこのフレーズは、約束された勝利を引き寄せるものと皇国の民は信じて疑わない。
上級の魔物2体と、分裂した黒い魔物数百体。それらを擁する魔物軍の方が有利であるのは、依然として変わらない。しかし、戦いには流れがあり、潮目と呼ぶべきタイミングはまさにこの時であった。皇国軍が魔物の軍勢を一気に押し返し、敵の攻勢が停滞したその瞬間―――。
「全軍後退っ!!!」
全軍に向け、高らかにラルゴ元帥が号令する。命令は速やかに実行に移され、魔物の軍勢と皇国軍の間に僅かな隙間が生まれた。
「見事だわ、ラルゴ!」
物見の塔の上、手に汗を握りながら戦況を見守っていた私は、すかさず両手を広げて前面に魔力を展開し、広域結界の準備を始める。魔を退ける…、光の盾、イメージは…、膜…、カーテン…、遮断…。
即興の大規模魔法を、ある程度の方向性、規模、形状を細かなレベルで制御するため、頭の中で具体的なイメージとして練り上げる。しかし、頭に思い浮かべる広域結界を作るには、まだ少し魔力が不足しているようだ。
“さっさと私に魔力を寄こしなさい!”
私は心の中で精霊達を叱咤する。今まで散々にクリスと私を苦しめてきた過剰な魔力供給。肝心なところで役に立たないのでは意味が無いではないか! 足りない分を精霊から強引に搾り取り、惜しみなく魔力を注ぎ込んでいく…。そして、満ちた魔力を私は前面に押し出した―――!
「展開―――っ!!」




