少女達の葛藤
ラルゴ元帥の懸命な指揮の下、砦の前まで戦線を後退させた皇国軍は、それでもまだ半数以上の兵力を保っていた。
しかし、多くの兵が傷付き疲弊した状態であり、文字通りここが最後の砦である。一兵の増援も期待出来ない絶望的な状況下で、尚も戦線を維持出来ているのは、皇国軍最後の希望である聖女の存在が大きかった。
そしてその砦の内部、今まさに危急を告げる伝令の声が響き渡る―――。
「聖女様! 皇国軍の戦線が大きく後退して、西門に多数の負傷者が!」
「わかりました。直ぐに参ります!」
聖女と呼ばれ振り返ると、私と同じ年頃の少女が真っ青な顔で立っていた。
「セシリアお嬢様…」
「………コゼット、今はその名を呼んではなりません」
私は静かに自分の侍女をたしなめる。今この砦に聖女はいない。その事実を洩らす訳にはいかないし、少なくともまだその時では無いのだ。
「いいえ! お嬢様! もう無理なんです! この戦いはもう終わりなんです! せめてお嬢様だけでもお逃げ下さい!」
時ここに至り、皇国軍の敗色が濃厚である事は素人の私にだって分かる。いくら聖女と言う希望があってももはや挽回出来るものでは無い。それがたとえ本物の聖女だとしても。
「いいえ、コゼット。私は逃げないわ。私なんかがクリスティーナ様の代わりなんて、最初から無理だと分かっているけど、それでも私はあの方のお役に立ちたいの」
「お嬢様…」
「もっとも雀の涙程の光属性しかない私に出来る事なんて、たかが知れているのだけれどね」
「そんな、お嬢様は最善を尽くされています!」
「ええ、我ながらなかなか善戦していると思っているわ。だから、もう少しだけお願い。ね?」
私の言葉に一瞬だけ涙ぐむコゼットであったが、直ぐに居住まいを正し、決意のこもった眼差しを私に向けた。
「わかりましたお嬢様。このコゼット、最後までお供させていただきます」
「ありがとう」
我ながら善戦しているとはよく言ったものだ。おそらくあのお二人の10分の1の力にすらなれていないに違いないのに。それでもいないよりはまし。私の存在意義はただそれだけだ。
聖女不在の絶望的な状況下での開戦。
クリスティーナ様と同じ金髪であり、背格好の似ている私に、聖女の身代わりの打診があったのは当然の事だった。
幸い貴重な光属性の使い手ではあったので、聖女の真似事くらいはどうにか出来る。私と同じように、ユーフェミア殿下の身代わりに選ばれた娘と協力しながらなんとかやってきたが、それも限界が近い。
「無理よっ!!!」
西門に向かう通路の途中で、少女のかん高い声が聞こえた。
「もう、私には無理なのよぉ……」
通路の壁にすがるように泣き崩れるその少女。彼女こそ私と同じく聖女の身代わりに選ばれた少女である。
「ユーフェミア殿下、いかがなさいましたか?」
「! あなた…」
大方の予想通りだ。諦観と葛藤、何よりも精神的な疲労を滲ませた顔色は蒼白で、私を死神でも見るかのように見つめてくる。
「やめてちょうだい、あたしは聖女じゃないのよ! これ以上、この無意味な茶番には付き合えないわ!」
「そうですか。ではあなたは休んでいて下さい。後は私がなんとかします」
「―――なんとかって、出来る訳ないじゃない!」
「ええ、もちろんです。誰もあのお二人の代わりなんて務まらないんですから」
私がそう言ったところで、彼女は侮蔑の笑みを浮かべた。
「そう、やけっぱちって訳ね」
「そう取ってもらって構わないわ。ではこれで…」
「ま、待ちなさいよ!」
まだ言い足りないというよりは、本当に私の言動が不可解なのだろう。先を急ごうとする私を必死に引き止める。
「わからないわ。どうしてそんな悪あがきをするの? 何か見返りでもあるって言うの?」
「見返り?」
いきなり問いかけられて私は少し考えこむ。ふとクリスティーナ様の笑顔が浮かんだ。
「見返り…ですか… そうですね。私、きっとあの方に褒めていただきたいんです。頑張ったねって」
「……褒めてって、たったそれだけ?」
「ええ、それだけ。ほんの少しでもあの方のお役に立てて、ほんの少しでもそれを認めてもらえたら、それだけで十分なんです」
私が迷いなく答えた事は、よほど予想外だったようだ。呆気にとられた彼女だったが、ほんの少しだけ好奇心の顔をのぞかせた。
「あ、あなた、聖女様の知り合いなのよね?」
「ええ、そうです」
「クリスティーナ様ってどんな方?」
「クリスティーナ様ですか?」
「だって、ユーフェミア殿下はずっと前から有名だったし、クリスティーナ様って、ギルバート様に剣で勝たれたり、大きな魔物を一人で倒したりとか、信じられない話ばっかりでしょ? それなのに、身代わりのあなたはとても華奢だわ。私、殿方みたいな勇ましい女性を想像してたの」
改めて聞いてみると、クリスティーナ様の普段の可憐な容貌からは、想像もつかないような勇ましい話ばかりである。これでは筋骨隆々の大女のように想像されても仕方ないのかも知れない。私は思わず苦笑してしまった。
「クリスティーナ様は、お料理上手で、刺繍が得意でいらっしゃって、もちろんとてもお綺麗な方よ」
「料理!? 貴族なのに?」
「ええ、女の私だってお嫁さんにしてしまいたいくらい、完璧な淑女でいらっしゃるわ」
「それなのにお強いんだ……」
普段は守ってあげたくなるような儚げな美少女なのに、いざという時はズルいくらいにかっこいい。本当に困った方だ
「ふふ、ディアナ王国の王女殿下に聞いた話よ。ある日、突然魔物に襲われた時に、クリスティーナ様はドレス姿で戦って見事に勝ったのですって。でもスカートでしょ? 飛んだり跳ねたり、剣を振るう時に足や下着が見えちゃわないかとても気にされたみたい。それでもスカートを手で押さえながら、お顔を赤くして最後まで戦われたそうよ。とても可憐で、可愛らしかったって」
「それは…、ちょっと、見てみたいかも…」
クリスティーナ様の話は、彼女の気持ちをずいぶんと軽くしたのだろう。真っ青だった顔色が良くなってきている。
「私も…、私も褒めていただきたいわ。クリスティーナ様に…、が、頑張ったら、私も褒めていただけるかしら?」
「もちろん。あの方はいつでも頑張っている人が好きだわ」
「わ、私、しがない男爵家の娘なのよ。それでも…?」
私がその問いに答えようとしたところで、聞き馴染みのある声が響いた。
「そ〜ね〜、あの子、身分があることもよく忘れちゃうから、無用の心配かも」
よく通る凛とした声と、静かにゆれるプラチナブロンドの髪。あのお方を “あの子” 呼ばわり出来る方を、私は一人しか知らない。
「いいなあ、私だってクリスに褒めてもらいたいもの」
「ゆ、ユーフェミア殿下!?」
一体いつからそこにいたのだろう? 私達のすぐ後ろには自国の皇女が、かの有名な光の聖女その人が、静かな笑みをたたえて立っていた。
「お待たせ、セシリア!」
ようやくのユフィ登場。主人公不在はまだ続く?




