冥琳、雪蓮たちと海賊を下す
連続更新した後で、今までで一番開いてしまったので、ペースって大切だなと思っております。
海賊の頭である彼からすれば、その日の出来事は、悪夢以外の何ものでもなかった。
始まりは、彼と手下たちがねぐらにしている小島の横で何かしらの問題があったのか大型の帆船が立ち往生したことだった。帆に描かれている文様から、それが官船であることはすぐに知れた。いつもであれば彼は、都と関係している船を襲うような分別のない真似はしない。都の貴族の不興を買って、追討令でも出された日にはたまったものではないからだ。
ただ、この時ばかりは事情が違った。
彼の海賊団が定期的に狩場にしている周囲の漁村が、生意気にも牙をむき、武装して彼らを退却させるという事例がここ二月ほど続いたのだ。手下たちは素人に体よくあしらわれた怒りと、本来であれば味わえるはずだった略奪への飢えで、爆発寸前。今にもその不満を彼へとぶつけてきそうな気配だった。
だから、彼には選択の余地はなかった。少しばかりの危険を侵しても、目の前の船を襲わなければ、自分の未来は無いにも等しいのだから。それに、船員を皆殺しにして、船ごと沈める覚悟さえ決めてしまえば、官船ほど、美味しい獲物もそうはないのである。
しかし、万全を期して所有する八隻の船全てをもって狩りに出た海賊たちを待っていたのは、あまりにも想定とかけ離れた自体だった。
まず標的へと近づけないのだ。これは明らかに道理にかなわない事態だった。海賊たちの船は、帆を持たない小型船であり、最高速こそ帆船にかなわぬものの、人力であるため初速と小回りに優れ、一度速度を落とした帆船に取り付くなど容易なことであったはずなのである。
だが、この日ばかりは勝手が違った。彼らのような歴戦の船乗りからすれば、目測でおおまかに船がこれから先に取るだろう進路を推定するのは容易い。現在の速さ、帆の張り具合や向き、船同士の位置関係、そういったものから自然と、海の上での挙動というのは定まるものだからだ。
その経験に基づいた緻密な予測がことごとく外れるのである。鈍重であり小回りの効かぬはずの帆船は、時に早く、時に遅く、時に鋭く、時に鈍く、変幻自在に舵を切り、彼らが安全にその船に取り付ける隙をわずかにも与えてくることはなく、頭の命令を無視して強引に帆船に寄せようとした二隻の船は、目標と衝突して、無様にも一方的に海の藻屑とかした。
この時点で、撤退を決断していれば、あるいは結末は違ったのかもしれなかった。
くそ、まだ1対6だ。慎重にいけば負けるはずがねえ。そう思っていた海賊の頭の前で、この日、一番の不条理が展開された。
空から女が落ちてきたのだ。それも、彼の乗っている船を目がけて。
「流石は文元殿、お前が頭だな。素直についてくる気はあるか?まあ、私の槍を馳走されたいというなら止めもしないが」
肩にかかるか、かからないかの髪を、潮風にはためかせながら、女は何処か好戦的な笑みを浮かべたまま、槍を肩に乗せて力むでもなく周りを囲む十人数名の海賊を見回した。
「お頭、こいつ空渡りですぜ」
そう頭に告げる部下の声には明かな怯えがあった。それも無理もない話であった。空渡りと言えば、西から向こうの海で知らぬ者はいない大海賊、羅刹の雪蓮を討ち取ったと噂される姉妹の片割れなのだ。
守れば姉が船を自在に操り、攻めれば妹が船を一撃で割るか。なるほど、攻めあぐねるはずだぜ。頭は噂の中身を思い出して、内心ほくそ笑んだ。噂は話半分に聞くものだとはよく言ったものだ。もし、耳に入ってきた噂が全て正しいのであれば、彼が乗っている船は今頃、二つに裂けていなくてはならなかっただろう。
彼の船に乗っている者たちは、船乗りたちの中でも、特に不安定な船の上での戦闘に長けたより抜きである。加えて相手の得物は、この狭い船の上ではまず使いものにならない槍ときている。どちらが勝つかは疑うべくもないことであった。
「怯えるな。こんなもん、ちょっと便利な曲芸にすぎねぇ。おそらく、あっちの船にはこのあまの姉貴が乗ってやがる。こいつさえ捕まえれば、後はとんとん拍子でお楽しみだ。噂によれば、姉妹共々、なかなかの美人らしいじゃねえか」
頭はそう言いながら、目の前の女の豊満な体つきを、好色そうな表情を浮かべたまま舐めるように眺めてみせた。すると周りの部下たちも、鼻息あらく各々の武器を握り直した。えたいの知れぬ恐怖よりも、ここ数ヶ月満たされることのなかった性欲が勝ったのだ。
「はて。姉者は私が仮に四裂きにされても、眉一つ動かしそうにもないが」
己にまとわりつく粘つくような男たちの視線に気分を害するでもなく、女は槍を構え直すと、心底楽しそうに口角を上げた。
「来い、この藤原純乗の槍、噂通りか、その身で試してみるがいい」
───
──
─
太陽が眩しく照りつける甲板の上で、一組の男女が互いを見つめ合っていた。
風は強く、故に波は高い。必然、彼女たちが乗っている船も大きく揺れていたが、二人の表情にはそれに対しての不安のようなものは全く存在しなかった。
慣れているのだ。何せ、両者とも日々の生活の大半を船の上で過ごす、海の人なのだから。
ただ彼女たちの間には、はっきりした違いも存在した。片方は甲板に両膝をつき両手は縄で後ろに結ばれ、片方はそれを立った状態で同情の色なく見下ろしている。
勝者と敗者。二人の関係性は、煎じ詰めれば、それであった。
「それで?私もあまり暇ではないんだ。そろそろ答えをもらいたいんだが」
女の問いに、この海域を今日まで実質的に支配していた海賊の頭は忌々しそうな唸り声を上げた。
「けっ、女の下につくくらいなら死んだ方が──」
男は言葉を最後まで紡ぐことは出来なかった。彼の意思を告げるために必要なパーツが、彼の首から落下してしまったからだ。
「そうか、残念だよ」
ゴロリ。ゴロリ。揺れる船の上で、右往左往と転がっていくソレを無表情に眺めながら、女は小さく、ため息を吐いた。
「文元、私はまだ彼と話をしている最中だったんだが?」
「だって、冥琳。どうせ殺すつもりだったでしょう」
直刀についた血糊をもはや何も言えなくなった男の着物で拭き取ると、かつての大海賊、羅刹の雪蓮こと藤原文元は、悪びれもなくそう言い切った。
「それに、これだけ圧倒的な力の差を見せ付けたんだから、下手な小細工は逆効果だと思うんだけど」
確かに、これほどの大敗を喫して、まだ男だの女だの言ってる人間など、こちらから願い下げだったがね。冥琳は内心ではちょっとばかり笑っていたが、表面上は努めて無表情に、自分の部下を叱責した。
「たとえそうだとしても、形式というものがある。私の許可なく人を殺すのは厳罰ものだぞ。それと、公の場でみだりに私の真名を呼ぶのもな」
「公って、今日の仕事はもう終わりでしょ?」
「それも私が決めることだ」
「はい、はい。分かりましたよ。藤原純友さま」
反省の色のない雪蓮に、冥琳は更なる叱責をぶつけようとしたが、
「おやおや。また痴話喧嘩ですか。姉者、仲が睦まじいのは結構なことですが、時と場合は選んでもらいませんと」
できなかった。
口をパクパクさせたまま、何も言えずにいる冥琳を尻目に、雪蓮は上空を歩いてきた、この日一番の功労者に労いの声をかけた。
「おつかれ様、星。そっちはもう終わったの?」
「概ね、と言ったところですか。表面上は皆、恭順を誓っていますよ。後は、こちらがどれだけ益を彼らにもたらせるか、でしょうね──どうしました、姉者?魚が陸に打ち上げられた時のような顔をして」
甲板へと降りてきた星のからかうような声音に、冥琳ははっと気を取り直した。
「純乗、お前もだ。真名というのは、そうみだりに口にするものではない」
「はぁ。しかし、それは正直なところ、血族を除けば、文元殿にしか真名を許していな──」
「うん、そうだな。真名の扱いというのは極めて個人的な事柄だ。一律にどうにかするものでもないかもしれんな」
冥琳は星の言葉を遮って、その話題を強引に終了させようとしたが、雪蓮がそれを許さなかった。
「そうなの?わたし、冥琳から、大切な部下にはみんな真名を許しているって言われたんだけど」
「みんな、ですか。確かに一概に嘘とばかりは言えないでしょうな。はたして、部下だからなのかは疑問が残るところですが」
「悪かった、私が悪かったから。その話題はもう止めにしてもらえないか?」
息も絶え絶えという様子の冥琳を見て、星は先ほど戦いの最中に浮かべたものとは全く違う、柔らかい笑みを浮かべてみせた。
「しかし、私はつい数年前まで、姉者には表情というものが無いのではないかと密かに疑っていたんですが。まったく自分の不明を恥じるばかりだ」
「そう?確かに冥琳は仏頂面のときも多いけど、喜怒哀楽はしっかりしている方だと思うけど」
「今は私もそう思います。ですが都にいた頃の姉者は、張りつめた弓の弦の如きとでも言えば聞こえはいいが、正直、全く面白みの無い人でしたからね」
星の物言いに、冥琳は少しばかり不満げに鼻を鳴らした。
「そんなに酷かったか?まあ、確かに、今より余裕はなかったと思うが」
「あれは余裕がないというより、家に憑かれていたと言った方が正確だった思いますよ。私はね、姉者。栄達を目指すことを否定するつもりはないんです。ただ、人生には、気の置けない友とゆるりと酒を飲み交わす時間も必要だと思うだけでね」
「都にいた頃にも、お前にそう言われたことがあったな」
あのときは、家の名を背負わぬ者は気楽でいいと思ったんだったな。あの頃の自分を思いだそうとしながら冥琳は、己の横で自分たち姉妹の会話をニコニコしながら聞いている雪蓮を眺めた。すると不思議なことに、それだけで彼女の胸に何か暖かいものが宿るのだった。
「──お前が正しいよ、星」
「あっ、ずるい。それなら私も雪蓮って呼んでよ。今日はまだ呼んでもらってないんだから」
「今日は、ですか。いやはや、祝言はまだですかな」
星のからかいに、冥琳は今度は笑って返した。
「当分は先の話になるんじゃないか。祝言をあげるなら一度は都にある家に戻らなくてはいけないだろうしな」
「おや?後、2,3の海賊を下せば、姉者の仕事は終わりかと思いましたが」
星はもちろん、冥琳の本心を理解していた。もし、彼女たちの上司である紀淑人から命じられた仕事をするだけなら、わざわざ雪蓮に姓名を与えて、正式に部下に取り立てる必要などないし、お頭を失った海賊たちに仕事を斡旋するような真似をする必要もないのだ。
「しばらくは、それこそ、ゆるりと酒でも飲みながら待つのも悪くないだろうさ。時が熟すのをね」
一陣の風が吹いた。
冥琳の背後から、彼女がみつめる京の都へと向かって。
いわゆる一つの下克上というやつでしょうか。分かると思いますが、筆者はこのタイプの組み合わせが異様にツボな人種です。
恋姫における能力値的には、ここが天下取らないとおかしいだろという組み合わせ。史実的に見ても、純友の乱の方が長いので、そこら辺を反映した布陣ですかね。
次は、将門周辺に戻る予定。




