一刀、皆に料理を振舞う
また一週間以上開いてしまいました。次は頑張りたいと思います。
「一刀、これでいいのだ?」
豊島の集落の外れ、朝のうちに一刀が鉈で雑草を払っておいた草原の一角で、鈴々は顔が鼻先まで隠れるほどに抱え込んだ荷物から手を離した。そうすれば必然、荷物は重力に従って地面に落下するわけだが、今回はそんな雑な動作も問題にならなかった。彼女が運んできた荷物は近くの川原にある石たちだったからだ。
「ありがとう。これで十分だと思うよ。これで足りなければ、俺が後で取りにいくし」
「別に言ってくれれば、鈴々が取ってくるのだ」
「けど、色々と忙しいだろ?足りなくなるしても、まだまだ後のことだし」
「問題ないの。七乃さんから、今日の鈴々さまは"フリー"だってお達しが来てるの」
一刀の後ろでしゃがみ込んで他の準備をしていた沙和は顔をひょいと上げると、この頃彼女の中で流行っているらしい一刀印の外来語を用いながら、二人の会話に口を挟んだ。
大国玉にいたときから、沙和たち三姉妹の少なくとも一人は、何も言わなければ一刀の外出に付き添うのが暗黙の了解のようなものだったが、この頃では、ほぼ交互に一人ずつが護衛をする体制が確立されていた。
この体制が出来たのが、一刀が真桜に手を出した時期と一致していたため、彼らとしては何ともおもばゆい気持ちもしたのだが、結局は特に反論するでもなく、今の状況に落ち着いたのだった。
「そうなのだ。今日の鈴々はその"フリイ"ってやつなのだ」
「じゃあ、祭さんが持ち込んだきたイザコザも片がついたってことか」
「イザコザも何も、三日前に祭が豊本にきた時点で問題は解決していたも同然だったのだ」
「それは変なの。なら鈴々さま達は、屋敷の奥に三人でこもって何をしてたの?」
鈴々は沙和の問いに、搾り出すような声で何か言ったが、生憎、あまりに音量が小さ過ぎて、残りの二人にはよく聞き取ることが出来なかった。
「かお?顔がどうかしたのか?」
「かおう、なのだ。鈴々は昨日の夜まで、部屋に閉じ込められて、延々と花押を書かされてたのだ。内容なんてどうでもいいから、花押だけ書かせてくれって言ってるのに、二人して鈴々が文の意味を理解するまで何度も何度も、小難しいことを説明してくるのだ。まさに悪夢ってやつなのだ」
「いや、それはむしろ二人が良心的な証拠だと思うけど」
「そうなの、世の中には相手が文を読めないのを言いことに好き勝手やる貴族だって珍しくないの。それに比べれば、二人は見上げたものだと思うの」
「鈴々は祭と七乃を信用すると決めたのだ。それで騙されたなら、こちらの不徳。それで十分なのだ。なのにあの二人は、そう言っても妙に楽しそうに笑うだけで、全然、手を緩めてくれなかったのだ。思うに、あの二人には鈴々に対する敬意が足りないのだ」
不満げに口を尖らせる鈴々に一刀はどういう言葉をかけるべきだろうか悩んだが、結局は彼女の頭を二度、三度と撫でることにした。仮に七乃や祭に不満があったら、彼女は直接相手に言う性格だ。つまり、彼女が望んでいるのはそういう言葉ではないのである。
「そっか、鈴々は頑張ったんだな」
うわぁ、鈴々さまの顔が蕩々(トロトロ)なの。これが三人の女をとっかえひっかえしてる男の実力ってやつなの。沙和は目の前で繰り広げられている状況に慄然としてしまった。
「二人とも、出来れば、そういうふしだらな事は、わたしが見えないところでやって欲しいの」
「ふしだらって、頭撫でたくらいで大げさな」
「そうなのだ。何なら、沙和も撫でてもらえばいいのだ」
「えっ、えっ、遠慮するの。一刀さんだって、沙和の頭なんて撫でたくないと思うの」
「頭なんてって、沙和は毎日、髪に櫛入れて、綺麗に整えてるだろ?下卑するようなものじゃないと思うけど」
あっ、これ駄目なやつなの。人生で初めて異性に自分の髪の毛を褒められて舞い上がってる自分を感じて、沙和は何とか平常心を保とうとあらん限りの努力をした。七乃からは割と露骨なほのめかしを受けていたし、一刀のことは嫌いではなかったが、何せ相手は変則的とはいえ姉である真桜の恋人なのだ。
「わたしの髪なんて、わざわざ天の御使い様に触ってもらうようなものじゃないの」
沙和の言葉を、一刀はそこそこネガティブに受け入れた。というより客観的にみれば彼女の姉を含めて絶賛三股中なのだから、好かれていると思う方がどうかしているという話ではあったが。
「ごめん。俺みたいなのに、触られるの嫌だよな。沙和が普通に話してくれるから、なんか調子にのってたみたいだわ」
そういう顔するのは卑怯だと思うの。どこか寂しげな笑顔でそう言う一刀を見て、沙和は慌てて彼の言葉を修正した。
「嫌ってわけじゃないの」
「ほんとに?」
所詮は、頭を撫でられるだけなの。それでどうにかなるはずがないの。沙和は自分を半ば騙すように説得すると、小さく、だが確かに一刀に対して頷いてみせた。
一刀はしゃがんでいる沙和の方に近づくと、そっとその髪に触れた。
「っふぁ」
沙和の口から漏れた予期せぬ音に、一刀は慌てて彼女の頭の上にあった右手を引っ込めた。
「悪い、なんか痛かったりした?」
「気にしないでいいの。ちょっと吃驚しただけなの」
男の人に触られるのって、全然違うの。真っ赤になった顔が見えないように、なるべく俯きながら、沙和は流暢に言葉を次いだ。一刀に触られた場所から何かが染み渡ったように、その身体は熱を帯び、肌という肌はまるで全身の薄皮が剥けたかのように敏感になっていたが、彼女もまた武家の生まれ、克己にはそこそこ自信があった。
とはいえ、この状況で二人を騙すのは、沙和には少しばかり荷が重い仕事であった。
「あのさ、鈴々──」
「皆まで言わなくていいのだ。今日の鈴々は"フリイ"なのだ。それに七乃とすると、どうにも毎回、こっちが守勢にまわるのだ。前々から、たまには攻めてみたいと思ってたのだ」
あっ、三人でやる形なんだ。一刀としては最初の一回くらいは二人きりが良いのではないかと思わないでもなかったが、今回は鈴々に手伝ってもらった方がいいかと前向きに考え直した。
場に流れる奇妙な空気を察して、沙和は口早に防壁を張り巡らせた。
「二人とも何か変なの。そういうのは良くないと思うの。だって、一刀さんは真桜お姉ちゃんと付き合ってるの。だから駄目なの」
やっぱ、それがネックなんだよな。一刀はこれまで何度か、沙和といい感じの雰囲気になったことがあったのだが、その度に真桜のことを持ち出されて、先ほど頭を撫でるまで沙和に指一本触れていないという状況が続いていたのだった。
「真桜のことなら、気にすることないのだ」
「気にするなって、だってお姉ちゃんのことなの。そんなの無理なの」
首を子鹿のようにふるふると左右に動かす未だにしゃがみ込んだままの沙和の後ろに回りこむと、その耳にガキ大将が友達に悪戯を提案するような口調で甘言を流し込んだ。
「気にすることないのだ。沙和は、鈴々に命令されて逆らえなかっただけなのだ。これは仕方がないことなのだ」
「命令なの?」
「そうなのだ。だから、沙和が今して欲しい本当のことを口にするのだ」
鈴々の命令で沙和の口から出たのは、ほんの他愛のないことだった。
「気にいってくれたみたいで嬉しいよ」
一刀はもう一度ゆっくりと沙和の頭を撫でながら、今日中の完成は無理かなと思うのだった。
───
──
─
二日後。一刀は右左曲折を経て完成したソレの前で、ジリジリとした時間を過ごしていた。
周りには鈴々を筆頭に、七乃に祭、沙和たち姉妹に、鈴々の妹たちも臨席しており、将門軍の主要メンバーが揃い踏みといった感じだったが、落ち着きのない一刀とは対照的に、彼女たちは実にのんびりとした空気を醸し出していた。
「まだ良兼さんの件に片がついた訳でもないのに、こんなに平和でいいでしょうかね」
「そんなに心配か?わしからも再度、文を送ったんじゃし、平の家が割れるのを一番嫌っておったのはあやつよ。相応の条件さえ出せば、まず衝突はないと思うがのう」
空いた七乃の杯に酌をしてやりながら、祭は楽観的な意見を口にしたが、彼女自身、少しばかりの懸念もなくはなかったため、その口調はどうにも歯切れが悪いものであった。
「相応ですか。平の家の棟梁に如何ほどの値をつければ釣り合うのか。難しいところではありますよね。こちらとしても、ない袖は振れないわけですし」
「何度も言っておるが、斗詩は自分の状況を見誤るような馬鹿ではない」
「別に祭さんの言葉を疑っているわけじゃないんですよ。ただ、この状況においてわたし達からの文に無視を貫いているのがどうにも解せないだけでして」
「確かにな。あやつの性格を考えれば、一も二もなく返事を送ってきそうなものなんじゃが」
「加えて、わたしが良兼、良正両名及びに源護の状況を探らせるために送った部下が、ことごとく帰ってきてないんですよね。源護ならその神技を考慮に入れれば、ありえないとは言い切れませんけど、残りの二人がそこまで完璧な対処を取れるとは、祭さんの話を聞いた限りだと思えないんですよ」
七乃の言葉に、祭は目を細めると己の杯に残った酒を一気に乾した。
「既に両者が手を組んでいると?」
「可能性としては、それが一番腑に落ちます。そして、平の家の人間がこれだけ残っている状況で、源護のところに身を寄せる理由って言ったら何だと思います?」
棟梁の座が惜しくなったか。しかし、相変わらず嫌味なやつじゃのう。わざわざ自分に答えを言わせようとする七乃の口ぶりに、どう返してやろうかと祭が酒で舌を湿らせたところで、何とも香ばしい香りが、何処からともなく漂ってきた。
「どうやら出来たようじゃの」
「みたいですね」
二人は特に執着するでもなく会話を打ち切ると、かなりの量の酒を胃におさめたことを窺わせない確固たる足取りで、一刀の方へと歩いていった。
「あっ、二人とも食べてみて下さい。最初にしては、そこそこ良い出来だと思うんですけど」
「これが、パンというものですか」
「ふむ、妙に柔いな。北郷、お主は本当に人を飽きさせぬ男じゃの」
二人は渡された見慣れぬ茶色の物体に躊躇うでもなく口をつけると、ほぼ同時に目を見開いた。
「これはまた──」
「北郷、これは本当にあの粉から出来たものなんじゃろうな?」
「他にも色々と工夫のしようはあるんですけど、これは小麦粉と水と塩、後は前にいった酵母ってやつだけですね」
「”イーストキン”でしたか。正直、目に見えない大きさの生き物なんて神仏の類と同じかと思ってたんですけど、こうも証拠を見せ付けられては信じないわけにもいきませんね」
「これは、そのまん丸とした設備でしか作れんものなのか?」
祭が指差した先にあったのは、不恰好なカマクラのような形をした石の釜であった。一刀はコレを昨日一日かけて、川原の石と、生石灰と水を混ぜ合わせて作ったセメントを用いて作ったのだった。
これによってセメントが建築に使えることを一刀は証明した形になるのだが、彼のイメージの根底にあるものがローマ街道でありコロセッオのそれであるため、達成感そのものはあまりなかった。
要するに、石釜作りは一刀がこちらに来て最初に手をつけた仕事が、彼の手を離れたことを経験で実感するための儀式であって、それ以上の何かではなかったのだった。
「いや、パンの形によっては焚き火でも出来るんですけど、こっちの方が美味しいらしいんで。俺も、昔、自由研究で調べたくらいの知識しかないから、あんまり詳しくはないんですけど」
「謙遜せずとも、これだけのものが作れれば大したもんじゃと思うがな」
一刀は祭の言葉に歯がゆそうな表情を浮かべた。
「そうでもないですよ。膨らんでくれたのはホッとしましたけど、味は正直、そこまで美味しくないでしょ?」
「言うほど、不味くはないと思うがの。それにコレ、5、6日は食えるんじゃろ?」
「食べられるとは思いますけど、やっぱ美味しいの焼きたてじゃないかと」
だから、そういう問題じゃないんですけどね。七乃は小麦から日持ちする食料を作りだせることが、どんな意味を持つのかを思って、何とも言えない心地になった。そして、それは彼女の一人の気持ちではなかった。
「なあ、七乃。これはひょっとしたら、ひょっとするかもしれんな」
「奇遇ですね。わたしも実はそう思っていたところですよ」
残り少なくなったパンを仲良く分け合っている鈴々たちを視界に納めながら、二人は何か違うものを見つめるのだった。
というわけで、パン食による食料事情改善という知識チートですね。長期的に見れば凄いことなんですが、残念ながら、作中の時間経過は5年を予定しているので、直接の影響はかなり少なめでしょうか。思わぬ形で活躍するかもしれませんが。
三連続、別勢力もどうかと思ったので本編に戻しましたが、次はまた別勢力に浮気します。
最初のあとがきで書いたように、オリキャラの敵役が登場するんですけど、要は国香が死んでいない状況で敵対するための理由付けなんで、適当に流してください。適当に暗躍して、適当に死にますので。




