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三国志だと思った?残念!  作者: 龍ヶ崎エタニティ
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愛紗、敵の術中にはまる

一週間ってレベルじゃねえぞって話ですね。申し訳ないです。

何とも居心地の悪い場所だな。愛紗はとある屋敷の一角で、その屋敷の主人と差し向かいで座りながら、そんな失礼なことを思っていた。


前もっての知らせもなく屋敷を訪れた愛紗の立場を考えれば、目の前に並ぶ贅をつくした料理一つとっても、屋敷の主人の懐の大きさに感動を覚え、そのもてなしに感謝の意を示すべきではある。だが彼女はもし許されるならば、即刻この部屋、それどころか屋敷を退去したくてたまらなくなっていた。


「箸が進んでいないようだが膳がお気に召さなかったかな?貞盛殿。まあ、所詮は田舎侍の料理、つい先ごろまで都で生活していた貴方の口に合わないのは無理もないが」


ソレが口を開いた瞬間、愛紗は自分の肌があわ立つのを感じた。


愛紗には己の心境の理由は分からなかったが、その原因は考えるでもなく自明だった。彼女の目の前いる、見事な仕立ての黒染めの着物を無難に着こなし、何処か高貴な血を感じさせる瓜実顔をした初老の男──この屋敷の主人たる藤原秀郷である。


「そんなご謙遜を。都の貴族でも、これだけのものを食べられるのは一握りの人間だけですよ」


わたしはどうしたというのだ。愛紗は内心で己を叱責したが、沸き立たんばかりの嫌悪感はいかんともしがたく、料理の一つを口に運ぶと舌に乗せるでもなく直接に嚥み下した。


「それで藤原殿、将門が国香を殺したというのは確かな情報なのですか?」


身体の中を無数の虫が駆け巡っていくような感覚を持ち前の自制心で無視した愛紗は、これ以上料理を勧められないように、少しばかり唐突に本題に入った。


秀郷はそんな愛紗の態度に不快な顔一つするどころか、彼女への同情がありありと見て取れる表情で二度、三度と深く頷いてみせいた。


「信じられないのも無理はない。まさか身内が、そのような非道成すとは高潔な貞盛殿からすれば、想像だにつかないことでしょう。ですが事実、あの将門はあなたの母上を殺した後、その本拠地に火を放ち略奪の限りを尽くしたのです。逃げのびてきた村人が死ぬ前にそう証言しました」

「いえ、国香と将門の不仲は、都にいたわたしも文で聞き及んでおりました。無いこととは思いませんが」


そう言いながらも、愛紗の言葉は何処か明瞭さを欠いていた。都で母である国香が討たれという知らせを受け、つい先ごろ、関東に戻ってきた彼女であったが、どうにも事実関係に関する確証が持てなかったのだ。


確かに、将門が国香を討ち悪逆の限りを尽くしているという噂は、都から下ってくる最中で何度も愛紗の耳に入ってきていた。だがその噂とは裏腹に、関東に流れる空気は何というか暢気なのである。


もちろん愛紗も、農民達にとって武士が行っている領地争いなど、明日の天気ほどの重要さもない些細な出来事であることは承知していた。しかし、それにも限度がある。実際に血なまぐさい争いがあれば、土地の空気というものは何かしらザワつくものなのだ。


「では仇をお討ちになれるのですね?」

「もちろん、将門が母を殺したのであれば、わたしのするべきことは決まっています」


少なくとも、ここに来るまで農民たちに不安の色は無かった。愛紗は未だに態度を決めきれぬ、自分の優柔不断さを情けなく思った。


確証がもてないのであれば、昼夜早駆けでもして、事実を自分の目で見ればいい話なのだ。


それをせず、平家の領地のはるか手前の屋敷で、このように秀郷と膳を囲んでいるのは、彼女がまだ都での職に未練があるからだった。彼女の神技を使えば、かなり厳しい日程になるとはいえ、まだ上役が設けてくれた猶予期間の内に都に戻り、左馬允の職を続けることも不可能ではないのである。


「そうですか。正義はなされなくてはいけません。歴史とは、正しき者たちの記録なのですから」


愛紗は意味ありげにそう呟いた秀郷の言葉に気持ち半分で頷き返しながら、その言葉尻を捉えて更に自分の内面へと篭っていった。


わたしにとってどちらが正しい道なのだろうか。いくら自問しても愛紗には答えが見つからなかった。

愛紗とて人の子として親の安否を知りという思いは今もはち切れんばかりにあるし、もし将門が母を殺したというのであれば、例え地獄に落ちようとも仇を討つ覚悟は既に出来ている。


だが、関東でも有数の武士たる平国香の跡取りという立場で考えるなら、都での職を半ばで捨てるのは愚かなことであった。何故なら、これからの関東の地にはどうしても有力な貴族の後ろ盾が必要だったからだ。そして、貴族の世界では他の何より位がものを言うのである。


「わたしも正しき理のためなら、貞盛殿への尽力を惜しまないつもりです」


あの獣どもにこの地を荒らされることだけは絶対にあってはならない。愛紗の脳裏には、都で何人も見てきた己の利益しか考えない貴族たちの顔がいくつも浮かんでいた。


彼らがもし関東の地を自由にすれば、彼女の伯父である平高望がこの地に下った後、少しずつだが育まれて始めている発展への可能性は全て無残に刈り取られ、彼らの放埓な生活のために使われてしまうことは目に見えている。


それを防ぐためには、彼らより上位の貴族からの庇護がどうしても必要なのであった。


「一緒に国香殿の仇を討とうではありませんか」


愛紗も、それが同量の負担を4年で払うか5年で払うか程度の違いでしかないことは承知していた。それでも、その一年を稼ぎ出すことで救われる命がある。そのためなら、どんな屈辱にも耐えてみせる。そう覚悟して彼女は都へと上がったのだ。


彼女の今の役職である左馬允は関東の出である愛紗にとって決して悪い地位ではなかったが、畿内に拠点を持つ武士たちを押しのけて、上位貴族とつてをつなぐには少しばかり押し出しが弱かった。


ただ他の同僚たちが都の放埓さに当てられ身を持ち崩していく中で、一人真面目に仕事に励んでいる彼女の上役からの覚えはめでたく、あと一年勤め上げれば昇官するという話を内々に受けていたところなのだ。


その全てがあと数日で無駄になろうとしている。そう思うと愛紗の心は散り散りに乱れ、考えはいっこうにまとまる気配を見せなかった。だから、彼女が気づいたときには、全てがもはや手遅れに陥っていた。


「それでは、貞盛殿。誓いの杯というわけではありませんが、どうぞ一献」

「ありがとうございます」


半ば無意識に杯を差し出して、秀郷が酒を注いでいるのをぼんやりと眺めていた愛紗は、注がれている液体を見て、急激に意識を目の前に出来事に集中させた。


漆黒。それがその酒の色だったからだ。


「藤原殿、これは?」

「薬酒です。色こそ少しばかり奇怪ではありますが、実に精がつく。今のわたし達にうってつけでしょう?」


そう言いながら、秀郷は様々な霊草の名前を次々に挙げていった。その中には愛紗の知っているものもあったし、知らないものもあったが、彼女に分かることが一つだけあった。


絶対にこの液体を飲んではならないということである。


何故だか分からないが、彼女には杯の中で平坦を保っているはずのその液体の下で、無数の虫たちが蠢いているように思えてしかたがないのだ。


愛紗は杯に中にある液体の色を珍しがるように杯を目線の高さまで上げると、その途中で隠すように鼻で匂った。液体からは何の臭いもしてこず、それが彼女には逆に不気味だった。


「もしかしてですが、貞盛殿。わたしが将門と通じて、毒を盛るとでもお疑いになっておられますか?」

「いえ、わたしは──」


愛紗がその先を続ける前に、秀郷は己の杯に注いだその黒い酒を一気に飲み干してしまった。


「これでご満足いただけましたかな?」


秀郷は柔和の笑みを浮かべると、そのガラス玉のような黒の瞳で、ただじっと愛紗の方を見ていた。


もはや愛紗には選択肢が存在していなかった。ここまでされて愛紗がこの酒を飲まなければ、それは秀郷への極めつけの侮辱に等しい。そんなことをすれば、先ほど秀郷が申し出てくれた助力については諦めなくてはならないだろうし、何より、彼女の折り目正しさが、せっかく歓待してくれた屋敷の主人にそのような非礼を働くことを許さなかった。


恥も外聞もなく目をつぶると、愛紗は杯を口につけ少しばかり傾けた。それが秀郷の屋敷での彼女の最後の記憶だった。


「まさか、あの膳を口にしてまだ意識を保っているとは、流石は未来の平将軍と言ったところか」


目の前で杯を口に含んだ状態のまま彫刻像のように固まっている愛紗を眺めながら、秀郷は関心したように感想を漏らした。

その最中、秀郷の表面の皮膚がその下に無数の虫が這い回っているかのように凹凸を繰り返していたが、彼自身には全く気にならないようであった。


「念のため、もう少し入れておくとしよう」


秀郷が手を軽く打ち合わせると、愛紗の杯に入っていた黒い液体がするりと持ち上がった。液体であったはずのそれが、いつの間にか、漆黒のムカデへと変じたのだ。

ムカデはまるで意識があるとでも言わんばかりの動きで愛紗の着物の袂へと移動すると、そのまま彼女の着物の下へと消えていった。


しばらく何処か艶めかしい吐息をもらす愛紗を感情のこもらぬ瞳で観察した後、秀郷はもう一度手を打ち合わせた。


「愛紗、調子はどうだ?」


例え、主人と客人の立場であっても、許可なく真名を呼ぶことが許されるはずもない。にも関わらず、呼ばれた愛紗は怒りを表すどころか、両膝を床につき頭を深々と秀郷に下げた。


「極めて良好です、秀郷様。将門の首、必ずや討ち取ってごらんにいれましょう」


信頼する忠臣の言葉に、秀郷は小さく首を振った。


「心意気や良し。だが、お前があげるべきは将門の首ではない」

愛紗は下げていた頭を動かし、己が主人を視界に収めると、当然の質問を発した。


「では誰を?」


秀郷の全身がブワリと波立った。

なんとも楽しそうに笑っておられる。愛紗はその勇姿に惚れ惚れしながら、主人の言葉を待った。


「本郷一刀、そして、平国香だよ」

「御意に」


愛紗の迷いのない言葉が、人気のない屋敷に木霊して、消えていった。

というわけで敵キャラでした。個人的には触手とかもいける口なんですが、原作を尊重して一棒主義でいきます。

書くのを止めていた理由もなくなったので、次は一週間でいけるんじゃなかとは。

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