21.職場見学2=肖像権×不愉快 ~出演料はお幾ら?~
そんなわけで(どんなわけ?)
今日は内政部隊の見学という名の偵察に行きたいと思います!!!
もちろん燕浪さんに許可は取ってある。
今は急ぎの仕事もないとのことだから、ちょっとお邪魔するぐらいならいっかな、と思ったわけです。
『むしろ毎日来てくれた方が皆の仕事が捗るやもしれませんね』とも言われたけど、まぁそんなわけない。
社交辞令を真に受けるほどオメデタイ性格ではない。
職場見学に行った警備部隊って人種のサラダボウルだと思った。
けれど、その考えは甘かった。
変人奇人はどちらかと言うと内政部隊の方が多い、というのはこの世界に来て数ヶ月目にして職場見学2日目にわかったことだった。
真に気をつけるべき警戒対象は内政部隊というもっと身近にいたってことだ。
分かりやすくいうと、警備部隊がオープンエロで内政部隊がムッツリってこと!
体を動かすほうでなく、部屋に引きこもっている人の方が何かとヤバイというではないか。
燕浪さんがいい例だ。
いや、あの方は普段は本性を隠している“悪の帝王”という言葉が相応しいか。
さすがその燕浪さん直轄の部隊、一筋縄ではいかない面々がいたというわけです。
ほら、普段静かな人ほど怒らせると怖いって言うし。
今回のことはちょっと方向性が違ったわけだけど、正にその通りだったってわけ。
はっはっはっ。
もう笑うしかないってやつさ。
ミ 「お邪魔しま~す。」
室内一同「…………………………。」
ミ・香 「…………………………。」
全員 「…………………………。」
ミ 「失礼しました。ごゆっくり。」
部屋へ踏み込んだ瞬間、目に飛び込んできた光景に無意識に体が動いて襖を閉めた。
白昼夢を見た。
そうに違いない。
昨日の疲れが残っているんだな。
部屋に戻って寝なおそう。
うん、それがいい。そうしよう。
踵を返して引き返す。
後ろに続く香麗さんは何も言わない。
香麗さんも見たハズなのにまったく動じないなんてさすがだ。
見習いたい。
もしかしたら普段から目にしている通常の光景なのかもしれない。
そうか、私の修行が足りなかっただけか。(←何の?)
やはり人生経験の差ですかね。
しかしああいったモノを見た際に動揺しない精神を鍛える修行というのはどこでどういったものをこなせばできるのだろうか?
最近は色の濃い面々に警護という名の包囲網を張られているせいでノーマルなお方に出会うことの方が貴重だ。
そのお陰でまぁ奇人への耐性が付いてきた私ではあるがまだまだだ。
思わず動揺してしまった。
目の当たりにしたのが初めてだったんだからしょうがない。
同じ轍は踏むまい。
次からは大人の余裕で見なかったフリがきっとできるはずだ、だから私にかまわず続けてほしい。
廊下を少し進んだところで燕浪さんに出くわした。
「おや、どうかしました?」
どうにかなりたい気分というべきか、どうにかさせられた気分というべきか。
「今、行ったばかりでしょう?」
さて今目撃してしまったことをそのまま目の前の御仁に伝えるのはどうにも躊躇われる。
告げ口してしまうみたいになるし、誰だって言えない事や知られたくない事の一つや二つあるもんだし……。
私だって三つ、四つ……七つ……、両手で足りないくらいはあることだし!!
女は秘密があるほど美しくなるって言うじゃないか。
「やっぱり急にお願いしたら迷惑だと思って。2、3日後にしようかな。」
「部屋の目の前まで行ったのにですか?」
「…………取り込み中だったみたいだから出直すことにしたってのが本音です。」
「取り込み中?確かに仕事は忙しいかもしれませんが遠慮することはないですよ。」
「うん、でも悪いと思ってね。」
「ほう、で?」
「え?」
「え?じゃありません。何があったのですか?」
「えぇっと……。」
「………………………………。」
「その………。」
無言の圧力反対。
目力ハンパねぇっす。
目は口ほどにモノを言う、まさにソレ!
「恐れながら、2、3質問をさせていただいてもよろしいでしょうか。」
「香麗、話しなさい。」
私の様子から燕浪さんは只ならぬ何かを感じたようだが、実は事態はそんな深刻なものではない。
私がちょっと予想していなかった事態に出くわしてしまい、動揺しているだけだ。
心の準備がなかっただけさ。
妹がお兄ちゃんの知ってはいけない、知りたくなかったベッドの下のパンドラの箱を開けてしまった心境といえば分かりやすいだろうか?
「燕浪さま、内政部隊は本日の仕事は午後からなのですか?」
「は?そんな話は聞いていません。いつもと変わらないはずです。そもそも半休も取れるほどウチは暇じゃありません。どっかのバカのせいで。」
さり気無く誰かさんを“バカ”って言ってます。
近頃悪意を隠そうとしなくなってきましたね、燕浪さん。
私もまったくの同意見なんで別にいいんだけどね。
常々思っていたが、この国で一番エライのって実質この方だよな。
ソウ?あれは建前で国主のイスに座ってるだけなんじゃないかと推測している次第です。
例えば他国の暗殺を恐れて身代わり的な?
ん?身代わり立てる前に燕浪さんなら相手を責め滅ぼしているか。
物騒だな、この考えは止めよう。
ただ一言を言わせてもらうなら本能に忠実な子どもだちは正確に力関係を把握している。
ソウに向ける態度と燕浪さんに向けるものを比較するならば確実に後者の方が上なのである。
屋敷に侵入したときの恐怖のお仕置きのせいもあるかもしれないが、それにしても順位というものをきちんと理解していると思ったものさ。
下位に位置づけられたソウに誰もが疑問を抱かず放置したのは言うまでもないだろう。
ちなみに勿論私もほうっておいた口だ。
いじけたヤツほど面倒くさいものはない。
「そうですか。たった今、内政室に入室しようとしたのですが、その際に見るに耐えないものを見てしまいまして。」
「何ですか?それほどに言い辛いのでしたら私が直接見た方が早いですね。」
おっと会話は続いていたようだ。
なにやら話が纏まってしまい、燕浪さんはそのままさっきの部屋までスタスタと歩をすすめて行く。
「えっ?!いや、燕浪さん!!ちょっと時間を空けてからの方が……。」
正直、それを止めるべきか否か。
止められるとも思わないが。
なんせ背中から放たれる空気に窒息寸前です。
「しかし今は仕事時間です。それが守られていないというのなら正さなければなりません。」
「まぁ、そうなんだけど……。」
物騒な輝きを宿す海老茶色の双眸。
こうなってしまっては、どんな言葉も届かない。
燕浪さんの言っていることは尤もだ。
けれど、アレを見せていいものかどうか……。
その後屋敷を揺れ動かさんばかりの燕浪さんのツンドラもびっくりの凍てついた空気。
いろんな意味で今日という出来事を忘れることは半永久的にない。
燕浪さんのブリザードもそうだけれど、私にとってもこの日は人生においての黒歴史になったからだ。
「なにをやっているんでしょうね、あなたたちは?」
黙らせたその一言には、何人たりとも口を挟ませない迫力と無言の圧力があった。
襖を明け放ち残酷な微笑を浮かべながら、仁王立ちでに立つ燕浪さんの背後から先程の部屋を覗き込む。
うろたえる室内の彼らを胡乱気に見る廊下側の面々。
今この時彼らを援護する者は(私を含め)誰一人としてこの場にいない。
「今は執務時間だと認識していたのは私だけでしょうかね?」
「…………………………。」
「あぁ、もう何も聞きたくありません。大体想像はつきます。」
「…………………………。」
「首から上に付いている頭はただの飾りだったようですね。ではそんなものいりませんよね?役にも立たないものをくっ付けていても仕方ないでしょうし、私が直々に取ってやりましょう。感謝なさい。」
燕浪さんから発される殺気にも似た怒気に気圧されて、その場にいた何十という人間は、口を開くことが出来ないようだった。
薄く笑ったまま紡がれる言葉が身を切り裂いていくような感覚。
私に向けられているものではないが、早鐘のように鼓動を打つ。
呼吸が乱れ、冷や汗が頬を流れる。
鳥肌が立った。
例え蛇に睨まれた蛙状態の室内でも、自分が無事であるなら文句はない。
燕浪さんの表情が稀に見る程のイイモノであったのだとしても。
最初に私が部屋の中で見たもの、というのは
『男性諸君が1人の鬼に対して5~6人で襲いかかっていた』という構図。
襲われていた方は着物の上半身ははだけ、見るも無残な姿となり畳をはって逃げていた。
襲っていたと思われる団体様は目が血走り、顔は赤みが差し、鼻息も荒く、熱い息が口から零れ…。
そう、まさにBLを髣髴させる世界が広がっていたのだ。
「こっちにもあるんだねぇ。」
再び除いた室内には先ほど以上に乱れた世界が広がっていた。
他者に見られて余計に興奮しちゃったってヤツだろうか。
でもそれなら仕事部屋でないほうがいろいろと都合がいいと思うけど。
あれか?ハプニングがある方が燃えるっていうプレイの一環ですか?
分かりたくないけどね。
確かに襲われていた男性は美しかった。
昨日の隆巴さんに勝るとも劣らぬ美少年だったけれども。
ジャニーズ系のカワイイ顔立ちだったけれども。
涙目になって顔を紅くしてたのはイジメたくなるような表情だったけれども。
(←僅かな時間でじっくり観察しているところがちゃっかりしている)
私にはまったく興味のない世界間だったのだけれど、実際目にしてみてもこれにはまる方々の気持ちはわからない。(←おいっ!!)
趣味は人それぞれだからいいのだけれど。
「ミーシャ、彼らが何をやっていたのか本当にわかってる?」
「へ?」
「やっぱり分かってないわね。」
「え?衆道でしょ?」
「あぁだからそんなにのんびりしていたんですね。もっと怒ってもよさそうなのに。」
そう言って燕浪さんに手渡されたのはぐしゃぐしゃに捩れた1冊の冊子。
日本のような薄くて白い紙はここにはない。
製法技術が追いついていないのだから仕方がないのだけれど。
少しでこぼこしたわら半紙をめくる。
そこに描かれていたのは見事なデッサン。
とある被写体が様々な格好で描かれている。
大奥の如き立派な打ち掛け姿、卒業式のような袴姿、女中さんたちの衣装に変え掛け姿など幅広い。
そこまでならかまわないのだが、後半からだいぶおかしくなっている。
どこのエロゲーのキャラだと言わんばかりの巫女さん衣装(丈が異常に短い)ものから艶かしい胸元をさらけだした花魁姿、布面積が少なすぎて仕事着にならんだろうと突っ込みいれたくなる戦闘着。
私の手にはコスプレイラスト集が鎮座していた。
この世界にもこんなもんが存在していたことにも驚きだが、何よりもわたしは呆然とした。
何を隠そう、その破廉恥衣装を纏っているのは私なのだ。
なぜっ?!
「な、な、な……何コレ?」
「彼らが必死に奪い合っていたブツよ。」
「さっきの襲い、襲われっていう原因がコレ?」
この見るに堪えない格好をしているイラスト集が原因?
これはいかん、断じていかん。
こんな18禁的な要素はもっと若くてぴちぴちのむっちりしている女の子にしなさい。
目は大きくて二重、胸はE以上が望ましい、お尻と太ももにもある程度のお肉は必要です。
贅沢を言うなら、猫目の子がイイネ。
下から涙目の上目遣い、サイコーです!!
「ミーシャ、意識を彼方先まで飛ばして現実逃避していないで戻ってきてちょうだい。」
おっと失礼、話が反れた。
偶に心の中に住むオヤジが出てくるのだよ。
まぁ、誰しもあることだとは思うけれど。(←そんなわけない)
「ミーシャが何を想像していたのかは敢えて問わないけれど、コレを取り合っていたのよ。」
「うぎゃあぁぁぁああぁぁぁ」
叫んだのはもちろん私だ。
突きつけられた現実に地の底まで減り込んで雲隠れしたい気分です!!
しかし、なぜ、どうして、私?!
題材が自分でなければどうでもいい代物だが、真実を知ってしまったとあってはなんとしてでも阻止しちゃる。
なんてことだ、こんな18禁的な卑猥物が世に出回っていたなんて。
あんたら他にいい題材あっただろ?!
押し倒していたそこな美少年でいいじゃないさ。
私がBLを推奨する、いますぐに進路変更を行いたまえ。
おい、作者出てこい!!
そして描いたモン全部出せ。
燃やしてやる。
そしてこれまでの出演料寄こせ!!(←?)
「おまえたち、なぜ私が怒っているかわかってますよね?」
静寂に満ちる空間に響いた燕浪さんの声は予想以上に大きく、向けられた者の恐怖を煽る。
「はっ、はいぃぃぃ。」
「どうもすみませんでした。」
「す、すぐに仕事に取り掛かります。」
「申し訳ございません。」
「それも1つあります。」
1つ?
なら残りは?
香麗さんの後ろから彼らを覗き込む。
目が合った途端彼らが目をキラキラさせて見てきた。
顔が仄かに赤く染まっているのは気のせいだと思いたい。
うぅぅ、ソウ以外でこういった反応を示すのを見たのは久しぶりかも。
燕浪さんとか香麗さんも初めの頃はこういう顔していたけれど、私の気持ちが引いているのを感じ取ってすぐに止めてくれたんだよね。
想像してみて。
巨臣兵のような大人から、理由も分からず只ひたすら底なしの好意を示される恐怖。
しかもちょっと行き過ぎたところあるし。
無償の愛ってまったくの他人から示されると意味もわからないし、不気味なものだ。
いっそ下心のある好意の方が分かりやすく、すがすがしく感じるほど。
「ところでなぜこんなものを?」
「それは、その……」
「はっきりしなさい。」
「は、はいぃぃ!!!その、会えない寂しさを埋める為です。」
「ほう……。」
「燕浪様方はいつも彼女の傍にいれるでしょうが、我々は違います!警備部隊のように近くで警護に廻れることもありません。遠目から見られたその日は幸運だと言われているぐらいなんですぅぅぅ。」
私はそんな珍獣扱いなのか?!
今日のラッキーアイテム的なことまで?
いつのまにそんな幸運キャラまで担っていたとは!!
まったく知らなかった。
ならソウや燕浪さん、香麗さんは毎日幸せってか?
そんなわけない。
燕浪さんはソウにお小言を言わない日はないし、溜め息をつかない日もないしなぁ。
むしろ私のせいで厄介ごとが増えていない日はないぞ。
私はそのロマンスグレーが頭皮から寂しいことになってしまわないか密かに心配しているの今日この頃である。
(←だからといって何かしようとする気は一切ない)
「で?」
「私たちとておしゃべりしたいです!せっかく一つ屋根の下にいるんですから。」
「それが叶わぬならせめてその姿を目に入れたいじゃないですか。」
「しかし、日中私たちは部屋の中で仕事があります。仕事があるだけなら、休憩時間に外に空気を吸いに行く際に出会いを期待することもできましょうが……うぅ……。」
ラッキーアイテムからアイドルに扱いになった。
私ってファンが多いな。
そんな先を争うかのように話さなくても。
「おうは、王はここのところ仕事を溜めておられ、その皺寄せはすべて我々のところに来るのです!!」
「休憩すらとることが難しいのです。」
それは純粋に哀れだ。
ソウが1日の内、何回もやってくるからちょっと休憩が多いなぁとは思っていたけれど、こうも弊害が出ているのでは問題だ。
前々からサボっていたかもしれないが、顕著になったのは私がこの世界に来てからだろう。
数ヶ月よく耐えたね、みなさん。
一番直接ソウに関わり合いがあるのは内政部隊だから、一番被害を受けるのもココだ。
うっ、涙が。
あんなに気ままに行動されちゃ自分達の仕事も思うようには捗らないだろうし、予定通りに進まないと休みもままならないだろう。
あれが上司だったら私は発狂していたかも。
休みが思い通りに取れないってほんっとストレスだから!!
予定だって立てらんないし、立ててもキャンセルしなきゃいけない悔しさ。
気持ちは痛いほどわかるよ、うんうん。
「私たちにだって癒しがほしいのです!!」
うん、そのセリフがなければ心の底から同情してあげれたかもね。
ちょっと今ココロがささくれ立っちゃって、難しいかな。
「それは前々から改善を考えていました。あなた方に負担を強いてしまい悪いとは思っています。それでコレですか?」
「せめてもの心の慰めに絵を描いたんです。」
慰め?になるのか?
アイドルに憧れを抱くファンか?
ということはあの絵はポスターに当たるのか?!
そんなピュアな目ですがるように見ても無駄だぞ。
なにが心の慰めだ。
私だって心の慰めがほしいわ!
かわいい女の子を愛でたいわ!!
やばいやばい、また心の中のオヤジが。
「これが思いの外、上手く描けまして評判もよいものに仕上がりました。」
「…………………………。」
「それで頼まれるままにどんどん量産していたんですが、こういう格好を、などの注文も受け付けてくれるようになりました。」
「…………………………。」
う~、しかし自分の知らないところで自分の絵姿が愛でられるっていうのは恐怖だ。
世の中のアイドルの皆さん、よく耐えられるね。
それが商売ってもんなんだろうけれど、覚悟のない素人にはまず無理。
彼女たちは夜のオカズにもなっているんだもんなぁ。
さすがに私ではそれはないだろうが、私の肖像権って……。
今すぐ弁護士呼んで来い!!
「その成果品がコレというわけですか?」
「はい。」
ぞくりと身を震わせた私は、顔を上げた先で暖かさの欠片もない、燕浪さんの形だけの微笑みに出会った。
閻魔様の審判が下るまであと数秒。
皆さま、覚悟はよろしいでしょうか?
えぇ、私はよろしくおりません。
はるか後方へむしろ外へと逃げ出したいきぶんですが、生憎この出回る18禁手榴弾の行方と今後を見守らねばならない為この場を動けない。
必ずや全てを回収し己が手で火にくべてやらねばなるまい。
ついでにその火で焼き芋なんぞ出来たら最高だ。
ん?でもあんな卑猥物で焼いた芋の味はきっと珍妙なものになってしまうに違いない。
やはり芋は普通の落ち葉でやろう。
「これを描いたのは誰ですか?」
「わ、わたしです。」
震えながら手を上げたのはさっき襲われていたジャニーズ系ボーイ。
オマエかっ!!
カワイイ顔して鬼畜なことしやがる!!
ピュアな目と清純そうな顔しているくせに脳みそはブラックなのか?!
ドス黒いな、こんちくしょう!!
「オマエは確か、碩斗でしたか?」
「はい。昨年の春から勤めさせていただいております。」
「絵が上手いという評判は聞いたことがありますが、このような人物画まで手がけるとは思いませんでした。」
「お褒めに預かり光栄です。」
だからこの中でも初々しい顔立ちなのか。
まだ社会人2年目ってところだな。
だからと言ってすべてが許されると思うなよ。
「戯け者ッ!」
鋭い叱責が飛んだ。
怒髪天を突くとはまさにこのこと。
「オマエは間違っています。」
燕浪さんのすっと動かされた目が、白刃の輝きを宿して煌いた。
そうだ、上司としてガツンと言ってやってください。
「ミーシャの目はもっと円らで大きいでしょう!頬ももう少しふっくらさせなさい。」
「すぐに描き直します!!」
違うっ!!
***
一両日中に、この絵姿は全て回収を果たした。
刑事のガサ入れを体験した気分である。
往生際の悪い輩も数多いたが剥ぎ取ってやったさ。
相当数が出回っていたことに頭がくらくらしたのは余談だ。
どんだけ注文受けて描いたんだ。
うぅ、『捨てる神あれば、踏みにじる神あり』。
おかしい。
救いが一つも見当たらない。
こんな無慈悲なことがあっていいのだろうか?!
神ってどこだ?
百鬼夜行のこの世には神の前に閻魔様とか魔王がいるって言われた方が似合いだけどね。
ん?そうなると私への救いがないってことか?!
そうか、だからか。
きっとどこぞの変態王が日々こんなにいい子な私に伸ばされる救いの手を叩き落してくれているのかもしれない。
くそうっ、これはあれだ。
寝相の悪さのせいにして深夜腹を蹴飛ばしてもいいということに違いない。
許可は得た、さぁいざ行かん!!
おっと、話がズレた。
休憩時間もないくらい忙しいと言っていた割には、よくこんな無駄なことに費やす時間があったもんだ。
時間はもっと有意義に使えばいいものを。
私だったら断然睡眠だね。
寝不足はお肌の大敵!
日本ではいかに睡眠時間を確保するかが日夜私の最大にして最高のミッションだったからな!!
彼らホントは暇だったんじゃ?
あれか、『時間とは作るものだ』とか言っちゃうアレなのか?
結果、すべて焼き払ってやったさ。
諸悪の根源である碩斗が泣くのはまぁそうだろうな。
己の努力の結果が処分されりゃぁね。
我が身のために問答無用で火にくべてやったけどね。
碩斗以外にも、多くの啜り泣く声を聞いた。
何が悲しいの?っていう問いかけなんてしてあげない。
私、やさしくないからね。
優しさは自分に向けてあげるのものだけで手一杯なわけ。
すまんね、こっちきてちょっと性格捻くれてきちったよ。
誰かさんのお陰でね。
だから完全聴こえてませんっていうスルースキル発動したさ。
この技もこの世界来てから磨かれたね。
より鋭敏に研磨されている自覚がある。
そうじゃないとめんどくさいことに巻き込まれる率がジャックと豆の木レベルで高くなっちゃうからさ。
それに私ってば『他人に厳しく、自分に甘く』をモットーにしようと現在軌道修正中。
『自分の身は自分で守れ』
うん、まさにその通り。
だから私きちんと最後まで始末をつけましたよ。
今後このようなことが二度と起きないように一分の隙なく引導を渡しましたとも。
『血判状』
今後一切あのような不埒な絵をかかないとしっかりと認めさせてこの事件は幕を閉じた。
と、思いたい。
言論の自由?表現の自由?
私に関わりの無いところで言ってりゃいいさ。
え?私が鬼のようだって?!
なに言ってくれちゃってんの?
鬼なら私の周り全部がそうじゃない。
私はれっきとした『人間』。
ちょっと周囲に染まりかけている自覚はあるけどね。
***
「許して。」
「あぁん?何か言ったか?諦めな。」
「やだやだやだ。」
「往生際が悪ぃな。」
セリフだけ聞いていたら悪代官さまと襲われている街娘。
配役は順当に行けば代官がソウで街娘が私だろう。
実際は説明しなくても分かってもらえるとは思っているけど、その反対。
私とソウではなかなかにピッタリな役だ。
「さっさと出すもん出しな。」
ふるふるふる。(涙目)
「よこせって言ってんだよ。」
埒があかねぇ。
ソウの捨て犬みたいな視線に折れることも否定できない回数をこなしてきたが、これは断固として阻止する。
「王に対してだけ、ミーシャってば時折オラオラ系になるんですよねぇ。」
「それだけ日ごろ鬱憤が溜まっているということでしょう。」
「それも致し方ないですね。」
「ミーシャの気が治まるまで好きにさせてあげましょう。」
後方でその様子を見ている燕浪さんと香麗さんの前で激しい一幕。
こっそりとソウが隠し持っていた絵姿を発見し、一騒動起こしたのは別の話である。
最後の一冊を廃棄しないことには明日を迎えられないではないか。
山あり谷あり崖あり穴あり海溝ありの人生を歩んできた
落ちてばかりなのは気にしない。
そこに引っかかってしまうと先を進めなくなってしまうってもんだ。
この出来事は私の中でワースト3にランクインし、
燦然と輝き未来永劫順位変動することの無い不動の地位を築き上げ、黒歴史となった。
先日覗いた部屋は内政部隊の一部分であり、まだまだ様々な部屋があり多くの方が働いているそうだ。
そのうち見学に行かせてもらうかもしれないが当分は結構。
心が折れたというか、ちょっと甘味料過多だったからね、しばし精神の回復に費やしたい。
ちょっとHPが足りない。
「暴れまわらないと鬱憤が解消できない誰かさんと違い、これだけで物事と収めるなるなんて。ミーシャはたいがい大人しいですね。」
燕浪さんの相も変わらずソウへの酷評と、私への寛大というか優しすぎる程の評価はいつものこと。




