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釘屋イタミの偏愛 ~平成ギャルの心霊バイト~  作者: 酒吞ピース


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九枚目 この世界の広さをまだ知らない

「夏休み前までにバイト決めなきゃなあ」


 あゆみんは、お弁当のタコさんウインナーを箸でつつきながら言った。


「あゆみん、いっつも探してんじゃん」


 花ちゃんは笑いながら、購買で買ったメロンパンの袋を開けた。


「だって、いっつも探してるからね……」


「早く見つけなよ」


「見つけても受かんないの!」


 あゆみんは不貞腐れたように頬を膨らませた。


「その金髪じゃあねえ」


 花ちゃんは呆れたように言いながら、あゆみんの派手な髪を指先で軽く弾いた。


「夏休みかー」


 イタミは、どこか遠くを見るような、うっとりとした目で窓の外の青空を眺めていた。


「つっても、まだ一ヶ月先だけどね」


 花ちゃんはメロンパンとは別に、チョコ菓子の袋を開けた。


「海の家の短期バイトとか、どうかな? 出会いとかありそうじゃん」


 スマホの画面をスクロールさせながら、あゆみんはパッと顔を輝かせた。


「高校生は無理じゃね? 知らないけど」


 花ちゃんはお菓子を口に放り込みながら言った。


「はあ、学生の身分ってほんと不自由よねえ」


「ふふふ」


 イタミは相変わらず窓の外から目を離さず、穏やかに微笑んでいた。


「この子はこの子で、いったい何考えてるんだか」


 花ちゃんはやれやれといった顔をしながら、イタミの髪を指にくるくると巻きつけ、退屈しのぎに弄んでいた。


 夏休みになったら、毎日、観測所に行ける。


 あわよくば、ずっと泊まり込むことだってできるかもしれない。


 イタミの脳内は、すでにそんな甘美な妄想で満たされていた。


 もちろん、副所長のウミがそんなことを許すはずもない。


 だが、今のイタミは、そんな現実的な障害など綺麗さっぱり脳内からスルーし、一人で勝手に陶酔の海を泳いでいた。


「……海も、いいよねえ」


 蕩けたような声で、イタミはぽつりと呟いた。


「なになに? イタミ、海の家でバイトしたくなったの?」


 あゆみんは面白そうに笑いながら、身を乗り出した。


 しかし、イタミにはあゆみんの声など届いていないらしい。


 その意識は、すでに自分だけの世界へと旅立っていた。


「所長! 私の水着姿、どうですか?」


「ああ、とっても可愛いよ、イタミちゃん」


「ねえ所長、背中にオイル塗ってくれませんか?」


「イタミちゃん……君は本当に綺麗だ……」


「っ……あ、所長……そんなところ……み、みんなに見られちゃう……!」


「いいじゃないか。誰にも渡さないよ……イタミちゃん……」


「は……恥ずかしい……初めては……二人っきりがいいの……」


「じゃあ、こっちおいで……」


「所長……っ!」


「おーい、イタミー?」


 目の前では、あゆみんがパチパチと手を叩き、イタミを現実世界に引き戻そうとしていた。


 しかし、イタミは口元を緩め、ニヤケ顔を貼り付けたまま微動だにしない。


「……この子、トリップしてない? やばいもんでもキメたか?」


 花ちゃんは呆れたような、それでいて気味の悪いものを見るような目を向けながら、イタミの髪をぐりぐりと乱暴に弄り続けた。


     *


「またねー」


 いつもの分かれ道で、イタミはあゆみんと花ちゃんに軽く手を振って別れた。


 二人と別れると、イタミの足は自然と家とは別の方向へ向かっていった。


 上機嫌で鼻歌を交じらせながら歩くイタミ。


 その背後に、ひたひたと忍び寄る足音があった。


 誰かが、彼女をつけている。


 イタミがヒョイと路地の角を曲がった。


 その姿を見失うまいと、追跡者は慌てて小走りで後を追った。


 しかし、曲がり角の先で待ち構えていたのは、ほかでもないイタミだった。


「わっ……!」


 男は勢い余って、派手に尻もちをついた。


 イタミは手を差し伸べることもなく、冷めた目で男を見下ろした。


「なに? ストーカー? 朝からずっとイタミのこと見てたよね。……キモいんだけど」


「い……いや、違うんだ。誤解だ、怪しい者じゃない」


 男は情けない声を漏らしながら、よろよろと立ち上がった。スーツの裾についた埃を、慌てて手で払う。


 イタミは相変わらず、冷え切った目で男を見つめていた。


「ぼ、僕はこういう者で……っ」


 三十代半ばほどに見える男は、冷や汗を拭いながらジャケットの内ポケットに手を突っ込み、一枚のカードを取り出した。


 イタミは差し出された名刺を、指先でぶっきらぼうに受け取った。


『都市伝説・オカルト専門ライター 尾田 聡』


 白地に黒の安っぽいゴシック体で印刷された名刺。その裏には、怪しげな個人サイトのURLと、連絡用のフリーメールアドレスが申し訳程度に記載されていた。


「……ライター?」


 イタミは名刺と男の顔を交互に見た。


「そう。オカルトライターの尾田です」


 尾田は愛想笑いを浮かべながら、握手を求めるように右手を差し出した。


「……で、なんか用?」


 イタミはその手を完全に無視し、名刺をカーディガンのポケットに雑にしまい込んだ。


「あ……ああ、その、君にちょっと取材がしたくてね」


 尾田は気まずそうに、差し出した手をゆっくりと引っ込めた。


「……なんで、イタミに?」


「君、九重観測所に出入りしてるだろ?」


「知らなーい」


 イタミはフイッと背中を向け、そのまま何事もなかったかのように歩き出した。


「ま、待ってくれ! 釘屋イタミさん!」


 尾田は慌てて後を追い、焦った様子で言葉を重ねた。


「なぜ君のような女子高生が、あの九重観測所に出入りできているんだい?」


「……」


「あそこは国が絡んでいるのか、取材許可だって門前払いなんだよ」


「……」


「もしかして、関係者の家族とか……あるいは、内部の人間かい?」


「……」


「頼む、少しだけでもいい、話を聞かせてほしいんだ!」


「……」


 執拗に食い下がっていた尾田の足が、ぴたりと止まった。


 イタミがスッと足を止め、振り返ったからだ。


 尾田をじっと見据え、イタミは澄ました顔で言い放った。


「イタミはね、所長のお嫁さんなの」


「……えっ?」


 あまりにも斜め上の回答に、尾田は間抜けな声を漏らして固まった。


「……以上」


 それだけ言い残すと、イタミは再びくるりと背を向け、夕暮れの道を悠々と歩き去っていった。


「お……お嫁さん? 女子高生が……?」


 尾田は呆然と立ち尽くし、夕暮れの歩道で間の抜けた声を漏らすしかなかった。


 そんな男の困惑をよそに、イタミは大通りへと歩み出た。


 数台の車が通り過ぎる中、彼女はヒョイと片手を上げ、迷うことなく一台の個人タクシーを停めた。


「九重観測所まで」


 後部座席に滑り込みながら、イタミは涼しい顔で告げた。


     *


 九重観測所。


 休憩室では、イタミが椅子に座り、炭酸ジュースを飲みながらスマホを弄っていた。


「オカルトライターかあ」


 尾田の名刺に記載されていたサイトにアクセスし、ホームページを眺めている。


「ここは遊び場ではありませんよ」


 そのとき、休憩室に凛とした声が響いた。


「あっ、ウミさん、お疲れさまー」


 イタミは手をひらひらさせながら、ウミに向かってギャルらしく挨拶した。


「まったく……」


 ウミは呆れたように呟くと、イタミの向かいの椅子に腰を下ろした。


「休憩ですかー?」


「受付の佐竹さんから、イタミさんが来ていると聞いたので探しに来たんです」


「イタミに会いたかったんですかー?」


 イタミはウミに向かってギャルピースをした。


「勝手に彷徨かれても困るからです」


 ウミはため息交じりに答えた。


 そのとき、テーブルの上に置かれた名刺が目に入った。


「……これは」


 ウミは名刺に手を伸ばした。


「オカルトライターだってー」


 イタミは炭酸ジュースを飲みながら、興味なさげに言った。


「……なぜイタミさんがこれを?」


「さっき声かけられてー。イタミがかわいいからって。困っちゃう」


 イタミは笑いながら言った。


「……真面目に答えてください」


 ウミはイタミをじっと見つめた。


 いつもとは違う真剣な眼差しに、イタミは思わず狼狽える。


「な……なに? イタミ、別に悪いことしてないよ?」


「何を聞かれました? 何を話しました?」


 いつもの凛とした声。しかし、そこにはどこか怒気が混じっていた。


「イ……イタミが九重観測所に出入りできてる理由とか、取材許可が下りないとか……」


「なんて答えましたか?」


「な……何も言ってない。イタミは所長のお嫁さんなんだって言っただけ……」


「本当に?」


「本当だもん! イタミ、それ以外何も言ってないもん!」


 イタミはウミの目を見れなかった。


 嘘は何一つ言ってはいないが、自分が何かをしてしまったのではないかと不安になったからだ。


「わかりました」


 ウミがポツリと呟く


「イタミさんが嘘をつくなんて思っていませんよ。怖がらせてしまって申し訳ありません」


 ウミはにっこりと微笑む


「う……うん」


 イタミは両手で缶を包む。


「最初に約束した通り、九重観測所に関しての話は他言無用ですからね」


「イ……イタミ守ってるもん」


「はい。知ってますよ」


 ウミは手に持っていた名刺を服の袂にしまう。


「これは私が預かりますね」


「……うん」

 

「じゃあ、遅くならないように帰ってくださいね」


「……わかった」


 ウミは立ち上がり、休憩室を出る。  


「……」


 その日イタミは大人しく九重観測所から帰って行った。



 副所長室。



 ウミはスライド式のガラケーで何処かに電話をかけていた。




「私です。ある人について調べてほしいのですが」


 ……


「はい。必要と判断した場合は、処理をお願いします」


 ……


「ええ。もちろん所長には内密にお願いします」


 ……


「それと、釘屋イタミの監視を再開してください」


 ……


「今度は、彼女が夏休みに入るまでです。その結果次第でそこから監視を継続するか決めましょう」


 ……


「では、呪詛砲のデータと合わせて結果報告をお願いします」


 ウミは電話を切る。


 机の一番上の引き出しを開ける。


 写真には白衣を着たウミと、男が九重観測所を背景にして並んで写っている。


「全ては所長とこの国のため」


 ウミはその写真を撫でる。


 数日後、この街から人が一人消えた。


 しかしそれは、何処にも報道されることはなかった。



 終



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