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釘屋イタミの偏愛 ~平成ギャルの心霊バイト~  作者: 酒吞ピース


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8/20

八枚目 僕が、私が、学校休んで観た番組

「ズルい!」


 九重観測所の副所長室。


 イタミはソファに座り、不満げに頬を膨らませていた。


「なにが『ズルい』のですか」


 ウミは手元の書類から目を離さず、淡々と言葉を返す。


「職員の人は、平日にメディカルチェックとか言って定期的にサボ……じゃなくて、ちゃんとお休みできるんでしょ? なのに、イタミは毎回ちゃんと学校に行かされてるの、絶対おかしくない?」


「サボりと言いかけましたね。それに、あなたは大人の職員ではなく、あくまでアルバイトの高校生です。本業は学業でしょう」


「イタミの本業は、所長の可愛いお嫁さん兼、九重観測所のオカルトバイターです!」


「聞き流せない発言が混ざっていましたが……いいですか、イタミさん。……オカルトバイター?」


 ウミは手を止め、凛とした視線をイタミに向けた。


「あなたのように、連日霊障に触れ、呪物や怨念の回収に直接関わっている人間こそ、定期的に精神的・肉体的なメディカルチェックが義務付けられているのです。大切なことです。決してサボりなどではありません」


「そんなこと知ってるもん! イタミも休日じゃなくて平日にチェック受けたい!」


「駄目です」


「嫌だ!」


「アルバイトの用事で学校を休むなんていけません」


「じゃあ、イタミもう仕事しない!」


「……」


「……」


 互いに目を逸らさず、にらみ合う二人。


 正直、イタミの霊感はずば抜けている。


 体質のせいか、幽霊や呪いからの影響も非常に受けにくい。


 さらに、幽霊との円滑なコミュニケーションのおかげか、恨みの純度も高い。


 九重観測所にとって、イタミが抜けるのは非常に痛手だ。


 所長も、イタミに仕事を無理強いすることは絶対にしない。


 ウミはそのことも理解していた。


「……所長に会えなくなりますよ?」


「いいもん。カウンセリング目的で来るもん。他でお手伝いするもん」


「……はぁ、今回だけですよ」


 イタミはぱっと顔を輝かせた。


「ただし」


 ウミは凛とした声で釘を刺す。


「学校をずる休みするための口実ではありません。検査が終わったら、そのまま速やかに帰宅しなさい。いいですね?」


「はーい」


 返事だけは元気よくするものの、イタミの頭の中は、すでに別のことでいっぱいだった。


 平日に学校を休んで観測所に来られる。ということは……。


 平日の昼間から、所長とたっぷりお話しできるチャンスじゃん!


 イタミはピンクのカーディガンの袖から指先を出し、口元をニヤニヤと緩ませた。


 その顔を見たウミは、何か良からぬことを考えていると察したのか、再び大きなため息をつき、書類へと視線を戻したのだった。


メディカルチェック当日。


朝九時から、イタミは九重観測所の職員たちに交じり、身体測定や血液検査、カウンセリングなど、一通りのチェックを受けていた。


昼を過ぎた頃、ようやく全ての行程が終わった。


イタミは休憩室で、ウミと向かい合っていた。


「あー、お腹すいたぁ……」


イタミは机に突っ伏し、力なく声を漏らす。


「メディカルチェックのために、昨日の夜から食事を抜いてもらっていますからね」


ウミは苦笑しながら、イタミがいつも飲んでいる炭酸ジュースを机に置いた。そのまま向かいの席に腰を下ろす。


「わーい! いただきまーす!」


イタミは勢いよく缶を開け、さっそく一口飲んだ。


「はあー、生き返る……」


「ふふっ。大袈裟ですね」


ウミは口元を手で隠し、くすりと笑った。


「だってー。てか、イタミ、お昼ご飯食べたーい」


「それはそうでしょうね」


「所長とお昼ご飯食べたーい」


イタミは机に頬をつけたまま、甘えるような声を出した。


「そうですねぇ。もう少ししたら、所長も一段落つくと思いますよ」


ウミはそう答え、左手首の腕時計に目を落とした。


「ほんと!?」


イタミが勢いよく顔を上げる。


「ええ。ただし、所長のお仕事が終われば、の話ですけど」


「むぅ……」


イタミは頬を膨らませ、手元の缶を両手で包み込んだ。


そのときだった。


休憩室の扉が開き、九重観測所の男性職員が入ってきた。


その後ろには、見慣れないスーツ姿の男が二人。どちらも五十代くらいだろうか。きっちりとした身なりで、いかにも仕事のできそうな雰囲気を漂わせている。


職員に続いて入室した二人に気づくと、ウミはすぐに立ち上がった。


「お疲れ様です」


「ああ、副所長さん。お疲れ様です」


二人も軽く頭を下げる。


短い挨拶を交わしたあと、ウミは二人に会釈して席に戻った。


イタミは缶を口元に運びながら、男たちを横目で眺めた。


「……誰ですかー?」


「五稜観測所の方です。本日、九重観測所に見学にいらしているんです」


「へぇー、見学?」


イタミは興味があるのかないのか、曖昧な声を返した。


そして、もう一口、炭酸ジュースを飲む。


「……ふーん」


どうやら今のイタミにとっては、見学者の正体よりも、お昼ご飯のほうが重要らしい。


ウミはそんなイタミの様子を見て、小さく息をついた。


「イタミさん。お客様がいらっしゃるのですから、もう少し行儀よくしてくださいね」


「えー? イタミ、ちゃんとしてるよ?」


「机に突っ伏していた人の言葉とは思えませんね」


「今は突っ伏してないもん」


「そういう問題ではありません」


ウミが呆れたように返す。


そのやり取りを聞いていた二人の男が、ちらりとイタミに視線を向けた。


片方の男が、興味深そうに口を開く。


「……こちらのお嬢さんは?」


ウミは一瞬だけイタミに目を向け、それから男たちに微笑んだ。


「九重観測所でアルバイトをしている学生の釘屋さんです」


「ほう。学生、ですか」


男の視線がイタミに留まる。


イタミは缶を持ったまま、きょとんと二人を見返した。


……所長の仕事、早く終わんないかなあ。


イタミの頭の中は、相変わらずそんなことでいっぱいだった。


「学生なんて、珍しいですな」


男たちはイタミをじろじろと見ながら言う。


「はい。とても強い霊感を持っていて、いつも助かっています」


ウミは笑顔で応対する。


イタミは興味なさげに視線をそらし、スマホをいじり始めた。


「釘屋さん、でしたかな。五稜観測所の主任研究員、野崎です」


野崎は名刺をイタミに差し出す。


「副主任の松原です」


もう一人の男も名刺を差し出した。


「ありがとうございまーす」


イタミはスマホから目を離さず、片手で名刺を受け取る。


「釘屋さん! お客様に対して失礼ですよ」


ウミが凛とした声でイタミを叱る。


「イタミ、そんなの興味ないもん……」


イタミは不貞腐れながら答えた。


「いやいや、副所長さん。構いませんよ」


 野崎は笑顔で応じる。


「……申し訳ありません」


 ウミは深く頭を下げた。


「しかし、九重観測所さんも大変ですな。学生まで手伝わせるなんて」


 野崎は松原に目を向け、含みのある笑みを浮かべた。


「はっはっはっ」


 松原もそれに応じるように笑った。


「そうですね。人手が足りなくて毎日大変です」


 ウミはにこやかに答えた。


 二人を引率していた九重観測所の職員も、笑顔を浮かべていた。


「……」


 イタミは興味なさそうに、スマホをいじり続けている。


「どうですか、副所長さん。五稜観測所に異動しませんか?」


 野崎は笑いながら言った。


「それはいいですな! こんな美しい方に来ていただけるなら、我々としても嬉しい限りです」


 松原も続けて言う。


「そのように言っていただけて光栄です」


 ウミは否定も肯定もせず、笑顔で応じた。


「君も、学校を卒業したあとどうだね? 今からでも構わないよ」


 野崎はニヤつきながら、イタミの肩に手を置いた。


「……キモ」


 イタミは肩に置かれた手を強く払いのけた。


「はっはっはっ、野崎さん、セクハラですよ」


 松原は笑いながら言った。


「いやー、失礼」


 野崎は手を擦りながら言った。


「あの……次の予定もありますので……」


 九重観測所で二人を引率していた職員が、遠慮がちに声をかける。


「まあ、まだいいじゃないか。彼女たちと話しているほうが楽しいんだよ」


 野崎はそう言うと、イタミの隣に腰を下ろした。


「おい、松原。コーヒーを買ってきてくれ」


「はい」


 松原は休憩室の自動販売機へと向かった。


 九重観測所の職員は、ウミに視線を向ける。


「あなたは仕事に戻ってください。野崎さん、ここからは私がご案内させていただきます」


「おや、これはありがたい。だそうだ、君。もういいよ」


 野崎は先ほどまで引率をしていた職員に、手を払うような仕草をした。


 職員はウミをしばらく見つめたあと、一礼して休憩室を出ていった。


「釘屋さん。そろそろ所長のお仕事も一段落する頃だと思いますので、声をかけてみてはどうでしょうか?」


 ウミはイタミに笑顔で言う。


「ホント? じゃあ、イタミ行ってきまーす!」


 イタミはジュースを飲み干すと、空き缶とカバンを持って立ち上がった。


「はっはっはっ。所長さんは女子高生とお昼ですか。いいご身分ですなぁ」


 野崎は腹をさすりながら言った。


「我々と違って、優秀なんでしょう」


 缶コーヒーを持って戻ってきた松原も、笑いながら続ける。


 イタミは二人を無視し、空き缶を捨てるために自動販売機横のゴミ箱へ向かった。


 野崎は、所長に会えると嬉しそうにしているイタミを、面白くなさそうに目で追っていた。


 松原は缶コーヒーを野崎の前に置き、その左隣に座る。


「優秀なのかなんなのか。あんなの、ただの若造だろ」


 缶コーヒーを開け一口飲んでから、野崎は馬鹿にしたように笑った。


「きっと、副所長さんが毎日頑張っていらっしゃるんでしょうな」


 野崎はニヤつきながらウミに目を向ける。


「いえ、私はあくまでサポートとしてお手伝いしているだけです。所長は毎日、観測所やこの国のために働いてくださっていますから」


 ウミは変わらぬ笑顔で答えた。


「若いのに謙虚ですなぁ。これは、ますますうちに来てほしいですな」


 松原は野崎に向かって言った。


「そうだな。九重観測所なんかにいるのはもったいない。無能な所長の下なんかよりも、五稜観測所で呪詛砲の開発を――」


 空き缶を捨てたイタミは、カバンを手に野崎のもとへ走り寄った。


 ゴンッ!


 野崎の頭に、イタミのカバンが叩きつけられた。


「イテッ!」


 野崎は頭を押さえた。


 直後、イタミのカバンが野崎の右頬を襲う。


 野崎は左側に倒れ込み、隣に座っていた松原を巻き込んで、二人揃って床に転がった。


 それでも、イタミは手を止めなかった。


 倒れた二人に向かって、何度も何度もカバンを振り下ろす。


「死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」


 イタミは大声で叫びながら、狂ったようにカバンを振り回した。


「イタミさん!」


 ウミが慌てて後ろからイタミを羽交い締めにする。


 しかし、イタミは足をばたつかせ、机や椅子を蹴りつけた。


 机の上に置かれていた缶が床に落ち、コーヒーがこぼれる。


「死ね! 所長を馬鹿にするな! 死ね! イタミの所長を馬鹿にするな! イタミのだ!!」


 野崎と松原は頭を抱え、恐怖に引きつった目でイタミを見上げていた。


 騒ぎを聞きつけた職員たちが、次々と休憩室に駆け込んでくる。


 そのままイタミは、駆けつけた何人かの職員に抱えられ、休憩室を出ていった。


 その間も、イタミはずっと叫び続けていた。


 数時間後。


 医務室のベッドで、イタミは目を覚ました。


 頭を少し動かすと、すぐ横に座って本を読んでいるウミの姿が目に入った。


「……ウミさん」


「目が覚めましたか?」


 ウミは本を閉じ、イタミに目を向けた。


「ここ、なに?」


「医務室のベッドです。イタミさんがいつまでも暴れ続けるので、お薬で眠ってもらいました」


「……今、何時?」


「十七時頃ですね」


 ウミは左手首の腕時計に目を落とした。


「……お腹すいた」


「その前に、なにか言うことがあるんじゃないですか?」


 ウミが静かに問いかける。


 イタミはしばらく黙っていたが、やがて布団を頭まですっぽりと被った。


「……イタミ、悪くないもん」


「今回の問題は、イタミさんのワガママだけで済む話ではありません。対応に追われるのは所長です」


「……」


「各観測所との関係が悪化すれば、所長のお仕事にも影響が出てしまうのですよ?」


「……」


「今回は五稜観測所の所長が間に入ってくださったおかげで、丸く収まりましたけど……これも、所長の人望あってのことですからね」


「……所長、イタミのこと嫌いになったかな」


 イタミは震えた声で呟いた。


 ウミは小さくため息をつく。


「所長からの伝言です。目が覚めたら、ご飯にしようとのことです」


「……えっ?」


 イタミは布団から、ほんの少しだけ顔を出した。


「今回の件は、五稜観測所のお二人にも多少の問題はありました。しかし、手を出すのは絶対に駄目です」


「……」


「でも……ここだけの話、私も少しスッキリしました」


 ウミは、綺麗な顔で微笑んだ。


「……ウミさん」


「所長なら大丈夫です。こんなことでイタミさんを嫌ったりしませんよ。もちろん、私もです」


 ウミはそっとイタミの頭を撫でた。


「……」


 イタミは再び、頭まですっぽりと布団を被った。


「所長も私も、まだご飯を食べていないので、お腹が空いちゃいました」


「……イタミも」


「じゃあ、早く行きましょうか」


「……もう少し」


 布団から顔を出さずに、イタミは呟いた。


「……ふふっ」


 ウミは小さく笑った。


「今日だけは、もう少しだけ一緒にサボりましょうか」



終

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