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釘屋イタミの偏愛 ~平成ギャルの心霊バイト~  作者: 酒吞ピース


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7/20

七枚目 ホームセンターで買ったカブトムシ

「まーだー? お昼ご飯食べたいんだけど」


 イタミはスマホを弄りながら、退屈そうに歩いていた。


「まだじゃ」


 少し先を、腰の曲がった老婆が杖をつきながら歩いている。


「もう二時間くらい歩いてるんだけど? 本当に思い出せるの?」


「もう少し!」


 老婆は住宅街をきょろきょろと見回しながら、歩き続ける。


 三時間前。


 駅前の商店街で、イタミはガラケーにメッセージを受信した。


『アイニイキタイノニ』


 気配を辿って向かうと、歩道橋の下に座る老婆を見つけた。


 イタミは慣れた様子で、ガラケーや使い捨てカメラについて説明する。


 老婆の願いは、一つだけだった。


「もう一度、孫に会いたい」


 話を聞くと、十年ほど前、孫に会いに行く途中で心臓発作を起こし、亡くなったという。


 気づいたときには、この場所から離れられなくなっていた。


 それから長い間、呆然と過ごしていたところに、イタミが声をかけたのだ。


 イタミに取り憑くことで、その場所を離れられるようになった老婆。しかし、孫の家がどこにあったのか思い出せず、住宅街をあちこち歩き回り、今に至る。


「死ぬ前にボケてたの?」


「うるさい! あんたはちゃんと敬語を使いな!」

 老婆は杖を振り回す。


「だって、ちっとも思い出さないしー。反対側なんじゃない?」


「んー。アタシは幽霊なのに、飛べたりせんのかね」


「イタミ、死んだことないから知らない」


「生意気な子。なみちゃんと大違いだわ」


「孫? それは覚えてるんだ」


 イタミはスマホから老婆へ視線を向ける。


「当たり前よ。アタシがなみちゃんを忘れるなんて、ありえん」


 老婆は誇らしげに言った。


「いくつなのー?」


「そうねえ。今は十四歳か十五歳かねぇ」


「会っても、なみちゃんだってわかるの?」


 イタミは呆れたように笑う。


「うん、わかる。絶対に」


 老婆は優しく笑った。


「……」


 イタミはスマホへ視線を戻す。


「家の場所も忘れてるんだし、信用できませーん」


 興味なさそうに言うイタミに、老婆は杖を振り回す。


「もうちょっと行けば、きっとわかるわよ! ほら! 歩きなさい!」


 そこから、さらに一時間歩き回った。


 老婆は「あっちかも。こっちかも」と言いながら、右往左往している。


 イタミはその姿を呆れたように眺めながら、幼い頃の自分を思い返していた。


     


「お母さん! 今日はね、赤い服のお姉ちゃんと遊んだの!」


「……イタミ、あなた、今日、家から出てないでしょ?」


「うん。だから、お部屋に遊びに来てくれた」


「……馬鹿なこと言わないで」


「イタミはね、友達いっぱいいるの!」


「……やめて」


「本当だよ?」


「……いい加減にしてよ!」


     


 別の日、イタミは扉の向こうから聞こえてくる両親の声を聞いていた。


「あなた、イタミを病院に……」


「病院? それよりお祓いだろ。あの子はおかしい」


「違う! 病院に行けば治るのよ……そうだわ! 病院よ! きっと、生まれたときに他の子と取り替えられちゃったのよ! 病院のミスよ!」


「……落ち着けよ」


「私たちのイタミは、あの子じゃない。あんな可愛くない子、私たちの子供じゃない」


「ごめんな。大丈夫、大丈夫だから」


 母親の声が、父親の胸に顔を埋めたようにくぐもる。


「あのブスはいらない。あのブスはいらない。捨てなきゃ。捨てなきゃ」


「大丈夫。お前は悪くない」


「あのブス。あのブス。あのブス」


 イタミは扉のこちら側で、その言葉を聞いていた。


「……ちゃん……おじょ……」


「お嬢ちゃん!」


 イタミははっとして、老婆に顔を向けた。


「聞いてんのかい?」


 老婆は不機嫌そうに聞く。


「……なーに?」


「あんた、耳が遠いんじゃないかい?」


「声が小さいんじゃないですかー?」


「ふん! 生意気な子だよ」


「で、なんか用?」


「ここだよ」


 老婆が杖で指し示した先には、似た建物がいくつも並ぶ団地があった。


「いやー、似た建物ばっかりだから、思い出せなかったんだねぇ」


 老婆は腰を叩きながら言う。


「ここのどの建物? それで、何階?」


 イタミは疲れた声で聞いた。


「C棟の七階だね」


 老婆はそのまま歩き出す。


 イタミはスマホで時間を確認した。


「げっ、もう十七時じゃん」


 不機嫌そうに、老婆の後を追った。


 建物のC棟の下に着いた二人。


「会えると良いねえ」


 老婆がぽつりと呟く。


「イタミ、あそこで待ってるから」


 イタミは近くの公園を指差した。


「おや、上がらないのかい? お礼にお茶でもと思ったんだけど」


「誰が淹れるのよ」


「それもそうだね!」


 老婆は口を開けて笑う。


「はい、ちゃちゃっと行ってきて」


 イタミは虫を追い払うように手を振った。


「アタシにエレベーターが使えるのかね?」


「いけるみたいよ。頑張ったら」


「じゃあ、ちょっと待ってておくれよ」


「はいはい」


 イタミは老婆の背中を見送り、公園へと向かった。


 カバンを背中にかけたまま、ブランコに腰を下ろしてスマホを弄る。


 そこでまた、昔のことを思い出していた。


 小学校低学年の頃。


「イタミ……学校行きたい」


「あなたは病気なの。大人しくしてなきゃ駄目なの」


「イタミ、元気だもん! もう病院もお寺もやだ!」


「うるさい!」


 母親がイタミの頬をビンタした。


「えーん!!」


 イタミは泣き出した。


「お母さんもお父さんも、あなたのためにやってるの!」


「えーん!」


 イタミは泣き続ける。


「ブスな顔でいつまでも泣くな! このブス!」


 母親はイタミを引きずりながら階段を上っていく。


「いたい! ごめんなさい! お母さん!」


 二階に着くと、母親はイタミを部屋の中へ放り投げた。


 そして、外から鍵をかける。


「出して! ごめんなさい! イタミ、ここやだ! お母さんとお父さんと一緒がいい!」


 イタミは扉に駆け寄り、何度も叩いた。


 扉の向こうから母親の声が響く。


「黙れブス! 反省したフリをして扉を開けさせるなんて! 汚い子!」


 そこは物置のような部屋だった。


 イタミが寝転ぶだけで、ほとんどスペースが埋まってしまう。


 イタミは扉を叩き続けた。


「ごめんなさい! イタミ、良い子にする! 病院もお寺も行く! 学校行きたいなんて言わない!」


「うるさい! ブス! 嘘つき! 悪魔!」


 母親が外から何度も扉を叩く。


 やがてイタミは震えながら泣き、両手で耳を塞いだ。


 扉を叩く音と母親の罵声だけが、部屋に響き続ける。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 ――別の日。


 物置部屋から出されたイタミは、虚ろな目をしていた。


 服は汚れ、長い髪はごわごわに絡まっている。身体も痩せ細っていた。


「今日はどうかしらね……」


 母親が心配そうに父親に尋ねる。


「何でも、幽霊やら超常現象やらを観測しているところらしいけど……」


「大丈夫なの、それ?」


「わからん。でも、若い所長らしくて、こういったものには詳しいらしいけど……」


「はぁ……」


 母親はため息をついた。


「それより、それ着替えさせろよ」


 父親がイタミを指差す。


「着替え、リビングに置いてあるから。自分で行きな」


 イタミは何も言わず、リビングへ向かった。


 そこで、両親の会話が聞こえてきた。


「あなた、なんてとこなの、そこ?」


「ええっと……なんだっけな。確か、ここのえ……」


 そのとき。


 地域放送の音が聞こえ、イタミの意識は現在へと引き戻された。


 持ったままだったスマホに目を落とす。


 時刻は十八時を過ぎた頃だった。


「……お腹すいたなあ」


 そう呟き、イタミはブランコに座ったまま背伸びをした。


そこから、三十分を過ぎた頃、老婆はイタミのもとに帰ってきた。


会った時よりも、こころなしか穏やかな顔になっている。


「終わったー?」


イタミは欠伸をしながら聞く。


「ええ。ありがとう。本当にありがとね」


老婆は穏やかに笑う。


「じゃあ、早くやるよー。イタミお腹すいた」


カバンから使い捨てカメラを取り出す。


「ありがとね。長い時間。それじゃあ、よろしく」


老婆はイタミの前に立つ。


「……」


イタミはファインダーを覗く。


「……」


そして、ゆっくりと手を下ろす。


「ねえ、そんなに家族っていいもの?」


「えっ?」


老婆が首を傾げる。


「死んでも会いに行きたいって思うの?」


イタミは伏し目がちに聞いた。


「さあねぇ?」


「はあ? 意味分かんない」


イタミは不機嫌そうに言う。


「アタシがね、なみちゃんに会いたかったのは、もちろんかわいい孫だからってのもあるわよ? でも一番はね、なみちゃんだったからよ」


「……」


「優しいなみちゃんが好きだから。それだけ」


老婆は優しく微笑む。


「……」


「大切に思い思われる人が家族かそうじゃないかなんて関係ないわ。血の繋がりが全てじゃないもの」


「……意味わかんない」


「あなたもアタシにとっては大切な子よ。今日一日ありがとう。あの世に来たらご馳走作ってあげる」


「……縁起でもない。はい、もういい?」


老婆はふっと笑い、顔の前でピースサインをする。


「はい、チーズ」


フラッシュと共に、老婆は消えた。


イタミはしばらく、老婆が立っていた場所をぼーっと眺めている。


少しして、お腹を擦った。


「あー、お腹すいた」


スマホを取り出し、どこかに電話をかける。


「あっ、所長! 今、バイト完了しました! 朝からイタミ頑張ったんですよー」


イタミは弾むような声で喋っている。


「それでぇ、イタミ朝から何も食べてないんです……だから、所長とご飯行きたいなーって……えっ、良いの!」


イタミは飛び跳ねて喜ぶ。


「あのね! イタミ、ハンバーグが食べたい! 炭酸も飲んでいいですか? えーっ! 好きなだけ? あーん、所長大好き! 愛してる!」


イタミは嬉しそうにくるくる回る。


「イタミ、今日も頑張ったから、たくさん褒めてくださいね!」


夕暮れが、イタミを朱く染めていった。


終






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