五枚目 ゲームの攻略本はテンションあがる
「おい、お前のクラスのギャル、紹介しろよ」
体育館で、イタミたちの同級生でバスケ部の太田が、三人の先輩に詰め寄られていた。
「だ……誰のことっすか?」
「ピンクのカーディガン着てる子だよ」
「あぁ……釘屋さんっすね……」
「そうそう。紫のメッシュ入れてて、ツインテールの」
「名前、イタミだっけ? マジかわいいよなあ」
「胸もでかいしな」
一人がにやつくと、ほかの二人も笑った。
「……」
太田は愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「でも、告白したやつ、ほとんど玉砕してるってさ」
「らしいなぁ。俺のクラスのやつも、振られたって言ってたわ」
「俺らの誰かなら、いけんべ」
三人は太田をそっちのけで会話を続ける。
「あ……あの」
太田が恐る恐る声をかけた。
「なに?」
リーダー格の先輩が太田を見る。
「あ……あんまり話したことなくて……だから、もしかしたら……無理かなーって」
太田は遠慮がちに言った。
「はあ? なーに? 太田くん、なーに?」
先輩は太田の肩に腕を回した。
「ちょっと話しかけて、ここに連れてくるだけじゃん」
「やってみろよ。『お……お願いしますぅ』って」
別の先輩が太田の口調を真似すると、三人はゲラゲラと笑った。
体育館には、バッシュが床を擦る音や、ボールの跳ねる音が響いている。
「でも……釘屋さん、ヤバいことしてるとか、年上の彼氏がいるとかって噂だし……」
「だから?」
肩に回されていた腕が、太田の首へとずれる。先輩はそのまま、腕に力を込めた。
「ちょ……先輩……痛いっ」
「太田? なんだって?」
「痛いです……」
「はあ?」
「や……やります……やります!」
先輩は笑顔になり、腕をほどいた。
「ありがとな、太田!」
太田の頭を撫でる。
「てか、友達も連れてこいよ」
「あぁ、金髪ギャルとムチムチちゃんね!」
「いいじゃん! 太田、頼むよー」
別の先輩も、太田の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「は……ははっ」
太田は力なく笑った。
翌日の昼休み。
イタミたち三人は、いつものように教室の窓際で机を三つ寄せ合い、頭を突き合わせるようにして昼食を食べていた。
「バイト決まんなーい」
イタミの向かいに座るあゆみんが、スマホを見ながら面白くなさそうに言う。
「あゆみんの家、金持ちだからよくね?」
花ちゃんが菓子パンを食べながら言った。
「別に、小遣いが多いわけじゃないし」
あゆみんはプチトマトを頬張る。
「ふーん。なんか欲しいの?」
「そんなん、無限にあるわよ」
「確かに。私もお菓子やら何やら買ったら、金なんてすぐになくなるわ」
花ちゃんは次の菓子パンの袋を開けた。
「イタミは今、なんか欲しいのある?」
開けた菓子パンを一口かじり、イタミに聞く。
「チークもネイルも買ったし、今はいいかな」
イタミはフルーツサンドを食べながら、スマホに目を落として答えた。
「イタミは服に興味ないから、欲しいもの少ないよね。休みの日もほとんど制服だし」
あゆみんはパックの紅茶をストローで飲む。
「本当、変なやつ」
花ちゃんが笑いながら言った。
「だって、制服が一番かわいいもん。あっ! だから、制服に合わせて買ったこのピンクのカーディガンは、たくさん持ってる」
イタミは笑顔で両手を広げた。
「同じやつを?」
あゆみんが聞く。
「うん」
「オモロ」
花ちゃんが笑った。
「あ……あの……」
太田が三人に声をかけた。
「なーに?」
あゆみんは太田に視線を向けず、卵焼きを食べながら聞く。
「誰だっけ?」
花ちゃんが振り返り、後ろに立つ太田を見た。
「お……同じクラスの太田。あのさ……今日の放課後とか、体育館に来ない?」
「ヤバッ」
花ちゃんが笑う。
「意味分かんないんだけど。イタミ目的?」
あゆみんは手を合わせ、お弁当を片づけた。
「そ……そうじゃなくて。三人で遊びに来ないかなって……きょ……今日じゃなくてもいいよ!」
「だーかーらー、なんで?」
あゆみんは片足を椅子の座面に上げ、太田を見る。
「あ……あの……」
太田の視線が、あゆみんのスカートに向いた。
「太田。あゆみんのパンツ見てる?」
花ちゃんが茶化す。
「見てない! あの……結局……何が言いたいかって……」
太田は顔を赤くし、両手をばたつかせた。
「呼んでこいって言われたの?」
イタミが太田を横目で見る。
「いや……その……」
「弱いやつとは話したくないの。自分で来ないで呼び出そうとするやつも、大人しく言いなりになるあんたも」
イタミは食べ終わった昼食のゴミを袋に入れ、口を縛った。
そして、太田に視線を向ける。
「もういい?」
太田は、その紫がかった瞳から目を離せなかった。
「う……うん。ごめん」
太田は三人の席から離れていった。
「結局、なに?」
あゆみんはスマホを弄りながら、去っていく太田の背中にちらりと目を向けた。
「モテるイタミと一緒だと、私は辛いよ」
花ちゃんが泣き真似をする。
「かわいいって罪なのね」
イタミは遠い目をして、窓の外の空を見上げた。
「調子乗ってんなー」
あゆみんが笑いながら言う。
「冗談に決まってるでしょ」
花ちゃんがイタミに抱きついた。
「やだー! エッチ!」
イタミは笑いながら、花ちゃんを振りほどこうとする。
「はいはい。うるさいから静かにしなさい」
あゆみんは欠伸をして、二人をたしなめた。
そのとき、イタミのカバンの中では、ガラケーが新着メッセージを受信していた。
放課後を迎え、生徒たちは帰り支度をしたり、部活へ向かったりしていた。
太田も教室を出る間際に、イタミへちらりと目を向け、そのまま去っていった。
「イタミー、帰るよー」
あゆみんと花ちゃんが、イタミの席にやってくる。
「ごめん、二人とも。イタミ、バイトしなきゃ」
「はいはい。秘密のバイトね」
あゆみんはイタミの頭を撫でた。
「じゃあ、帰ろうか、花」
「うん。またね、イタミ」
「またねー」
イタミは二人に手を振り、カバンからガラケーを取り出した。
画面には、こんな文字が表示されている。
『ウラヤマシイ、ユルサナイ』
「バイト、バイト」
イタミは画面を見て、ピアスのついた舌を出した。
「おい、太田。どうだったんだよ」
「あ、赤山先輩……」
ストレッチをしている太田に赤山が近づき、隣に座った。
「青山も白山も楽しみにしてんだぜ?」
青山と白山も、コートに背を向け、太田を囲むように座ってストレッチを始める。
「俺たち、補欠だから暇で暇で」
「赤山ぐらいだもんな、試合に出るの」
「俺も、おこぼれで出ただけだけどな」
三人が笑った。
「は……ははっ」
「あ? お前、笑った?」
赤山が太田を睨む。
「わ……笑ってないです!」
「太田くんは、ちょくちょく試合に出てるもんなー」
青山がニヤニヤしながら言った。
「二年なのに凄いなー」
白山もニヤニヤしている。
「だから、なめてんだろ?」
赤山は太田の首に腕を回し、締めつけた。
青山と白山が笑いながら身を寄せる。その背中に遮られ、コート側からは赤山の腕も、太田の苦しげな顔も見えない。
「なめてないです! すいません! い……痛い!」
「うるさいぞ、そこ!」
コートの方から、バスケ部のキャプテンが四人を注意した。
赤山の腕が緩み、太田は反射的に立ち上がる。
「太田……お前、頑張ればスタメンになれるぐらい上手いのに……」
キャプテンは残念そうに言った。
「部活中に騒ぐようなやつを、スタメンにすることはできない。隅で基礎練してろ。赤山、お前たちもだ」
そう言って、ほかの部員を集める。
「はーい」
赤山はニヤニヤしながら返事をした。
「じゃあ、今日も見学してよーぜ」
青山と白山は体育館の隅へと移動する。
「……」
太田は唇を噛みしめ、立ち尽くしていた。
「ほら、早く行くぞ」
赤山は太田の肩に腕を回し、青山たちのところへ連れていった。
「それで? イタミちゃんは?」
赤山が太田の肩に腕を回したまま聞く。
「いや……」
太田は、ははっと曖昧に笑った。
「あんな派手な子なんだから、絶対男好きだろ」
「ギャルって軽そうだもんな」
青山と白山が笑う。
「で?」
太田の肩に回された赤山の腕に、力がこもった。
「き……聞いてみました……ちゃんと……」
「それで?」
「あの……意味分かんないって……」
「はあ!? 誰が!?」
赤山は腕を太田の首へとずらし、締めつけた。
「ぼ……僕のことです! 僕が悪いんです!」
「お前、ちゃんと誘ったのかよ。どうせビビってたんだろ」
そう言いながら、赤山は腕を緩め、再び太田の肩を抱く。
「『お……お前ら、こ……来いよお……』」
白山が太田の口調を真似した。
「「「はっはっはっ!」」」
三人が大笑いする。
太田はその輪の中で、愛想笑いを浮かべるしかなかった。
ふと目を向けると、コートにいるキャプテンが残念そうにこちらを見ていた。
太田は視線を落とした。
「こりゃ罰だな」
赤山が楽しそうに言った。
「いいねー。何する?」
青山も楽しそうに聞く。
「『や……やめてくださあい』」
白山が太田の口調を真似した。
「「「はっはっはっ!」」」
「や……やめてください」
「ほら、言った!」
白山が太田を指さす。
「お前のモノマネ、完璧」
青山はなおも笑っていた。
「嫌なら、イタミちゃんを今すぐ連れてこいよ」
赤山が太田の首に軽く腕を回す。
「どうせ頭空っぽの女だろ? 楽勝だろ」
「……」
太田は、まっすぐ自分を見ていたイタミの、紫がかった瞳を思い出した。
「ち……違うと思います」
「……はあ?」
「い……いや! なんでもないです!」
「……生意気だな」
赤山の目が据わった。
「あーあ、怒らせた」
青山が笑う。
「『ご……ごめんなさあい』」
白山がまた太田の口調を真似した。
赤山だけは、太田を睨んだままだった。
赤山は太田の襟を掴み、引きずるように歩き出した。
体育館に四つある出入り口のうち、一番近い扉から外へ出て、裏手へと向かう。
「ご……ごめんなさい、先輩!」
太田は情けない声を上げ、足をもつれさせながらついていく。
青山と白山も、笑いながら後を追った。
「生意気だから死刑な」
赤山は太田を見ずに言う。
「ごめんなさい。ごめんなさい!」
太田は謝り続けることしかできなかった。
「倉庫で死刑執行かな?」
「そうじゃね?」
青山と白山は笑いながら、スマホを構えた。
赤山は裏手にある小さなプレハブ倉庫にたどり着くと、扉を開けた。
中で、埃がわずかに舞う。
三角コーンやマット、空気の抜けたボールが入ったかご、バットなどが置かれていた。
赤山は太田を中へ引き入れ、床に置かれたマットへと突き倒した。
三人も倉庫に入り、引き戸を閉めた。
「暗いと、うまく撮れねえ……」
青山はスマホのライトをつけ、太田を照らす。
「あっ! 俺が照明するわ! 赤山のスマホも、ライトつけて貸してくれよ」
白山が自分のスマホのライトをつけながら言った。
「おー、頼むわ」
赤山は笑いながらスマホのライトをつけ、白山に渡す。
「じゃあ、俺は照明兼撮影で」
青山は笑いながら、スマホを太田に向け続けていた。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
太田はマットの上で身体を起こし、深く頭を下げて謝る。
「うるせえ」
赤山が太田に歩み寄った。
青山と白山はニヤニヤしながら、スマホを向け続けている。
そのとき、倉庫の引き戸がガラリと開き、外の光が差し込んだ。
四人はびくりと肩を跳ねさせ、一斉に入口を見た。
そこには、イタミが立っていた。
「……えっ? イタミさん?」
最初に声を出したのは太田だった。
しかし、イタミは反応せず、無言で倉庫に入ってきた。
「い……イタミちゃんだ」
青山がライトをつけたままのスマホを、イタミに向ける。
「……キモ」
イタミは持っていたカバンで、青山の手元を払った。
スマホが手から弾かれ、床に落ちる。
「痛っ!」
青山が反射的に声を上げた。
イタミはそのまま狭い倉庫を見渡し、太田に目を向ける。
「ねえ。白いライン引くガラガラって、どこ?」
「ガラガラ……? ライン引きのこと?」
「名前なんか知らない。どこ? ここにあるの?」
太田は座り込んだまま辺りを見渡した。
自分が座っているマットの後ろに、ライン引きが置かれている。
「こ……ここにあるけど」
指さすと、イタミはそちらを見た。
「そう。じゃあ、持って出てきて。イタミ、汚れたくないし」
そう言って、外へ出ようとする。
「ま……待ってよ、イタミちゃん! どうしたの? 手伝おうか? あっ! 俺、赤山っていうんだ。三年の」
赤山がイタミの左手首を掴み、引き止めた。
イタミはすぐにその手を振り払い、赤山の顔面にカバンを叩きつける。
「痛え!」
赤山は顔を押さえ、うずくまった。
「キモい。汚い」
イタミは左手首を払い、倉庫を出ていく。
太田も慌てて立ち上がり、ライン引きを持って後を追った。
「おい! 太田! イタミ!」
赤山が肩を震わせ、二人を呼び止めた。
太田は足を止め、ゆっくりと振り返る。
青山と白山も、赤山の後ろで二人を睨みつけていた。
「太田。イタミを捕まえて、こっちに来い」
「えっ……」
「イタミを連れてきたら、お前は許してやる。一緒に倉庫で遊ぼうぜ」
太田はイタミを見た。
イタミは数歩先で足を止め、腕を組んで気だるそうに立っていた。
イタミさんを捕まえたら、僕は許してもらえる……
太田は拳を握りしめ、震えた。
「イタミ、忙しいんだけど」
「うるせえ! 調子乗んなよ! 泣いても許さねえからな! 早くしろ、太田!」
「……」
太田はもう一度、イタミを見る。
紫がかった瞳と目が合った。
「……」
大きく息を吸う。
「嫌です!」
太田は赤山たちに向き直り、言った。
「はあ?」
赤山たちが二人に近づいてくる。
太田はライン引きを抱え直し、イタミをかばうように前に立った。
「あの三人が、あんたを邪魔するってさ」
イタミが呟く。
「えっ?」
太田が意味をつかめずにいると、赤山たちがぴたりと足を止めた。
「えっ?」
「……マジで?」
「えっ? えっ? お前らも見えてる?」
三人は狼狽え、後ずさる。
一人は腰を抜かして尻もちをつき、ほかの二人も足をもつれさせた。
転んだ一人も慌てて立ち上がり、三人は逃げるように走り去っていった。
「な……なんだろう……」
太田は何が起きたのか分からないまま呟いた。
「早く行くよ」
イタミはそう言って歩き出す。
「う……うん」
太田はライン引きを抱え、イタミの後を追った。
「あっ、ありがとう。守ってくれて」
イタミは太田に顔を向け、微笑んだ。
「……」
太田は顔を赤くして俯いた。
「と……当然のことです」
太田が顔を上げたときには、イタミはもう先を歩いていた。
「あっ……待って!」
太田は慌てて後を追う。
校庭では、野球部や陸上部が練習していた。
二人はその様子を横目に、校庭の隅へと歩いていく。
校内でも有名なギャルと、ライン引きを抱えて歩く男子。
「ここでいいや」
野球部の練習場所の脇にある、細長く空いたスペースでイタミが足を止めた。
「ねえ、太田っち。ここから五十メートルぐらい、白いライン引いといて」
イタミは腕を伸ばし、線を引くような仕草をした。
「なんで……って、えっ? 太田っち?」
「太田って名前でしょ?」
イタミが不思議そうに言う。
「そうだけど……覚えててくれたの?」
「はあ? イタミが馬鹿って言いたいの?」
「ち……違うよ! ごめん。ライン引くよ」
太田はライン引きを地面に下ろし、言われた通りに白い線を引いていった。
五十メートルほど進んだところで線を引くのをやめ、ライン引きを押して戻ってくる。
「できたよ」
「ありがと。じゃあ、太田っちはラインの右側に立って」
イタミは足元の白線の右側を指さした。
「で、あんたはこっち」
イタミは左を向き、白線の左側を指さした。
「えっ……? 誰に言ってんの?」
「いいから、いいから。はいっ、太田っち。早くこっち来て」
「う、うん」
太田は言われた通り、白線の右側に立つ。
「これって……」
「今から五十メートル走して」
「……なんで?」
「うるさいなあ。はいっ、よーい、スタート!」
イタミが手を叩いた。
「えっ? えっ?」
太田は訳も分からないまま、白線に沿って、その終わりまで走った。
「はいっ、次はそこから! 太田っち、ちゃんと走って!」
イタミが大きな声で言う。
「よーい、スタート!」
その後、太田は何往復も走り、とうとうその場にへたり込んだ。
「はあ、はあ、はあ……も……もう無理……」
「どう? 満足した?」
イタミは太田を見ずに言う。
「えっ?」
太田はイタミの視線の先に目を向けた。
さっきまで誰もいなかったはずの場所に、いつの間にか太田と同じ年頃の男の子が座り込んでいる。男の子も、荒い息を吐いていた。
「だ……誰!? なんで!?」
太田は座ったまま後ずさる。
「えっと……陸上部の黒山、だっけ?」
「はあ……はあ……あっ、はい。黒山です」
黒山はイタミと太田を交互に見て、頭を下げた。
「ゆ……幽霊? 本物? なんで?」
「病気で大好きな陸上ができなくなって、そのまま死んじゃったんだって。それが未練になって、元気に部活をやってる生徒が妬ましかったんだって」
イタミはスマホを弄りながら言う。
「マジで自己中じゃんね? だから、八つ当たりする前に思いっきり走らせたら、落ち着くかなって」
「ええっと……」
太田はまだ状況を飲み込めずにいた。
「で? 最初に見たときより顔色はよくなったみたいだけど、スッキリしたの?」
イタミは黒山の前にしゃがむ。
「はい! 楽しかったです! ありがとうございます!」
黒山は満面の笑みで答えた。
「お礼はイタミじゃなくて、太田っちに言って」
イタミは太田を指さす。
黒山が太田に顔を向け、二人の視線が合った。
太田は思わず肩をびくりと震わせる。
「ありがとう、太田っち!」
黒山が笑顔で言った。
「う……うん」
「イタミ、運動の何がいいかなんて分かんない」
イタミは興味なさそうに言う。
「はっはっはっ。僕は好きだよ。太田っちは?」
「えっ……好きかな……うん。好き」
「その格好、バスケ部?」
「うん」
「いいなあ。僕はもう、部活には参加できないからさ……」
黒山は悲しそうに呟いた。
「……」
太田は黒山を見つめる。
「バスケは好き?」
「うん……」
「じゃあ、練習頑張って、試合で活躍してね! 僕、見てるからさ、太田っち!」
黒山は微笑んだ。
「……」
「はーい。もういい?」
イタミが退屈そうに言う。
「うん。ありがとう、イタミさん」
黒山は立ち上がった。
「じゃあね、イタミさん、太田っち」
イタミはカバンからカメラを取り出し、ファインダー越しに黒山を捉える。
「はい、チーズ」
フラッシュが光り、黒山は消えた。
「あれ?」
太田はさっきまで黒山がいた場所を見つめ、呆然とした。
「じゃあ、太田っち。またねー」
イタミは太田に背を向けた。
「えっ! い……イタミさん?」
「あっ、ガラガラ片づけといてね」
振り返って笑顔で手を振り、そのまま去っていく。
太田は呆然とイタミの後ろ姿を眺めながら、しばらく座り込んでいた。
黒山の一件から二日後。九重観測所、副所長室。
「ごめんなさい……」
イタミは伏し目がちに、気をつけの姿勢で立っていた。
「恨みを持った幽霊を男子生徒に接触させるなんて、何を考えているんですか? その生徒に危険が及ぶとは考えなかったんですか?」
ウミは椅子の背もたれに寄りかからず、背筋を伸ばして座っている。視線はイタミに向けたままだ。
「イタミのスーパーパワーで、危険がないと判断しました」
イタミは顔の前でピースサインを作った。
「……」
ウミは何も言わず、イタミを見つめる。
イタミの手が、徐々に下がっていった。
「……ごめんなさい」
その後、イタミは数時間にわたってウミのお説教を食らい、バイト代をもらって、ようやく解放された。
黒山の一件から一週間後。
太田はバスケ部の練習に励んでいた。
赤山たち三人は、部活に来なくなっている。
あの後、三人は太田に報復しようと詰め寄ってきた。しかし、そのたびに太田の背後を見て顔色を変え、次第に近づかなくなった。
そんな日の放課後、太田は帰ろうとするイタミに声をかけ、それとなく聞いてみた。
「黒山くんが守ってくれてるのかな?」
「成仏してるから、あり得ないっしょ。てか、その話やめて。また怒られるかもしれないから」
イタミは自分の肩を抱き、ぶるりと震える。
それから「あっ」と、何かを思い出したように呟いた。
太田に向き直る。
「頑張れ、太田っち。応援してる……だってさ」
そう言って、友達のところへ向かっていった。
終




