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釘屋イタミの偏愛 ~平成ギャルの心霊バイト~  作者: 酒吞ピース


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4/20

四枚目 もっと強い〇〇がいるぞ!

「お邪魔しまーす」


 午前十時頃、イタミが九重観測所を訪れた。


 今日は土曜日だが、入口を入ってすぐ左手にある研究室の窓越しに、何人かの職員の姿が見える。


「あら、イタミちゃん。お疲れ様」


 受付にいる初老の女性が、優しく声をかけた。


「今日はどうしたの?」


「イタミのカメラ、調子が悪い気がして……それで、所長に見てもらおうかなって」


 イタミはカバンからカメラを取り出し、振ってみせる。


「あら、大変。所長なら、多分、所長室で作業していると思うわ」


 そう言いながら、女性は『入館許可』と書かれたネームホルダーを取り出し、イタミに渡した。


「ありがとー」


 イタミはそれを首から下げ、所長室へと向かう。


「ふんふんふーん」


 鼻歌交じりに廊下を歩く。


 休憩室の前を通り過ぎ、階段を上る手前で声をかけられた。


「イタミさん」


 凛とした声に、イタミは肩をびくりと震わせ、足を止める。


 ゆっくりと振り返ると、巫女装束に身を包んだ、長い黒髪の女性が立っていた。


「げっ……こんにちは、ウミさん」


 イタミは笑顔を作った。


「今日は何の御用ですか?」


 ウミはイタミの目を見たまま問いかける。


「えーっと……その……バイト代をもらいに……」


 イタミはスカートの裾を触りながら、もじもじと答えた。


「お仕事をしていただいた分は、毎回、すぐにお渡ししているはずですが」


 ウミはイタミから視線を外さない。


「あっ……えーっと……」


「それに、今日は土曜日なのに、なぜ制服姿なのですか? そのような格好で街をうろついていると、学生だと分かって声をかけてくる人もいるでしょう。危険に巻き込まれることだってありますよ?」


 巫女姿の人に言われたくないんだけど!


 イタミは心の中でツッコんだ。


「まあ、いいです。どんな用件で来たのかは、受付の佐竹さんに聞けばすぐに分かります」


 そう言うと、ウミは袂から職員用のスライド式ガラケーを取り出した。


「ヤバッ」


 イタミは階段へと向き直り、足を踏み出そうとする。


「動かないでください!」


 ウミの凛とした声が響いた。


「……」


 イタミはそのまま動きを止めた。


 ウミはガラケーを操作し、三桁の内線番号に電話をかける。


「お疲れ様です。ウミです」


 ウミは、受付の佐竹からイタミの来訪理由を聞いた。


「そうですか。お忙しいところ、すみません。失礼します」


 ウミは電話を切る。


「イタミさん」


「……はーい」


 イタミはできるだけ笑顔を保ち、ウミを見る。


「カメラの調子が悪いのなら、私のところに持ってきてくださればいいのに……」


 ウミは微笑んだ。


「別に怒ったりしませんよ? 作ったのは私なんですから。壊れていたら、すぐに直してあげますからね」


 イタミに向かって歩み寄る。


「さあ、私の部屋に行きましょう」


「いやー……壊れてないかもしれないっていうか……勘違いっていうか……」


「それでもいいですよ。さあ、行きますよ」


 ウミはイタミの手を引いた。


 所長に会うための口実が……


 イタミは心の中で泣いた。


 ウミに手を引かれるまま、『副所長室』と書かれた部屋に入る。


 部屋の奥には、ウミ専用の大きな机が置かれていた。天板には書類がきちんと揃えられ、その脇には筆記具や細かな道具が並んでいる。


 手前には来客用の低いテーブルがあり、それを挟んで大きめのソファが向かい合っていた。


 壁際の棚には分厚い本やファイルが収められ、どこを見ても整然としている。


 イタミはソファに座った。


「じゃあ、カメラを見せてください」


 向かいに座ったウミが手を差し出す。


「やっぱ、壊れてないと思うなー」


 そう言いながら、イタミはカバンからアクセサリーがたくさんついたカメラを取り出し、ウミに渡した。


 あっ……


 イタミが気づいたときには、もう遅かった。


「なんですか……これ?」


 ウミはカメラを持ち、左右に軽く振る。


 それに合わせて、アクセサリーがジャラジャラと音を立てた。


「……かわいいかなって」


 イタミはウミに向かってウインクする。


「……普段はパソコンで転送データの確認をするだけなので、本体を見ていませんでした。それは私の落ち度です。しかし、イタミさん。これは仕事で使うものです。観測所の備品なんですよ?勝手に色々とつけていいと思っているんですか?」


「だってー、その方がやる気出るしー。所長もかわいいって言ってくれたしー」


「……所長も知っているんですね」


「あっ……」


 またしても、遅かった。


「所長には、私から改めて注意しておきます」


「待ってよ! イタミのせいで所長が怒られるなんて嫌!」


 イタミは身を乗り出し、ウミに抗議した。


「所長として、きちんとしていただくためです」


 そう言いながら、ウミはカメラのファインダーを覗いたり、ダイヤルを回したりする。


「ねえ、ウミさん、お願い! イタミ、嫌われたくないの!」


 イタミはウミの隣に移り、抱きついた。


「所長は、そんなことでイタミさんを嫌うような人ではありませんよ」


 ウミはアクセサリーを避けながら、カメラを隅々まで点検する。


「ウーミーさーん。ごーめーんー」


 イタミはウミの首元や胸元に、頭をすりつけた。


 ウミは気にすることなく、カメラの点検を終えた。


「問題なさそうですね」


 カメラをテーブルに置く。


「お茶でも淹れますね」


 イタミの腕をほどき、立ち上がった。


「あーん! 意地悪ウミさん!」


「なんとでも言ってください」


 ウミは急須に茶葉を入れ、ポットからお湯を注ぐ。


「鬼! 巫女さん! アラサー! 副所長!」


 イタミはソファに寝転がり、手足をばたばたとさせた。


「下着が見えちゃいますよ。はしたない」


 ウミはお盆に載せた二つの湯呑みにお茶を注ぎ、テーブルへと運んだ。


「さあ、お茶を飲んで落ち着いてください」


 ウミはイタミの前に湯呑みを置き、向かいのソファに座った。


「あまあまか、炭酸がいい」


 イタミはソファにうつ伏せになったまま、不機嫌そうに言う。


「この部屋にはありません」


 ウミはお茶を飲みながら答えた。


「とりあえず、飲んだら帰ってください。まだ仕事が残っていますので」


「……ここで寝ていきたい」


 イタミはうつ伏せのまま答える。


「邪魔です」


「……静かにするもん」


「そういう問題ではありません」


「じゃあ、休憩室行く」


「休憩室を使えるのは、当日勤務している職員だけです」


「社員寮に行く」


「この前、私が出張中に泊まっていったそうですね? 規則違反です」


「しまった」


「声、出てますよ」


「所長室に行く」


「今日は所長に目を通していただかなければならない書類がたくさんあるので、やめてください」


「応援しなきゃ!」


「聞いてましたか?」



 ウミはゆっくりとお茶を飲む。


「ウミさんを手伝いたい……」


「結構です」


「イタミね……ウミさんのこと、本当のお姉ちゃんみたいに思ってるの……だから、お姉ちゃんの役に立ちたくて……」


「イタミさん……」


 ウミは空の湯呑みをお盆に置いた。


「それ、前にも聞きました。嘘ですよね?」


「しまった!」


「私は仕事に戻ります」


 そう言って立ち上がり、部屋の奥の机に向かうと、椅子に座った。


 イタミは次の手を考えているうちに、そのまま眠ってしまった。


「んっ……」


 イタミはゆっくりと目を開ける。


 身体を起こそうとしたところで、ブランケットが掛けられていることに気づいた。


 もう一度寝転がり、頭まで被る。


「へへっ、ウミさんの匂い」


 嬉しそうに微笑み、しばらくしてから顔を出した。


 壁の掛け時計を見ると、ちょうど正午だった。


 上体を起こして部屋を見渡すが、ウミの姿はない。


「ご飯かな?」


 座ったまま、大きく伸びをする。


 目の前のテーブルは、カメラも湯呑みも片づけられ、綺麗になっていた。


「喉乾いたなあ。炭酸買ってこよ」


 イタミはブランケットを脇に寄せ、ソファから立ち上がって部屋を出た。


 観測所の廊下は静まり返っている。


 気にすることなく、階段を下りて休憩室へと向かった。


「ん?」


 休憩室へと続く廊下の一番奥に、地下へ通じる鉄扉がある。


 普段は鎖と南京錠で閉ざされているが、今は鎖が外されていた。


「呪詛か……」


 イタミは休憩室へ向かう足を止め、その扉に近づく。


 鉄扉を開けると、金属の軋む音が響いた。


 目の前には、薄暗い階段が下へと続いている。


 イタミは階段を下りていった。


「……」


 下の方から、途切れ途切れに声が聞こえてくる。


 それは、祝詞のようにも聞こえた。


 階段を下りきると、小さな踊り場になっていた。その正面には、閉ざされた障子がある。


 障子には、人の形をした影が少なくとも四つ映っていた。


 途切れ途切れに聞こえていた声も、今は一定の調子ではっきりと聞こえる。


 凛とした、綺麗な声だった。


 イタミは障子をゆっくりと開け、隙間から片目で覗く。


 六畳ほどの和室。その中央に、ウミが一人、正座していた。


 壁には無数の御札が貼られ、ウミの周りには黒い影が立ち尽くしている。


 白装束に身を包んだウミは、声を途切れさせることなく言葉を紡いでいた。


「恨みは呪いとなり、呪いはかの者に。

 恨みは呪いとなり、呪いはかの者に」


 やがて、黒い影が大きくなったり、小さくなったりし始める。


 頭を抱え、身をよじり、まるで火に焼かれているかのように暴れ出した。


 イタミは目をそらさず、その様子を見つめている。


 影は一つ、また一つと消えていった。


 最後の影も、燃え尽きるように消える。


 ウミの声もそれに合わせて小さくなり、やがて止まった。


「……お昼寝の後は、覗きですか?」


 ウミは振り返ることなく、イタミに声をかける。


「いやー、バレちゃいましたか?」


 イタミはゆっくりと障子を開けた。


「まったく……普通なら、見ただけでも呪いに当てられるほど危険なことなんですよ?」


 ウミは正座したまま、ゆっくりと振り返った。


「イタミは平気です」


 イタミは笑顔で答える。


「あなたが特別なだけです」


 ウミは呆れたように言うと、立ち上がってイタミに近づいた。


「着替えてくるので、待っていてください。一緒に出ましょう」


 ウミはほんのりと汗をかいていた。


「今日は三人呪ったんですね」


「ええ」


 更衣室へ向かうウミに、イタミはなんとなくついていく。


「今回はどんなレベルですか? 即死?」


「殺したりはしませんよ。恨みの主は、かの者が徐々に呪いに蝕まれ、苦しみながら生きていくことを望んでいましたから」


「ふーん」


「まあ、途中で自ら死を選ぶかもしれませんけど」


 ウミはその綺麗な顔に微笑みを浮かべた。


「ところで、なんでついてくるんですか? 階段で待っていてください」


「ウミさんの着替えを手伝おうかなって」


 イタミはピアスのついた舌を出す。


「結構です」


「えー! ウミさんの綺麗な身体、見ーたーいー」


 イタミはウミの白装束の袖を掴んだ。


「馬鹿なことを言っていないで、待っていてください」


「……じゃあ、炭酸買ってください」


「意味が分かりません」


 ウミはイタミの手を袖から外し、更衣室に入って鍵をかけた。


「ちぇっ」


 イタミはつまらなそうに階段へ戻り、段に腰を下ろす。


 スマホを弄りながら、ウミを待った。


 数分後、巫女装束に着替えたウミと一緒に、イタミは地下を出た。


 そのまま休憩室へ向かい、ウミに飲み物を買ってもらう。


 二人は椅子に腰を下ろし、しばらく談笑していた。


「私にも呪詛ってできますかね?」


 イタミは炭酸ジュースを飲みながら聞く。


「もちろん。よく学び、多くのことを理解すれば、イタミさんにもできますよ」


 ウミはペットボトルのお茶を飲み、微笑んだ。


「やっぱりいいや……」


「イタミさんの霊感はとても強いんですから、自信を持ってください」


「そこが問題じゃなくてですね……」


「?」


 ウミは不思議そうにイタミを見て、首を傾げる。


「まあまあ、今はイタミや観測所のみんなで恨みを探して、その相手をウミさんが呪う。それでいいじゃないですか。みんなで所長のために頑張ろー」


 イタミは誤魔化すように、大袈裟に両手を上げた。


「まあ、所長のためでもありますけど、世の中のためですからね。呪いでクズが苦しめば、喜ぶ人も多いでしょうし」


 そう言うと、ウミはお茶を持って立ち上がった。


「イタミさん。それを飲んだら、今度こそ帰ってくださいね」


「はーい。お疲れ様でしたー」


「お気をつけて」


 ウミは微笑み、休憩室を後にした。


 イタミは炭酸ジュースを飲みきると、不敵に笑う。


「ここまで来て、所長に会わないなんてあり得ないでしょ」


 休憩室を出て、所長室へと続く階段を上り始めた。


「イタミさん。出口はこっちじゃないですよ」


 凛とした声が、頭上から降ってきた。


 恐る恐る見上げると、ウミが笑顔でこちらを見下ろしている。


「……間違えちゃった!」


 イタミは舌をぺろりと出し、自分の頭をコツンと叩いた。


「一緒に行きましょうね」


 ウミが笑顔で階段を下りてくる。


「……わーい」


 イタミの土曜日は、こうして終わっていった。


 終

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