二枚目 ガラケーは折りたたみ?スライド?どっちだった?
「あーん」
イタミは幸せそうな顔で、お昼ご飯のハムサンドを頬張る。
「イタミ、今日ずっと機嫌がいいわね」
あゆみんはお弁当の卵焼きを食べながら、イタミを見て言った。
「まーねー」
イタミは否定することなく、ニコニコしている。
「なに? そのサンドイッチ、そんなに美味しいの?」
花ちゃんがイタミのサンドイッチを見る。
「ふふっ、すっごく美味しいよ!」
イタミは大きく口を開け、まだ半分ほど残っていたサンドイッチを一気に頬張った。
「あっ! 一口欲しかったなあ……」
花ちゃんが名残惜しそうに言う。
「私には、普通のコンビニのサンドイッチにしか見えなかったけど」
あゆみんは机に肘をつき、パックの紅茶をストローで飲む。
「まだあるけど、絶対にあげない」
イタミは昨日から今朝にかけてのことを思い出した。
昨日、バイト料をもらいに九重観測所へ行き、そのまま強引に泊まっていったのだ。
夜勤の職員に交じって所長の話を聞いたり、理由をつけて、もう何度も見て回った施設を所長と一緒に見学したり。
とても幸せな気持ちで、社員寮で眠りについた。
そして今朝、所長から「よかったらお昼に」と、サンドイッチをもらったのだ。
それを今、イタミは噛み締めている。
「ふふーん」
「変な子ねー」
あゆみんが呆れたように笑う。
「いいなー」
花ちゃんが羨ましそうに言った。
そのときだった。
「イタミさーん」
同級生が教室の前側の出入り口から、一番後ろの窓際に座るイタミに声をかけた。
「なーにー?」
「三年生の先輩が、話があるって……」
「イタミは今、所長事情……じゃなくて、諸事情でマジで忙しいって言っといてー」
イタミは不機嫌そうに返す。
「でも……」
同級生はバツが悪そうに、イタミと廊下を交互に見た。
「あー、そこにいるなら、用があるなら入ってこいって言っといてー」
同級生は廊下へ顔を向けた。少ししてから、イタミに向き直る。
「やっぱりいいって……」
申し訳なさそうに言う同級生に、イタミは微笑みかけた。
「あなたが悪いわけじゃないよ。ごめんね。面倒くさいことに巻き込んじゃって」
「私は全然。またね」
同級生は軽く手を振り、その場を離れた。
「また告白か」
あゆみんがジト目で廊下の方を見る。
「イタミ、かわいいから」
自分で言いながら、イタミはペットボトルの炭酸ジュースを飲んだ。
「本当に誰とも付き合わないの?」
花ちゃんが菓子パンを食べながら聞く。
「ないない。それに、さっきのやつなんて、人を使ってる時点でマジあり得ない」
イタミは残りのサンドイッチを食べ終えると、両手を合わせた。
それからゴミをまとめ、袋に入れてカバンにしまう。
「捨ててきゃいいのに」
あゆみんもゴミをまとめながら言った。
「いいから、いいから」
イタミはニコニコ顔で返す。
「まあいいや。手、洗いに行こ」
三人は席を立った。
女子トイレに入って手を洗うと、イタミたちは鏡の前で髪やメイクを直し始めた。
イタミが見ている鏡から、頭が半分欠けた女が顔だけを突き出し、イタミの顔を覗き込む。
「ちょっと、邪魔なんだけど」
「なんか言った?」
隣のあゆみんが髪を直しながら聞いた。
「虫が飛んでただけー」
イタミはリップを塗りながら返す。
頭の欠けた女はイタミを不思議そうに見つめ、低い声で唸った。
「あぁ……アァあア……ァ」
「お金になんないんだから、静かにしてー」
「またなんか言ってる」
あゆみんが花ちゃんに声をかける。
「いつものことでしょ」
花ちゃんは歯を磨きながら返した。
「それもそうか」
あゆみんは個室に向かう。
「あ? アァ? アァ……」
やがて、女は消えていった。
教室に戻ると、イタミはカバンからガラケーを取り出した。
センター問い合わせのボタンを押す。
画面には、『新着の恨みはありません』の文字。
それを見て、イタミは小さくため息を漏らした。
今朝会ったばっかだけど、所長に会いたいなー。
そんなことを思いながら、机に突っ伏す。
用もないのに遊びに行くと、副所長がうるさいし。
恨みでも届いたら……
やがて、イタミは眠りについた。
次に目を覚ますと、夕日の差し込む教室に、イタミは一人で座っていた。
周りはやけに静かだ。
イタミは伸びをして、大きな欠伸をした。
「なにこれ。異常に巻き込まれた? それとも夢?」
窓から外を見る。
真っ赤な夕日が、グラウンドを照らしていた。
教室を見渡す。
誰もいない。
「異常の方かな? 起きろー、起きろー、イタミー!」
……
「異常かあ」
イタミは立ち上がり、もう一度伸びをした。
スマホを見る。
電源が入っていないのか、画面は暗いままだ。
「電源入らないとか無理。暇すぎて死ぬ」
そのとき、机に掛かっているカバンが目に入った。
「カバンもこっちに来たんだ……じゃあ、スマホぐらい使えるようにしてよ!」
イタミはカバンを机に置き、中からガラケーを取り出して開いた。
『イッショニアソボ』
その文字を見て、イタミは微笑む。
「所長に会えるじゃん! ラッキー! これって運命かも……」
所長に会いたいと思ったときに、会えるきっかけができる。
まあ、いつでも会いたいと思ってるけどね。
イタミはガラケーを胸に抱え、目を瞑ってニヤニヤする。
『キイテル?』
新着のメッセージが届くが、イタミは気づかずにガラケーを閉じた。
ガラケーをカバンにしまい、カバンを肩に掛けて廊下に出る。
廊下は夕日に照らされ、茜色に染まっていた。
教室も、廊下も、同じ色に染まっている。
それだけで異様な光景なのだが、イタミは特に気に
することもなく、カバンから使い捨てカメラを取り出した。
「スマホ使えないし、これで写るかな? 所長に見せてあげよっと!」
そのとき、イタミの正面の窓が、バンッ! と大きな音を立てて揺れた。
そこには、顔だけが異様に膨れ上がった女の子が張りついていた。
笑っているようにも見えるが、本来なら目や鼻があるはずの場所がボコボコしていて、表情は読み取れない。
「遊ぼう?」
女の子がイタミに語りかける。
「ちょっと邪魔。夕日が撮れないんだけど」
カメラのファインダーを覗いていたイタミは、不機嫌そうにカメラを下ろした。
「あっ……ごめんなさい」
女の子は窓を開け、廊下に降り立った。
イタミは再びファインダーを覗き、シャッターを切る。
「うーん、最高! イタミって、写真の才能あるかも!ちゃんとデータ飛んでると良いなあ」
満足そうに微笑む。
「あ……あの……」
女の子が控えめに声をかけた。
「なーに?」
イタミはカメラを、ピンク色のカーディガンのポケットにしまう。
「怖くないの?」
「なにが?」
「この場所や、私の顔」
「別に?」
「私、こんな顔してるんだよ?」
女の子は、自分の大きく膨れた凸凹の顔を撫でた。
「顔なんて、みんな違うじゃん。まあ、その中でもイタミはちょーかわいいけど」
自分の頬を両手で包み、イタミはうっとりする。
「……変なお姉ちゃん」
女の子が呆れたように言った。
「まあ、どうでもいいけど、なんか用?」
イタミは女の子の目線の高さに合わせて屈む。
「……一緒に遊びたい」
女の子は手をもじもじさせながら答えた。
「いーよー。何する?」
「かくれんぼしたい……私を見つけてほしい」
「イタミが鬼ね。いいけど、イタミ強いよ?」
イタミはピアスのついた舌を出した。
「本当に見つけてくれる? 置いてかない?」
「当たり前じゃん。てか、見つけなきゃ出られないでしょ」
イタミは立ち上がり、目を瞑る。
「何秒?」
「……三十秒」
「はいはーい。いーち、にーい、さーん……」
女の子にも聞こえるように、大きな声で数え始めた。
「にーじゅうきゅう。さーんじゅう。もーいーかい?」
「もーいーよ」
どこからか、女の子の声が響く。
「うーん。気配ですぐに分かっちゃうからなー」
イタミは階段を一つ下の階まで降り、女子トイレに入った。そのまま真っ直ぐ、奥の個室に向かう。
「みーつけた」
女の子は便座の蓋の上で、体育座りをしていた。
「お姉ちゃん、凄いね」
女の子は目を丸くしているように見える。
「イタミだからねー」
イタミはどこか誇らしげに言った。
「何回でも見つけてくれる?」
「うん」
「まだ遊びたい……」
「じゃあ、隠れて隠れて!」
イタミは目を瞑り、また数え始める。
女の子は嬉しそうに個室から出て、駆けていった。
その後も、女の子は教室の掃除道具入れや保健室、更には職員室など、様々な場所に隠れた。
けれど、イタミはそのたびに、すぐに見つけた。
やがて、イタミは校舎を出て、校内の池へと向かった。
そこで、女の子を見つけた。
さっきまで走り回っていた女の子が、まるで物のように池に浮かんでいる。
「みーつけた」
イタミが声をかけても、池の女の子は動かない。
そのとき、イタミの隣に、先ほどまで一緒に遊んでいた女の子が現れた。
池にも、女の子は浮かんだままだ。
「お姉ちゃん、見つけてくれてありがとう」
「どういたしまして」
イタミは屈み、隣の女の子を見る。
「寂しかった……」
「あなたは、ここで死んだの?」
「違うと思う。でも、水の中だった」
「そっかー。でも、かくれんぼは今日で終わりだね」
イタミは女の子の手を握った。
「……怖い」
女の子は震えている。
「大丈夫。案外、向こうって楽しいらしいよ?」
イタミは女の子の肩を抱いた。
「……本当に?」
「うん」
冷たい肩を抱きながら、イタミは続ける。
「向こうなら、同じ小学生ぐらいのお友達もいっぱいいるよ? かくれんぼだって、たくさんできるよ?」
「ふふっ、もうかくれんぼは嫌だな。次は鬼ごっことかしたい!」
女の子は可愛く笑った。
「ふふっ、絶対できるよ」
「うん!」
イタミはカメラを取り出し、笑顔の女の子に向けてシャッターを切った。
女の子は消えていった。
イタミは空を見上げ、深呼吸する。
やがて、眠りにつくような感覚に襲われ、意識が遠のいていった。
「……ミ。ねえ、イタミ!」
あゆみんの声で目が覚める。
そこには、あゆみんと花ちゃんがいた。何人かの生徒も、帰り支度をしている。
「あんた、午後の授業から今まで、ずっと寝てたよ」
花ちゃんがお菓子を食べながら、笑って言った。
「なに? 寝不足? 体調不良?」
あゆみんがイタミの頭を撫でる。
「んー」
イタミは大きく伸びをした。
「かくれんぼしてたの」
「はあ? 誰と?」
あゆみんが不思議そうな顔で聞く。
「あっ、名前聞いてなかった」
「はっはっはっ! まだ寝ぼけてる」
花ちゃんが楽しそうに笑った。
イタミはカバンからガラケーを取り出し、開いて画面を見る。
少しして、微笑みながらガラケーをしまった。
「さなちゃんとかくれんぼ!」
「「はあ?」」
あゆみんと花ちゃんは顔を見合わせる。
「さあ、帰ろう。イタミ、早く帰ってバイト先に電話したいし!」
イタミはカバンを持って立ち上がった。
「イタミって、私たちの前じゃ絶対にバ先に電話しないよね?」
花ちゃんがイタミに抱きつく。
「えへへ。乙女の秘密なの」
「なんだとー」
花ちゃんは楽しそうに、イタミの身体をさすった。
「きゃー! あゆみん、助けてー!!」
イタミも楽しそうに笑う。
「はいはい。邪魔になるから、外でやりな」
あゆみんは二人を置いて、教室を出ていった。
「あーん! 置いてかないで!」
イタミと花ちゃんは、あゆみんに駆け寄る。
イタミのガラケーには、こんなメッセージが届いていた。
『イタミオネイチャン、ミンナトアソベテタノシイヨ。マタ、アソボウネ。サナ』
終




