十七枚目 心霊やUFO特集、昔はTVで沢山放送してたね
「……おい」
イタミは漫画喫茶の個室でメイクをしていた。
「……おい! 聞こえてるだろ!」
「なーにー?」
イタミは鏡を覗き込みながら、気の抜けた返事をする。
「俺様をどうする気だ?」
「まあまあ」
イタミは注文したポテトを一口食べた。
「まあまあじゃねえ! さっきから何を勝手にくっつけてやがる!」
声の主は、イタミの隣に置かれた小さな人形だった。
全長二十センチほど。黒ずんだ布で作られた身体はあちこち擦り切れ、手足には不揃いな縫い跡が残っている。
顔の左目は黒いボタン。右目は赤黒い糸で乱雑に縫い潰され、口元にも同じ糸が渡されていた。
もともとは、見る者に不気味な印象を与える呪いの人形だった。
それが今では、黒い毛糸の髪に大きなピンクのリボン。髪にはハートの飾りがいくつもぶら下がり、首元には小さなウサギのチャームまでついている。
ボロボロの身体には、ピンク色の布まで縫いつけられていた。
誰がどう見ても、呪いの人形というより、趣味の悪いギャルの手作り人形である。
「えー、かわいいじゃん」
「ふざけんな! 俺様は由緒正しき呪物だぞ!」
「はいはい」
「聞けや、クソガキ!」
イタミは人形をちらりと見て、満足そうに頷いた。
「うん。やっぱ、ピンク似合うねー」
「てめぇ……!」
「ポテト食べる?」
「いるか!」
「食べられないか」
イタミは笑いながらポテトを口に運んだ。
「……呪い殺してやる」
人形は先ほどから、イタミに向かって呪いを飛ばし続けていた。
しかし、イタミには何の効力も示さない。
なんなんだ……このガキ……。
化け物か……。
人形が内心で毒づいていると、イタミが顔を向けた。
「なに?」
「……」
「イタミはね、あなたと仲良くなりたいの」
「はあ?」
イタミは人形の頭を片手でつかみ、自分の顔の前まで持ち上げた。
「イタミとあなたは、今日から友達……いや、相棒かな?」
イタミは首を傾げ、しばらく考え込む。
「わけわかんねぇ! 頭かち割るぞ!」
人形は小さな手足をばたつかせた。
「名前、決めなきゃね」
イタミは気にも留めず、再び考え始める。
「んー、ミニイタミ……ぬいぐるみ……イタぐるみ……。うーん、長いなあ」
「おい! 聞いてんのか、ガキ!」
「あ、そうだ!」
イタミはぱっと顔を輝かせた。
「痛みちゃん! 漢字で『痛み』ね?」
満足そうに微笑むイタミ。
「勝手に話を進めるな! 俺様の話を聞け! だいたい、協力なんてすると思うか?」
「しなきゃ、怖い巫女さんに祓ってもらうよ?」
「はっ! ガキの言いなりになるくらいなら、そのほうがマシだな」
「へー」
イタミはピアスのついた舌をぺろりと出した。
「協力してくれたら、イタミならあなたの目的も叶えてあげられるよ?」
「……お前、なんでそれを?」
「イタミのスーパーパワー」
「…………」
人形は暴れるのをやめ、小さな腕を組んだ。
「……お前を信用できねぇ」
「じゃあ、血の契約ね」
「なに?」
「そうすれば、信じられるでしょ?」
「……本気で言ってんのか?」
イタミは人形を見つめ、いたずらっぽく微笑んだ。
「ふふっ。どうする?」
「…………」
人形は黙り込んだ。
目の前の小娘は、得体が知れない。
呪いが通じないどころか、自分の目的まで見透かしている。
だが、もし本当に目的を叶えられるのなら。
人形は小さな腕を組んだまま、イタミを睨みつけた。
「俺様の目的が達成されれば、何人かの人間は確実に死ぬぞ」
「イタミはね、所長がいればいいの。もちろんウミさんやあゆみん、花ちゃんも大事だけど、所長がいればいい」
イタミはニヤリと笑った。
「……狂ってるなお前」
「ふふっ。で? どうする?」
「俺様が、その所長ってやつを殺すかもしれないぞ?」
「契約に組み込むに決まってるでしょ? それとも、目的達成後の話をしてる?」
人形を持つイタミの手に、ぎゅっと力がこもった。
「……そんなこと、させるわけなくない?」
イタミは人形を見つめた。
その目からは、先ほどまでのふざけた様子が消えていた。
「……何をさせる気だ?」
「ふふっ、潜入捜査」
イタミはウインクした。
「契約内容は?」
「釘屋イタミを裏切らないこと」
「……性格悪い女だな」
「わかりやすいでしょ?」
血の契約は、内容が簡潔であるほど強い効力を発揮する。
今回の契約では、釘屋イタミが裏切り行為と判断するすべての行為に制限がかかる。
イタミは、そのことを理解していた。
「『痛み』ちゃんは?」
「……帝のミイラを俺様に差し出せ」
「オッケー」
「裏切りの代償はどうすんだ?」
「魂の消滅」
「……取り消せねえぞ」
「取り消す気ないからいいよ」
「……」
「なに? 怖いの?」
イタミは痛みをニコニコと見つめる。
「……いいだろう。契約だ」
「ふふっ」
イタミは痛みをテーブルの上に置く。
「じゃあ、やるよ? 裏切りの代償はちゃんと真似してね?」
「……早くしろ」
イタミはニヤリと笑った。
「帝のミイラを、『痛み』に差し出す。裏切りの代償は、魂一つの消滅」
そう言って、イタミは自分の親指の腹を歯で軽く噛み切った。
親指に血が滲む。
イタミはそれを痛みの前に突き出した。
「俺様は釘屋イタミを裏切らない。裏切りの代償は、魂一つの消滅」
痛みは差し出された親指を両手でつかみ、滲んだ血を顔に塗りつけた。
すると、塗られた血がボコボコと脈打ち始めた。
やがて血は薄れていき、まるで布の奥へ染み込むように消えていった。
「ふふっ。よろしくね、『痛み』ちゃん?」
イタミは自分の親指についた血を舐めながら笑った。
「ふん」
痛みはそっぽを向いた。
「あっつ!」
突然、胸元に熱を感じたイタミは、制服のシャツのボタンを外して谷間を覗き込んだ。
そこには、縦横五センチほどの骸骨の紋様が浮かび上がっていた。
「なにこれ?」
「契約成立の紋様だ」
痛みはテーブルから降り、イタミのもとへ近づいた。
「やるなら、とっととやるぞ」
「まあまあ。夏休みは始まったばっかりだよ? ゆっくりと……ね」
イタミは谷間に浮かぶ紋様を、愛おしそうに撫でた。
終




