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釘屋イタミの偏愛 ~平成ギャルの心霊バイト~  作者: 酒吞ピース


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十五枚目 思い出す思い出は嫌なことが多い。ああ無情

 九重観測所では、幽霊や呪いが人体や環境にどのような影響を及ぼすのか、日夜、研究と観測が行われている。


 観測データを確認していた作業員たちは、ふと思い出したように話し始めた。


「そういや最近、うちに出入りしてる女の子の話、知ってる?」


 眼鏡をかけた男が、隣の作業員に尋ねた。


「なんすか?」


 クリップボードを手にした男は、画面に表示されたグラフを見つめたまま答える。


「なんでも、半端ない霊感の持ち主なんだってさ」


「へー。てか、霊感なら俺もありますけど」


 クリップボードを持った男は鼻で笑った。


「当たり前だろ。ここの採用条件なんだから。そうじゃなくて、マジで普通じゃねえんだよ、あれは」


 眼鏡の位置を指で直しながら、男は呆れたように言った。


「先輩、見たんすか?」


「見た見た。あんな女の子がいるなんて、恐ろしいよ」


「先輩の霊感が弱いからじゃないっすか?」


 クリップボードをパタパタと振りながら、男はからかうように言った。


「一回見てみろって。あれは次元が違う」


「はいはーい。……あっ、ちょっと君!」


 クリップボードを持った男が、後ろを通りかかった白衣の女性に声をかけた。


「はい」


 凛とした声で返事をした女性は、足を止めて男を見た。


「このデータ表、若様に渡しといて」


 男はクリップボードから紙を一枚抜き取り、ひらひらと振って見せた。


「……若様?」


 女性は不思議そうに首を傾げた。


「新しい所長様だよ」


 男たちは顔を見合わせ、笑い合った。


「……」


 女性は紙を受け取ると、男たちをまっすぐに見た。


「それなら、所長と呼んでください。失礼だと思います」


 凛とした声で、はっきりと言い切った。


「……なんだ、お前? 確か新人だったよな? 生意気だな」


「名前は?」


 男たちは不機嫌そうに問いかけた。


 女性は臆することなく、男たちをまっすぐに見据えた。


「風ウミです」


 風ウミ、入社一年目。十九歳の夏。


     *


「今日が終われば夏休みー」


 イタミは自分の部屋でメイクをしていた。


 コン、コン。


 控えめなノックが響く。


 少しだけ開いた扉から、中年の女性が顔をのぞかせた。


「……イタミちゃん。今日、学校お昼まででしょ? 良かったらご飯でも食べに行かない? なんでも好きなの言っていいのよ?」


 女性は遠慮がちに尋ねた。


「……イタミ、開けていいって言った? キモいんだけど」


 イタミは鏡でメイクをしながら言った。


 その表情は、どこか冷たかった。


「ご……ごめんね。食べたいものがあったら、また連絡してね」


 女性は慌てて扉を閉めた。


「……」


 イタミは鼻歌交じりにメイクを続けた。


     *


「失礼します」


 ウミは所長室を出て、休憩室へ向かった。


「お疲れ様です」


 部屋に入ると、休憩中の職員たちに声をかけ、自動販売機へ向かう。


 ふと、先ほど所長室にいた少女のことを思い出した。


『こんにちは』


 少女は虚ろな目で床を見つめていた。


 その背後には、おびただしい数の幽霊が列をなしていた。


 ウミはそちらをちらりと見る。


「おおっ? 殺……して? 殺し……た? ろ……まあ……見て! 見て! 助けてー! あっはははは! まーだだよ? 帰ろうよ? いきたーー、ーー?」


 意味の通らない声が、いくつも重なって聞こえてくる。


 これだけの幽霊を背負っていれば、普通は恐怖を感じてもおかしくない。


 しかし、少女は怯える様子もなく、ただ虚ろな目で床を見つめていた。


 ウミは思わず息を呑んだ。


 恐ろしいのは、幽霊ではない。


 それを当たり前のように背負っている、目の前の少女だった。


 所長はウミから受け取った書類を確認すると、少女に向き直った。


 ウミはそのタイミングで部屋を出た。


 ……あの少女はいったい何者なのだろう。


 自動販売機で買ったお茶を飲みながら、ウミは考え込んだ。


 幽霊が見えるだけなら、ウミ自身もそうだ。


 所長室にいた少女の背後にいた幽霊たちを思い出す。


 ウミはお茶のペットボトルを両手で握りしめた。


     *


「休みの期間も、勉学に励み、社会の一員として節度ある行動を……」


 イタミの通う学校では、校長が終業式の挨拶をしていた。


 生徒たちが並んで立つ中、イタミは退屈そうに話を聞いている。


 所長に会いたいなー。


 そんなことを考えながら、イタミは大きく欠伸をした。


 やがて終業式が終わり、イタミたちは学校を出た。


「いやー、休み休み」


 花ちゃんが楽しそうに言った。


「イタミ、お腹すいたー」


「おっ! どっか行く?」


 花ちゃんがイタミの肩を抱く。


「イタミ、ハンバーガーが食べたい! かぶりつきたい気分!」


「ワイルドだねえ」


「ワイルドだよー」


 二人は笑い合った。


「はいはい。それじゃあ早く行くよ。どの学校も今日から休みだから、混んじゃいそうだし」


 あゆみんが二人の背中を押しながら歩き出す。


「また、イタミがナンパされるな」


 花ちゃんがイタミに抱きついた。


「イタミかわいいから。でも、全然興味ないの」


 イタミは両手で頬を包んだ。


「おーおー、生意気だこと」


 あゆみんが笑いながら言った。


「でもさ、私ら、つるんで一年とかだけど、イタミはタイプ教えてくんないもんね」


「ふふっ、イタミはね、秘密の女なの」


 イタミは気取ったように言った。


「なんじゃそりゃ」


 三人は笑い合った。


     *


 ウミはその日の仕事を終え、所長室へ向かった。


 コン、コン、コン。


 扉をノックするが、返事はない。


「……」


 それでも、扉の向こうからは大量の幽霊の気配が感じられた。


 昼間に見たあの少女は、まだ中にいる。


「……」


 所長には、霊感がほとんどない。


 もし、あれだけの幽霊の恨みにあてられていたら……。


「……申し訳ありません」


 ウミはそう断ってから、扉を開けた。


 目の前には、目と口を大きく開いた女が立っていた。


 ウミを囲むように、たくさんの赤ん坊が四つん這いで近づいてくる。その顔立ちは、老若男女さまざまだった。


 天井からは、顔の大きな老人が首を吊り、大笑いしながらウミを見下ろしていた。


 ウミはそれらを気にも留めず、所長室へと足を踏み入れた。


 部屋の奥、向かい合わせに置かれたソファの片方に、少女が体育座りをしていた。


 ウミは少女の前にしゃがみ込む。


「こんにちは」


「……」


 少女は答えず、一点を見つめている。


「一緒にいた所長……お兄さんは、どこに行ったかわかるかな?」


「……」


「あっ、急にごめんね。私は風ウミって名前なの。あなたは?」


「……」


「……」


 ウミは少女を優しい目で見つめた。


「……ミ」


「ん?」


 少女はウミの目を見た。


「……カスミ」


     *


「あーん」


 イタミは幸せそうにハンバーガーを頬張った。


「しかし、本当によく食うよね、イタミは」


 あゆみんはシェイクを飲みながら、ちらりとイタミを見る。


「それでいて太らないもんね。あー、羨ましい」


 花ちゃんはポテトを食べながら言った。


「イタミ、消化がいいのかも。すぐお腹減るし」


 イタミは笑いながら答えた。


「あんた、胃袋二つあるんじゃない?」


 そう言って、あゆみんと花ちゃんは笑った。


「ふふっ、そうかも」


 イタミは指を舐めながら言った。



 終

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