十四枚目 夏休みの宿題、最初は頑張る
「おっ、あの子かわいくね?」
コンビニの灰皿の横でしゃがんでいる男が、チューハイを飲みながら隣の男に声をかける。
「普通じゃね?」
帽子を被った男は、スマホを見ながら煙草の煙を吐き出した。
「面食いめ。あーあ、女と飲みに行きてぇ」
「駅の方、出る?」
「いや、金ねぇ」
「そうか」
その時、スーツ姿の男性が灰皿に近づいてきた。
男性は胸ポケットから煙草を一本取り出し、火をつける。
しゃがんでいた男は、動くことなく男性を足元から頭まで眺めると、鼻で笑った。
「あーあ」
男も煙草を取り出し、火をつける。
やがて男性は、まだ長く残っていた煙草を消すと、コンビニの前に停めてある車へと向かっていった。
「暇だなぁ」
しゃがんでいた男が立ち上がり、伸びをする。
「帰る?」
帽子の男がチューハイを渡しながら尋ねた。
「帰ってもなぁ」
男はチューハイを受け取り、口をつける。
「おっ、ギャルじゃん」
帽子の男が、煙草で少し先を指し示した。
「ん? おお! 今度はかわいいと思うよな?」
「思う思う」
男たちはにやにやしながら、こちらへ歩いてくるギャルを眺めていた。
「飲みてぇよな」
「制服着てるし、JKだろ」
「ギャルだし、酒好きじゃね?」
「知らねーよ」
男たちは笑いながら話している。
やがてギャルは男たちの目の前までやってくると、ぴたりと足を止めた。
「おっ……えっ?」
「……なに?」
男たちは戸惑いながら、目の前に立つギャルを見上げた。
「あんた達、もう死んでるから。成仏してくんない」
イタミは面倒くさそうに言い放った。
男たちは顔を見合わせた。
「……えっ」
「電波な子?」
男たちはにやにやしながら、イタミを見る。
「じゃあ聞くけど、あんた達いつからここにいんの?」
「いつからって……なぁ?」
チューハイを持った男が、帽子の男に顔を向ける。
「まだ来たばっかだよな?」
「おう。……ん?」
帽子の男は、煙草を吸う手を止めた。
「いつから……だっけ」
チューハイを持った男は、手元の缶を見つめる。
「俺、このチューハイいつまで飲んでんだ?」
何気なく口にした言葉に、男自身が違和感を覚えた。
「俺の煙草も、中身が減ってねぇ……。何本も吸ってるのに」
帽子の男も、手にした煙草を見つめる。
男たちは顔を見合わせた。
さっきまで浮かべていた笑みが、少しずつ消えていく。
やがて二人の顔から血の気が引いた。
「思い出したー?」
イタミはカバンからガラケーを取り出し、二人に画面を見せる。
『ノミニイコウゼ』
イタミはガラケーや使い捨てカメラ、そして自分の仕事について、掻い摘んで説明した。
「俺ら、死んだんだ」
チューハイを持った男が項垂れる。
「なんで死んだんだっけ?」
帽子を被った男は、自分の顔を触りながら首を傾げた。
「イタミ調べたけど、あんた達がここで突っ立ってる時に、アクセルとブレーキを踏み間違えた車が突っ込んできたんだって。何年か前だけど」
イタミはスマホを弄りながら答える。
「あー、思い出してきた。目の前が真っ白になって、俺その時座ってたから顔面がモロ潰されたんだわ」
チューハイの缶を持つ男の顔が、ぐしゃぐしゃに潰れた顔へと変わる。
「俺も座ってたっけ? 俺も顔面潰れたのかな」
帽子を被った男の腰から下がグニャリと曲がり、寝そべるような格好になった。
「てか、お前顔やば」
帽子の男は寝そべったまま笑う。
「えっ?」
顔の潰れた男は缶を置き、自分の顔を触った。
「痛くねえ……ってか、感覚ねえけど気持ちわりぃ」
顔の潰れた男は、自分の顔をペタペタと触る。
「喋ることは出来るのな。おもしれぇ」
男は肩を揺らして笑った。
寝そべった男は、ため息のように呟いた。
「呆気なかったな、俺らの人生。……えっ! てか、お前は腰から下がおもしれぇ」
顔の潰れた男が、寝そべった男を見て笑う。
「えっ? ヤバ、腰ってこんなに曲がんだ」
寝そべった男も、自分の体を見て笑った。
「お前みたいに頭の方が無事でも死ぬんだな」
顔の潰れた男は、寝そべった男の顔を指差す。
「え? そりゃそうじゃね?」
「なんで?」
「脊髄とかあるし、あと多分、血もめちゃくちゃ出るんじゃね?」
「失血多量だっけ?」
「出血多量じゃね?」
「知らねえ」
男たちは二人で笑い合う。
イタミはコンビニの壁にもたれ、スマホを弄っていた。
「死んだのが何年か前なら、部屋とか家族に見られたよな」
顔の潰れた男は、煙草を一本取り出して火をつける。
「じゃない? お前、実家だし。あれ? 俺のアパートってどうなったんだろ? 口座に金ねえから、引き落としされねえじゃん」
寝そべった男は頭を掻いた。
「アホか。死んでんだから解約だろ、解約。事故物件じゃん」
「俺、死んだのここだろ。事故物件って、そこで人が死んだら言われんだろ」
「へー。あー、母ちゃんに俺の部屋のエロ本見られたよなー」
「そんなん見てたのかよ。ネットでよくね?」
「高校の時、先輩から貰ったやつだよ。とっとと捨てときゃ良かった」
「スマホとかも家族が解約すんのかな?」
「死んでるから知らねえ」
「さっき、気づいたんだけどな」
男たちは顔を見合わせ、笑い合う。
イタミは大きく欠伸をした。
「死んだかー。でも、金かかんなくていいのかも」
顔の潰れた男は、煙草を灰皿に投げ入れる。
「あの世でも金かかるかもしんねえじゃん」
「えっ? あの世でもバイトすんの?」
「知らねえ。でもそうなりゃ、最悪だな」
「めんどくせー」
「コンビニとか居酒屋あるかな?」
「あるなら女と飲みてえな」
「はっはっはっ、生きてても死んでても変わんねえじゃん」
寝そべった男は笑いながら煙草に火をつける。
「一緒だな。えっ? 一緒って言ったら、またお前と一緒かよ」
「またってどっからだよ」
「中学からだろ? そんで高校、大学、あの世」
「わかんねえよ? 成仏したら離れるかも」
「そうかー」
「寂しいか?」
「わりとな」
「俺も」
「「……」」
男たちは静かになる。
イタミはコンビニでアイスを買っている。
「有名人とか偉人とかに会えるかな?」
そう言いながら、寝そべった男は煙草を地面で消す。
「会いたいやついる?」
「んー、昔好きだった格闘選手とか。お前は?」
「織田信長とか?」
「なんで?」
「有名人じゃん」
「何話すんだよ」
寝そべった男は笑う。
「決めといた方が良いか」
「そりゃお前、殿様だからムカつくやつは切られるっしょ?」
「じゃあ、会いたくねえな」
イタミはアイスを食べながら戻ってくる。
「もういい?」
イタミは気怠そうに言う。
「「……」」
イタミはアイスを咥えながらカバンから使い捨てカメラを取り出す。
「もふ、いいよふぇ?」
イタミはアイスを咥えながら言う。
「……あのさ、俺たちあの世行ったらどうなんの?」
顔の潰れた男はイタミに聞く。
「知らなーい」
イタミはアイスを手に持ってくるくると回す。
「別に天国でも地獄でも……まあそんなの本当にあるかも知らねえけどさ、こいつは会えるのかな?」
寝そべった男もイタミに聞く。
「だから、イタミは知らないの」
イタミは不機嫌そうに言う。
「しゃーねーか」
顔の潰れた男は立ち上がり、寝そべった男の真横に座る。
「お前、潰れてても見えんだな」
寝そべった男は力なく笑う。
「まあな。なんでかは知らねえけど」
「で? なんで横来たんだよ」
「なんとなく」
「そうか。……ありがとな」
「なんのお礼だよ?」
「いや俺、動けねえし」
「意味わかんねえ」
「もうこの話いいだろ」
「……だな」
アイスの棒を咥えたイタミは、カメラのファインダーを覗く。
「もういい? 撮るよ」
「おう」
「よろしく」
二人はイタミを見る。
「はいっ、チーズ」
フラッシュと共に、二人は消える。
イタミはアイスの棒をコンビニの店内に設置してあるゴミ箱に捨てに行く。
「めんどくさ」
イタミはボソッと呟き、家路に向かう。
翌日の昼食。
「ねえ、もうすぐ夏休みだし、どっか行かねえ?」
花ちゃんはスマホを触りながら、あゆみんとイタミに言う。
「ありあり。海? プール? とにかく水に入りたいわ」
あゆみんはふりかけのかかったご飯を口に運ぶ。
「イタミはプールがいいかも。でも、お祭りとかもいいよね」
イタミはサンドイッチを頬張りながら言う。
「休みなら長いし、やりたい事全部やろーよ。バイトもしなきゃだけど」
花ちゃんはオレンジジュースを飲む。
「ああ、バイト見つかんねえ」
あゆみんが呟く。
「イタミ、お泊りとかもしたいなー」
「イタミの家は緩いから良いけど、うちはパパとママがうるさいから無理だわ。高校卒業してからか、卒業旅行とかじゃないとね」
あゆみんはイタミの頭を撫でる。
「うちも無理そう」
花ちゃんはお菓子の袋を開ける。
「残念」
イタミは自分のほっぺたを両手で包む。
「イタミの家は自由そうで良いね」
「なんだっけ? 放任主義だっけ?」
あゆみんと花ちゃんはイタミに聞く。
「……もう良くない? 違う話しようよ」
イタミはどこか冷たく吐き捨てる。
「ご……ごめん。あっ! お祭りならこれ行きたくない?」
あゆみんは机の真ん中にスマホを置く。
「私も気になってたわ! これ」
花ちゃんはイタミを一瞬横目で見て、画面に注目する。
「イタミも知ってるこれ」
イタミはいつもの調子で楽しそうに言った。
その時、イタミのカバンの中のガラケーがメッセージを受信する。
『コンド、オレタチトノモウナ』
もうすぐ、夏休み。
終




