十二枚目 14106
『カレヲカエセ』
今日もイタミは九重観測所のアルバイトに勤しんでいる。
学校からの帰り道、あゆみんや花ちゃんと別れてイタミは家とは違う道を進んでいた。
「この辺だと思うけどなー」
イタミの霊感でおおよその幽霊の位置が察知できるため、その感覚の赴くままに歩いている。
「みーつけた」
大学の校門前で、爪を噛みながら校舎を見つめている女が立っていた。
「……」
「どーもー」
イタミは女の後ろから声をかける。
「……」
女はイタミを一瞥すると、すぐに校舎へと視線を戻した。
「聞いてますかー? もしもーし」
イタミはひらひらと女の前に回り込み、目の前でピースサインを突き出す。
「邪魔なのよ……」
女はキリッと爪を噛みながら、イタミを険しく睨みつけた。
「そんなこといっても、イタミがここに来たのはあなたが呼んだからなんだけどー」
イタミは支給されたガラケーのストラップを指に引っ掛け、ジャラジャラと退屈そうに振ってみせる。
「あんたなんか知らないわよ……」
「とりあえず、イタミの説明聞いてー」
イタミは手短に、自分の仕事やガラケー、使い捨てカメラの役割について女に説明をした。
「……つまり、私がそのメッセージを送ったってこと?」
「そう。自覚なくても恨みの強さで漏れ出ちゃうもんなの」
イタミはカバンから取り出したチョコ菓子をぽいっと口に放り込みながら言う。
「……」
女は爪を噛みながら、イタミをねっとりと下から上に舐め回すように見据えた。
「……私の未練を解消してくれるの?」
「できる限りはねー」
「……呪いを選んだら?」
「もちろんかけてあげるー。あなたが成仏するのが条件でね」
「……」
女はイタミに背を向けて爪を噛みながら、何かをぶつぶつと呟いている。
「ふあぁ……」
イタミは退屈そうに大きく欠伸をした。
やがて、女はクルッとイタミに向き直る。
「……私を「彼」の家まで連れてって」
「なにそれ?」
「それが条件よ。連れてってくれたらあんたに協力してあげる」
「偉そうに……」
「あんたも仕事しなきゃなんでしょ? 断るならそれでもいいけど。私には関係ないし」
女は爪を噛みながら、不敵にイタミを上目遣いで見据えた。
「……うざ」
「ふふふっ」
「連れてったら大人しく成仏するの?」
「呪うか大人しく成仏するか、どちらかは決めるわ」
「……わかったわよ」
イタミは呆れたように大きく息を吐き捨てる。
「うふふ、じゃあ一緒に待ちましょ」
女はねっとりと笑う。
「てか、別に大学の中入っていいんでしょ? イタミ喉渇いたし自販機行ってくる」
「逃げる気じゃないでしょうね?」
女がぎょっと目を見開く。
「はあ? 別にあなたも一緒に中に入ってきたらいいじゃん」
「……私はなんでか知らないけど、大学には入れないのよ」
「そんならイタミに取り憑きなよ」
「どうやって?」
「『取り憑くぞー』って念じればいいよ」
イタミは自分の頭の上で指をくるくる回す。
「……私の「彼」に取り憑こうと思ったけど、弾かれちゃって無理だったのよ。それにあいつにも……」
「それは相手の守護霊が強かったのかもね」
「じゃあなによ。あんたのは弱いの?」
「イタミは最強に決まってんじゃん。最強だからなんの影響も受けずに自由にとり憑かせられるの」
「意味分かんない……」
「話してもどうせ分かんないと思うから、早くしてー」
「本当にムカつくガキね……」
イタミと女は共に、そのまま大学の敷地内へと足を踏み入れていく。
「……凄い、本当に大学に入れた」
女はどこか嬉しそうに、ねっとりと笑う。
「てか、イタミ自販機行きたいんだけど、場所どこ?」
イタミは面倒くさそうに首を傾げた。
「……さあね」
「はあ? めんどくさいからさっさと教えてよ」
「……知らないわよ」
「なに?ここの学生だったんじゃないの?」
「……」
「もういいや」
イタミは適当に大学の中を歩き回る。
その後、中庭に設置してある自販機で、イタミはいつもの炭酸ジュースを買う。
「ふう……」
イタミはプルタブを開け、冷たい炭酸を一口飲む。
ベンチに座ったイタミの周辺で、女はどこか楽しそうにキャンパス風景を見渡していた。
「あれ? JKじゃん!」
「マジだ、あの生の制服……てかかわいくね?」
ふと、近くから聞こえてきた声に、イタミは横目を向ける。
三人組の大学生たちが、自販機前のベンチに座るイタミへと近づいてきていた。
「なに? 誰かの妹? それとも待ち合わせ?」
一人の男が、断りもなくイタミの隣のベンチにドカッと腰を下ろす。
「おい、お前いきなり近すぎんだろ!ねえ?」
笑いながら別の男も反対側に回り込み、イタミを挟むように座った。
「何してんの? 構内案内しようか? てか、名前なんて言うの?」
三人目の男は、イタミの正面に立ってニヤニヤと覗き込んでくる。
「……」
イタミは彼らを完全に無視したまま、冷めた手つきでスマホの画面をいじり続けた。
「あっ、それ今流行りの動画面白いやつじゃん?」
左隣に座った男が、ずいっと顔を近づけてイタミのスマホを覗き込む。
「キモいんだけど」
スマホから視線を一切移さずに、イタミは冷たく言い捨てる。
「おい、キモいってよ」
目の前に立つ男が、笑いながらイタミの左隣に座る男の肩を叩いた。
「えっ? 俺? マジで? まあまあ、そんなこと言わずに顔見てよ」
なおも男たちは、面白半分でイタミに話しかけ続ける。
「……」
その様子を、女は狂ったように爪を噛みながら、怒気を孕んだ目でじっと睨みつけ、ぶつぶつと何かを呟いていた。
「調子乗るなよ……クソ……どいつもこいつも……いつもいつも、いつもいつも……」
ふと、イタミの左隣に座っていた男が、後ろを振り返った。
「……ん?」
「あっ?」
イタミの前に立っていた男も、その視線を追うように後ろを振り向く。
「……えっ?」
その瞬間、男の表情が凍りついた。思わず一歩、後ずさる。
「……?」
もう一人の男も、ただならぬ様子に気づき、おそるおそる後ろを振り返った。
男たちの視線の先、そこには、上下黒のスウェットに身を包んだ女が、長い前髪の隙間からじっとこちらを睨みつけていた。
「ふ……不審者?」
「おい、勝手に入ってくるなよ!」
男たちは気味の悪さに顔を引きつらせる。
しかし、女は意に介した様子もなく、ひたひたと、床を這うような足取りで近づいてくる。
「っ……なんか、ヤバくね?」
女から漂う異様な気配に、男たちは背筋が凍るような悪寒を覚えた。
そして、とうとう耐えきれなくなったのか、三人はその場から逃げ出していった。
「んっ……」
イタミは背伸びをしながら立ち上がった。
「ここ面倒くさいから、外出るよー」
そう言うと、門に向かって歩き出す。
「……モテるのね」
女は爪を噛みながら、イタミの後をついていく。
「だって、イタミかわいいもん。なに? 嫉妬?」
「……」
女は答えず、苛立たしげに爪を噛む。
「さっきの怒気、イタミにも向けてたよね? 意味ないよ。イタミ、霊障とかそんなの受けないから」
「……本当にムカつくガキ」
女はボソッと呟いた。
二人は大学付近のコンビニへと移動し、女の言う「彼」を待つことにした。
「イタミ、本読んでるからー」
イタミは雑誌の棚の前で、気だるそうに立ち読みをしながら時間を潰す。
その間、ガラス窓の向こう、外の道路に立つ女は、じっと校門のほうを見据えていた。
それから数分後。
バンッ! と、イタミの目の前にあるコンビニのガラス窓が激しく揺れた。
店内にいた他の客たちが、反射的にビクッと窓のほうを振り返る。
窓の外では、女が怨嗟の籠もった目でイタミを強く睨みつけていた。
もちろん、その狂気的な姿は、イタミ以外の他の客には一切見えていない。
それを合図にするかのように、イタミは本を閉じると、スルスルと店の外へと歩み出た。
「……出てきたわ」
「どれ?」
イタミが視線を向けるその先、キャンパスのほうから、別の女子学生らしき女と楽しげに連れ立って歩いてくる「彼」の姿が目に入った。
女は怒りを滲ませながら、「彼」と別の女子学生の二人を爪を噛みながら鋭く睨みつける。
「このあと、二人はバスに乗るの。バス停に向かうわよ」
「はいはーい」
ターゲットの二人が並ぶバスの停留所に、イタミも気だるげに並ぶ。
バスを待つ間、女は至近距離から「彼」と隣にいる女子学生の顔を交互に覗き込み、怨めしそうに顔を歪めていた。
「……なんか、急に寒気が。風邪気味かも」
ふと、「彼」がブルッと身震いをする。
「あ、私もかも……なんか頭痛いかも……」
女子学生も不安そうに眉を寄せ、「彼」の腕にぴたりと寄り添った。
「二人して夏風邪かな」
「彼」はそう言って、女子学生に優しく笑いかける。
「今日は家でゆっくりしよ?」
女子学生が甘えるように楽しそうに微笑んだ。
そのすぐ目の前で、女は爪を噛みながら、ブツブツと呟き続ける。
イタミはそれを冷めた目で一瞥しただけで、すぐにスマホの画面へと視線を戻した。
やがて、バスが停留所へと到着し、二人はそのまま乗り込んでいく。
イタミと女もそれに続く。
バスに揺られている間も、女はずっと狭い通路に立ち尽くし、座席に座る二人を真上からじっと見下ろしていた。
やがて女子学生が降車ボタンを押し、目的の停留所でバスが静かに停車する。
「……」
二人は立ち上がり、そのままバスを降りていく。
イタミと、その背後に張り付く女も一緒にバスを下りた。
少し距離を開け、イタミはスマホを片手に二人の後をつけていく。
そのさらに少し後ろから、女がピタリとついてくる。
「ねえ。あのカップルに、なんかされたの?」
イタミは画面から目を離さず、気だるげに女へと言葉を投げた。
「……」
「まあ、言いたくないなら別に良いけどー」
「……聞きたい?」
「別に。暇つぶしで聞いてみただけ」
「……私も暇だから、話してあげる」
「あの女が、私の「彼」を奪ったのよ……」
「へー」
「彼も彼で、あんなブスと付き合うなんて許せない。本当は、私と付き合うはずだったのに……」
「なにそれ、そもそも付き合ってなかったの?」
「これからだったのよ! 彼を街でひと目見て、運命を感じたの! だから大学だって調べたし、毎日どの時間のバスに乗るのかも全部! それで家まで行って、私のあふれる気持ちを伝えてあげたのよ。そしたら彼、私のことを『気持ち悪い』って言って追い払って……!」
「それ、ただのストーカーじゃん」
イタミはフッと鼻で笑いながら言い放つ。
「うるさいクソガキ! これは運命なのよ! あんたみたいに顔がよくてチヤホヤされてきた人生の奴になんて、私のこの純愛はわかんないのよ!」
女は狂ったように自分の頭をかきむしりながら叫ぶ。
「……それに、私は心臓発作で急に死んじゃって……気づいたらあの大学の前から動けなくなって、ただ彼を眺めることしかできなかった……」
女は頭をかきむしっていた手をピタリと止め、ねっとりとイタミを見据える。
「でも……今日あんたが来てくれた。これでも、一応は感謝しているのよ?」
女は歪んだ笑みを浮かべてニタリと笑う。
「どういたしまして」
イタミは相変わらず興味なさそうに、気の抜けた返事を呟いた。
「私もあんたみたいな顔だったら、男と遊びたい放題だったんでしょうね」
「アホくさ。イタミそんなのに興味ないから」
「嘘ばっかり」
「イタミは所長を愛してるの。イタミは所長だけを愛してるの。所長だけが愛してくれたらそれでいいの」
イタミは恍惚とした表情で言う。
「……付き合ってるの?」
「イタミはお嫁さんだから付き合うとかないの」
「……そう」
数分後、『彼』と隣にいた女子学生は、一軒のアパートの一室に入っていった。
「ここよ!ここ!私と彼の愛の巣よ!」
女はイタミの前に躍り出るように立ち、嬉しそうに笑みを浮かべる。
「じゃあ、もういい?成仏するか呪うか早く決めてくんない?」
イタミは面倒くさそうに女に聞いた。
「ふふっ、本当にここまでありがとう……でも、ごめんね?私はどっちも選ばないわ」
女はゆっくり振り返る。
「もうあんたから『取り憑くやり方』を教わったからね。「彼」やあの女には弾かれちゃうかもしれないけど、周りの人間や物に取り憑けばいいんだってわかったの。これからは一生、彼のそばで見守り続けるわ。本当にありがとう」
女は歪んだ笑みを浮かべる。
「……」
イタミはルーズソックスを直す。
「もう帰っていいわよ? あんた、用なしだから」
女は爪を噛みながらイタミを見る。
「ふふふっ」
イタミはピアスの付いた舌を出す。
「……なに?」
女が不機嫌そうに漏らす。
「取り憑いたり移動したりするのもイタミのおかげなのに、自分の力だって勘違いするところが、超ウケる」
イタミは馬鹿にしたように笑う。
「はあ!?」
女は血走った目でイタミの前に出る。
「殺すぞ……」
「やってみたら? 絶対に無理だから」
イタミは顔の前でピースサインをする。
「……っ!」
女はイタミを何度も殴る。だが、全てすり抜ける。
「あとね、イタミに取り憑いた時点で、イタミが解放しない限りあんたはずっとイタミに取り憑いたままなの」
「はあ!?」
女は尚も、イタミに腕を振る。
「呪いか成仏か選ばないなら、怖い巫女さんのとこに連れてって、消してもらうからね」
「はあ……はあ……っ、ふーっ……!」
女は頭をかきむしり、長く伸びた黒髪をぐちゃぐちゃに振り乱す。
「あんたはリールに繋がれたワンちゃんなんだから、イタミに逆らっちゃ駄目だよ?」
「クソっ……! クソっ、クソっ……!」
女はイタミに背を向けて走り出す。
だが、数歩も進まぬうちに女は激しく後方へあおられた。
首根っこを背後から見えない手で引っ掴まれたかのように、そのまま仰向けに叩きつけられる。
「うーっ!うーっ!うーっ!」
「ふふっ。説明聞いてた?ワンちゃん?」
イタミは自分の顔の前で指をくるくると回す。
「殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!」
現実を受け入れきれず、女はその場に膝をついて絶叫した。
そんな女を横目にイタミはカバンから使い捨てカメラを取り出す。
「もういい?イタミ帰りたいんだけど」
アクセサリーをジャラジャラと軽く振り回しながらイタミは女に言う。
「……じゃあ、せめてあの二人を呪わせろ!不幸にしてやる!苦しめてやる!」
女は地面に爪を立ててイタミを睨みあげる。
「はいはい。好きにして」
イタミはファインダーを覗く。
「本当に呪えるんでしょうね?」
「あなたがちゃんと二人を思い浮かべればね」
「……あんたはなんとも思わないの?」
「別に興味ないし。八つ当たりしようが、それであのカップルがどうなろうが」
「……そう。ふふっ」
女が力なく笑う。
「私たち似てるわね……」
ねっとりと呟いた。
それを聞いて、イタミも少しだけ笑った。
「はい、チーズ」
フラッシュと共に女が消える。
「……」
イタミはカメラをカバンにしまう。
「ふふっ、イタミがあなたと一緒?」
イタミは道の真ん中で楽しそうにくるくる回る。
「イタミは所長を愛してる」
「イタミは所長を絶対に不幸にしない」
「イタミが所長を守るの」
「所長もイタミを守ってくれるの」
「あなたと一緒じゃないの」
「イタミは幸せ」
「所長、イタミは幸せだよ」
「愛してる」
終




