7話 父になる-①
鎌倉玉縄の地に宗瑞が築いていた城が完成した。街道に面した交通の要所であり、近くを流れる柏尾川が天然の水堀にも、物資の流れにもなる。
城の周りを一周してから、氏綱は坂下の入り口を見上げた。本丸への道は敵からの侵入を拒むように、幾重にも折れている。
(新井城攻めの拠点とすると言っていたのに)
兵站の補給用と言うだけでなく、しっかり守りも厚くなっている。
父、宗瑞の抜かりなさに感心してから、氏綱は坂道を登り始めた。
山頂の本丸には、既に父と弟の姿があった。
「立派な城になりましたね」
目を輝かせながら、氏時は素直な感想を述べる。
「うむ」
宗瑞もまた満足げに頷いた。
「いよいよ新井城攻めですか、父上」
「ああ。ここと三崎の城を拠点に、新井城へと攻め入る」
三崎の城には水軍がある。父は陸と海から新井城へと攻め入るつもりのようだ。
「しかし、三浦にとっては詰め城。敵も死に物狂いで守ってくるであろう」
宗瑞は重々しく言い、表情を引き締めた。伊勢家にとっては、ここを落とせば相模国統一が叶う。
一方、城を守るのは扇谷上杉家臣三浦道寸、義意親子。三浦氏は鎌倉幕府の有力御家人だ。お互い決して退けない相手だ。激戦は必至だった。
「私も父上のお役に立てるよう励みます」
けれど、宗瑞はあっさり言う。
「そちは此度は参陣せずとも良い。小田原にて扇谷上杉に備えよ」
「は?」
「ところで新九郎、今川の姫とは睦まじくしておるのか」
納得行かない氏綱に、父は全く別の話を持ち出してくる。
「なんですか、突然」
「聞くところに拠ると、貝合わせやら、和歌やら、まるで京のようだと言うではないか」
誰から吹き込まれたのか、宗瑞は芙蓉の暮らしぶりを熟知していた。
「問題ございましょうか」
「ままごとみたいな夫婦生活はやめて、跡取りは早う作れ」
詰まるところ、宗瑞の言いたいことはこれらしい。
「天からの授かりもの故、焦られずとも」
のらりくらりとした氏綱の返答に、宗瑞は業を煮やしたように語気を強めた。
「何をのんきなことを言っておる。わしがいつまで元気で采配を振るえると思っているのじゃ。此度の戦は恐らく長引く。故にそなたは連れて行かぬ。凱旋したわしに孫の顔を見せてくれ」
「⋯⋯」
まさか、戦より子作りを優先させられるとは思わなかった。身も蓋もない宗瑞の言と、呆気にとられた氏綱の顔がおかしかったのであろう。氏時が肩を震わせ、吹き出すのを堪えていた。
韮山や小田原の兵を集結させ、宗瑞は新井城へ向かっていった。宗瑞の後を追うように、援軍千を率い、今川氏親が駿河を発つ。
途中、氏親は小田原城へ立ち寄ってくれ、氏綱も彼と対面した。
「此度は援軍忝のうございます」
そもそも嫡子の自分が参陣せず、こうして援軍の将を迎え入れること自体違和感がある。氏綱は父の仕置に、まだ得心が行っていない。
(上杉軍への備えなら、玉縄を氏時に守らせれば事足りるのに)
内心の忸怩たる思いが、声に、表情に出ていたらしい。氏親に笑い飛ばされた。
「留守居役は不服か」
「本音を申せば」
どうせ見破られているのを、取り繕っても逆にみっともない。率直に答えてから、氏綱は父とのやりとりも具に語った。
「なるほどのう」
顎に手を当て、氏親は双方に理解を示す。
「叔父上の申されようも一理ある」
「左様でしょうか?」
「家が衰退していく一番の要因は、何だと思う」
突然、氏親は鋭い問いをぶつけてきた。
「合戦に負け、国力が落ち、民が疲弊し⋯⋯」
「そうだな、それも大きい。だが、一番愚かしくて一番取り返しが効かぬのは内訌よ。――と、わしと叔父上は思っておる。特に跡目争いじゃな」
氏親が今川家当主の座に就く際も、駿河を二分する争いがあったと聞いている。氏親を助けたのが父であるとも。
「斬り合う相手は、親族や仲間じゃ。一方が勝ったとて、人は失せる。禍根は残る。真に愚かしい」
苦々しげに氏親は言う。小鹿範満との争いは、氏綱が生まれた頃の話だ。だが、まだ氏親の中では、過去になっていないのだろう。
「つまり」
「つまり、そなたが立派な跡継ぎを作ることが、伊勢家の安泰に繋がり、叔父上を安心させることになるのじゃ」
背中を軽く叩かれ、「励めよ」などと意味深に言われる。
気恥ずかしいことこの上ない――が、父の意図は少し理解した。




