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北条を継ぐ  作者: 辻 胡桃
6章 糸を結ぶ
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30話 糸


氏綱との対面が叶ったのは五日後だった。だめかと諦めてた頃に、芙蓉からそっと耳打ちされた。

指定された間で、浅葱は氏綱が来るのを待つ。既に四半刻は過ぎている。その間、鼓動は早鐘を打ちっ放しだ。

このまま来なくても、朝までここで待つしかないだろうか。そんなことを考え始めた頃、漸く氏綱は現れた。

「待たせたな」

そう言い、氏綱は一段高い床の間でなく、浅葱の前に腰を下ろす。

(近い近い近い)

腕を伸ばせば届きそうな距離に氏綱はいる。

「太田殿の件で話があると言ったな」

「は、はい⋯⋯お願いの儀がございます」

「申してみよ」

芙蓉にかけられたような圧はなく、氏綱の声は軽い。頬杖をつきながら、少し斜めの角度で浅葱を見る目も、何処か面白がっている風だ。

「伊勢家と太田家の縁についてでございます。太田資高様は恐らく仕えるべき主家を迷っております。私が両家を結ぶ縁になればと思い、殿への対面の儀、お方様に願い出ました」

「糸自ら動くか」

(糸⋯⋯?)

氏綱の言葉の意味を測りかねてしまう。

氏綱はしばらく黙って考え込んでいた。

答えを待つ間の沈黙が重い。浅葱の心臓の動きが再び忙しなくなる。

「浅葱。外の空気を吸いたい。しばし付き合え」

「え」

呆然としている浅葱を置き去りに氏綱は立ち上がり、部屋の外に出てしまう。

(なんで。どういうこと)

訳のわからぬまま、浅葱は氏綱を追いかけた。


氏綱は迷いのない足どりで城の外に出る。

連れてこられたのは、小田原城からほど近い場所にある神社だった。

境内は仄かに木の香りがする。白木も新しく完成したばかりのようだ。

社殿の脇に聳える楠木に満月が浮かんでいる。

(この人と満月の組み合わせ、嫌なことしか思い出さない)

胃まできりきり痛みだした。そんな浅葱の心境を無視したように、氏綱は語り始める。

「ここは居神神社という。三浦氏の鎮魂のために建立した社じゃ」

「はあ⋯⋯」

それと私と何の関係が。浅葱の返事は至極適当なものになる。だが浅葱の困惑は無視して氏綱は続ける。

「秋にこの神社で祭礼を行いたい」

「は、はい⋯⋯」

「その祭礼の日に、太田資高殿をこの神社にお招きしたい。――連れて来られるか」

「⋯⋯」

やっと氏綱の意図を理解する。改めて、浅葱は社殿を見渡した。

てっきり最初の時のように書状の遣いだと思っていたのに。

「ここに⋯⋯ですか」

敵地同然の場所に、資高を連れてくる。――可能だろうか、そんなことが。

「難いのはわかっているが、そなたにしか出来ん」

そなたにしか出来ん。そう言われ、胸が引き締まる。伊勢家の者では資高は信じない。逆に太田家の者では氏綱の意思を伝えられぬ。

「伊勢家は太田家との誼を願っている――とお伝えしてよろしいですか? けして、罠に嵌めたりせぬと」

「無論じゃ」

氏綱の言葉に嘘はないだろう。問題はそれを資高に信じさせられるか否か、だ。浅葱に託された荷は重い。

「太田殿のお立場は氏綱より窮屈じゃ。簡単には決められぬだろうが、会えば分かり合える気がしている。そなたのせいかもしれぬな」

『わしと通じる部分があると思うが』

いつぞやの資高の言葉が浅葱の脳裏に甦った。

(殿と同じことを思っている⋯⋯?)

「やってみます――」

出来ます、とは言えなかった。それでも浅葱の言葉に氏綱は満足そうに微笑む。

書状を書くから城に戻る、と氏綱は境内と道を結ぶ階段を降り始める。

その背中に思わず語りかけていた。

「あの。初めからここまで見越していらしたんですか」

浅葱が資高の為に動く。それを最初から見透かされ、待たれていたようにすら思えてきた。

(――あの満月の夜から?)

何処までが想定内だったのか、浅葱には氏綱の心情が読めなさ過ぎる。

石段の中程で立ち止まり、氏綱は浅葱を振り返る。

「そんなわけがなかろう」

「ですが」

「芽を摘まぬように、糸を切らぬようにしているだけだ。手探りなのはみな同じじゃ」

資高の選択の余地を広げるための糸。

何本もあれば、手繰り寄せる未来を選べる。その一つに自分がなれれば、良い。

やるべきことが見え、浅葱の覚悟が決まる。

「頼んだぞ」

氏綱からの書状を胸に、浅葱は三度目の江戸に向かうことになった。




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