27話 街を作る
三浦義意を祭祀とした神社が落成したのは、永正十七年の秋だった。
氏綱は、氏時、菊寿丸らの兄弟と遠山直景、松田盛秀、大道寺盛昌ら腹心の家臣たちと真新しい鳥居をくぐった。
「神社と言えば神がおわすところなのに、敢えて"居神"神社とは、殿も面白い名付けをされる」
本殿への階段を登りながら、直景が言うと、皆が頷き合う。
「いや、しかし、戦場での弾正少弼殿はまさに鬼のようであった」
三浦義意の勇姿を目の当たりにした氏時の言葉は、重みがあった。
「我が家中でも、あの戦のあと、しばらく義意の亡霊が見える、などと言ってたものがおりましたからな」
「なるほど、鬼からの神格化ということで、敢えて"居神"と強調されたのですな」
盛昌が得意げに結論づけたが、氏綱は少し口元を緩めただけで、言葉は発さなかった。
(――神も鬼も己の心の中にいる)
長い階段を登り、境内の白砂を踏みしめる。眼前には完成したばかりな厳かな社殿があった。
恭しく頭を下げ、合掌し祈りを捧げる。
氏綱の願いは一つだ。
(小田原の街が戦に巻き込まれることなく、領民全て穏やかに暮らせるように)
銘々祈りを捧げた後で、氏綱は氏時達を前にこう宣言した。
「わしは父上のようにはなれぬ」
氏綱の言葉の後、場が水を打ったように静かになる。
「なれないものをなろうとは思わん。わしはわしのやり方で、この街を発展させ、国を豊かにしていきたい。その為には皆の力が不可欠じゃ。わしに力を貸してほしい」
氏綱には珍しい能弁だった。
圧倒的な存在感を持った先代がいなくなった。
口にこそ出さないが、皆が改めて先代の偉大さを感じているのは、氏綱にも伝わる。
けれど、失った者を甦らせることは出来ない。今いる者で、やれることをやるしかない。
氏綱の声が止み、海からの風に背後の楠木の葉擦れの音がさやさやと響く。最初に沈黙を破ったのは直景であった。
「今更なことをおっしゃいますな」
氏綱の言を一笑に付したのは、流石に年長者の貫禄だった。張り詰めた空気が解けてゆく。
「無論、先代と変わらずお支えする所存にございます」
「盛昌もでございます」
「若輩ながら、宗哲も同じにございます」
家臣や弟たちから、口々に言われる。ありがたい、と思うのに、胸が塞がれて言葉がすぐに紡げなかった。氏綱は小さく何度も頷いた。
「して兄上、兄上はどのように小田原の街を発展させてゆくおつもりですか」
菊寿丸が小田原の街を眼下に見下ろしながら尋ねる。
「うむ。道を整備し、人の往来を盛んにしたい。市なども開き、商人や職人が増えれば、賑やかになろう」
「京の都のようにしたいですな」
二度ほど京の町を訪れている盛昌が得意げに言う。
「おーおー、京かぶれがおるわ」
年長の直景が盛昌をからかい、一同に笑いが起こる。
宗瑞の時とは家臣たちとの距離感が違う。
(――それでいい)
当主が強くなくても、国を強くすることは恐らく出来る。
「ついては盛昌に頼みがある」
氏綱の言葉に、さっきまで綻んでいた盛昌の表情が一気に強ばった。
「頼み、とは」
「来年の秋に、この神社で祭りを行いたい」
「それはいいですな」
賛同したのは盛昌ではなく直景だ。
「が、神輿を通すのに小田原の街はまだ街道が整っておらぬ」
そう言って氏綱は懐から、城を中心とした小田原の街の絵図を取り出した。盛昌だけでなく氏時や直景も興味深そうに絵図を覗き込んだ。
「城の馬出門から出て、町中をぐるりと巡って戻ってくるに当たって」
扇で神輿の経路を指してから、氏綱は背後の町にその先端を向けた。
「道幅が狭かったり、建物で塞がれている場所などもある。この範囲の街道の整備を頼む」
「来年の秋までに、ですか」
「よろしく頼む。既に賦役徴収の差配は石巻に命じておる」
「そう言った話は我等にも先に教えて欲しいですな」
氏綱の独断に盛秀が苦々しく言う。
「すまん。此度は時間が限られる故な。以後は気を付ける」
畳んだ地図を氏綱は盛昌へ手渡す。盛昌は渋々と言った顔でそれを受け取った。




